【02:誤解】
「どいてどいてー!」
突然数名の女の子達に押しかけられた早朝の厨房。
ハイ・ヨーの助手として、朝食の仕込みを手伝っていたリアは、迫り来る女の子達の集団に一瞬動きを止めた。
それはハイ・ヨーも同じだったらしく、その隙にあっさりと厨房から追い出されてしまった。
「な、なな何があったの・・?」
カウンター越しにそっと覗いてみれば、目の前に姉のナナミ。
「あ、リアじゃない!こんな所で何してるの?」
「それは僕の台詞だよ。・・・ナナミちゃん達こそ、こんな朝早くからどうして?」
ちらりと手に映ったものは、黒くて甘い板状のチョコレートだ。
甘いものが好きなリアもとてもお気に入りなお菓子だが、それぞれの女の子の手元に山積みされている理由がわからない。
「あいやー・・・今日はバレンタインだったアルか〜」
「ハイ・ヨーさん!知ってるなら話は早いわ!今日はここ、男子禁制ってことで借りるわねv」
「せ、せめて3食の時間くらいは場所を空けて欲しいアルよ・・・」
それはそれで交渉が行われて、見事女の子軍団はハイ・ヨーから厨房を借りる許可を貰えたようだ。
けれど、リアには何のことだかわからない。
「ねぇナナミちゃん?・・・あの、みんな何を・・・」
「あ、そっかリアは知らないんだ?そおねぇ・・・」
くるりと厨房を振り返ったナナミは、それぞれ作業を始めている同士たちに二言三言会話を交わして、リアにおいでと手招きしてくれた。
「え?でも男子禁制ってさっき・・・」
「リアなら良いわよぅv教えて欲しい事もあるし、ね?手伝うつもりで!お願い!」
ニナにまでそう言われてしまっては断る理由もない。
少し逃げ腰ながら厨房に足を踏み入れれば、同時に甘い香りが鼻をくすぐった。
「今日はね、お世話になった人とか好きな人に、感謝とか気持ちを伝える日なの」
「・・・う、うん。でも、それって女の子がするものなの?」
「今日だけはトクベツ!そういう決まりなのよ。やっぱり、普段女の子から告白するのって緊張するじゃない?そういうのは男の人のすることだし」
その言葉にリアは多少首を傾げながらも、分かったように姉に頷いてみせる。
「あ、あの、それって女の子しかしちゃいけないの?」
「あれ?リア、あげたい人でもいるの?」
「・・ッ・・!」
きょとんと聞き返されて、リアは思わず赤くなった。
一気に朱に染まった弟の頬を眺めて、ナナミはくすくすと笑いながら軽く肩を叩いてくれる。
「・・・ごめんね?聞いたわたしが悪かったわ。そうねー・・・リアも作るなら、お姉ちゃんの材料分けてあげるよ?」
「!・・・ホントに?」
「うんvでも・・・作り方!教えてね!!」
「わ、わかった」
***
「・・・出来た」
最初から本番も怖かったので、ナナミの作った残りの残骸で練習を繰り返し、最後に漸く綺麗な形に整える事が出来た。
味はどれもさほど変わらないだろうが、上手く丸く固めるのに苦労したのだ。
「さすが、リア綺麗に作るわね〜」
「ね、これ味見してもいい?」
試作品を指差して尋ねるメグに頷いて、綺麗に出来たものを用意して貰った包装できちんと包む。
「おいしーい!いいなぁ練習でココまで出来るんだもん!」
「甘いけど、甘すぎないのがまた美味しいのよね!ねぇねぇ、どうやって作るの??」
「え?あ、ええと・・・!」
四方から囲まれてせがまれて、逃げ道なんてどこにもない。
仕方なくナナミを助手にトリュフ作り講座を開いたが・・・・助手がナナミでは無駄な時間が掛かる一方だった。
何とか説明し終えて、漸く解放されたリアは、早速渡しに行こうとユエを捜した。
今日は尋ねて来てくれるという約束だったので、朝からついつい頑張って作ってしまった。
