【28:薬】
城下は賑わうお祭り騒ぎ。
別段、本当の祭りが催されている訳でもないが、それに近いざわめきが城全体を包んでいた。
「・・・来て良かったな」
この時期、良くも悪くも浮かれる人々の中に、ただ一人オミを置いておくなど出来る訳がない。
今でこそセフィリオのものだと知れ渡っているからいいものの、それまではオミを狙う男女の視線が幾つも幾つもあったものだ。
尽く排除はしてきたけれど、セフィリオの恋人となってからも幾つかの視線は消えはしない。
「・・俺でさえ、これだもんな・・・」
こっそりと尋ねてきたハズなのにどこから聞きつけたのか、オミの部屋に辿り着くまでに両手で抱えきれないほどの箱や袋や花束を貰ってしまった。
見かねた兵士に手伝って貰い、何とか辿り着いたは良いが、部屋の前にも幾つもの箱が山積みになっていたりするからまた大変だ。
こんな所に置いていくのは宿星達だろうが、それにしても、モテていることが気に入らない。
自分のものはちゃっかりと袋詰して、日持ちする物だけをトランに送って貰ったが、この部屋には未だオミ宛の甘い匂いが充満している。
貰えるものは嬉しいが、やっぱり本当に欲しいものはオミがくれる気持ちだ。
ありえないだろうと心の奥で思いつつも、ついつい机の上に転がった小さな箱を手に取って眺めてみた。
無断で悪いと思ったが、オミでもこの山を一人で処理するには限界があるだろう。
手伝ってあげようという親切心・・・という理由にかこつけて、手に取った包みを開けた。
中には、丸い形に固められた幾つかのお菓子。量的に多いものでもないし見た目も普通なので、手の凝った贈り物ではない事だけを確かめて口に入れる。
勿論、本命的なものがあったとしたら、気付かれる前に処分するつもりでいたが。
「あれ?来てたんですか」
「・・・冷たいなぁオミ。『来てくれて嬉しい』とか言えないの?」
執務を終えて部屋に戻って来たオミを迎えようと、座っていた椅子から立ち上がる。
さり気なく隠したつもりだが、セフィリオの後ろにある包みに気がついて、オミは軽くセフィリオを睨んだ。
「何勝手に食べてるんですか!・・・あぁもう、誰からかも分からないのに・・・」
そう言いつつも、再び追加された山にセフィリオもうんざりする。
執務室でも幾つか貰い、更に城下から届いたものも合わせれば、もう幾つ貰ったのか分からないほどに山が積みあがる。
「これ、全部食べる訳でもないんだろう?いいじゃないか一つくらい」
「量の問題じゃないです。こんなの、くれた人に失礼じゃないですか」
そう言いながら、セフィリオの正面に腰を降ろして、貰った相手の名前を紙に書き写していくオミ。
その作業をぼんやりと眺めながら、セフィリオは小さく呟いた。
「どうして受け取ったりするの」
「どうしてって・・・。あぁ、セフィリオが心配することは何もないですよ」
少し疲れの浮かんだ表情に、それでも柔らかい笑みを浮かべて、本当にリラックスした様子でセフィリオに微笑み返す。
「・・・」
偶にだが、こんな風にオミはセフィリオの前で無防備すぎる笑顔を見せることがある。
疲れている時はことさらに多いが、彼の前で繕おうとする気を張らないことが、オミにとっても楽なのだろうけれども。
「セフィリオ?」
「・・・いや、何か」
そういう笑顔を向けられるのは嬉しい。きっと、この笑顔を見せてくれるのは、セフィリオの前でだけだろうから。
けれど、それだけで突然こんなにも・・・。
「・・・?セフィリオ・・・っちょっと?!」
椅子に座っていた筈の身体が突然浮き、次に降ろされた場所は何故かベッドの上。
「突然何するんですか、セフィリオ・・・っんーぅ!!」
仰向けに転がされたベッドの上。
息をつく間もなく覆い被さってきたのは、セフィリオの熱い身体。
もがいても、逃げる事を許さない腕が、オミの身体をシーツに固定する。
こんな風に突然行為に及ばれるのは初めてでも何でもないが、それにしても性急過ぎる愛撫にオミは閉じていた瞼を開いた。
同時に、少しだけ離れる唇。オミと同じく閉じていたらしい瞼の内側から現れた鮮蒼の瞳が、真っ直ぐにオミを映し込む。
「・・・ぁ・・」
気持ちというか、想いと言い換えるべきなのか。とにかく、溢れ出して止まらないような衝動を秘めた瞳の色が、真っ直ぐにオミを射抜いた。
初めて見るような、ただ『抱きたい』と訴える濡れた視線。
軽く愛撫を与えられたオミよりも、何故か熱い吐息を漏らすセフィリオの唇。
訳が分からず、オミは目の前の綺麗な顔を覗き込む。
「・・・セ、フィリオ・・・?」
「ごめん・・・ちょっと止まらない」
「止まらない・・・って、わ・・・!!」
先ほどのキスの合間に緩められていた帯はもうベッドの下。
胴着も簡単に肌蹴られて、下衣に至っては今まさにスルリと奪われたばかり。
その早業には感嘆の声しか漏れないが、剥かれた方はそうにもいかない。
