A*H

101010HIT★特番リクエスト 筏海様よりv

*証*










カリカリと文字を綴る音が聞こえる。
一定の間隔で繰り返されるその音は単調だが、どこかしら綺麗に綴られていく文字の声のようにも聞こえた。
「ねぇ」
「・・・・・・」
呼びかけられても、続けて紙を捲る小さな音にと共に、ペンが止まる気配もない。
そして、呼びかけるのはこれが初めてではないのだ。もう何度も呼ばれているが、呼ばれている当人は振向きもしない。
無視され続けて少し苛立ったのか、止まる事の無い右手を上からそっと掴んで、握り込む。
嫌がってもがく動きを予測していたのか、押し退ける腕が出る前には深く後ろから抱き込んで、胸の中に閉じ込めた。
「ずっと待ってるんだけど」
「・・・・・・」
僅かに音が止まった空間の中で、暫しお互いの視線が絡み合う。
時が止まったかとも思った次の瞬間、遠くで軽い咳払いが響いた。
けれど、他人からどう見られても構わないと思っている人間にとっては、結局どうでもいいただの雑音でしかない。
「まだ?」
目の前の相手以外は蚊帳の外で、セフィリオはオミの胴着から見え隠れする首筋にそっと指を這わせた。
「・・・・・・っ」
出来るだけ無視を決め込もうと、わざと書類に集中していたのだが、相手だって諦めない。
ここ数日毎日のように無視し続けてきた結果、セフィリオは待つことに飽きたようだった。
セフィリオがアプローチを始めてからまた数日・・・。オミだって集中を邪魔する煩い声に耐えてきた・・・のだが。
「ねぇオミってば・・・」
「もう、うるさいんですよさっきから!って執務室には入らないで下さいって言いましたよね僕?!」
我慢の限界だと言うように、突き放して、立ち上がる。
そうここは執務室。
いやもう毎日の様に繰り返される光景に、他の軍師達は苦笑しながらも無視を決め込んでいた。
アルジスタ軍の軍主に纏わりつく英雄に何か邪魔でもしようものなら、自分がどのような運命を辿るのか皆よく分かっていたから。
「ていうか、そんなに暇なんですか」
「暇」
即答で言い返してきた英雄に小さな怒りを覚えながらも、軍主である立場としてオミは大人しく椅子に戻る。
視線を合わせないまま、極力感情の篭らない声でオミは小さく答えた。
「ならトランへお帰り下さい。グレミオさんも心配してますでしょうしもういい加減・・・」
「オミは僕と会いたくないの?」
「・・・何でそうなるんですか」
やっぱり止まってしまったのは右手の動き。
白い紙にインクの黒い染みを作りながら、羽ペンを握り締め、軍主は力なく項垂れる。
「だって『帰れ』なんて恋人に言うセリフ?夜一人寝は寂しいだろうと思ってわざわざトランから・・・」
「さぁ早く帰って下さい!!!」
半分追い出される勢いで、かの英雄は廊下に放り出される。
バタンと勢い良く閉めた扉を背中で押えて、軍主は微かに汗の浮く額を拭った。
「・・・オミ殿」
「ははははいっ!!」
セフィリオが居る時には無視を決め込んでくれる軍師に突然声を掛けられて、慌てて居住まいを直す。
『好きな相手が傍に居るのに何もしない』など、彼の信条に反するとか訳の分からない理由の所為で、少し乱れてしまった衣服を慌てて整えたのだ。
「・・・案246の件なのですが、我々でも話し合った所オミ殿の提案が一番合理的と思われました。決定に当たって詳細を決めなければならないのですが、その際には再びお手をお借りしたいと思っております。・・・今からのお時間、宜しいですか?」
どうやら普通の業務連絡のようだ。心底ホッとした。
「・・・はい!大丈夫ですよ。始めましょうか」
席に戻って、シュウの良く通る声を聞きながら、とある人の所為で山積みのままの書類の束と、最初から書き直し決定の判定書の黒い染みに、軍主は大きな溜息を一つ、零した。



