*The Star Festival*
図書館で、読んでいたページがふと暗く翳って、オミはふと顔を上げた。
「セフィリオ・・・?」
「ん、何してるの?」
何してるも何も無いだろう。
何処からどう見ても本を読んでいるとしか見えないだろうに。
オミは苦笑して、開いていたページをセフィリオに渡して見せた。
受け取ったページに書いてあるのは、天の川に隔たれてしまった二人の恋の物語。
「昨日からみんながそわそわしてるから。気になって聞いてみたら、今夜はそんなお祭りの日なんですってね」
直ぐ傍にある窓から外を見て、オミは嬉しそうに笑っている。
外では大きな何本もの笹が、風に葉を揺らしていた。
小さな子供達も大人達も一緒になって、風に倒れてしまわないようにしっかりと地面に植えている。
「・・・ところで、どうしてそんな場所で本なんか読んでるのかって、俺は聞きたかったんだけど」
1階に降りれば机と椅子があるのだから、そこで本を読めば良いものを。
どうしてか、オミは図書館の2階、一番奥の窓際に座り込んで本を開いていたのだ。
聞かれて、オミは少々顔を背ける。
この本を開いていたという事は、オミは七夕について何も知らなかったに違いない。
「・・・だって」
拗ねた表情をしてみせるオミの顔が珍しくて、セフィリオはくすくすと笑い声を漏らした。
「知らない事があるのは、不服?」
「・・・何でですか」
「そういう顔してるから」
隠れるようにこそこそと読んでいたら、そう取られても仕方が無いだろう。
怒ったように顔を背けるオミの背中に凭れるようにセフィリオも腰を降ろして、手の中の文章に目を降ろした。
「・・・年に一日しか会えない恋人同士か」
七夕伝説を知らない訳ではないけれど、こうやって読んだ記憶も無かったセフィリオだ。
ただ、周りがお祭りだと騒ぐから、それに便乗していただけで。
正確な伝説を知っているかと聞かれたら、『否』と答えるしかない。
「まぁ、俺だって詳しく知ってる訳じゃないからね。そんなに拗ねなくても良いんじゃない?」
そういいながらページを捲れば、父親の天帝に連れ戻されてしまった織女の姿が描かれていて。
「恋人・・・と言っても夫の牽牛と毎日遊んで暮らしてたからって、父親も酷いことするよ・・・」
「そうですか?」
そこでようやく、オミはセフィリオの方を振り返る。
背中合わせに床にそのまま座っているから、セフィリオから顔は見えないけれども、声が耳元で聞こえたから直ぐに分かった。
「オミは、ひどい事だとは思わないの?」
「・・・だって、仕事もしないで遊んでばかりだったんでしょう・・・?」
「まぁ、そうだけどね」
好きな相手と過ごす時間は、幾らあっても足りない物だから。
「父親から見れば、そんな娘の姿に仕方なく・・・した事じゃないんですか?」
「そうかもしれないけど、元々牽牛と織女を引き合わせたのは、働き過ぎの織女を気遣った父親の配慮だったんだよ」
「え・・・?」
「自分で引き合わせておいて、なのに恋に溺れたら引き離すなんて、身勝手な親だと思わない?」
恋に落ちるのも溺れるのも、本人達の自由だろうにね。
そう言って、セフィリオは身を乗り出していたオミの唇に軽く触れる。
・・・・勿論唇で。
「・・っ」
案の定、驚いて息を飲むオミをそのまま抱き上げて、自分の両膝の間に座らせた。
身体年齢的にはそう変わらない二人だけれど、こうやって密着されると否応無くその体格差が見えてしまう。
「・・・あの・・・なんでわざわざこんな体勢に?」
すっぽりと両膝の間に抱かれてしまって、意外に居心地のいいその場所が少し悔しい。
