09:旅路
「待って!お願い!もうちょっと!!」
「しつこい」
「折角来たんだからさ!ね?もう少し位のんびりしてもバチは当らないよ?!」
「うるさい」
朝も早くから、『実家に帰らせて頂きます』なレイを追いかけて、ここはもう城の門の前。
レイが泊まった部屋からずっと追いかけっこしてるから、もう随分と引き止める言葉を連発してるんだけど、その効果はまるでナシ。
最近ようやく、グレッグミンスターまで迎えに行けば、断る事もなくついて来てくれるようになった。
昨夜も、一昨日から頼み込んで(半ば強制的に)用意した部屋に泊まって貰ったんだけど。
「ね、何か不満な事あった?部屋が狭いとかベッドが汚いとかは勘弁してね貧乏軍だからココ」
いくら景色が綺麗で空気が美味くても、どう転んだってここは元廃墟の城。
明らかに何か『出そう』な古い城に、オレは直感で『散華』の名前をつけた。
ま、その理由は追々語るとして。
ともかくも、援助してくれる街も村も、ついこの間まで王国軍にことごとく制圧されていた状態だから、はっきり言って金欠なんだこの軍は。
食料は自給自足で何とか足りてるけど、その一方で物が少なすぎて困ってる。
レイみたいに貴族育ちにはちょっとキツイ空間かもしれない。風呂はこの辺りのどこよりも大きくて凄いんだけどね!!
ん?あれでもそういえば。
「そうだ!部屋に不満があるならオレの部屋で寝てイイからさ!多分この城で一番でかい個人部屋でベッドもふっかふかー」
「・・・そうじゃない」
「あれ、違うの?」
どうやら不満は部屋にあるんじゃないらしい。
そうだった。レイがこの城に来るようになってから気付いたんだけど、結構物事を気にしないんだ。
触れられる事に異常なまでの反応をするから、細かい所まで神経ピリピリしてるのかなと思ってたんだけど。
静かで、人さえ居なければ、本気でどこででも寝るし。
居なくなったらまず木の上を捜せ!!がレイを見つける一番の方法。ちなみにコレ知ってるのは今の所オレだけ。
って、ええと。じゃあ何が不満なんだろう。
悩み始めたオレを前に、レイは小さく溜息を零して言葉を吐いた。
「・・・カナタ。君は本気で戦争をしてる自覚があるのか?」
「・・・へ?」
少し睨むような目で見られて、整ってる顔だからこそかも知れないけど、かなり怖い顔でレイがオレを見る。
まさか、レイにまでこの台詞を言われるとは思わなかったけど。
戦ってる自覚はあるよ?あぁ、でも・・・そうか。
「オレには、『軍主』としての自覚が足りないんだろうね」
ただ、『ハイランドと戦ってる都市同盟』の人間のひとり。オレとしては、そんな感覚だから。
「・・・!解っているなら」
「いや、コレただの耳タコ。軍師のシュウにいつも言われててさ」
『自覚を持て』とか『ハメを外すな』とか。あ、これは違うか。
とにかく、『軍主という立場に立つ者としての振る舞い』を耳が痛くなるほど聞かされた。
でもそういうのって、耳で聞いて身につけるものじゃない気がするんだよなー。
「オレはね、軍主って立場が嫌いなんじゃないよ。ただ、シュウやみんなが言う『軍主』って、オレの望んでるものとは違うだけ」
ふと、レイが驚いた顔をした。
ほんの一瞬だけど、真っ黒い瞳が大きく開く。
すぐ無表情に戻るけど、その一瞬の表情が好きで、正面から見ようとついつい腕を掴んでしまう。
けれど、拒絶するように振り払われて、浮かんだ表情もすぐ消えた。
「・・・・君が思う『軍主』と言うのは?」
「んー・・・言葉で伝えるのは難しいなぁ。そもそもオレ、レイみたいに頭良くないしねぇ」
皆が望む『軍主』の見本とするのなら、つい数年前のレイの姿がオレのお手本になるんだろうけど。
傷付いて、悲しんで、苦しんで、戦う。
でも、ゴメンだけどオレにはそんなの似合わないんだよね。
「いくら戦いの中にいるからって、オレは自分に嘘をついてまで戦おうとは思わないんだよ」
オレ自身が望んだものを、人のために諦めてしまえるほど、オレはまだまだ人間が出来ちゃいない。
わがまま言ったって、オレってどうせまだ子供だし。
「・・・考えが甘いよ、君は」
「そもそも何も考えてないからね〜・・・って、あぁ!レイ!だから帰るなって!!まだ朝!今日は始まったばっかりなんだってば!!」
どうやらレイの不満は部屋でもベッドでもなくオレにあったらしい。
・・・・それは金欠軍事費より改善の余地がない事なんだけど。
それから城の前で延々1時間ぐらい説得したけど、いくら引き止めても無駄だと解った。
でも離れるのは嫌だしもっと一緒にいたいし!ってことで。
「解った、解ったから!ちょっとだけ待ってて」
「・・・・何」
「グレッグミンスターまで送るよ。ついでに交易もしたいから、少しだけ待ってて。用意してくる」
レイが拒否の言葉を吐く前に、オレはさっさと部屋へと走る。
って寝起き直行でレイの部屋に迎えに行ったからまだ部屋着なんだよねオレ。
あーそう言えば朝飯食ってねぇ腹減ったー・・・・!