***



「お、来たか」
杯を上に高く上げて合図をくれたのは、未だ成人しきれていないらしい剣士。
追い出されて暫く城の中をぶらぶらと歩いていたのだが、暇な時間は何をしてもやっぱり暇なのでつまらない。
仕方なく酒場の方へ顔を出してみれば、良く知っている顔に声を掛けられたのだ。
「そろそろじゃねぇかと思ってたんだよ」
呼ばれるままに足を進めるが、一先ずカウンターへ。レオナもいつものことなので、何を注文されずとも一杯の杯を手渡した。
「ありがとう。・・・『そろそろ』って、僕が来るってわかってたの?」
そのままビクトールの隣に腰を降ろして、杯を傾ける。
これももう日課といっていい程に繰り返してきた日常だ。
セフィリオ目当ての客はここぞとばかりに酒場に寄り付き、酒を飲めずとも水や果実水で時間を稼いで居座っている。
・・・性格が幾ら悪くとも、鑑賞にはもってこいなので。
それに見るだけならば、性格云々の善し悪しは関係ない。元々人前では全身に猫を被っているので、尚更騙される人間は増えていく。
フリックは、男女かわりなくいつもより客の多い酒場に苦笑しつつ、溜息と共に吐き出した。
「わかってたのって・・・お前なぁ。これだけ毎日同じ事繰り返しておいてそれは無いだろ・・・」
随分と量の減ってしまった杯を傾けて、ビクトールも残りの酒を全て煽る。
「それは『待っててくれてありがとう』と言うべきなのか?」
「いや、遠慮する。特にお前から感謝されると後が・・・いや、そうじゃなくてな」
「お、いい所にいるじゃんセフィリオ!」
空になってしまった杯を机に置いたビクトールの後ろから、相変わらずな様子のシーナが顔を出した。
「何か用?」
「そう突放すなってvどうせ暇なんだろ?」
「まぁ・・・そうだけど」
暇を持て余しているらしい英雄に一言助言をば。
ビクトールとフリックの間の席、つまりはセフィリオの正面に腰を降ろして、シーナは勢い良く続ける。
「なら、手伝ってもらいたいことがあるんだけどさ・・・どうだ?」
確かに今から執務室に戻ってオミにイタズラするより、丁度良い暇潰しがあるならそれも良いかと思う。
綺麗なだけが能じゃない優秀な軍主は、いたって真面目な人間なのだ。
・・・これ以上邪魔して怒らせると、今晩部屋に入れてもらえない気がするので。
「・・・いいよ」
小さく笑みを零して、セフィリオは頷いた。



***



「・・・の件はこの案で通しましょう。異論のある者は?」
静かなシュウの声に、異論を唱える者は誰も居ない。だが・・・
「・・・あの」
「オミ殿。何か?」
尋ね返されて、少し困った顔をして見せたオミは、言葉を選びつつ告げた。
「いえ、反対じゃないですけど、少し気になる所があって。あの・・・本人の許可は得なくても良いんでしょうか?」
自分が出した案なのだが、勝手に仕事を決めても良いものかと悩む。
誰もがあの人の様に暇を持て余してるとは思わない。
それぞれやることもあるのに、余計な仕事を増やしてもよいものかと。
「・・・オミ殿。あなたは軍主なのですよ」
「うん、でも・・・」
幾ら軍主だと言え、この城で一番の権力を持っているとは言え、自分は何も出来ない子供に過ぎない。
助けてもらわねば何も出来ない存在だと言う事は、誰よりも自分が知っているから。
オミは、少し困った顔を苦笑に変えて、シュウに笑って見せた。
「だからって、『命令』して人を動かすのは好きじゃないんだ。僕から一度頼んでみるよ。・・・だから」
「オミ殿・・・」
つられて苦笑を漏らしたのは、勿論シュウ。
小さく溜息を零して、それでも満足そうな顔をして、頷いた。
「わかりました。えぇ、オミ殿ならそう仰ると思っておりました」
軍主として甘い考えだとは思うけれども、オミのこんな優しさと気遣いが、どれだけの人を救ってきたか。
それを知っているシュウだからこそ、小さく頷いて、賛同の意を示した。
「え・・・いいの?」
まさか、許可を貰えるとは思っていなかったオミだ。
少し驚いた表情のままに、頭を下げるシュウを見つめた。
「私どもから頼むより、オミ殿直々に頼まれた方が動くでしょう。えぇ、全ての決定は返答を聞いてから、という事にしましょう」
そのまま2、3事柄を話して会議は終わり、執務室にはもうオミとシュウの姿だけが残っていた。
いつの間にそんなに時間が経ったのか・・・。
窓の外はもう薄暗く、遠くの空が赤く光っていた。



