【23:夢】
扉を開いたら、涼しい夜風が頬を撫でて通り過ぎた。
ふと見れば、開け放たれた窓から流れる風に、カーテンが涼しげに揺れていて。
部屋を照らすのは、透き通るように白い月光の明りだけ。
静寂を破った俺の気配に、オミの身体が少し揺れる。
「・・・俺だよ」
それだけ声をかけてやれば、また安心したように寝息を立て始めた。
パタンと扉を閉めて、念の為、鍵を回しておく。
カチリと締まる音に少し微笑んで、俺はオミの眠るベッドへと近付いた。
相変わらず『軍主』の席に座る者のベッドは豪華過ぎるほど豪華だ。
柔らかすぎて眠れないと愚痴をついていたオミも、どうやらもう慣れたらしい。
・・・俺としては柔らかいベッドの方がいい具合に揺れて楽しいと思うんだけどね。
それには断固として反対されたけれども。
まぁそんなオミも、今では気持ち良さそうにシーツに身体を沈めて眠っていた。
窓を開けたまま寝るぐらいだから、消していた筈の俺の気配にさえ反応したのだろう。
「最近寝苦しいから・・・わかるけどね」
無用心だと思うけれど、今更閉める気にもなれない。
何となくベッドの縁に腰を降ろして、深い眠りについているオミの顔を覗き込んだ。
起きている時のオミと比べて、随分と幼く見える寝顔は・・・・・・本気で可愛い。
腕の中で乱れた姿も好きだけれど。
こうやって何も知らない子供の様に眠るオミは、また一段と何かそそるものがあると思う。
何て言うのかな?・・・・・・・・そうだ。
汚してみたくなるんだ。
俺の手で汚して、乱してみたい。そんな欲望に駆られる。
柔らかいオミの髪は、まだ少し濡れているようで、艶めいて枕に広がっていた。
触ってみたくて、ためらいもなく手を伸ばす。
指に冷たく気持ち良い触り心地に、俺は思わず唇でも触れてみた。
「・・・オミ」
そのまま耳の真上で、そっと囁く。
起こすつもりはないけれど、それを何処かで期待していたりして。
目を開いて、その榛色の瞳に俺を映し込んで、微笑んで欲しい。
この部屋のオミの机の上にまで書類の山が積まれていたということは・・・目が開かなくなるギリギリまで続けていたのだろう。
だから、起きないとは分かっているけれども・・・。
「ただいま、オミ・・・」
一度、言ってみたかった言葉。
いつも文句ばっかりだけど、心の何処かではオミの城に戻る俺の帰りを待っていてくれていると思っているから。
頬にキスをして、そのまま軽く唇を重ねる。
ほんの数秒のキスだけれど、オミの唇が微かに動いて続きを強請った。
小さく声を漏らして、離れる俺の唇を追いかけてくる。
「・・・ん」
再び重なった甘い唇に、オミはうっすらと目を開けた。
寝起きのぼんやりとした瞳で、ただ俺を見つめ返している。
「オミ?」
唇を触れ合わせたまま囁くと、オミは抵抗もせずに唇を開いた。
同時に、引き寄せるように首に回されるオミの腕・・・。
・・・ここまで誘われて受け入れられて、自分を抑えきれる自信なんてないよ?
俺は引き寄せられるままにオミの身体の上に覆い被さって、誘われるままにキスを深くしていく。
「っん・・ふ、ぁ・・・」
斜めから唇を塞いで舌を絡めるキスに、抵抗どころかオミからも舌を絡めてくる。
起きてるんじゃないのか?
まだ、俺を見つめる目は潤んだままで閉じられてもいない。
至近距離から見つめるオミの瞳には、紛れもなく俺が映り込んでいる。
「オミ?・・・良いの?」
名残惜しそうに唇を追いかけてくるオミの身体を制して、その瞳を覗き込む。
オミは視線を逸らさないまま、ぼんやりと俺を見つめて小さく・・・・
「・・・ぅ・・・ん」
頷くと同時に、また引き寄せられて唇を重ねられた。
・・・寝ぼけているとしても、きちんと了承を貰えたのだからいいよね・・・?
