仕事、元旦、誕生日
薄暗い部屋に紙をめくる音と、ペンを走らせる音だけが響く。
大きめの机に折り重なった紙の束と格闘しているのは、この部屋の主だ。
まだ年端も行かない、幼い少年。けれど漂う品格は、そこらの大人よりずっと華やかしく見える。
そこへ、少々ウンザリとした声が響いた。
「・・・・まだやるの?」
「僕の仕事ですから」
待ち人はもう随分前から、机の正面に近い場所で本を捲っていた。
暫くは大人しく本を読んでいるのだが、こうやってたまに顔を上げては、待ちきれない様子で声をかけてくる。
「できるだけ早く終わらせますから、暫く黙ってて下さい」
「・・・わかったよ」
セフィリオにだって邪魔する気は毛頭ない。
けれど、可愛く愛しいオミは軍の事になると、とたんに態度が冷たくなるのだ。
それが少し(いやかなり)寂しく感じて、ついつい声をかけてしまうだけなのだが。
「・・・年末なのに大変だね」
「年末だからです。僕らには休みなんてありませんから・・・」
目線は紙の上、手は常に動かしつつ、こちらを振り向かずに答えるオミ。
独り言なのになとか思いつつも、返事が返ってきたことが嬉しくて、セフィリオは読んでいた本を閉じた。
オミは先程から、一度も顔を上げていない。
戦いの時もそうだが、オミの集中力はセフィリオでさえも感嘆する力を発揮する。
手元の書類を読みながら、それをひとつひとつ頭に叩き込み、けれどセフィリオの声はしっかりと聞こえている。
幼い頃からきちんとした教育を受けていれば、もっと素晴らしい能力を発揮していただろうに。
そう考えて、セフィリオは苦笑する。
それはまるで自分自身のようではないか。
もって生まれた天性の才能。オミは自分とは違う。
そう分かっていてもやはり、同じ『宿星』を持つ者の定めなのだろう。
「・・・似てるね僕たちは」
「・・・・そうですか?」
明るいうちから書類に向かっているオミは、目を凝らさなければ文字が読めない時刻になっている事にも気付いていないだろう。
オミの手元のランプに火を灯してやると、はっとしたように顔を上げた。
「あ・・・・、ありがとうございます」
「どういたしまして」
椅子に座っているオミの正面に立って、セフィリオは苦笑した。
「・・・何か?」
「そう言えば、俺の事名前で呼んでくれるようにはなったけど、その口調は相変わらずだ」
いつまでたっても他人行儀。
いい加減もう少しぐらいは打ち解けて欲しいものなのだが。
オミは動かしていた手を止めて、言葉に詰まったようにセフィリオを見上げてきた。
「・・・・・・・・一応、目上でしょう」
「うん一応、ね。でも、今更気を使う相手でもないのにさ」
「・・・・・」
くすくすと笑いながら言ったセフィリオの言葉に、オミは黙って書類に向き直る。
目をあわさないように下を向いているが、かすかに頬が赤い。
「・・・後悔、してる?」
どさくさ紛れに婚約した事を。
「まさか・・・!」
小さく、呟くように言うと、慌ててオミは顔を上げた。
その必死な様子に、セフィリオは我慢できずに、今度は吹き出した。
「あはは・・!良かった。後悔されてたら俺も悲しいし」
それだけ必死だと、少なくとも良かったと思って貰えたんだね。
そもそもあれは、そろそろいい年齢のセフィリオを狙って言い寄ってくる女たちを蹴散らす為の婚約でもあったのだが。
運のいい事にオミが女性化してくれたお陰で、堂々といちゃつくことも出来た訳で・・・。
「・・・・もう、黙ってて下さい」
何を思い出したのか、恥かしそうに俯いて、書類を捲り始めるオミ。
セフィリオは嬉しそうに笑って、椅子に腰を下ろした。
再び、部屋の中ではペンを走らせる音が響く。
けれど少しだけ違うのは、部屋の中を包む空気だ。
先程に比べて、少しだけだが温度が上がった気がする。
ふと、外を眺めた。
トランより北部にある都市同盟は、やはり寒くて、城下は真っ白に染まっている。
こんな日でも、オミは相変わらずいつもの胴着姿で、寒くないのかと思ってしまうほどで。
真剣な目で資料と書類を捲っていくオミ。
「・・・・何ですか?」
じっと見つめられる視線が気になるのだろう。
まだ少しだけ頬を染めて、けれどむっとした顔でセフィリオを睨んだ。
そんな仕草がまた可愛いと思われていることなど、オミは知る由もない。