***



「・・・いない?」
先ほどの交渉の件で、オミは城中を走り回っていた。
あらかたの相手とは出会えて話が出来たのだが、如何せんどうしても見つからない相手もいた。
「いつもなら、この位の時間にはこちらにお戻りになっているのですが・・・何処へ行かれたんでしょうね」
探しても探しても、こういう返事しか貰えない。
ここ数日の間、ほぼ一日中座ったままでいた身体は、突然動いた事にぎしぎしと悲鳴を上げて、階段に疲れた膝が笑い出した。
「・・・運動不足・・かなぁ・・・?」
踊り場で苦笑気味に漏らした声に、小さく声が返ってくる。
「・・・睡眠不足もあるんじゃない?」
階段の影に隠れて姿は見えなかったが、相変わらず彼は石板の前に腕を組んで立っていたようだ。
「ルック」
少し息の上がった声でオミは返し、階段を降りて近付いた。
「・・・少し痩せた?」
「そんなこと無いよ。ちゃんと食べてるし、寝てるから」
疲れを感じさせない声で、オミは笑う。
そんな強がり、誰が信じるのかと言うような目で、それでもルックは何も言わずに小さく溜息を吐いただけだった。
「・・・あ、そうだ。今ビクトールさんとフリックさん探してるんだけど、見てない?」
「いや」
「ええと、じゃあシーナは・・・?」
「知らない」
「・・・そう。ごめん、邪魔だったね」
あともう一人探しているのだが、それとなくルックには聞きづらい。
何が原因かは知らないが、どうしようもなく仲が悪いのだ。最近特に・・・何故か。
「ありがとう。じゃ、また」
走りかけた足が、また嫌がって重くなる。
荒い呼吸が耳に届いてしまったルックは、仕方なく言葉を続けた。
「・・・探してるって伝えてあげるから、部屋で休んでなよ」
「・・でも」
「倒れられるよりマシだから。大人しくしててくれる?」
言葉は冷たくて、表情も変わらないけれど。
その態度に感じる心が優しいから、オミは小さく笑った。
「うん・・・ありがとう」



***



月は太陽を押し退けて空高くに昇り、煌々と輝いている。
群がる相手を振り切って急いで戻ってきたのだが・・・随分と遅くなってしまった。
「ただいま・・・って、あれ?」
錠も何も掛かっていない無用心な扉を押し開けて、小声でそう声をかけてみるが、反応は無い。
寝ているかと思いきや、ベッドの中は空っぽだ。触れても体温を感じない。
整えられてからまだ使われた形跡のないベッドに腰をかけて、セフィリオは小さく首を傾げた。
「・・・もしかして、まだ」
立ち上がって、次に向かった先は・・・昼間追い出されたばかりの執務室。
部屋の明かりは落とされていて暗かったが、奥の机の上にはランプが置かれ、小さな火を消すまいと仄かに机上を照らしていた。
「やっぱり・・・ここにいたね」
扉を片手で開いたまま、苦笑してセフィリオは溜息を零す。
机に突っ伏したまま寝息を立てている、軍主。
昼間見た時から書類の量はほぼほぼ無くなってはいたが、まだ少しだけ残されている書類があった。
全てを終らせてしまおうと黙々と続けていたのだろう。・・・こんな深夜まで。
羽ペンを握ったまま、眠り込んでしまっているオミはピクリとも動かない。
「オミ・・?ここ最近、本当に無理してたからな・・・」
部屋に戻ってくるのも、毎晩深夜過ぎ。フラフラのまま、食事を取る事さえ惜しいとベッドに倒れ込んでいた。
無理をする事だけは止めて欲しいのだが、どうにもオミにはその自覚が無い。
何もかも自分を犠牲にすればいいと考えている節があるのだ。
「・・・良く寝てる」
柔らかくオミを照らしていた月光を遮っても、静かな寝顔にかかる髪を掻き上げても、少しも意識を浮上させないオミ。
それだけ疲れていたのだろうが・・・、ある意味その無防備過ぎる寝姿は目に毒だった。
小さく開いた唇は、まるでキスを誘っているようで。
閉じた瞼に閉じ込められた瞳を見たくて、つい起こしてしまいたくなるが、閉じられた瞼を飾る長い睫も、濃い影を落として色っぽい。
「・・・ん・・」
軽く乱れた襟元からは、形の細い首筋と、縛られた髪の間から覗く細い項にどうしても目が釘付けになる。
触れたくて、仕方が無い。
「オミ・・・?」
起きないように慎重に。
実際は起こしてしまいたくて仕方が無いが、触れるだけなら・・・いいだろうと手が伸びた。
大きく襟元の開いたオミの胴着。白く細い首筋に、そっと唇を降ろす。
「・・っ・・」
息を飲む声が零れても、まだオミの意識は戻らない。
半覚醒したまま身悶えるオミに、セフィリオの手は止まる事を忘れていく。
細い腰を更に細く締める帯。邪魔なだけなので、ぱらりと緩めて落とす。
下からの進入に邪魔なものは無くなった。手を差し入れて、滑らかなオミの肌に触れていく。
「・・・ぁ」
ひくんと、小さく肩が震える。零れた声に嫌悪はない。寧ろ、誘うように声を上げる姿が愛しくて・・・。
「オミ」
少し強張った体を安心させるように、優しく名を呼びながら腕の中へ抱き込んだ。
それでもオミは目を覚まさずに、まどろむ体をセフィリオに預け、眠り続けている。
「・・・本当に疲れてたんだね」
でも、オミが寝る間も惜しんで執務をこなしていたからには、それなりに夜の相手もして貰えなかった訳で・・・。
「一人寝が寂しいのは、俺の方なんだよ。・・・隣にオミの温もりが無いと、眠れない」
そして、触れてしまえば、欲しくなる。
「・・・触るだけだって、思ってたのにね」
胸に回した手の平で、オミの肌を撫で上げる。
久し振りに感じる吸い付くような肌触りに、自分の体温も上がっているのだと自覚できた。
別に、男が好きだったわけではないけれど。
どんな魅力的な女性より、目を惹きつけて止まない何かが、オミにはあるのだ。
柔らかな眠りを邪魔するのは悪いと思うが・・・。
「・・・ごめんね。もう、止まれない」
力のないオミの顎を掌で支え、深く、口付けた。