手元の小さな箱を眺めて、少し照れたように笑う。
「ユエさん、喜んでくれるかなぁ・・・?」
と、角を曲がった先の廊下に、ひらりと風に舞う赤い長衣の端が見えた。
突然ドキドキと動悸がして近寄ることを躊躇ってしまう。
いつもならば、真っ先に走りよって行けるのに、手の中の箱が酷く重くて、どうしても足が先に進まない。
それでもゆっくりと動かして角を曲がろうとした時、ユエの前に誰かの影が見えて、リアは足を止めた。
どうやら、相手は二人組みの女の子のようで、リアと同じような小さな箱を手にユエへと差し出している。
けれど、ユエはそれを断ったようで、残念そうに落ち込んだ二人の少女は、ユエとは違う方向・・・つまりはリアの方へと歩いてきた。
「・・どうして、受け取らなかったのかな・・・」
受け取って欲しいと渡されている現場を見てしまった時、少し胸が重く感じた。
けれどユエは受け取らず、断られた少女達には悪いと思っても、少し嬉しかったことは事実だ。
少女達とすれ違う時に何故か隠れてしまったけれど、同時に聞こえてきた声にリアは動きを止める事になる。
「・・・甘いもの苦手なんだって・・・。折角作ったのに、残念だったね」
「・・・うん、食べて欲しかったんだけどなぁ」
そういえば、ユエが好んで甘いものを口にしているところを見た記憶が余りないような気がした。
リアが作ったお菓子はいつも喜んで食べてくれるが、それももしかしたら。
「・・・無理してくれてたのかな・・・」
甘いものが苦手だなんて、そんな言葉を聞いてしまったらもう余計に渡し辛くなる。
少女達二人が通り過ぎた後でも、リアは何故か動く事も出来ずに、隠れたまま暫く考えていたけれど。
「あの、マクドール様?」
伺うような問いかける声がまた聞こえて、悪い事だと分かっていても好奇心には勝てなかった。
けれど、心のどこかでちょっと安心していることもある。
誰が見ても、ユエは綺麗で格好良いのだ。好きだと思ってる人も、リア以外にも沢山いるだろう。
それは仕方のないことなのだとリアも分かっている。
そして、甘いものが苦手なら、ユエは受け取らないだろうと。
そういう安心感があるから、覗く事が出来たのだと思うが。
「・・・ありがとう」
ぼんやりと考えごとをしているうちに、会話は終ったのかユエが手を差し出していた。
少女・・・とはいえないもっと大人の、綺麗な女の人から受け取るユエは、どことなく嬉しそうに微笑んでいて。
「・・・ユエさん・・・?」
甘いものが苦手なら、誰からも受け取らないだろうと。
だから、自分の渡したものも、受け取ってもらえなくても同じことなのだと。
そう思っていたリアにとって、そのユエの行動はとても大きな衝撃となって胸を貫いた。
受け取る事が悪いのではないけれど。
どこかで、誰の気持ちも受け取ってくれないだろうと思い込んでいた所為もあってか、そのショックは計り知れなかった。
「・・・っ」
まだ小さな声で会話を続ける二人から目を背けて、リアは一気に自分の部屋まで走り切る。
途中何度か声を掛けられた気もしたけれど、それに答えられるほどの余裕すらもなかった。
「・・・はぁ、はぁ・・・!」
部屋につくなり扉を締めて大きく呼吸を繰り返す。呼吸を大きくとっていないと、何かが溢れ出してしまいそうだったから。
とにかく落ち着こうと部屋の中央の椅子に腰を降ろし、持っていた箱を机の上にそっと置いた。
その綺麗に包まれた箱を見た途端、どうしてか、じわりと熱くなる目の奥が痛くて、リアは思わず机に突っ伏していた。
どうして、こんなに苦しいのかはわからない。けれど、先ほどの光景を思い出す度に、胸が締め付けられるように痛んだ。
「・・・どうしたの?」
「っ!?」
