【44:お願い】
「ね、ねぇってば!本気でお願い!」
「嫌だ」
なんで。
こんな暑い夜に、わざわざ暑い思いをしなければならないんだ。
「でも、本気で駄目なんだってオレ!ここでレイに見捨てられたら、オレ泣くよ!?」
「泣けば」
ていうか、僕まだ本読んでる途中なんだけど。
寝るなら勝手に寝ればいいのに。
「あ゛〜やだ〜ねーお願い一生のお願いだから!!」
「・・・」
鬱陶しく縋り付いて来るカナタに無視を決めたその瞬間、零れ落ちてきた言葉に思わず僕は顔を上げてしまった。
「え?訊いてくれるの?お願いしちゃって良いの!?」
「・・・いや」
本当に、久しぶりに聞いた。
誰かにこうやって纏わりつかれるのも久しぶりだけれど。
それよりも、僕を揺さぶったのは、同じ顔をして同じ言葉を吐いた、・・・カナタ。
「そんなこと言わないでさあ!もう、本気で一生のお願いッ!こんなの頼めるの、レイくらいしかいないんだよー!!」
寝台の縁に座ったままの僕の前に膝をつき、腰辺りに抱きついて嘆く姿は、流石に僕の記憶にもない。
あいつは・・・あまり、人に触れてこなかったから。そこだけは、カナタと違う。
そもそも、どうして僕なんだ。
「・・・カナタなら、言えば誰でも」
「嫌だね。っていうか、オレはレイが良いのレイじゃなきゃ嫌なの!本気で駄目なんだよオレ〜〜〜!!」
本当に泣きそうな顔をして、見上げてくる瞳は、綺麗。
知っている色に良く似た、けれども僕を映して輝く瞳は全然違う、カナタの目。
そんなに怖いのか、その瞳は少しだけ、本気で泣いていた。
「・・・そんなに嫌いなら、聞かなければいいのに」
「で、でもさ!!どこで出たって聞いとかないと、オレそこに行っちゃうかも知れないし!もし、もしもだよ?オレが一人で歩いてる時に、そんな生で拝んじゃったらオレ絶対泣く!っていうか気絶するから!!自信あるから!!!」
「・・・それ、先に聞いておいて、何か効果あるの?」
「いや、うー・・・ないけど」
鬱陶しいほど暑い夜。
元々廃墟だったこの城には、当たり前のように噂話が語られていて。
それも、誰も居ない階段から降りてくる足音だけが聞こえるとか、崩れた扉の向こうから引っかく音が聞こえるとか、4階に上る窓にはあり得ない人の顔が映るとか、・・・とにかく、『怪談』と言われる部類の噂話が至るところで囁かれていた。
「だから、お願いしてるんだってば〜・・・!ねぇ、レイ。お願い一緒に寝て!!!」
この様子からみて、カナタはこの手の話が苦手らしい・・・が、誰かが見たと騒ぐ現場の話も聞かずにはいられない様子で、片っ端から聞いて廻っていたそうだ。
そして、その結果がこの現状。
「・・・カナタ。離して暑い」
「離したら逃げるだろ!?帰るだろ!?嫌だ今日は絶対帰さないからって言うか一緒に?寝てもらうまで離さないから!!!」
「・・・・・・・・・」
ここまでしっかりしがみ付かれて、必死な様子のカナタでは、確かに何を言ったって聞きはしないだろう。
いつもはもう少し僕との距離を測って接してくるけれど、今はそんな余裕もないらしい。
泣きそうになったまま、それでも置いていくことを責めるようにしがみ付いてくるカナタは、本当に本気で信じているんだろうか。
「何が・・・」
「え?」
「何が、そんなに怖い?」
仕方なく、読みかけの本を諦めて閉じ、腰に抱きついたまま寝台へと乗り上げてきたカナタを見つめ返して問いかけた。
聞かれた意味がわからなかったのか、ゆっくり考えるような仕草を見せて、小さく首を振る。
「わ、わかんない。でも怖いんだよ・・・なんか」
この子に、こんな顔があるとは思わなかった。
単純で、馬鹿で、何の悩みも無いような顔で走り回ってる姿しか、知らないから。
不安そうな顔で、怯えて何かに縋りつくなんて・・・少し想像できなかった。
「・・・そう」
『そういうもの』が怖いのなら、尚更。
「なら、僕と寝るのは止めるべきだ。・・・僕こそ、君の怖がってるものだと言ったら・・・どうする?」
カナタが怯えているものは、死者の魂が彷徨う姿。
そして・・・その魂を刈り取るのは・・・。
「レイは怖くないっていうか、それより、安心するから傍に居て欲しいだけなんだけどな・・・」
? 「・・・安心?」
「だってさ、何か出ても・・・レイなら何とか出来そうな・・・気がするからさ」
きっと、理解して言葉にしているのではないのだろう。
でも、それでも・・・カナタは僕の紋章の本質を肌で感じるように知っていて・・・そしてそれを怖くないと言う。
「・・・そう」
「ぅ、わ!レイ!やだちょっと待って出てかないで置いてかないでー!!」
「違う」
しがみ付くカナタをそのままに立ち上がれば、必死になって引き戻そうとしてくる腕に首を振った。
立ち上がったのは、出て行くつもりで立ち上がったわけじゃない。
「そっち。・・・寄ってくれないと、寝れないんだけど」
「え?」
「寝るんじゃないの。・・・もう良いなら、部屋に戻る」
元々、泊まると言った僕の為の部屋の用意はしてもらっている。
けれど、至る所で怪談話を耳にしたらしいカナタが離してくれなかったお陰で、結局今夜はその部屋を使わないままになりそうだ。
「いや!いい!戻らないでお願いここにいて!!!でも、・・・やったありがとうありがとう助かったー!!!」
叫ぶと同時に僕が読みかけていた本を端へと寄せて、更に自分も壁際へと寄って座り込む。
今までの泣きそうな顔はなんだったのかと思うほど、嬉しそうな顔をして僕をシーツの上へと引き寄せた。
「レイが傍に居るなら、安心して寝れるなーオレ」
「ひっつかないで。暑い」
「・・・駄目。それは・・・怖いから、いや・・・だ」
ほんのさっきまで、あんなに騒いでいたカナタは、隣に僕が寝ただけでいっきに眠りの縁へと落ちていった。
いっそ特技かと思うほど、カナタは寝付きが良い。これなら、怖がる暇もなく眠れただろうに。
「・・・カナタ」
本当に、こんなに暑い夜なのに。
隣に感じる人肌に安心しているのはきっと、カナタだけじゃない。
読みかけの本を、そっと手に取る。
「・・・君は好きだったのに」
怪談とか伝説とか、『そういうもの』。
テッドと違って・・・きっとカナタは、嫌がって逃げるに違いない。
いや、それとも怖いもの見たさで怯えながらも聞きたがるかもしれない。
その様子を想像してみて、僕は少しだけ笑みを零した。
朝、カナタが目覚めたら・・・。
暑い夜を過ごす羽目になったお返しに、少し涼しい話を読んで聞かせてみようと。
END