【30:キス】
ちょっと苦しくて、恥かしくて、ドキドキするもの。
でも、柔らかくて、暖かくて・・・・・・とても甘いもの。
自分の唇と相手の唇を重ねる事を、『キス』と言うらしい。
でも、頬にするのも、髪にするのも、額にするのも・・・『キス』と言うらしい。
ナナミちゃんとかジョウイとか、お休みの前には頬にちゅ・・・って、軽くキスをし合ってた。
それは、苦しくないし恥かしくないしドキドキもしない、ちょっと嬉しくなる挨拶の代わり。
なのに・・・。
「お休み・・・リア」
「ユエさん、お休みなさい」
ナナミちゃんと同じように、頬に小さくキスをくれる。
嬉しいのは、一緒だ。だけど、どうしてこんなにドキドキするんだろう。
「・・・ユエさん、あの・・・」
ベッドに座ったまま、寝ようとしない僕に、それでもユエさんは嫌な顔をすることもなく、同じように座ってくれた。
「どうした?眠れない・・・?」
「あ、いえ!そうじゃなくて・・・そうじゃないんですけど・・・」
こんな、ドキドキするとかしないとか、ユエさんに言って、変な子だって思われたりしないかな?
正直に言えば、こうやってお話してるだけで、僕はドキドキするんだけど。
「あの・・・僕、ちょっとおかしいかもしれなくて・・・。僕のことなのに、わかんなくて・・・」
どうやって伝えればいいのかも思いつかない。
でも、ゆっくりゆっくり躊躇いながら話す僕を急かすでもなく、ユエさんは少し微笑みながら聞いてくれてる。
「えっと・・・して貰えるの、凄く嬉しいんです。でも、胸がドキドキしてギュって苦しくなって・・・ちょっと恥かしくて」
無意識に、自分の唇を指で撫でてしまった。
それに気付いたユエさんは、不意に僕の唇に指で触れる。
「それは・・・キスのこと?」
「ええええと!あ、あの!・・・は・・・はい・・・」
その指があまりにも優しくて。
一気に胸がドキドキと高鳴り始めたからきっと、顔は赤くなっているんだろうな。
「・・・リアは、されるの、嫌い?」
「いいえ!!・・・あ」
僕の返事に、ユエさんはくすくすと小さく笑って、真っ赤になったままの僕を近くへ引き寄せた。
すっぽりと腕の中に抱き締められて、一瞬頭が真っ白になったけど、さっきよりもっとドキドキと胸の音がうるさくなる。
きっと、僕の鼓動は聞こえているのだろう。・・・そう思うと、やっぱり恥かしい。
「・・・緊張しないでリア。・・・息をゆっくり、吸ってご覧」
カチカチに固まった僕の背中を優しく撫でてくれる。
ドキドキとうるさかった胸の音は、何時の間にか治まり、ゆっくりと・・・ほっとするような心地に変わっていく。
抱き締めてくれる腕が優しすぎて、ぼんやりとユエさんの胸に顔を埋めていたら、そっと耳元で囁かれた。
「・・・キス、嫌いじゃないのなら」
「・・・?」
「してみてもいい・・・?」
僕の唇を撫でる指が、真っ赤になった僕よりもとても熱く、感じて・・・。
僕は小さく、頷いた。
ドキドキと胸が苦しくて、恥かしい。
「目を閉じて・・・リア」
「・・・っ・・・ん」
言われるままに目を閉じれば、ゆっくりと重なってくる唇。
初めは、その柔らかさに少し驚く。・・・そのまま何度か触れ合わせるだけの、キス。
離れてはまた重なって、僕のドキドキは、もっともっと早くなっていく・・・。
「・・・ぁ・・・」
何度目かのキスが離れた時、何か我慢できなくて、少しだけ唇を開いてしまった。
追いかけるように、ユエさんの唇を微かに舐める。
「・・・っんぅ!ん・・っ―――」
次に唇が重なった時は、今まで以上に深くて、苦しい。
熱い何かが、僕の舌と絡まって・・・。
でも、擦れ合うところから、ジン・・・とするような熱が生まれて、僕の身体はどんどん熱くなる。
「・・・リア」
ぐ、っと僕の肩を掴む手に力が篭る。
背中がベッドのシーツに触れたかなと、そう思った瞬間が、僕の覚えている最後の記憶・・・。
「お早う」
起きたばかりの僕に、ユエさんは柔らかく微笑みながら、また小さくキスを贈ってくれる。
瞼の上に落とされたキスは、ぽっと心に火が灯るよう。
ちょっと恥かしかったけど、こんな暖かい気持ちになれるのなら・・・。
「お・・・おはよう、ございます・・」
本当に触れただけの小さなキスを、ユエさんの唇に一つ、贈った。
ちょっと苦しくて、恥かしくて、ドキドキするもの。
でも、柔らかくて、暖かくて・・・・・・とても甘いもの。
そして、とても幸せになれるもの。
END