って、このままレイを放置したら、このまま帰られてしまう可能性をすっかり忘れてた。
と、そこでいいモノ発見!!
「フリック!!良かった!いい所に居た!お願いがあるんだけど・・・!!」
「ん?どうしたリーダー?」
通りかかったフリックを言いくるめてレイの所へ誘導。
どうせだからトランへの荷物持ち&護衛って事でオレの準備が終るまで暫く話していてもらうことにする。
これで、レイはこの場を立ち去ったり出来なくなった。
レイは何故か、フリックやビクトールの言葉には正面から抵抗できないみたいで。最近気付いたんだけど。
特にフリックには弱い。それも、3年前の戦争・・・・紋章の中で会った女の人の所為だろう。
フリックの恋人を奪ったのが自分だと思ってるのだろうか。
「もう、気にしてないと思うんだけどなぁ・・・」
今のフリックに、レイを憎んでるとか恨んでるとかそんな影は無い。
いっそ面倒見のいい兄貴みたいで、結構頼りになるんだけどなぁ。
「あれれ?カナ、起きてたの?朝ご飯に降りて来ないから、迎えに行こうと思ってたんだけど」
「ナナミ!!」
階段を駆け上がろうとした所でナナミに声をかけられた。いつもながら、優しい義姉だよなぁホント。
「あーうん、ちょっと用事があってね。今からトランに行って来る。でも腹減った・・・」
「今から?仕方ないなぁ。ハイ・ヨーさんに頼んで、何か包んでもらって来ようか?」
「ありがとう!!二人分の食料調達は頼んだ!じゃあ着替えてくるね!あ、ナナミも一緒に行くよね!」
「え?え?あ、お弁当二人分って、もう一つはフェイさんのー?」
「そうそうー!よろしくー!!」
朝っぱらだからと言う理由でえれべーたーは動いてない。っていうかあれの動力源ってなんなんだ?
階段を駆け上がって大急ぎで部屋に向かう。時間と同じくらい、レイは待ってくれないからだ。
***
バナーからトランへの断崖絶壁。
ココをこんなにも往復してるのはまぁオレたちくらいしか居ないような気がする。
一応国境だから、通り過ぎるのは旅人くらいだろう。人気の無い険しい崖には、かなり不親切なハシゴが付いてるだけ。
最初どれから上ればいいか分からなくて迷ったし!
一番手馴れてるのはやっぱりレイで、不安定で細いハシゴもするすると登っていく。
城から出てからまたダンマリ気味のレイは、一度としてオレを振り返ることはない。
けど、たまに足を止めて立っているのは、待ってくれてるからって自惚れてもいいよね?
っと、その瞬間突風が吹いた。
「うわっ・・・ぷ!」
「今の風は強かったな。おいおいカナタ。落ちるなよ」
後ろから上ってたビクトールが、危うくハシゴから離れたオレの身体をどうにか支えてくれた。
「ありがと。うー・・・何か目に入った」
「カナ、ちょっと大丈夫?右目?左目?どっちに入ったの?」
ハシゴを上りきった上から、ナナミが手を差し伸べて登らせてくれた。
「残念ながら・・・左が痛い」
「あぁ、擦るな。余計に痛くなるぞ」
「・・・う゛〜〜。なんでわざわざ左なんだよ・・・・!!」
フリックの声を聞く前に思いっきり擦ってしまったオレ。結構大きなゴミだったみたいで、かなり痛かった。
ボロボロと零れる涙に、ビクトールの手がオレの頭を少し乱暴に撫でる。
「・・・右でも左でも、どっちにしろ痛いのは変わらんだろう」
「違うのビクトールさん。カナは・・・」
「敵だ!構えろ!」
ナナミが言い切る前に、フリックの叫び声が辺りに響く。
全く『残念ながら』だ。まだ右目だったらよかったのに!
