*手紙*
「・・・っはぁ!」
突如道場に響き渡る、巨大な体躯が打ち付けられる音。
その後、目の前の現実に言葉を失う見物者たちの中で、突如沈黙を破るように声が響いた。
「一本、それまで!」
審判をしていたマイクロトフの声に、息を呑んで見守っていた周りから、爆発的と表現するしかないような声援が降り注いだ。
伸びた大男・・・もとい、一般兵の影から出てきたのは、これまた小柄な少年だ。
さすがに汗を浮かせてはいるが、誰の手も借りずまっすぐにその身体を伸ばして立ち上がる。
「流石ですね、オミ様」
汗を拭くためにやわらかい清潔な布を差し出してくれながら、カミューが賛辞の声を上げた。
「うん、でも・・・流石にちょっと重かった」
久しぶりに道場に顔を覗かせたオミの相手を申し出る者は後を絶たない。
何人か相手にしているうちに、いつの間にかちょっとした見世物のようになっていて、道場の壁や窓にはひしめく人の山。
人山の正体は、別に軍とは関係ない城下の町人や、子供からお年寄り・・・更にはちょっと城に寄っていた旅人や商人達の顔まである。
「オミ様ー!!」
またその中で一層元気なのは、年若い娘や少女たちの黄色い声だろう。
オミはその声に、少し控えめに手を振って、やわらかく笑みを向ける。
そのまま、悲鳴の強まる声を背に聞きながら、今度は兵士たちの熱い声を聞きつつ城の中を通って退却だ。
「・・・ふー。みんな、本当に元気だなぁ」
戦ってる時はどれだけ視線があろうがいくら見られても平気だけれども、いざ平静に戻ってみれば、ああいう視線の山に慣れてないからか、少し照れる。
と、エレベーター前でふと目に付いた目安箱に気づいて、部屋に戻る前に見ておこうと手を伸ばした。
最近は妙に増えて、こまめに開けておかないと溢れることもあるのだ。
今日もいつもにもましてたんまりと入った手紙を取り出して、丁度開いたエレベーターへと乗り込む。
増えた原因はわかっているが、本人たちが喜んでやっているのだから、止める訳にも行かなくて。
軍関係者からの要望は大抵署名が書かれているが、彼ら一般から来る手紙はそんなものさえ書かれていない。
「うーん、これじゃあ、また増える一方かなぁ・・・」
部屋に戻った先で一枚一枚開いてると、閉められた窓を叩く訪問客。
「ムクムク?・・・あ、ありがとう」
招き入れるように窓を開いてやると、またどこからか運ばれてきたのだろう。
オミの手の中にどっさりと手紙を下ろしてくれた。
城下から届く手紙の原因はこれだ。ムササビ便は意外にも盛況らしい。
5匹を招いたまま手紙の続きを読んでいると、やわらかく流れていた風が突然強く吹いた。
「あっ!」
手元にあった手紙が飛ばされて、風の流れた先・・・扉を開けたセフィリオの手に収まる。
「なにこれ?手紙?」
「あぁちょっと勝手に読まないで下さいよ・・・!」
あわてて取り返そうと走り寄って手を伸ばすが、腕を上げて更に持ち上げられてしまう。
「ええと何々・・・?」
「もう、セフィリオ!返してってば・・・!」
そんなに差はないと言っても10センチの壁は意外と大きく、更に腕を上にあげられてしまっては届くはずもなくて、オミはセフィリオの前で返して貰おうと小さく飛び跳ねた。
あまり無理に取り返そうとすれば、紙はすぐ破れてしまうからだろうが、控えめなそのしぐさが妙に可愛くて、セフィリオは小さく笑いながら目の前で跳ねる身体を抱きしめる。
「今度は何なんですか?!」
そのまま当然のようにキスしとようとしてきたセフィリオに、オミは顔を背けながら怒ったように声を上げたが、それでもセフィリオはどこ吹く風だ。
「いや、可愛くて。つい」
「かわ・・・・・・もう、何でもいいから返して下さい。それ」
絶句した挙句、何かを諦めたオミは、けれども手紙は譲れないと手を差し出して返却を求めた。
「そうやってムキになられると、こっちも返したくなくなるんだよね。これ、目安箱の手紙?」
それでも結局セフィリオはオミから見えないように開いてしまう。
けれど、直後硬直したセフィリオは、その短い手紙を何度か読み直しているようだ。