「や、やだっこんな・・・待っ・・・!」
「待てない・・・。文句は後で纏めて聞くから・・・今は抱かせて」
続きの文句を言えないように、深く塞がれる唇。絡められた熱に、いつしかオミの抵抗も弱くなっていく。
呼吸を奪われて、無理矢理追い上げられた熱に抵抗すら奪われながら、ただ求めてくるだけのセフィリオの考えがまだ掴めない。
少々納得が行かないような視線を向けると珍しく余裕のない表情で、それでももう一度柔らかくオミの唇を塞いできた。
「・・・ん・・」
柔らかいキスとは裏腹に、性急にオミの身体を開こうと繰り返す愛撫は、何時になく熱く激しい。
遂に、抵抗していた腕が引き寄せるようにセフィリオの首に廻った。
***
「・・・はぁ、はぁ・・、も、ダメ・・・」
ぐったりとシーツに沈んだオミは、横で一服かましている相手をキツく睨み付ける。
結局何のことだか分からないまま一体何度コトに及んだのか、もう数えるのも嫌な程だ。
「もっと体力つけないとねオミ。そんなんじゃ、戦ってても直ぐ倒れる」
「それとこれを一緒にしないで下さい。・・・本当にもう、一体何があったんですか」
起き上がるのも嫌というようにうつ伏せにシーツに転んだまま、枕を抱き締めるようにして隣のセフィリオを見上げる。
情事後だからか、疲労の中にも上気して潤んだ瞳。何時もは透ける様に白い肌を柔らかな色に染めて、見上げてくるオミの視線はかなり目の毒だった。
本人は気付いていないのだろうが、気だるげに伸ばされた綺麗な背中が捲れたシーツから腰のラインギリギリまで見えていて、一瞬セフィリオも言葉を失ってしまう。
「・・・・・・」
無言のままで手元の火を消し、セフィリオは一度ベッドから離れて、何かを手に取って戻って来た。
「何?・・っん」
見上げた口に放り込まれたのは、一粒の甘いお菓子。
中に何か入っているのか、一瞬喉を焼くような味がしたその他は普通に美味しいものだった。
「これ、誰から貰ったの?」
「そう言われても覚えてないですよ・・・あ、こんな所に何か書いてある」
寝転んだままのオミの位置から漸く読めるという、つまりは箱の裏に小さな文字でこっそりと書かれた文字を見つけた。
「えっと・・・『いい加減マンネリもするだろアイツ相手だと。偶には気分を変えて熱く燃えてみねぇか?オレでよければ、何時でも相手するぜ(笑)』・・・?」
「・・・・」
「これ、ええどういう意味・・?あ、続き。『ちなみに、絶対ナイショだからな!オレが殺されたら困るだろ!!』・・・って言われても」
開けてしまったのがセフィリオなのだから、内緒にしようがないのだけれど。
「・・・シーナ」
名前も何も書いていないが、確かにこんなものを書いて送ってくれるのはシーナぐらいだろう。
静かな声に怒りを感じ取ったオミは、確かに殺されては困るので慌ててセフィリオを呼ぶようにシーツの上に起き上がる。
「こんなの、冗談に決まって・・・っ?」
誘いに気付いてくれたのか、起き上がったオミの身体を腕の中に閉じ込めながら、それでも微かに疑問の混じったオミの声に小さく笑ってみせる。
何に笑われたのかは分からないけれども、背中を撫でたその腕の熱さに、肌がざわめいたのは確かだ。
もう回数も分からないほど散々抱かれた後なのに、まだまだ物足りない気がしてオミは驚く。
「・・・な、に・・・これ」
追い上げられている訳でもないのに、身体が酷く熱く感じてつい無意識でセフィリオに擦寄ってしまう。
小さく震え始めたオミの肌を楽しみながら、セフィリオはあえてオミの耳元で、低く問い掛けた。
「・・・ラヴポーションって、知ってる?」
その声に背筋を震わせながらも、意味を理解しようと必死で頭を回転させる。
この現状と、先ほどまでのセフィリオと・・・その言葉に。
「・・・まさか、媚薬入り・・・?」
シーナもとんでもないものを送ってくれたものだ。
外れていて欲しいと願うばかりだが、セフィリオはオミの答えに満足そうに笑みを深めた。
「正解vもう1個食べる?」
「いらな・・・っんーぅ!!」
差し出された菓子を前に顔を背ければ、頬を包み込まれるように甘いキスに塞がれる。
そうして無理矢理食べさせられた身体は、勿論のことオミの意思に反してセフィリオを求めてしまう訳で。
散々泣かされた身体は勿論のこと翌日起き上がることなど出来ず、意気揚揚とシーナを探しに行ったセフィリオを止めることすら出来なかった。
「・・・シーナ、ちゃんと生きてますよね?」
ベッドの住人になりながら、元気に返ってきたセフィリオに尋ねてみれば。
「良い物をありがとうって、お礼を言ってきただけだよ」
と笑顔で返された。
けれど、無事で済むはずがないのも当たり前で、漸く起き上がれたオミが湿布薬を貰おうと医務室を尋ねた先で、ベッドの住人になっているシーナを見つけたとかそうでないとか。
END