オレは痛みと涙で見えない目を閉じたまま、動けない。敵の気配は近付いてくるのに、見えない。
「カナタ!座ってないで戦え!」
「ゴメン無理!前が見えないんだ。ナナミ、目薬持ってない?」
「今日に限って、売り物とお弁当しか持って来てないの!」
あぁまたしても残念。ってそうだよまだ食べてないんだった腹減った・・・。
「呑気に話してる場合か!」
「おい、カナタ!避けろ!!後ろは」
がしゃがしゃと、多分鎧武者が走ってくる音が聞こえるから、フリックの声に従って後ろに飛んだは良いけど。
思いっきり身体が浮いた。
「『崖だから危ない』って最後まで聞け馬鹿!!」
ガシッと、力強くオレの右腕を誰かの手が捕まえた。
掴まれた手首と肩にもの凄い負荷がかかるけど、落ちるよりマシ。
「・・・セ、セーフ」
「そう言うのは上りきってから言え!」
相変わらず目が痛いままで上るのも一苦労したんだけど。
「・・・あれ?レイ?助けてくれたの?」
「・・・・・・・」
上りきった先で掴んだ服の感触とか腕とか肩とかが、レイのそれだから。
問い掛けた瞬間ぱっと離れてしまったけど、絶対間違いじゃない。
入れ替わりの様に飛びついてきたナナミに、肩と腕を掴まれる。ちょっとピリっとしたのは、崖肌に擦ってかすり傷でも負ってしまったからだろうけど。
「カナ、カナ!大丈夫!!?」
「平気だよ。ちょっと肩と目が痛いだけ。敵は?」
「お前がサボってる間に倒したよ」
ビクトールの呆れた声が聞こえる。でもさ、仕方ないんだって。
「あのねビクトールさん。カナ、目が見えないのよ」
「あぁ?」
「右目、見えてないの。左目は大草原の遊牧民にも負けない視力なんだけど、右目は何も見えてないの」
遊牧民・・・ってお姉ちゃん。
まぁ、かなり遠くまで見えるしね。動体視力も悪くは無いよ。
「・・・嘘だろ?お前、今までそんな素振り・・・」
フリックの深刻そうな声が聞こえるけど、いや、そんな気にすることなんてないんだけどさ。
流し続けた涙のお陰でようやく砂が流れて、左目に光が戻る。
心配そうな顔で覗き込まれても、ずっと前からこうだから今更って感じなんだけどなぁ
「左は見えてるんだからさ、不便はないよ。まぁ、たまにこんな場面に出くわす事もあるけどさ」
今みたいな感じで何とか生きて来れたし。問題は無い。
「目は?もう見えるのか?」
「あぁうん、ちょっとゴロゴロするくらい。大丈夫見えてるよ」
立ち上がって、軽く頬を拭う。もう暫く涙は止まらない気がするけど。
「さ、行こうか」
皆を促して、オレもゆっくりと歩き出す。
自然に歩いているように見せかけて速度を落とし、すれ違い様にそっと。
「ありがとう、レイ。助かったよ」
「・・・!」
レイの右手をそっと掴んで、囁いた。
レイはまた少しだけ驚いた顔をしたけれど、今度は掴んだ右手を振り払いはしなかった。
少しだけ、握り返してくれたような気がするのも、きっと気のせいじゃない。
***
「どうぞ、泊まって行って下さい」
交易のついで・・・というのは建前で、押しかけるようにマクドール邸に乗り込んだオレたちは、やはりと言うべきかグレミオさんに引き止められ夕食&宿を手に入れた。
交易の方も思った以上に高値で売買出来て、もしかしてオレ商売の才能ある?!っと思ったけどまぁそこはオレの出る幕じゃなかった。
結局交渉したのはフリックだし品物を見定めたのはビクトールだし、何気に値切り交渉買い物上手なナナミと揃えば、オレの出る幕なんて初めから無いも当然で。
まぁ、嬉かったから良いんだけどね!
