A*H

一度はやってみたいシリーズ

ユエ×リア 2005/02/08 up

【35:幸せ】






あなたの指。

それは躊躇いながらも優しく僕に触れてくる。

肌に触れては、その体温を。

触れられて小さく溢した僕の声に反応して、指は触れる位置を変え、表情を読み取ろうと、頬に滑り降りてくる。

僕が緊張して堅い顔をしていれば、指を手の平に変え、柔らかく溶かす様に包み込んでくれる・・・。

見上げた先にある瞳は、嬉しそうな僕の表情を映してはいるけれども、その瞳に感情は映らない。

彩色(イロ)をなくした深い碧の瞳は、ただの綺麗なガラス球のようにも見える。

あなたの手はこんなにも暖かいのに、感情の映らない瞳のせいで、その総てがつくりものの様に見えてしまう。

綺麗だけれど、とても儚くて、壊れやすい物のように。

こんなに近くに居て、その優しい指先で僕に触れてくれるのは、こんなにも幸せなのに。


少しだけ寂しくて・・・僕はゆっくりと目を閉じた。



***



君の肌。

躊躇う様に伸ばした指で触れた頬に感じる暖かな体温。

触れられたことに緊張している様だったけれど、柔らかい頬を手の平で包めば、ふわりと上がる体温と、浮かんだ口元の笑み。

その笑顔をこの瞳に映すことが出来ないのは残念だけれど、記憶の中で君が笑うから・・・。

見えているものが総てではない。見えないことに不自由は感じていなかった。

ただ、見えていない僕を見て君が傷付いた顔をする・・・その事だけが気に掛かるけれど。

触れた頬に力が篭った。

降ろされた瞼に、泣きそうな君の表情が蘇る。

どこまでも優しくなれる君だから、またこの見えない瞳に苦しんでいるのだろう。

君の所為ではないのに。ただ、僕が僕自身の為に行動した結果なのだから。

力のない、柔らかい頬から細い肩に手を滑らせて、引き寄せる。

小さく零れた声に驚いているのだと解ったけれど、僕は力を緩めずにその小さな身体を抱き締めた。

温かな鼓動。

春の陽の様な柔らかな香り。

緊張しているのか、少し強張った体も、優しく背を撫でればふわりと和らぐ。

大丈夫。

僕は君が腕の中に居るだけでこんなにも幸せなのだから。

そう伝えるように、優しく、抱き締めた。



? ***



肩に触れた手が、突然僕を引き寄せて、抱き締められた。

突然の行動に一瞬理解できなくて、僕は身体を堅く強張らせてしまうけれど。

あなたの腕の中はどこまでも優しく暖かで、僕は思わず泣きそうになる。

幸せなのに、こんなに胸が苦しくなるなんて思わなかった。

僕は止めていた息を吐いて、広く暖かい胸に顔を埋める。

蕩けていく緊張とは別に、成長していく切ないココロ。

こんなにも苦しいのは、僕がそれだけあなたを好きだと思うから。

もう一度触れてきた指先に、頬を撫でられ、促されるままに見上げる。

優しく微笑んだ瞳が、何も映らないガラス球を綺麗に輝かせて彩色(イロ)を取り戻す。

近付いてくるその瞳を見つめたまま重なる唇は、泣きそうになるくらい優しかった。


たとえ終わりの決められた未来だろうと。

あなたを好きになって、僕はこんなにも切ない幸せを知りました。







END




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