***



「・・・っん」
突然苦しくなった呼吸と絡まる舌の感覚で、何が起こったのか理解できた。
けれども、休息と眠りを要求する身体は、どうしても瞼を開いてくれない。
こんな事をしかけてくる相手なんて、オミの記憶にある限り一人きりしかいないけれど・・・。
久し振りの接触が嬉しいのは、彼だけではない。オミ自身も本心はきっと・・・望んでいたものだろうから。
抱き寄せられた暖かさに、身体の強張りが融けていく。
体温はほんのりと温度を上げ、彼の手に開かれる事を、望んでいる。
「・・・ぁ・・」
熱い手が、肌を撫でた。
意識はもうそこまで上り詰めているのに、身体は熱を持て余すだけで、起きようとはしない。
「オミ」
優しく名前を呼ばれて、更に意識は白濁する。
何もかも、任せてしまいたくなる。
抵抗を忘れるような優しい声に、暖かい腕・・・。
そして、・・・・嗅ぎ慣れた、香り・・・・・・・?
「・・・ゃ・・・ッ!」
完全に、目が覚めた。
思い切り、突き飛ばした相手は窓に背中を当てて、軽く咳き込んでいる。
「ちょ・・・いきなり突き飛ばすなんて・・・。酷いな」
月の光が逆光になって、彼の表情は良く見えないけれど、声に含まれるのは残念そうな感情だけ。
雰囲気も気配も彼のものだ。オミは確認の様に彼の名を呼んだ。
「・・・セフィリオ?」
「そうだよ?・・・あのねオミ。まさか俺だって分かっていないまま、触らせてたの?」
椅子に座ったままのオミの傍に戻って、頬を撫でる仕草は間違いも無く、セフィリオだ。
それなのに、白濁した意識の中で何かが拒んだ。
体温。声、仕草。
すべて、彼のものなのに・・・何が。
「・・・そんな驚いた顔をしないでオミ。こんな所で手を出したのは悪いと思ってるけどね」
正面から抱き込まれて、詰めていた息を吐き出す。
同じ分だけ吸い込んで、感じた違和感の正体が分かった。
「オミだってこんな所で居眠りしてるから・・・」
「・・・離して下さい」
「・・・オミ?」
「いいから、離して!」
逃げるように腕を振り払って、逃げる場所も無いのにセフィリオの身体を押し返す。
後ろは机だ。
軍主用に設えられたそれは頑丈で、オミが全体重で乗り上げても軋みもしない。
「オミ・・?」
「・・・忙しいんです。帰って下さい」
「何を怒ってる?悪戯したのは悪いけど、そこまで・・・」
「僕が相手をしなくても、貴方には沢山いるんでしょう?」
「は?」
セフィリオの胸に腕を突っ張ったまま、オミは後悔したように眉を寄せ、顔を伏せた。
「別に怒ってませんよ・・・。ただ・・・いえ、何でも・・・ありませ」
「何でもない訳、ないだろう・・・」
手首を握って抱き寄せれば、驚いてあげた頬は案の定、少し濡れていた。
潤む瞳にそそられないハズがないが、今は手を出している場合ではない。
「・・・泣くほどのこと、俺がした?」
ぽろぽろと零れる雫を、指で拭って、問う。
「・・・」
オミはただ、無言のまま首を振る。
だって言える訳がない。
自分の醜い所を直視してしまいそうで、苦しかった。
「言わないと分からないだろう?・・・何が、そんなに苦しい?」
そんなに抱き締めないで欲しい。
この腕の中に包まれると、分かってしまう。
自分が、何人かの一人だと。大勢の中の一人なのだと。
それを直視することなんて、出来ないから。
「・・・言えない」
小さく零れる涙は、言葉の変わり。
何かを恐れているオミと、そんなオミの姿にさえ、焦燥に駆られてしまうのはセフィリオ。
涙を止めて、笑顔が見たいのに・・・。
このまま泣かせて、哀しみに愁う姿を眺めていたいとも思ってしまう。
泣いてるオミは綺麗なのだ。怒っている時でさえ、惹かれる美しさは損なわれるどころか増すばかりなのだから。
「・・・」
「・・・聞かせて。何で泣くの?それに、俺には沢山いるって、何が?」
「違うんですか?」
未だ抵抗の意思を消さないオミの、どこか責めるような瞳の色に・・・煽られたままの本能が刺激されないはずはない。
乗り上げたままの執務机に押さえつけて、顔を上げたオミの唇を奪う。
突然のキスに驚いたのか、上手く息が継げなくて、オミはセフィリオの服を引いた。
けれども、解いてくれるどころか、噛み付くようなキスは相変わらず深くなる一方で・・・。
息苦しさよりも快感で身体が小さく震え始めるのも、時間の問題だった。
「ん・・ぅ・・・ッ!」
絡め取られた舌は解放される見込みもなく、痛い位に吸い上げられる。
身体も顔も固定されたままで、逃げる事も出来ない。
「・・っは・・・セ・・・ッ・・・!」
離してくれと言うように、強く服を引く。
けれど反対に、身体を抱き込む腕は強く力を込めるばかり。
「・・ひぁ・・・っや・・・だ・・・っ」
首筋に、濡れた感触が押し当てられる。覚醒する前までに煽られた体では、抵抗らしい抵抗すら出来ない。
与えられる刺激に、身体は悦ぶ。
触れられる温かさに、心が歓ぶ。
なし崩しで抱かれるのは嫌だったけれど・・・。
「欲しいんだ、オミ。・・・我慢できない」
違和感も拭いきれないまま、全てを受け入れた訳でもないのに。
耳元で囁かれた掠れた熱い声に、オミの、服を引く手から力が抜けた。
身体はもう、止まれない。刺し抜くような蒼く熱い視線が、自分を映して潤むから。