国境に入る頃には逃げられてしまったけど、それでも暫くはレイは触れることを許してくれた。
後でビクトールが教えてくれたけれど、レイがオレを助けた時、なんの抵抗もなく右手で掴んだことに、彼らでさえ驚いたというのだ。
言葉ではオレを認めないと撥ね付けているくせに、態度にはこうやって、たまにオレだけを受け入れてくれる時がある。
それに気付けただけでも、嬉しいことだったから。
早く寝ろと言われて素直に部屋に戻ってきたオレなんだけど。
「あれ、レイ?・・・オレ言われた通り寝るよ?じゃなくて、・・・何か用事?」
オレがいつも借りる部屋のベッドの上。さて寝ましょうかという瞬間になって、レイがふと部屋を訪ねてきた。
って、オレさっきまでレイの部屋に居たんだけど。
レイは本を読むばっかりで部屋に帰れとしか言わないし、全く相手にしてくれなかったから仕方なく戻ってきたんだけど。
大人しく言われるままに寝ようかとした途端だったから余計に驚いた。
寝転がったオレの傍まで来て、ただ無言で何かを目の上に置かれる。
「ひゃ・・・冷た!」
「・・・冷やした方が、いいだろう」
確かに、涙は止まったけれども、少し傷付けてしまったらしい目はまだ真っ赤なままで。
「まさか、それ、オレの目、心配して?」
「・・・・・・」
オレの言葉には答えず、レイは寝ろと言うように、布の上から目を押える。
「・・・ありがとう」
その手の上にオレも手を重ねて、そこでようやくレイの意図が読めた。
昼間、森の中を抜ける途中ずっと手を握っていてくれたのは、オレの目を心配してのことだったってことも。
さっきレイの部屋で『早く寝ろ』と部屋を追い出されたのも、きっと。
「レイ・・・オレさ・・・やっぱりレイが・・・」
言い切る前に意識が途切れる。
目を閉じて三回息を吐いた瞬間にはもうオレは深い眠りの底にいた。
***
「送って来る」
朝、トランを出ようとしたオレたちが驚いたのは、そんなレイの言葉。
レイを送るついでの交易だったのに、レイはまたオレたちを送るというのだ。城まで。
「レイ、いいの??折角帰ってきたのに・・・」
「・・・・邪魔なら良い。早く戻れ」
「いや!いる!いて!お願い付いて来て!!」
縋りつくようにレイを捕まえたオレに、レイとナナミ以外の面々が驚いた顔をした。
いや、オレに驚いたんじゃなくて、抱きつかれておきながら何の反応も返さないレイに対して驚いたようだった。
周りのそんな驚きに気づかないままに、レイはオレの目に触れる。
「・・・その目であの崖は危ない・・・だろう」
朝っぱらからリュウカンってじいちゃんが来て、目を見てくれたんだけど・・・暫く使うなと言われてしまった。
だから今は、左目に包帯を巻かれている状態なんだ。・・・つまりは何も見えてない。
折角見えてる目なんだからもっと大切にしなさいと怒られて、渋々包帯を巻いて貰った。
・・・確かに、コレであの森を抜けるのは怖いんだけど。
ビクトールかフリックが背負うとかなんとか言ってたから任せようと思ってたんだけど。
「・・・レイが、いいなら来て欲しい。ほら、オレ今こんなだしさ。城での手助けに、ダメかな・・・?」
「甘えるな。僕は軍事に関わる気はない」
「・・・うんそう言うと思った・・・」
だけど、次の瞬間腕を引かれて、足が動く。
「グレミオ。暫く・・・頼むよ」
「はい、坊ちゃん。留守はグレミオがお守りします。行ってらっしゃいませ」
「あぁ」
そう、きっぱりと短く言った瞬間には、もうレイは歩き出していて。
勿論、オレの手を引きながら。
「軍に力を貸す気はない。・・・だが、君の言う『軍主』がどんなものか・・・。見させてもらうよカナタ」
トランのグレッグミンスターからオレの散華城まで、見えない目で辿るには結構な道のりだけれど。
多分、この旅路以上に短い旅は、二度と出来ないと思った。
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⊂謝⊃
ちょっと坊主らしくなってきたねフェイカナ!(笑)
でも主坊に見えなくもない・・・目指せ主坊風坊主!!(何)
ええと、ずーっと暖めて来たカナタネタを一つご披露できました(笑)
うん実は右目見えてないのこの子(笑)光は感じるけどね。モノは見えない。
キャラ説イラストでも(過去2枚しかないが/笑)、
あえて右目に瞳は描いてません・・・さり気なくアピール(笑)
ではでは、こんな所でまでお付き合いありがとうございましたv
斎藤千夏 2005/07/13 up!