「オミも読むだろう?そのつもりでココに座ってたんじゃないの?」
「そうですけど・・・」
幾ら死角になっていて見えない場所だからと言って、誰に見られるか分からない場所でくっ付かれるのは非常に困る。
「一人で読めますから、離して下さいよ」
そう言って逃げようとしたけれど、セフィリオはますますオミの腰を抱きしめるように固定して、離してくれる気は毛頭無いようだった。
「そんなこと言わずにさ。まぁ誰も気付かないと思うよ?大きな声さえ立てなければ」
「・・・狙いました?」
「いや別に?」
それは無言の内に『騒ぐと人に見つかるよ』と言われているようで、オミには怒声を上げる気が失せてしまった。
確かにそうだろう。今程度の声で話す分になら、数々の本棚や机から離れたこの場所が見つかることも無いと思うけれど。
一度いつもの様子で声を上げたり殴ったりすれば・・・絶対人に見つかること間違いなしだ。
「・・・あぁもう」
頭を抱えたいけれども、そのかわりに思い切りセフィリオの胸を背凭れにしてやった。
・・・大してダメージを食らっていない所か嬉しそうなのは気のせいじゃないだろうけれど、それはこの際目を瞑っておく。
「ところでオミは何か願い事でもあるの?」
「え?」
「だって、七夕といえば願い事でしょう。短冊に書いて笹に吊るすの」
「・・・いえ、知りませんでした。そうなんですか?」
そのオミの顔はまるっきり『初めて聞きました』の表情だ。
「あれ・・?もしかして、トランとは違うのかな・・・?」
トランで過ごした幼少時の記憶では、青・赤・黄・白・黒の短冊に願い事を書いて吊るしたものだ。
どうでもいいお願いごととか、切実な願い事もたまにあったり。
でも人に見られるのは嫌だから、名前は書かずにおいたりとかして。
・・・思い出した記憶に苦笑しながら、セフィリオは腕の中のオミに聞いてみた。
「こっちではどうするの?」
「えっと、僕が聞いたのは・・・」
色は同じ。けれど、笹に吊るすのは糸だ。
「願い事を書く・・・とは聞いてませんけど、もしかしたら結ぶ時に祈るのかもしれませんね」
ほら・・・とオミが指した窓の外では、葉と一緒に揺らめく五色のリボン。
「糸じゃないの?」
「糸じゃ細すぎて見えないじゃないですか。だから、糸を編んだリボンなんだそうです」
「ふぅん・・・?」
もう一度外を見て、風に揺れる布は確かに綺麗だと思った。
今頃グレッグミンスターでも、至る所で笹の葉が揺れているのだろう。
来年は・・・。
「・・・そうだ。来年は、グレッグミンスターでお祝いしようか。グレミオに料理作ってもらってさ」
「短冊に願い事を書いて、ですか?」
「ん、楽しいと思うよ?」
みんなが居る城で騒ぐのも楽しいだろうけれど。
「・・・二人っきりでそういう夜を過ごすのも、悪くないと思わない?」
「・・・っ!」
耳元で囁いた言葉に、オミの頬が赤く染まる。
今までなら殴る手が飛んできていたのに、嬉しい事に最近は大人しく照れてくれるのだ。
どっちにしても可愛いことには変わりないが、手が飛んでこないことを理由に次の段階へも進んでしまいたくなるのだが・・・。
「来年も、その次もまたその次の年も・・・。天の川に隔てられた恋人同士を眺めるんだよ」
耳朶に触れるまでオミの身体を抱きしめて引き寄せ、吹き込むように言葉を続けた。
「勿論・・・二人っきりでね?」
囁くようにそう言って唇を寄せれば、オミは抵抗もせずにじっと待ってくれている。
触れるギリギリまで近付いて、小さく微笑めば、促されるままに瞳を閉じてくれた。
「・・・っん」