もう、何一つ、抵抗さえ出来なかった。



***



くたりと力の抜けたオミの身体を、自分が纏ってきた外套で覆って廊下を歩く。
流石に深夜だから、人の姿は殆どない。
たまに見張りの兵が船を漕いでいるくらいで、セフィリオは誰の目にも留まらずに足早のままオミの部屋を目指した。
かちゃり、と開けた扉の後ろ。
「・・・何か様?」
「・・・まあね」
ふわりと着地した足音に、オミを抱いたまま後ろを振り返った。
静かな様子で立っているのは、ルック。
「言伝があったから。その子から」
「オミから?」
微かに汗の浮いた様子で眠っているオミは、疲れてはいるだろうが、夕刻見かけた時より随分と楽そうだった。
あの時足りていなかった気を補助してもらえたからだろうが、そういう姿を見ると、少し苦しくなる。
「でももう必要なさそうだから」
「そう」
ふっと横を通り過ぎて、気付いた。
「・・・その子、嫌がらなかったの?」
「何を?」
「・・・気付かないくらい、その香りに慣れたってこと?・・・何してたのか知らないけど」
風を撒いて、セフィリオに纏わりついた香りを奪い去る。
「もう少し、大事にしなよ」
その一言と共に、ふわりとルックは姿を消した。
「・・・嫌がってた、な・・・そう言えば」
『香り』と言われて、気が付いた。
シーナに誘われて行った先での『手伝い』とは、声掛けのことで。
つまりは、ナンパだ。知らずについて行ったとは言え、まさか香りまで染み付いているとは思いもよらなかった。
当たり前だが何もしていない。声を掛けるシーナから少し離れてただ立っていただけだ。
でも寄ってくるものは仕方ない。シーナとセフィリオが何度か会話していたから、釣れた女性は結構いた。
昔なら、中で気に入った相手を見つけて一夜を過ごしていたかもしれないが、今はそんな気にはなれなかった。
確かに最近触れ合ってさえいなかった身体は物足りなさを感じてはいたが、欲しい身体はそんな女の身体じゃない。
「・・・ごめん。誤解させたね」
酒の席で騒ぐだけならまだいい。続けて今夜の宿を誘う彼女達を振り払って何とか戻ってきたのだ。
香りまで、気にしていなかった。
抱き寄せれば抱き寄せるほど嫌がった理由はソレだったのだろう。
未だ目を覚まさないオミの身体をベッドに横たえらせて、湿らせた布で汗を拭う。
「・・・ん」
擦り寄ってくる細い身体には、彼女たちの様に男を刺激するラインがある訳でもない。
でも、欲しくて堪らなくなる。
「オミだから・・・」
こんなにも欲しいと思うのだ。身体も心も、視線や声、吐息までも。
一人占めしたくなるのだ。
眠るオミの横に身体を滑らせて横になれば、温もりに気付いたオミの腕がしがみ付こうと擦り寄ってくる。
抱き寄せても嫌がる事もなく、寝息が落ち着いた静かなものに変わった。
「・・・オミ」
止まらなくなりそうな自分を何とか押し止めて、せめてもの安眠を守ろうと、抱き寄せたまま静かに目を伏せた。



