05:夜空
急に重くなった瞼を、開くかどうか確かめながらゆっくりと開いてみれば・・・・・。
そこは真っ暗なレイの部屋だった。
「あれ・・・?」
さっきまでこのベッドに眠っていたのは自分ではなかったはずだ。
けれど今、広いベッドの上を占領して、横になって眠っていたのは、紛れもなくオレ自身で。
「レイ・・・何処に行ったんだろ?」
確か・・・・レイが熱を出して、グレミオさんに頼まれて、オレがレイの看病していた筈だった。
そりゃあ、看病の合間に寝ちゃったことは悪く思ってるけど、って・・・・・あれ?
じゃあ、このベッドにはレイが寝かせてくれたってこと・・・・・だよな?
「えへへ・・・それなら嬉しいんだけど・・・」
ていうか、まずありえないと思う。
自分で言った言葉に速攻で否定してしまって、オレは頭を抱えた。
「が・・・早く!」
その時、バタバタと階下を走る足音が聞こえた。
こんなに慌てた声を出す人が、この家に居ただろうか・・・・?
そして、見渡した部屋は、知っているけれども、オレが『知っている部屋』じゃない。
オレが知っているレイの部屋は、もっと冷たく生活感など微塵もなかったのに・・・・。
廊下を走る足音。窓の下の玄関口から聞こえる、ガシャガシャと煩い金属音。
自分の中で何かが見てはいけないと叫ぶけれども、自分の好奇心にはどうしても勝てない。
誰にも見つからないように部屋の外に出て、声の洩れる部屋の前まで近寄った。
「ゃ…だ…ッド!」
覗いた隙間から漏れ聞こえたのは、悲痛なレイの叫び声。
「・・・・ここはどこーだ?」
知らない。オレはこんな家は知らない。オレの知っているマクドール家はもっと・・・何かが違う。
そう。何かが違う。
いや。何もかもが。
オレの知っている場所だけれど、ここは違う場所だ。
微かに見える空は、星も見えない暗闇。
ただ、誰かが流した涙のように。
ただ、歴史の変動の初夜にふさわしく。
冷たい雨が繁栄することに疲れた街を濡らし続けていた。
「ねぇ」
「え・・・?」
暗闇から、確かに誰かに声をかけられた。
慌てて振り向いて、そこがレイの家でないことに気づく。
振り向いたと同時に眩しい光に目を焼かれて、暗闇に慣れていた視界が真っ白に染まった。
しばしばする目を擦って、もう一度目を見開く。
「旅の人?」
「え?えぇ?」
この展開には流石のオレでも狼狽えるしかない。
目の前で興味深そうにオレを見つめているのは、レイの部屋に飾ってあった肖像画そのままのあの人で。
いや、今の表情の方が幼く感じるけれど。・・・オレと同じか・・・オレより下ぐらい・・・なのに?
「・・・いや、オレは」
「そうなんだ?ねぇ、お兄ちゃんたちが、宝物を取りに来たひとたち?」
答えようとしたオレの言葉を遮って、にこにことそう言われた。
「宝物?取りに来たって・・・何それ・・・」
「あぁ良かった!よそ者には近付くなっておじいちゃんが怒るんだもん。でも、お兄ちゃんたちは悪い人に見えないもんね?」
「ちょっと待って!って、オレ一人なのになんで・・・『達』?」
そこで、漸くオレの言葉と目の前の相手の言葉がかみ合っていない事に気が付いた。
「・・・っあ、怒られちゃった・・・」
ほら。オレは何も言ってないのに、会話だけが進んでいく。
この視界は、オレのものじゃない。・・・・レイ?
「・・・・そうだね。ここは、君の世界じゃない」
「誰だ?!」
さっきから聞こえていた、この声の持ち主は・・・?
また、後ろに気配を感じて振り返る。
まだ子供っぽい口調で喋りかけてきた彼と背格好は変わらないのに・・・随分と大人びて見えた。
「・・・テッド?」
「あたり。初めまして、だよね?カナタ」
爽やかに笑う彼の笑顔に、当たり前だけどオレは思考がついていかない。
当然の様に右手を差し出してきたテッドの手を握り返せずに、ただ見つめ返した。
「警戒するのも無理ないか。ここはね、レイの紋章の中・・・なんだよ」
「紋章の中・・・?って、ちょっとオレ魂取られちゃったの?!」
レイの紋章といえば、ソウルイーターなんて恐ろしい総称がついた紋章だ。
その名の通り魂を吸うかららしいけど、オレ・・・まだ死にたくないんだけどなぁ・・・?