「・・・セフィリオ?」
黙ってしまったセフィリオにオミは問いかけるように名前を呼ぶ。
沈黙を守っていた時の静かな態度を一変させて、セフィリオはオミに向かって小さく笑いかけた。
「オミ、今日の仕事は?」
「え?いえ、今日はもう大した用事は・・・」
「じゃあ、デートしようか。天気も良いし、良いデート日和だよ」
「は?!だ、だからってなんでそうなるんですか・・・!?」
いつもの抵抗を許さない強引さで、結局オミは城下まで連れ出されてしまった。
目的も何もないが、だからこそ冷やかすように店を見て回るセフィリオとオミは非常に目立った。
・・・それもその筈。
「・・あの」
「んー、何?あ、これなんかいいんじゃない?」
「さすがマクドール様お目が高い!効果はばっちりですぞ!」
「うん、やっぱりこれ貰おうかな。で、どうしたのオミ?」
「・・・手、離して貰えませんか?」
「嫌だv離したら逃げるでしょ?」
「・・・・」
どの店を歩く間も、ましてや往来を歩く間も、セフィリオはずっとオミの手を握ったままなのだ。
人目があるから離して欲しいのに、人目があるから力任せに逃げることも出来ない現状に、オミの顔はずっとうつむいたままだ。
なんとなく気恥ずかしくて、顔を上げていられない。
困るのは、この現状が嫌なだけじゃないからだ。寧ろ、人目さえなければ嬉しかったかもしれない。
オミは、ちらりと店を冷やかすセフィリオに視線を向ける。
オミの視線に気づかないセフィリオは、楽しそうに店員と話を続けていたが、そんな彼を眺める視線は何もオミだけではない。
通りを歩けば視線を集めるし、一声出せば誰もが振り返る。
そんなにも熱い注目を集めていながら、彼のやわらかい視線は、ただオミにしか向けられない。
「・・・」
そのことに、軽い優越感を覚えない訳がなくて。
「それにしても、中々尻尾を出さないねぇ」
「え?・・・う、わ・・っ!」
いきなり腕を引っ張られて、ぼんやりとしていたオミはそのまま引きずられるように店の間の路地に連れ込まれてしまった。
あんなに集めていた視線を掻い潜って、誰にも気づかれないまま二人は薄暗い路地裏で寄り添う。
「なんでこんなところに・・・どうかしたんですか?」
「・・・んー、ちょっと味付けしようかなって」
「は?・・・っん、ぅ・・!?」
突然唇を奪われて、同時に抵抗を奪うように壁に押さえつけられてしまう。
光が差し込む路地の先には、たくさんの人がいるというのに。
「っちょ・・何・・・っぁ・・・!」
軽く唇が離れた瞬間文句を言おうとすれば、その文句まで奪うかのようにセフィリオの膝がオミの両足の間を割る。
キスで軽く高められてしまった身体に、その行為はある意味衝撃で。
「・・・あんまり可愛い顔しないでよオミ。せっかくの味付けなのに、止まらなくなくなっちゃうから」
「っ!だ、から、味付けって何ですか・・・!?ん・・・っ、真面目に、答え・・・っ・・は・・・」
結局は言葉も告げなくなるまで高められてしまった身体は、何とか立っていられるぎりぎりでふと離されてしまった。
「・・・ぇ?」
急に止められてしまった行為の意味がわからず、やめて欲しかったことすら忘れてオミはセフィリオを見上げる。
「物足りない?ん、続きは部屋でね。だから、今はちょっと我慢して」
セフィリオの真意が見えない。
別に怒ってるわけではなさそうだけれど、何かを考えているらしい彼は、そのままふらふらなオミを支えるように腰に手を回して路地から引き出してしまった。
「・・・?」
まさか、途中で止められた上に人前に連れ出されると思ってもいなかったオミは、驚きつつも支えられる腕に寄りかかるようにして誘導されるままに歩いていく。
そんな様子を眺め見て、誰もが視線を向けて来るおかげで今まで以上に顔が上げられないが、文句ひとつ上げられないまま素直についていくしかなかったのだ。
言葉を話そうとすれば、とんでもない声を出してしまいそうだったので。
そのまま店舗街から離れて連れてこられたのは、人気のない道場裏の木陰だ。