***



「・・・これは?」
手渡されたのは、軽い肌触りの拳法着。
よくよくオミと手合わせする時に身につける物だ。が、今何故それを渡されるのか見当がつかない。
首を傾げるセフィリオにそれを差し出しながら、オミは続けて言った。
「これから毎月一度、軍で定例行事を行おうと思っているんです。それのお手伝い、してもらえませんか?」
断る事は許されないような笑顔の圧力で、セフィリオも何となく受け取ってしまう。
「ありがとうございます。それでは、道場の方へ行きましょうか」
何となく怒ったままのような雰囲気のオミに連れられるまま、場所を道場へと移した。
そこには既に結構な人数が集められていて、中央で話をまとめている軍師の姿も目に入る。
安請け合いしてしまったが、実はものすごく重要なことを忘れている気がして、セフィリオは隣のオミに声をかけた。
「あのさオミ・・・聞いてなかったけど、僕は結局何を」
「はい。では、ここにいる兵の訓練、お願いしますね。ちなみに第一回競技会は二十日後ですから」
「・・・え?」
「これでもう、暇だなんて言わせませんよ。何もこの人数を一人で面倒見て下さいとは言ってませんから」
張り付いた笑顔のまま軽やかに説明していくオミは、明らかに怒ったままだ。
「オミ殿、そろそろ戻りましょうか」
「はい。じゃあ、頼みましたからね」
軍師に連れられて去っていくオミを目で追いながら、追いかける事も出来ずに立ち尽くすセフィリオ。
傍から見ていて流石にちょっと可哀相だったのか、慰めるように肩を叩いた者がいた。
「・・・ま、気を落とすな」
「昨日のがバレたのか?でもオミがあんな風に静かに怒ってるのって珍しいな」
昨夜の共犯者、ビクトールとシーナだ。最初から最後まで巻き込まれた形のフリックは、またも酒に潰れたのか部屋で沈んでいるらしい。
「・・・元はと言えばお前の所為だろう・・・」
「わー待て待て!!タンマ!ストップセフィリオ!!黙って連れて行ったのは悪かったと思ってる!マジで!!」
「・・・そうだ。最初の手合い、シーナとやろうか?」
「今は止めとけ。死人が出るぞ」
それよりも、とビクトールはオミが去った方を眺め、言葉を続けた。
「お前、謝ったのか?」
「・・・何を?」
「いや、謝るじゃおかしいな。昨日のことだ。ちゃんとオミに説明したのか?」
シーナの襟首を掴んだまま暫く考えて、そういえば・・・・。
「・・・してない」
昨夜はあのまま眠ってしまったし、起きてから身支度を整える事に時間をかけてしまったお陰で特に話もしなかった。
オミも何も訊かないから、もう気にしてないのかと思ってしまったのだ。
弁解するも何も疚しいことはしていないのだから、先に謝っておけばよかったのだろうが。
「・・・お前から言い出さない限り、あいつあのままだぞ」
つまりは、怒ったまま。
怒鳴って怒るのは良く見るが、今回の様に笑顔のまま静かに怒るのは珍しい。
昨夜の件に関して、結局はセフィリオの操の問題だ。
貞操観念が乱れているからとて、自分が怒るべきことではないと、オミがそう思っているからこそなのだろう。
相変わらずというか、何と言うか・・・。愛されてる自覚をそろそろ持ってもいいだろうに。
苦笑を浮べつつ、釣り上げ気味だったシーナから手を離して踵を返した。
「・・・ごめん。ちょっと行ってくる」
「おー、そうしろそうしろ」
ビクトールは、走って行くセフィリオの後姿を眺めてから、地べたに座り込んだままのシーナに目を移した。
ぜいぜいと荒い息を繰り返しているが、特に命に別状は無さそうだ。問題は無い。
「・・・っだよアイツ!本気で締めたぞ・・・!?」
「今のあいつを昔と同じと思わない方が身の為だぞ」
良い意味でも悪い意味でも、セフィリオは変わった。オミと出会ってからの変化は、ビクトールとしては良い方向に変わったと思っている。
シーナからしてみれば、昔一緒に遊びまわった仲間だったかもしれないが、セフィリオにはもう相手がいるのだ。
それが男でしかもまだ子供で更に戦争中の軍主だと言う事はこの際置いておく。
だが、セフィリオにとってもオミにとっても、あの二人はお互いでなければならないのだろう。
「・・・アイツが操立ててる相手、男だって知ったら泣くよなぁ昨日の子達・・・。可愛かったのに勿体無い」
確かに勿体無い。
オミももう少し成長すれば、誰もが振り返ること間違いないだろうに。
「・・・女は泣かせても、たった一人だけ泣かせたくない相手も居るんだろうよ。シーナ、お前には居ないのか?」
「え、オレぇ〜?・・・女の子は基本的に泣かせたくないけど・・・」
口篭もってしまったシーナに苦笑して、消えたセフィリオの背中を眺めた。
まぁ、少しの間ぐらい、仕事を肩代わりしてやろうと声を張り上げる。
「おら、誰から扱かれたいんだ?手加減なしで行くぞ」
暫くして、道場から活気の良い声が響き出した。



