【20:雨】
「・・・うわぁ」
偶然貰えた休日に、リアは喜び勇んで隣国の首都まで繰り出していた。
戦火は激しくなるばかりで、久しぶりに訪れたリアに家主は喜んで迎えてくれたけれども、初夏の空はとても気まぐれ。
綺麗な空色に晴れていた空気は次第に湿り気を増し、夕方になる前に突然の雨雲が空を多い尽くしていた。
「これは・・・しばらく止みそうにないね」
音で分かるのだろう。
地面やガラス窓を叩く音は激しくなるばかりで、とてもじゃないが外に出ることを躊躇われた。
「でも、僕のお休み・・・今日だけなんです。早く帰らないと・・・」
先ほどからそわそわとしているリアは、止まない雨に足止めを食ってしまって、止める軍師の言葉も聞かずに飛び出してきた自分に反省していた。
何度も行き来して慣れているとはいえ、気軽に隣町まで・・・と言える様な距離ではない。
分かっていたけれども、我慢できなくて飛び出したのはリア自身だ。
今日中に必ず帰るからと言って出てきたのに、これでは。
「雨・・・止みませんよね」
この雨では川も増水して船は運休しているだろうし、もし今更止んだとしても、ずぶ濡れの軟くなったあの崖を上り下りするのは危険でしかない。
「・・・それに、危ない」
まして、一人きりで訪れたリアをこの雨の中帰すなんてことは、ユエには出来なかった。
「っユエさん?」
窓際で、外を眺めていたリアは、突然後ろから回された腕に驚いて、顔を上げる。
視線は絡まない。けれども、何も映さない目で柔らかくリアを見つめる瞳は、少しだけ嬉しそうな気がした。
「・・・雨の所為にすれば良い」
「雨の、せい・・・ですか?」
そういわれて、リアははっとする。
確か、ユエは・・・。
「・・・まだ、雨は・・・好きになれませんか?」
「・・・!」
好きか嫌いかと問われれば、まだ好きとはいえない雨の夜。
遠くで鳴り始めた雷も、滝のように流れる雨の音も、全てを狂わせたあの日を思い出してしまうから。
「・・・いいや、そうじゃない」
確かに好きではないけれど、今は、雨が怖いのではない。
好きではないけれど、今、雨が降り止まないことを、心のどこかで喜んでいる自分がいて。
「そうじゃないなら・・・ええと?」
抱きしめてくれる腕が、リアを離さない様に強くなる。
ユエは、何も言わないけれど。
「・・・あっ」
先ほどまでは、帰らなければと言っていたのはリアだ。
けれど、雨の所為で帰れない。
雨の所為にすれば良いと、ユエは言った。
「・・・雨が止まなかったから、今日は僕・・・帰れませんね?」
小さく笑って、きっとユエが待っていた言葉を、リアは吐き出す。
けれど、その言葉に少しだけ腕の拘束が緩む。
リアは慌てて腕を伸ばし、ユエの首にしがみつくように抱きついて言葉を継ぎ足した。
「あ、あの!ご迷惑でなければ、今夜泊めて貰っても・・・良いですか?」
慌てて付け足した言葉が、何かを強請っているかのようで、思わずリアは真っ赤になる。
これでは、まるで・・・。
「・・・勿論」
「わ・・・!」
ふわりと抱き上げられた身体は、ユエの腕の中で柔らかく体温をあげる。
照れているのか、恥ずかしいのか。
その表情を見ることは出来ないけれど、ユエの首に回されたリアの腕は、緩まない。
「リアの方こそ。今夜は僕と・・・一緒に過ごしてくれる?」
雨の夜は好きにはなれない。
けれど、一人じゃなければ、嬉しく感じるのはどうしてなのだろう。
一人きりで、この雨の夜を過ごさなくて済むのは、リアが来てくれたから。
リアが傍に居るから。
「・・・遣らずの雨」
「・・・やらずのあめ・・・?何ですか?」
もう雨は、怖くない。
「良い雨の夜もある・・・。リアが教えてくれたんだ」
「ユエさん・・・」
どうかもっと降り続け。
止むことの無いように。
この腕の中の温もりを、帰さなくても良いように。
END