不意に上げられた熱は、流れる風に当たって少し収まりはしたが、木を背に座らされて、ようやくオミの呼吸も軽くなる。
「たぶん、もうちょっとで終わるから。少し我慢してね」
そう言いながら、セフィリオはオミの肩布を外し、胴着の止め具も軽く緩めてしまった。
脱がされることはなかったものの、セフィリオの手に抵抗できないオミは、人がいないことをいいことにされるがままだ。
「ちょっと休んでて」
そういわれて、目の上に手を置かれれば、オミも素直に目を閉じる。
抵抗もせず受け入れるオミの様子にセフィリオも小さく笑いながら、それでも何故かオミをおいたままふらりと姿を消してしまった。
そんなことも気づかないまま、オミは気疲れを癒すように目を閉じたままじっとしている。
「・・・・」
そこに、伺うような視線を向けながら近づいてくる影。
誰も居ないか、オミが起きないか確かめながらもオミに触れようとした瞬間、突然上から声が振ってきた。
「・・・なんだ、君だったのか」
「?!」
驚いて手を引いた影は、突然道場の屋根から降ってきたセフィリオに驚いて後ずさる。
退いた先で木陰が晴れて、セフィリオの声にうっすらと開いたオミの目に映ったのは、罰が悪そうに困った表情を浮かべた少女の姿。
「・・・アイリ?」
「あ、いや、な、何でもないんだ!何でも・・!」
オミの、煽られた熱に少しぼんやりとした視線に射られて、突然真っ赤になるアイリだけれども、オミが更に声をかけようとする前に慌てて走り去ってしまう。
「・・・なんだったんですか?」
「最近、特に色気を増してきたオミの周りは物騒だからね。これの犯人をおびき出そうと思ったんだけど」
で、ぴらっと見せられたのは、例の手紙。
オミが開く前にセフィリオに取られてしまったあの手紙だ。
ようやく返して貰えて中身を見ると、本当にそっけない文字でただ一言。
「・・・『好きです』・・・?って、まさか、これのためにわざわざ・・・?」
呆れたように声を上げたオミに、それでもセフィリオはしれっと答える。
「だってオミ無自覚なんだもん。そんな顔で人を誘惑しておいてわかってないから、見てて危なっかしいったらないしね」
「誘惑って・・・そんなの、誰も」
「気づかなかったの?あんなにいっぱい視線集めておいて」
「あれは!セフィリオを見てたんじゃないんですか・・・?」
「は?・・・だから、無自覚っていうのは怖いんだよね」
小さくくすくすと笑って、セフィリオは未だぐったりと木に寄りかかっているオミの前に屈む。
強い日差しを遮る木陰の中で、やわらかく重なる唇をオミも素直に受け入れて・・・。
いよいよ我慢が出来なくなったのか、縋るように服を引くオミの手に、セフィリオは嬉しそうな笑みを浮かべて小さく囁いた。
「わかってるよ。・・・続きは、部屋でね?」
ここが、道場の真裏だということも、さっきから道場の窓にたくさんの見物人がいることも。
きっとオミは気づいて居ないのだろうけれど。
***
「でも、アイリとこの手紙。何か関係あるんですか?」
気だるげにベッドに寝そべりながら、ようやく返して貰えた手紙をセフィリオに開いて向けて尋ねる。
あんなにあからさまなのに、オミはアイリの気持ちに気づいてないというのか。
一瞬言葉を失ったセフィリオだけれども、だからこそ今まで誰にもオミを取られずに済んでいたのかと思うと、その鈍さも少しありがたい。
オミに惹かれる男は厄介だが、女の子の方が実はもっと厄介だ。
今でこそオミはセフィリオを見てくれているが、所詮セフィリオも男なのだ。
オミの事を本気で思っている少女がいると知って、オミの気持ちが揺らがないとも言い切れないので。
「・・・いや、別に。ただ、ずっとついてくる視線が気になっててね」
ごまかしが通じたのか、オミはさほど興味もなさそうにベッド横の戸棚を漁っている。
気を逸らせたかと安心していれば、突然ベッドに広げられた手紙の山。
「なに、これ?」
「この手の手紙、冗談なんでしょうけど結構来るんですよ。どれも名前なんて書いてないし、一体僕に何を求めてるんでしょうか」
わかります?
