【21:雪】
真っ白な雪。
何処までも白いそれは、寒く冷えた朝、突然思い出したように降り積もる。
「・・・・・」
頬に当たる冷たい感触に、ユエの脚がピタリと止まった。
バナーまでの慣れた道のりを、迎えに来たリアと共に歩いてる途中だったのだが。
脚の止まったユエを振り返り、リアは目の前をひらひらと落ちていく白い雪に声を弾ませた。
「え?あ、雪ですね!こんな南でも降るなんて」
道理で、今朝は寒かったんですね。
小さく笑って、ユエの腕を掴んでいた手に、少しだけ力を込める。
「風も強いですし、吹雪になったら困ります。少しだけ、急ぎましょうか」
ユエの腕を引くリアの力が、ほんの少し強くなる。
身体に感じる冷風は相当冷たいものなのだが、触れてくるリアの格好はいつもと同じ格好らしかった。
手袋越しに、その剥き出しの腕を掴む。
「?ユエさん・・・?」
「・・・寒くないの?」
温暖なトランに慣れている所為か、ユエはあまり寒さには強くない。
けれど、ユエの言葉にリアは平然として、大丈夫だと答える。
「僕、寒さには慣れてるんですよ。だから全然へ・・・くしゅん!」
「・・・・・」
くすりと、小さく笑う音が聞こえて、リアは思わず赤くなる。
平気だといいながらこれでは、強がっているようにしか聞こえない。
「あ、だ、大丈夫ですよ!本当に!ただ今のはちょっと間違いで・・・」
「・・・でも、本当に風邪を引いたら困る」
そう言われると同時に、リアの腕を暖かい布が包んだ。
先ほどまでユエが纏っていたマントだ。彼の体温を残したままの布は確かに暖かい。
けれども。
「ユエさん!でも、これじゃユエさんが・・・!」
「・・・平気だよ。まだ、そんなに寒くは感じない」
リアの方へと真っ直ぐに手を伸ばして、先に進むよう促してくれる。
これでは、脱いで返したとしても、ユエはきっと受け取ってくれないだろう。
「あ、ありがとうございます」
「・・・急ごうか」
リアの礼ににこりと笑みを浮かべて、ユエはリアの手を引いたまま歩き出した。
その様子は何処から見ても、視力を失っている人の歩き方ではないけれど。
「・・・雪、積りそう?」
「え?・・・あ、雪ですか?」
ふわふわの雪が、周りの木々や地面に降り積もっていく景色は、やはりユエの視界には映っていないのだ。
ただ、冷たい結晶が肌に触れて溶けていく。
その感覚だけを読み取って、雪が降っていることを感じているのだ。
「えっと、このまま降り続ければ、明日はきっと真っ白になってると思いますよ」
今でさえ、高い木の上ははらはらと降り積もる雪に白く染め上げられている。
「・・・そう」
リアの返事に満足したのか。ユエは小さく頷いて、緩やかだった足取りをもう少しだけ早く進めた。
***
「わー!急いでよかったですね・・・!」
二人がバナーの村に辿り着く頃には、寒さも風も勢いを増していて、雪は横殴りに激しく吹雪き出していた。
宿の扉を潜った途端、暖かい空気に冷たく冷えていた指先や耳がじんじんと痛み出す。
「おやおや、こんな吹雪の中をお疲れでしょう。部屋はしっかり暖めてありますよ」
「ありがとうございます」
女将さんに礼を告げ、ユエと共に用意された部屋へ向う。
この調子では、船を出す事も不可能だろうし、手鏡も一度バナーの村から出なければ発動する事も出来ない。
仕方なく、吹雪が収まるまでと言う事で、バナーの村に宿を取る事にしたのだ。
「ユエさん、寒くないですか?」
衣服についた雪を払い落とし、暖炉の火に暖められた温かな部屋の中でリアはユエに問い掛ける。
寒さに弱い彼が寒くなかったとは思えないのだが、それでも柔らかい笑みは消えないまま、リアの言葉に小さく頷いた。
自分の家やリアの城ならともかく、旅先の宿でまで何時もの様に振舞う事は、流石のユエにも不可能だ。
見えていない彼の手を引き、暖炉の前の椅子まで誘導する。
腰を降ろした所で、リアもユエに借りていたマントを脱いだ。
衣装掛けに丁寧にかけてから、用意されていた清潔な布を取り、暖炉の前のユエに近付く。
「・・・リア?」
「濡れたままだと、風邪引きます。僕はユエさんが貸してくれたマントのおかげで、平気ですけど」
ユエはといえば、雪を払うことすらしなかったので、服も髪も溶けた雪に濡れていた。
「着替えがあれば一番良いんですけど・・・」
濡れた髪を拭こうと、ユエのバンダナを静かに解く。
変わりに布を被せて拭こうとした時、突然ユエの腕がリアを引き寄せた。
「・・・っ」
驚いたリアが声を発する暇もなく、唇は静かにユエと重なって甘く痺れる。
擦り合わされる感触に、小さな声を漏らして唇を開けば、温かな何かが唇を割って進入してきた。
「・・・んっぅ・・!」
ユエにしては珍しい突然のキスに、リアは呼吸をすることも忘れてしがみ付く。
首に回した腕がユエの肌に触れて、その肌の冷たさにも驚いたが、その分申し訳なくも感じた。
寒くない訳がないのだ。それなのに、マントを差し出してくれたユエの優しさに。
「っ・・・は・・」
漸く解放された時には、リアの身体からすっかり力が抜けて、椅子に腰掛けるユエの肩に頭を埋めるように崩れ落ちていた。
腰と背中を支えてくれるユエの腕がなければ、そのまま床にへたり込んでいただろう。
「・・・暖かい」
「・・・ユ、エ・・・さ・・?」
ぎゅっと腕の中に閉じ込められて、リアは意味を尋ねようと名前を呼ぶ。
すると。
「・・・乾くまで。・・・濡れた服が乾くまで、リアを抱いていても・・・?」
「・・・っ!」
思わず、真っ赤になってしまったリアだが、きっと意味を取り違えた訳ではないだろう。
ユエは問われた答えを返すと同時に、肩に埋めたリアの耳元に、少し掠れた声で囁いてきたから。
「・・・良い?」
赤面したまま沈黙してしまったリアを気遣って、ユエは小さな声で答えを強請る。
本当に、本当に珍しい事だけれども。
リアは真っ赤になったまま、少しだけ身を引いて、抱き締めてくるユエの腕から抜け出した。
身を引いたリアに、ユエが続きの言葉を吐く前に、リアはユエの手を引いて、誘導する。
「リア・・・?」
辿り着いた先に触れたものに気付いて、ユエは小さくリアに問い掛けた。
腰を降ろした先に触れるのは、柔らかなシーツ。
問いかけに、リアはもう一度ユエの首に腕を回して、小さく、掠れるような声で返事を返した。
「・・・・・・・・・はい」
外は雪。
トランでは珍しい、激しい吹雪だ。
それでも、窓の中は暖かい。
雪と同じく白いシーツの中で、愛しい相手が隣に居るのだから。
END