フェザーの羽に凭れるようにして、真っ黒な空を見上げていた。
空には、完全に丸く形を変えた、月がひとつ・・・。
【25:月】
「・・・夜は冷えるよ?」
部屋に向かったら、もう城内が寝静まる時間にも関わらず、主が居なかった。
下に降りた気配はないし、残るは上のみだと屋上へ上がる。
いつもなら見張りをしている兵士が、警備の疲れかぐっすりと眠っていて。
彼の肩に掛けられた毛布は、きっと自分で使うつもりで自室から持ち出してきたものをかけたのだろう。
小さく笑って、僕は自分の纏っていたマントにその小さな身体を包んだ。
「・・・ありがとうございます」
僕が尋ねてきたことを知って嬉しそうに笑った顔は、次の瞬間少し赤く染まる。
と同時にふわりと零れた笑みが、冷たい風に冷えていた僕の身体まで暖かくさせた。
「何見てたの・・・?」
上ばかり見て。
夜には弱く、すぐ寝てしまうリアがこんな時間まで起きていることすら珍しいのに。
リアの目線を追うようにして、僕も視線を上げる。
そこには、柔らかく光を放つ月が、ひとつ。
「・・・・綺麗だなって思って」
目が離せなかった。リアはそう言って笑う。
「手を伸ばしても届かなくて、でも近くに行きたくて・・・」
そこまで聞けば、どうしてここにいたのか良く分かる。
「城で一番高いから・・・?」
「はい。いつもは見張りの方が通してくれないんですけど・・・今日は寝てたから」
それはそれで警備として問題なのだが、リアが嬉しそうなので今回は大目に見よう。
「でも、ダメですね。いくら高い場所に上っても、手を伸ばしても絶対届かない」
目の前で、リアは月に手を伸ばす。
見上げた先にある小さな円は、手中に納まりそうで、けれど触れることは出来ないもの。
「・・・移ろいやすく、届かない」
「?」
ぼそりと呟いた言葉に、リアが不思議そうに顔を向けてきた。
「月を詠う時によく使われる言葉だよ。・・・・いつでも形を変えて、そして絶対に届かない」
その美しさから憧れの象徴として捉えられることもある。
「・・・なんだか、恋みたいですね」
「そうかな・・・。けれど、恋の詩には不似合いだと思うよ」
ころころと形を変える月は、心変わりしてしまう気持ちのようで。
すぐ雲に隠れてしまう姿も、恋を例える良い例とは思えない。
「・・・でも、いつでもそこにあるじゃないですか」
「・・・?」
先程とは反対に、今度は僕が首を傾げた。
リアは、少し目を細めて、伸ばした両手の間に映る月を見つめる。
「太陽が昇って見えなくなってしまっても、分厚い雲に隠されてしまっても。僕から見えないだけで、月はいつもそこにあるから・・・」
そこまで言うと、リアは空へ伸ばしていた腕を、僕に差し出した。
そして、するりと抱きついてくる。
「それに、あんなに綺麗なんだもん。ユエさん、僕やっぱり月が大好きです」
リアの顔は、暗くてよく見えなかったけれど。
その言葉が僕に対する気持ちに聞こえて、嬉しかった。
「・・・うん」
ありがとうと言うのはおかしいかもしれないけれど、素直にそう思った。
優柔不断な僕を現すかの様で、あまり好きではなかったのだけれど。
少し、この名前が好きになれたから。
END