絡まる舌に逃げようと、オミの身体が強張るけれど、セフィリオは腰に回した右手で抱き止め、左手で顎を固定してしまう。
これでは、逃げるどころか・・・・。
「ん、ふ・・ぁ・・・っ」
苦しさに息を継ごうと唇を開けば、絡んでくるのは暖かい舌。
こうなれば、もう逃げる手立ては見つからない。
息苦しさに涙が滲む頃、漸く唇が離れてくれた。
・・・・思い切り身体の熱を高められてから離されても、余計辛い物があったけれど。
酸素を取り込む呼吸に忙しくて、そんな文句ひとつさえ言う余裕もない。
「・・・っは、はぁ・・・」
「・・・そう言えば、オミって今何歳になるんだっけ?」
「・・・?」
肩で息を繰り返しながらも、突然問われた言葉の意味が読み取れずに、オミは首を傾げる。
涙の浮かんだ目尻を唇で拭いながら、セフィリオは同じ質問を繰り返した。
「来年もその次も一緒に過ごすなら、オミは幾つになってるのかなって思って」
「・・・かり、ません・・・」
「ん?」
「分からない・・んです。誕生日なんて、知らない・・・から」
漸く落ち着いてきた呼吸を整えながら、オミは言葉をゆっくりと吐き出す。
「・・・そうか、あ・・・ゴメン」
「いえ・・・。全然気にしてませんから」
確かに、オミに傷ついた様子は微塵も無い。
けれど、逆に寂しそうな顔をしたのはセフィリオの方だった。
「・・・セフィリオ?」
「・・・オミが『気にしてない』って平然と言うことの方が、俺には寂しいよ」
「・・・え」
セフィリオにはそれなりに楽しい子供の頃の記憶が残っている。
今はその半分以上を失ってしまったけれど、そのかわりにもっと得がたいものを手に入れる事は出来た。
だから、今ではそれを『思い出』として蘇らせることは出来る。
なのに・・・。
「じゃあオミは、誕生日に祝ってもらったりとか、そんな記憶は・・・」
「無いですよ。ナナミは自分で誕生日つけて、ジョウイと僕とじいちゃんと・・・でお祝いしましたけど」
また、平然と言い切ったオミの言葉に、セフィリオは目を伏せる。
得難い大切なものを手に入れたはいいけれど、肝心のオミ自身がこう欠けていては、それはそれで悲しいものがある。
「欲しいと思ったことは無いの?」
「・・・誕生日ですか?・・・それは、ありますけど」
実際の誕生日なんて知らないのだから、もうどうしようもないとオミは笑ってみせる。
「じいちゃんがね、キャロの空気が暑くなったら、ひとつ増えることにしようって言ってくれて」
恐らくですけれど、だから今は15歳なんです。
拾われた時から分からなかったけれど、その時8つぐらいだろうとゲンカクが言ったのだろう。
そこから数えて7年。
オミは暑くなる季節と共に、その年を1つ増やして数えていた。
「・・・だから、そろそろ僕も16歳になるかなとは思うんですけどね」
日付が決まっていないから、いつまでも15歳でいようと思えばいられるだろう。
「・・・それじゃ、祝えないじゃないか」
「セフィリオ?」
「誕生日って言うのは大事なんだよ?自分が生まれた日に、祝ってもらう。生まれてきておめでとうって」
形だけでもいい。
「それだけじゃない。ありがとうって伝えたい。この世に生まれてきてくれたオミへ・・・・『ありがとう』」
何時の間にか、向かい合わせで見詰め合っていた身体をぐいっと抱き寄せられて、オミは思わず息を飲む。
抱きしめられた腕は強く、暖かい。
オミも振り払う事はせずに、黙ってセフィリオの肩口に顔を埋めた。
「オミに、祝う為の誕生日を贈らせて欲しい。・・・・毎年の『7月7日』。丁度夏だし、伝説もある良い日だと思うんだけどね」
どうかな?