と問いかけてきたオミの顔は、明らかにセフィリオをからかっているもので。
「・・・実は、全部わかっててやってないか?」
「さぁ?なんのことでしょう?」
セフィリオでも、たまにオミの思考が読めない時がある。
どこまで純粋なのか、どこから擦れているのか、その境目がオミはひどく曖昧なのだ。
「・・・筆跡もバラバラ、これは年齢性別もバラバラだとして見るべきだろうね。で、オミはその相手に見当はついてるんだろう?」
「でも名前はないですから確証があるわけじゃないですし。それに目安箱に入れられたって、僕にも出来ない要望はありますからね」
くすくすと笑っているオミの様子に、セフィリオがオミを振り回しているというよりは、今日一日セフィリオの方が振り回された気がしないでもない。
「何で黙ってたの」
ちょっと怒っていることを表現するように、いまだくすくすと小さな笑いを止めないオミの身体を、少し乱暴にベッドに押さえつける。
それでもオミは平然として、けれど少し照れたような表情を浮かべて、セフィリオの首を抱き寄せた。
近くなった耳元で小さく囁かれる言葉は、セフィリオも予測していなかったもので。
「別に、支障はないでしょう?誰に気持ちを貰っても、僕が返したいのはセフィリオだけなんだから」
「・・・っ」
突然のまさかの言葉に、セフィリオでさえも言葉を失ってしまう。
驚いてオミの目を見つめ返すが、オミの顔はからかっているものではない。
「だから、その・・・人に見られるのは好きじゃないんですけれど、諦めてくれたらいいなって思って」
オミも抵抗せずにセフィリオに付いてきたという訳だ。
というか、セフィリオとオミの関係はもう今更な周知の事実なのだが、その辺りに気づいていないオミはやっぱりどこか鈍くて。
「・・・」
「・・・セフィリオ?ちょっと、こんなことで怒らないで下さいよ。それは、利用するような真似したのは謝りますけど・・・」
声を発しないままオミから離れてしまったセフィリオの行動に、今度はオミが不安そうな声を上げる。
ベッドの縁に、オミに背を向けるようにして座ってしまったセフィリオを、追いかけるように手を伸ばして。
「わ・・!?」
「うん、怒った。俺を怒らせたんだから、ちゃんとこの責任は取ってもらうよ?」
伸ばした手を捕まれて、少し荒っぽく膝の上に乗せられる。
本気で怒ってる目じゃないにしろ、間近で見たその蒼い瞳の奥に灯る火にオミはちょっと暴露したことを後悔した。
けれども、それはもう後の祭りで。
至極楽しそうに笑うセフィリオの笑みに、オミも逆らうことも出来ないまま、きっちりと『責任』を取らされてしまうこととなる。
・・・それはまた、別のお話。
END
⊂謝⊃
あ゛ー・・・・ごめんなさい〜!!!!<(_ _)>
もう軽く年越しでお待たせしてしまったかと思いますが!ぽにゃぽん様!!
記憶に遠いことかとは思いますが、キリ番上がりましたー!!(滝汗)
110000HIT(・・・遠/笑)を踏み抜いて下さいましたリクエストで、
「セフィリオさんとオミ君の微笑ましい休日v(表)」
・・・だった筈なんですけれども(滝汗)
どこが微笑ましいんだろうかこれ・・・(笑)そして表じゃないし!!!そこ激しくごめんなさい!!(笑)
・・・ええと、お気に召されなかったら、新たなリクを力いっぱい投げつけてやって下さい!!
身体張って受け止めます!!(笑)
では、110000HITおめでとう&ありがとうございました!
気に入ってもらえる事を激しく願っております・・・!!(笑)
斎藤千夏 2006/05/14 up!