オミのキスに答えてやりながら、夜着の前を開いて素肌に触れる。
キスの合い間で小さく零れた甘い声に、口付けを更に深くした。
「ぁっ、んー・・・」
オミの吐く息でさえ全てが欲しくて、苦しさに首を振って抵抗されるまでキスを続けた。
勿論その間にオミの夜着はもう、腕に絡まる程度にしか残っていない。
顕になった細い脚に手を滑らせて、うっすらと汗の浮いた滑らかな肌に唇を落とす。
スルスルと下に下がっていく唇と舌での愛撫に、オミが濡れた声を上げる。
いつもならば声を出さないように耐えているオミが、こうも素直に声を出すなんてね。
感じていることを隠そうともしないオミの肢体に、俺自身も身に付けていた服装を軽く緩める。
「・・・オミ」
自分でも驚くような掠れた声が唇から零れた。
同時に、覗き込んだオミの瞳がゆっくりと・・・・・・・零れるんじゃないかと思うほどに大きく見開かれた。
「何してるんですかこの変態!!!」
「―――――った・・・ぁ」
今本気で殴っただろ?!平手で殴られた頬がもの凄く熱い。
これ・・・後で絶対腫れるなぁ・・・。
「・・・あ、当たり前です・・っ!こ、こんな・・・!」
横でぐしゃぐしゃになっていたシーツを引き寄せて、オミはその身体を隠してしまった。
それもベッドに乗り上げていた俺から逃げるように、きっちり壁際に逃げてから。
薄暗い部屋の中で、天蓋の影に隠れてしまったオミの表情はよく見えないけれど、恐らくその頬は真っ赤に染まっていることだろう。
こちらを睨みつけてくる瞳だけが光を集めて、俺を射抜いてくる。
そう言う目がまたそそるんだって、いつになったら覚えてくれるんだろうね?
「・・・でもさ」
「・・・何ですか」
「オミから誘ったんだよ?」
最初にキスを仕掛けたのは俺だけど、それも軽いキスで終らせるつもりだった。
それを追いかけてきて、更にキスを強請ったのはオミの方なんだからね・・・?
「・・・・嘘」
「嘘じゃないよ。俺に甘えてキスを強請ってさ。抱きついてきたオミを目の前にして俺が平静でいられると思う?」
逃げてしまったオミを追いかけて、ベッドの上をゆっくりと移動する。
今度はベッドの上から逃げようとしたオミの腕をあっさりと捕まえて、壁にしっかりと押さえつけて。
「・・・今更その身体で俺から離れて、平気?」
「・・・っ!」
耳元で囁いた俺の声に、オミは顔を俯かせて硬直する。
だよねぇ・・・?目が覚めるまでずっと気持ち良さそうに声を上げていたんだから。
それにしても・・・・。
「疲れてるのは分かるけど・・・・今日はどうして起きなかったの?」
こうやって寝込みを襲う・・・なんてことは結構間々にあったりするのだけれど。
いつも速攻で起きられて怒鳴られるのに。
「・・・・・」
「言わない気?・・・それとも、言えないのかな?」
「・・・・絶対言いません」
「そう?大方、俺の夢見ててそのまま流されたとかだと思うんだけど?」
「!!!」
そこで、オミは大きく首を振って否定するけど・・・・それじゃ肯定してるのと同じだよ?
俺はオミの耳朶を歯で軽く噛んで、そのまま囁いた。
「素直に言わないと・・・このまま抱くよ?」
壁に押し付けられたまま抱かれるのは、オミが一番苦手な体位だ。
それは何故かって・・・一番、乱れるからだろうね。
「!・・・――で、す」
「何?聞こえない」
慌てて答えたオミの声は掠れて聞こえない。
もう一度訊き返した俺の耳に、オミはもう一度小さく答えた。
「・・・夢、だと思って・・た、んです・・・っ!」
「夢?」
・・・・ははぁ。コレは本当に寝ぼけていたらしい。
でもということは・・・・・・ん?
「オミ。夢の中では俺にあぁされたいと思ってるんだ?」
「ばッ!?」
怒鳴ろうと、真っ赤に染まった顔を上げたオミの顎を掴んで、斜めから深くその唇を塞いだ。
文句は後で幾つでも聞いてあげるから。
・・・今は、抱かせてね・・・?
END