突然、後ろから抱き締められるように腕の中に包まれて、リアは驚いて顔を上げる。
いつの間に入ってきたのか、走って戻って来たリアを追うように真っ直ぐここへと来たのだろう。
抱き締められた腕の中で背中に当たるのは、幾つかの硬い箱の角。
それが痛くて、思わず逃げるように身を捩ってしまった。
「・・・あぁ、ごめんね。・・・痛かった?」
「そ、そうじゃなくて・・・あの・・・」
その幾つかの箱を手前の机に置きながらユエは少し首を傾げて、もう一度リアを抱き締めるように腕の中に閉じ込めてきた。
「・・・ユエさん・・?」
「・・・何だか、甘い香りがする。・・・何か、作ってたの?」
「!」
言われた言葉にリアは反射的に立ち上がり、机の上に置きっぱなしにしていた箱を慌てて隠すように逃げてしまった。
これでは、作りましたと言ってるようなものだ。
けれどどうしても、ユエが苦手というものを渡す気にはなれない。
「・・・リア?」
「ごめんなさい!・・・でも、あの・・っ」
「もしかして、作ってくれたの?」
「・・・ええと」
どうしても、嘘はつけないリアだからこそ、違うと言う事が出来ない。
誤魔化そうと思えば、優しいユエはきっと深く尋ねてはこないだろうことが分かっていても。
「・・・でも、ユエさん甘いもの・・・ダメなんでしょう?」
ついつい思っていたことをそのまま本音で言ってしまった。
「僕が?・・・そんなこと」
言われたユエも驚いて・・・けれど思い当たる節があったのか、小さく苦笑してみせる。
「・・・リア、さっき下に居た・・?」
「・・・っ!ご、ごめんなさい・・・覗くつもりじゃ・・・!」
「怒ってる訳じゃないから・・・おいで、リア」
手を伸ばされて、柔らかく微笑んでくれるユエ。
それは、さっき見た笑顔に少し似ていたけれど、もっともっと優しくて暖かい笑顔だ。
どうしてもこの笑顔に勝てないリアは、近付きたくないのに、ついつい足がユエの方へと歩いていくのを止められない。
「甘いものは確かに得意ではないよ・・・でも、リアが作ってくれたものは別だから」
「・・・で、でも!じゃあ、もう一人のはどうして・・・」
受け取ったのか、と言いかけて、机の上に置いてある箱や袋が、一つ二つではないことにまた驚く。
恐らく、この部屋に来るまでに受け取って来たのだろうが、それがまた酷く悲しく思えてしまう。
「・・・違うよ。僕は誰からも受け取ってない。あれは全部・・・リア宛だから」
「・・・・・・・・・・・・え?」
そう言えば、この部屋に戻るまでに何度か声を掛けられた記憶はうっすらとある。
リアの後を追いかけてきたのなら、それをユエが受け取っていてもおかしくはない。
「・・・僕としても複雑なんだけれど。・・・始めの、リアが見た人は、子供達から預かってきたものらしい」
手渡されて、その包装のいびつなリボンや、手書きの文字は明らかに小さな子供の作ったものだろう。
「『いつも、守ってくれてありがとう』・・・なんて、こんな」
ユエに差し出していたのは、この子供達の母親らしかった。
きっと、渡してきてと頼まれて、けれど部外者が城の奥にいるリアに直接渡す事も出来ないまま、よくよくリアと共に行動しているユエに渡して欲しいと頼んできたらしかった。
「・・・嫉妬、してくれたの?」
「っ!え?!あ、いや、そんな・・・!」
慌てた拍子に取り落としてしまった箱を、ユエがそっと拾い上げる。
「ユエさん、落ちたのなんて・・・!」
「良いから、これ僕が・・・貰って良いのかな」
くすくすと微笑むユエに真っ赤になりながらも、リアは俯いたまま小さく。
「・・・大好きです・・・ユエさん」
お返しの言葉の代わりに、とても甘い味のするキスをひとつ、くれた。
END