「大丈夫、そんな複雑な顔しなくても。カナタは魂を吸われた訳でもないし、死んだ訳でもないから」
けらけらと笑う目の前の相手に、いくらオレでもちょっと唖然とする。
「オレのこと、気になる?」
「・・・いきなり何だよ?」
「レイのこと、好きなんだよね?」
「大好き」
即答で返したオレの言葉に、何が面白いのかまだ笑っているテッド。
馬鹿にしたような笑い方じゃなくて、つられてこっちも笑ってしまいそうな笑い方で。
「そっか、いいなカナタ。・・・君なら、大丈夫だね」
「・・・何が?」
「まぁ、そこから先はこっちの話」
そこで言葉を区切って、テッドは今までの優しげな顔を少し厳しいものへと変えた。
その濃茶色の目に映る色が、爽やかな緑の影から深紅に変わる。
「君には・・・いや、レイのことが好きなら、知っておかなければならない事がある・・・」
テッドが見据えるものは、少し離れた村の姿。
明らかに紋章の力としか言いようがない、荒れ狂う炎の渦。
「・・・・レイは?!」
さっき見ていたのがレイの視界だとするなら、レイは幼いテッドに付いてあの村へ行った筈だ。
燃え盛る村をどこか寂しげな目で見つめるくせに、動こうとしないテッドにオレは焦れた。
「離せ!行かなきゃ!村が!!」
走り出そうとしたオレの腕を掴んで、テッドは静かに言う。
「離さない。・・・今更、遅いんだよカナタ。これは、『記憶』なんだから」
「・・・記憶?」
「記憶。・・・または、過去とも言うね。言っただろう?ここは、レイの紋章の中なんだ」
いつの日か、レイが見た記憶。レイが辿った道。
「・・・行こう!一緒に・・・ッ!!」
「フェイ・・・」
「お願いだから・・・!僕の手を取ってくれ、テッド・・・ッ!」
何時の間にか、数本の木々を挟んだ向こうにレイが居た。
オレが知ってるフリックやビクトールも、オレが知る彼らよりも若い姿でそこにいる。
叫んでいるのは、レイ。そんな彼を見下ろして、苦い顔をしたフリックとビクトール。
レイは彼らの声には耳を傾けず、ただ、全てを失って泣き続けるテッドに右手を伸ばして。
「・・・・あ」
テッドはレイに右手を伸ばしたけれど・・・・触れない。すり抜けた・・・?
「・・・どうして・・・?お兄ちゃん達も、置いていくの?ねぇ、ひとりは・・・嫌だよぉ!!」
「・・・同じ世界に同じ真の紋章は存在しない。紋章を継承したオレとレイは・・・もう触れる事さえ出来なかった」
「どういう、ことだよ?レイの紋章をなんでアンタが持ってるわけ?」
ソウルイーターはレイの紋章のはずだ。なのに・・・どうして?
オレのその質問に驚いた表情を見せたのは、何故かテッドの方で。
「・・・そうか。カナタはそれも知らないのか」
「わ?!」
また、視界が真っ暗に染まった。
太陽の光と赤い炎の輝きに慣れていた目は、その暗さについていけない。
「テッド!何が・・・何があったんだよ!?」
「いいから・・・!・・・兵士達が追いかけてくる・・・早く!」
バタバタと廊下を走るいくつもの音。
これは・・・さっき見たレイの家の中の風景だ。
さっきと少し違うのは、オレがいるのはレイの部屋じゃなくて・・・たぶんテッドの部屋なんだろう。
傷だらけになったテッドを肩に抱えて飛び込んできたのは、レイその人で。
「・・・時間がない。レイ・・・手を」
「テッド・・・?」
真剣な声で請われた言葉に従い、レイは右手を差し出す。
ベッドに横たえられたテッドはその右手に自分の右手を重ねて・・・・ゆっくりと目を閉じた。
「・・・・レイが、紋章を継承した・・・?」
「そういうこと。・・・元は、オレの紋章だった」
「レイ・・・逃げてくれ。オレが囮になるから・・・そのうちに・・・!」
テッドが選んだ方法は、幼い日にテッドが逃がされた方法と同じ。
「嫌・・・嫌だ!・・・・テッド!!」
グレミオさんたちに腕を掴まれて、屋敷から飛び出していくテッドの背中に向かって叫ぶレイ。
「レイを逃がすには・・・・。そして紋章を守ってもらう為には、この方法しかないと思った」
オレの隣に立つテッドは、その様子を悲しげな表情で見つめていた。
「・・・でも、そのために、オレ自身の業まで全て・・・レイに背負わせちまった」
「業・・・?」
訊き返したオレの方を振り返って、小さく頷く。
「・・・・近しい者の魂を掠め取っていく、ソウルイーターの呪いまで。レイに背負わせてしまったってことだよ」
台所の裏口から引き摺られるように逃げ出したレイたちの姿を見送って、マクドール邸にはもう誰もいなくなってしまった。
乗り込んできた兵士達の後ろでは、窓の外から激しい雨が室内にまで入り込んでくる。
その時、ふと確信に似た何かがオレの中を走りぬけた。
「・・・あぁ、だから」
テッドの横顔を見て、声を聞いて、その見つめてくる瞳を見て。
初めてじゃない感じがしたのは、きっと気のせいじゃない。
レイが、オレを見て驚いた理由は、コレだったのだ。
「・・・似てるのか。オレと」
寂しそうに雨を見つめるテッドは、オレの視線に気付いてふと笑う。
それも、見慣れた笑顔。
まるで、目の前に一枚の巨大な鏡があるような。
「レイはきっと・・・夜の雨が苦手だね?」
あぁその通りだろうね。
そして、いつまでもアンタの背中を追いかけてるんだ。
雨に遮られた夜空の向こうに。
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⊂謝⊃
ますます不思議ワールド(汗)ナンダイ紋章のナカって(笑)
最近天輪のあっちこっちで出てきてる彼ですが、何でいきなり出番増えたんだろうね?(笑)
やっぱり幻水4発売記念でしょうか(笑)150年前の彼はどんなキャラなのか凄く気になりますが。(笑)
紋章のナカの旅ツアーはもう少し続きますv
どうでもいいから早く絡み見せろと期待されている方がいらっしゃいましたら、もう暫くお待ち下さいませv
いや多分きっとオレが一番見たいんだと思うよ(笑)<フェイカナでの絡み(笑)
どんな坊主になるんだろー・・・?うぇへへへ(壊笑)
ではでは、こんな所でまでお付き合いありがとうございましたv
斎藤千夏 2004/08/01 up!