【08:料理】
ようやく『その日』がどんな理由を持っていて、どんなことをする日なのかを教えてもらえたオミは、溜息を零しつつも振りかかる髪を後へ撫でつけた。
ずっと下を向いたまま作業を繰り返しているのだから、伸びた髪は視界を遮って邪魔でしかない。
「あーもう・・っ!」
延々と単調作業を繰り返していれば、誰だって些細な事にも苛々してくるだろう。
とその時、カタンと音を立てて椅子が揺れた音がした。
「・・・わっ!」
ぱさりと突然、上から何かを被せられて、オミは驚いた声を上げた。
「んー?邪魔そうだと思って」
後できゅっと結ばれたそれは、いつもセフィリオが頭に巻いているバンダナで。
ふわりと、嗅ぎ慣れた香りが、鼻腔をくすぐる。キツイ甘い匂いが充満した部屋なのに、それはいやにはっきり感じ取れて、オミは少し俯いた。
「あれ、嫌?」
「い、いえ!ありがとうございます」
確かに、ばさばさ落ちていた髪は布で止められて、落ちてこない。楽なのは非常に楽なのだが・・・。
「・・・なんで顔、赤いのかな?」
「そ、そうですか?」
強がっていても、絶対バレバレで。
無駄な努力だとわかってはいるが、素直に認めるなんてことは、オミには到底出来なかった。
「・・・ところで、どうしてこんな所に?」
追加に追加が重なって、注文は更に増えていく中で、オミが細かい細工を施し、ハイ・ヨーがせっせと箱を重ねているのを、セフィリオはただじっと見ているだけだ。
見てるだけは暇だろうし、何よりじっと見つめられると色々困る・・・のだが。
微かな動きさえ残らず見られているようで、恥かしかった。
幾千の兵の視線には平気なオミでも、たった一人だけの視線には・・・非常に弱かったらしい。
「可愛いなと思って」
「は?」
期待していた言葉とはかけ離れたことを言われて、一瞬手元が止まる。
「オミ、料理得意なんだ?」
「昔は・・・ナナミがあれですから、仕方なく覚えたんですが・・・。今はもう趣味ですね」
その趣味も、ハイ・ヨーが助手にしたがる程の腕前で。
グレッグミンスターのセフィリオの生家を訪れた時も、グレミオと仲良くキッチンに立っているのだから、確かに料理は上手かった。
「何かを作るのが楽しくて。それに、作ったら喜んで食べてくれるじゃないですか」
興味のある話を振られたとあってか、オミは嬉々として話す。それでも、作業中の手は止めない。
服が汚れないようにと着ているオミ専用のエプロンが妙に似合っていて、セフィリオは表情を緩める。
「・・・なんですか?」
「ん?」
「だって、笑ってる・・・から」
「あぁ・・・」
頷いては見せるけれど、何に笑っているかは言わない。言えば照れたオミが見られるだろうが、そ?舊芭?芭e??????1??れ以上に拗ねられるのは困るから。
ふと、オミの正面の椅子に座っていたセフィリオは、今細かい作業を終えたばかりのソレを見つめる。
甘いものはそう好きでもないのだが、嫌いでもない。
オミの手がそれを掴んで、並べられたトレイに置こうとしたその時。
「あ!何するんですか!?」
オミの手首を掴むようにして、そのまま食べてしまったのだ。
ある意味、『可愛い』と言うより怒られる行為だろうが、まぁ気にしない。
「だって今日バレンタインでしょ?」
けろりと言い切ったセフィリオに、これは怒っても無駄だと、オミは頭を垂れる。
「だからってつまみ食い?」
力の抜けた声でぽつりと言えば・・・・くすりと笑った気配と共に暖かい指が顎下に伸びてきた。
「欲しいの?だったらほら・・・」
「・・・っ!///」
後の方でバタバタと箱の落ちる音がしたけれど、オミは驚きに目を閉じる事も忘れて、身動き取れずにいた。
「・・・っん・・!」
口腔の温度で、甘く融ける。もっと欲しくて、ついセフィリオのキスを追いかけてしまう。
ここが何処だとか、今何してる時だとか、もうどうでもいい。
普段と変わらないキスなのに、間にチョコレートがあるだけで、こんなにも・・・・・
「・・・ふ、・・は・・っ」
やっと離してもらえた時には、口の中のチョコレートはなくなっていて。
ただ、どろりとした深く甘い味が、舌に強く残った。
「おいしかったね?」
「・・・・ん。・・・・・・・・・・あ!時間、無いんだった!!」
色々文句は言いたかったけれど、今はそれどころじゃない。
今までの可愛いオミは何処へやら。必死の形相で、細かい細工を施していく。
ちょっと見ていられなくなって、セフィリオは小さく呟いた。
「・・・・手伝おうか?」
「えぇ良いんですか?!お願いします!あぁ、ハイ・ヨーさん何してるんですか!はい、こっち出来ました!」
くるくると器用に動くオミを見ながら、綺麗に作られたそれを1つずつ箱へ詰めていく。
「あ、1箱貰っていい?」
「いいですけど・・・、甘いものそんなに好きじゃなかったんじゃ・・・」
「これは、特別かな」
立ち回るオミの腕を引いて、小さく耳打ちする。
その後、オミの頬から中々赤みが引かなかったのは、言うまでも無い事実・・・。
『・・・・後で、二人で食べよう?』
END