と、少し身体を離されて、微笑まれた。
いつもいつも。
マイペースで自己中で俺様だけど。
・・・・こういう優しさは、絶対忘れない人だから。
「・・・ありがとう、ございます」
オミは頷いて、そのまま顔を下に向けた。
忘れていたけれど。
小さい頃はナナミの誕生日や、ジョウイの誕生日を少し羨ましいって何度も思っていた。
誰かに祝ってもらう経験をした事が無いけれど。
「16歳、おめでとう」
その言葉がこんなにも嬉しいことだとは、知らなかったから。
溢れてくる気持ちが言葉にならなくて、オミはそのままセフィリオに抱きついた。
セフィリオは少し驚いた様子だったけれど、首に噛り付くように抱きつくオミの背を、落ち着くまで抱きしめてくれた。
***
「・・・ぁ・・・」
そよそよと肌を撫でる風にオミはゆっくりと瞼を開く。
背中には柔らかい腕が回されていて、寝心地は悪くない。
視界いっぱいに見えたのは、真珠を砕いた粉をぶちまけたような、真っ黒の空。
「・・・う・・わぁ・・・」
まるで巨大な川を眺めているようで。
そうして、ようやく思い出す。
今日は、七夕。川の両端に輝く星二つが出会える日なのだ。
「・・・ようやく目が覚めた?」
「・・・セフィリオ?」
そこで、オミはやっと寝ぼけていた目を大きく開いて飛び起きた。
「あ・・・ぼ、僕、図書室で・・・!」
「そうそう。俺に抱きついたまま爆睡。しかも抱きついた腕は離れないし困ったよ」
全然困ってない顔で嬉しそうに言いながら、セフィリオはもう一度オミの身体を地面に押し付けた。
起き上がった時に気付いたが、ここはオミの部屋の上の屋上らしい。
確かにここなら誰にも邪魔されずに星を眺めることが出来るだろう。
光の洪水に目を奪われながら、ふと違和感を感じてセフィリオを視界に探す。
「・・・何してるんですか・・・」
「脱がせてるんだけど、嫌?」
「・・・嫌です」
もう既に目覚めた時からほぼ脱がされていたらしい。
今身に纏っているものといえば、申し訳程度に肌にかかる胴着だけ。
それも前を全開に開かれて、全身が星の光に照らされているのが分かった。
「・・・でも、ごめんね?今更止まれない」
「だったらどうして聞くんですか止める気無いくせに」
「まぁそれは・・・後で、ね?」
唇をなぞる指の熱さに、オミはゆっくりと目を閉じる。
確かに、今は言葉なんて無粋な物は要らないだろう。
ゆっくりと降りてくるセフィリオのキスに、自然と唇が開いて口腔へと招き入れた。
絡まる舌と同時に触れてくる熱いセフィリオの掌に、オミは何度も息を飲む。
「ん・・・んぅ・・・」
鼻に掛かった甘い声が零れるのを、止める手立てすらもう思いつかない。
「・・・、は」
ただ、今はその腕に抱かれていたかった。
首筋を伝っていく唇と舌に、時々背を浮かせながらオミは空を見上げる。
一年に一度。
もし、自分たちが同じ境遇に立たされたとするなら、どうするだろう。
きっと、一年も持ちはしない。
会いたくて触れたくて・・・・気が狂ってしまうだろう。
「・・・ぁ」
「・・・オミ?」
どうしてそんな気持ちになるのか、オミにはわからなかったけれど。
「どうした・・・?」
「・・・何も」
溢れる涙は止まらなくて。
これが嬉しい涙なのか、悲しい涙なのかさえもわからなくて。
涙を拭ってくれる指の熱さだけに、もう一度キスを求めた。
身体を繋げる一瞬の痛みすらも、今は嬉しくて。
「・・・あり、がとう・・・」
「ん、・・何?」
「・・・いい、え」
何でも、ありません。
首を振って、微笑んでみせる。
ほら。
生まれて出会えた恋人達は、今こんなにも幸せなんです。
空にはもう何千年も変わらぬ天の川が煌いていて。
今夜だけは、月もその光を弱め、久し振りの逢瀬を楽しむ恋人達を祝福しているようだった。
END
⊂謝⊃
・・・・・・・・_| ̄|●(吐血)
久し振りに書いたセフィオミがこれ?!ねぇこれ!!?
誰ダお前ら―――――――!!!!(叫)
・・・・と、叫ぶのはこの辺りにしまして、どうでしたかぽにゃぽん様!!
こんなので宜しかったでしょうか?!(涙)
「誕生日がはっきりしないオミに、セフィリオが誕生日を決めてあげる。
そしてセフィリオなりに精一杯お祝いをしてあげる(裏)」
という、リク内容だったのですけれども!(汗)
・・・『精一杯お祝い』って何をしたんだろう彼・・・(待て)
いやはや、随分とまぁお待たせしてしまって、挙句の果てにこういうオチですみません!!
文句苦情は幾らでも叩きつけてやって下さいませ!!泣きながらも受け取りますので!
・・・感想ご意見などは喜んでお受けいたしますv(笑)
ではでは、時期外れな(七夕とか一ヶ月以上前?/汗)ネタでしたけれども!
お気に召される事を願って・・・!
斎藤千夏 2004/08/13 up!