***



「オミ!」
執務室へ戻る道を探しても見当たらなかった軍主の姿は、道場から出てすぐ目の前にある池の前にあった。
何かを耐えるようにじっと水面を眺めている姿は、少し近寄りがたい雰囲気に包まれている。
普段なら、オミが城から出ようものなら、あっという間に人々に囲まれて笑顔を振り撒いているのに、今は傍に誰もいない。
セフィリオに声を掛けられて、ゆっくりと振り返った表情はまだ、怒りの解けたものではなくて・・・。
けれど、いつもにも増して強い光を宿す榛の瞳は、思わず見とれてしまう魅力があった。
「・・・何ですか?お仕事、頼んだでしょう?」
「・・・ん、でもその前にひとつだけ。言っておきたい事があってね」
声を掛けられるまで身動きが出来なかった自分に苦笑しながら、その場から動こうとしないオミの傍へと歩み寄る。
「言っておきたいこと?」
「あぁ、昨日のことだけど。謝らなきゃね、黙っててごめん」
「・・・っ!」
「・・・・ごめん」
今更・・・というように強い視線で睨みつけられて、けれど、どこか泣きそうな気配の漂う表情にセフィリオも思わず言葉を止める。
瞳に篭る感情は強いのに、泣きそうに歪む表情を見ていられなくて、思わず胸に抱き込んでしまった。
昨日はこれをやって嫌がられたのだ。しまったと思ったがもう遅い。
抱き締めた胸の中で、それでもオミは逃げる事もせずに、おとなしく抱かれていた。
弁解するチャンスは今しかないだろう。この機会を逃せば、オミの怒りは暫く解けない。
「・・・誤解だから。昨日は確かに遊びに行ったよ。酒も飲んだ。・・・でも、何もしてないから」
「そんなの・・・!」
「ん、信じろって方が無理があるよね。分かってる。でも、信じて欲しい」
抱き締める腕に力を込めて、微かにもがこうとした身体を閉じ込める。
「証が欲しいなら、いくらでもあげる。俺はオミの・・・オミだけのものだ」
耳元で囁かれたセリフに、オミの肩が小さく震えた。抵抗も、もうない。
・・・どの位そのまま抱き締めていたのか分からないが、腕の中でふとオミが顔を上げた。
気付いて、表情を見ようと視線を上げたと同時に、唇に柔らかいものが触れる。
「オ・・・!」
ミ・・・と、続きの言葉は柔らかなキスに吸い込まれ、消えた。
ほんの数秒、重ねるだけの静かな口付けであったけれど、離れた時にはもう、オミの表情は穏やかなものに変わっていて・・・。
「どうしようもなく自分勝手で迷惑なお願いですけど。・・・信じてあげます」
けれども、気恥ずかしさは消えないのか、少し赤く染まった頬を再び怒ったように取り繕われるのは、可愛すぎてどうしようかと思ってしまうほど。
「オミ・・・!」
「だけど!」
感極まって抱きしめようとした腕は止められて、告げられた言葉は。
「・・・・僕とも手合わせ、して下さい。そんな遊びに行く暇がある位なら・・・いいでしょう?」
それこそ願ってもないことだ。一緒に居られる時間が増えるのだから。
セフィリオは二つ返事で頷いて、微笑んだ。
「勿論。・・・いつでも望むだけ、お相手致しましょう軍主殿」
約束のキスは、いつもより少しだけ甘く、長く・・・。
道場から、兵達の押し殺した悲鳴がいくつも上がっていることにオミが気付くのは、もう暫く後のことだ。



***



「次はおれの番だ!」
「・・・こりないなぁ」
苦笑紛れに飛び掛ってくる相手を軽く交わして、叩き込まれる剣の前に拳を軽く身体に埋めた。
もちろん、受けた方は只ではすまない。床に潰れた兵士の身体を、シーナがずるずると端へ寄せて頬を叩く。
「オイ。加減しろよ」
「してるよ充分。体術ならオミの方が強いんだから、僕ぐらいには勝てるようにならないと」
そんな無茶な・・・と心の中で悲鳴を上げたのは、その場にいた殆どの兵士達。
「さて、もう終わり?」
「ま、まだまだ!!」
「・・・いいよ。いくらでも掛かっておいで」
どうやら軍主隠れファンだったらしい兵士達の息巻く道場の中で、ほぼ全員から嫉妬の羨望を浴びたセフィリオは、寄って集って手合いを挑む挑戦者達を尽く床に沈めていた。
無論、手加減はしていたが、怪我人が続出したのは仕方の無いことだっただろう。
・・・と言う訳で。
「・・・人数が確保出来なかったので、競技会は延期です。一体何したんですか」
「別に。みんなやる気満々なんだから、良いんじゃない?・・・それに俺は負ける訳にはいかないから」
「・・・?」
「何でもないよ。・・・あぁ、でも」

勝ち続けることが、君への証。

「俺がオミのものであると同時に、オミは俺のもの・・・だからね?」





END





⊂謝⊃

・・・・うわぁ(笑)

久し振り過ぎて愛が暴走してますね!壊れてるよセフィリオ!!壊れすぎ!!(笑)
色々なトコロでセフィリオ浮気説(笑)が流れてるので、
こんな感じで弁解してみました。(それもどうよ/笑)
大丈夫!!『天輪』の中では狂おしいほどにオミ馬鹿ですから彼!!
その他なんてアウトオブですよ!!(笑)

はてさて、弁解はこの辺りにして、どうでしたでしょうか筏海様!!
物凄く時間をかけてしまって申し訳ありません・・・!
その代わり訳の分からない仕上がりになったと思います。(救い様の無い・・・/苦笑)
「仕事中に居眠りしてしまったオミ君と、その姿を見て思わず・・・なセフィリオさん(笑)」
・・・ってリク内容が既にメインじゃないし・・・!!!あわわごめんなさい〜!!(滝汗)
でも、愛だけは注ぎました!!
もうコレでもかって勢いで注ぎ過ぎて砂吐きそうですが!!(笑)<待て親。(笑)
苦情は幾らでも・・・!感想などは更に幾らでも!!(笑)お待ちしておりますのでv(笑)
ではでは、キリ番リクエストありがとう&おめでとうございましたv
お気に召される事を願って・・・!(切実)


斎藤千夏 2005/03/19 up!
 
 ■ええと追記です。(笑)
 とある事情により掲載日がちょっとずれました(笑)
 まぁそれは3月某日のとある某所。さかのぼること一ヶ月前です。
 うーんと、字書きの方は良くやってることだと思うんですが、
 携帯でヒマな時に打てるように書きかけの話を持ち歩いてるんですよね。
 それをふと、何を思ったか見せたくなって。
 一緒にいたのは『Daydream/前人未到』のあさと様。
 いやね、でも受け取ってほぼ30秒ぐらいで携帯返してもらって、
 どうしたんだろうと思いきやかわりに携帯見せられて。
 ・・・・・・・・・・・・・大爆笑でした(笑)
 最初から、2主のセリフまでが見事に被り!!
 や、しかも書き出したのも殆ど同じじゃないですか(笑)
 お互い違う性格の坊主ですし、この後の展開が同じになるわけないですし(笑)
 どちらにしても面白いので、お互いに完成してから同時に掲載しよう!
 ・・・ってその場で決まりました。(笑)
 だって見たいんだもんあさと様のとこのユリレイ。(笑)<好き
 
 これを読み終わって物足りないなぁと言う方は、
 どうぞあさと様のサイトの方にもいってらっしゃいませv(笑)
 
                     2005/04/16 up!