「うん?いや、今更ながらに自覚してね。嬉しいなぁって」
「・・・何が・・・ですか?」
「こんなに可愛くて綺麗なオミって、俺のものなんだよねって」
くすくすと嬉しそうに言うセフィリオに、オミは一瞬硬直する。
「あ、な・・・何を」
「今日は寒いね。暖かい飲み物でも持ってこようか」
「いいです、いいですからそんな!」
何だか、今日は素晴らしく機嫌がいいらしいセフィリオが出て行ってしまうと、広い部屋が更に広く感じて。
先程まで暖かかった筈の室温も、一気に下がったような気がする。
ただ、傍に居てくれるだけで良かった。
あの視線に見つめられているだけで、暖かい。
オミは握っていたペンを置き、椅子に大きく凭れる。
実を言うと、こういう仕事はあまり好きではないオミだ。
勉強自体は嫌いではないが、ずっと同じ姿勢を保たなくてはならないのが辛いのだ。
凝り固まってしまった身体を解そうと、椅子から立ち上がる。
机の上の書類は後もう少しで終わるのだが、今はやる気になれなかった。
「・・・うわ、真っ暗・・・なのに、真っ白」
外はもう夜で、雪もいつから降っていたのかさえ、オミは気付いていなかった。
素肌の両腕を擦り合わせて、寒さに震える。
白い雪と、冷たそうな外を見るだけで、一気に体温が奪われたような気になるから不思議だ。
今まで生きてきて、こんなに暖かい部屋で年を越せるのは初めてなのだけれど。
服より何より、暖かな腕を知ってしまった今では、この寒さに耐えることすら難しいと思えた。
「・・・寒い?」
「わ、セフィリオ・・・!」
後ろから、望んでいた暖かな腕に包まれて、オミは上を見上げる。
頭1つ分は大きいセフィリオは、相変わらずくすくすと笑っていた。
「はい、暖まるよ?」
目の前に差し出されたのは、暖かな蒸気を上げている紅茶だ。
甘い香りが、ふわりと漂った。
セフィリオ自らこれを淹れたと思うと、オミは可笑しくて少し吹き出してしまう。
「何?」
「ううん、何でもない」
受け取って、少し口に含む。
気付かない間に冷え切っていたのだろう。
冷たくなった身体に、じんわりと染みた。
「どう?」
「甘い・・・何か入れた?」
嬉しそうに聞くオミは、すっかりリラックスしているようで、軍主然とした態度が年相応の反応に変わっていた。
「オミってまだ・・・ええと、何歳だっけ?」
「あぁ、多分15ぐらいじゃないかな。夏になったら、1つ増えます」
「位?多分?」
「正確な日にちは分からないから・・・・」
「あぁ、そうか。ゴメン」
「いえ。あ、セフィリオは?幾つになるんですか?」
寒い窓際からベッドに移動して座っても、オミは美味しそうに紅茶を飲んでいた。
後ろからオミを抱きしめたまま、セフィリオは笑う。
「今日で、20だよ」
「え・・・?今日って・・・あ!」
時間を刻んでいる時計を見れば、もう正午過ぎていて。
「年、明けちゃいましたね・・・って、誕生日元日なんですか?」
「そう」
「元日が誕生日だなんて何だか似合うなぁ・・・。おめでとうございます・・・って、何もないですけど」
誕生日という日には、お祝いに何かをあげる日だと、オミも知っている。
けれど、今知ったばかりではもうどうしようもない。
焦るオミに、セフィリオは軽くキスをして、体に回した腕に力を込めた。
「もう、十分貰ってるけどね」
「?」
「一緒に居られる時間・・・じゃダメかな。オミの仕事はもうお終い。後は俺に付き合って?」
耳元でそっと言われて、今更ながらに現在の体勢を思い出す。
「うわわわ!あの、離して・・」
「嫌」
「わ、あのっ!ちょっと・・っ!手、何処・・・・・っ!」
「しっかり持ってないと零すよ?」
零れそうになる茶器を両手で持っているオミに、暴れる事は出来なくて。
「・・っん・・・」
布の合わせから入り込んできたセフィリオの手の熱さに、冷えた身体はぞくりと震える。
暖かさが皮膚を伝わって全身に染みていくようで、その心地良さは抗い難かった。
「寒いの?もっと暖めて上げるから、ね?」
自分の膝の上で茶器を両手で支えるオミの胴着を、肩からずらして脱がせる。
「・・・ん、でもっ・・・!まだ」
もう十分抗う気力も残っていない筈なのに、オミの視線の先には机の上の書類。
「・・・・仕方ないなぁ」
そう言っても諦めるセフィリオではない。
懐から取り出した小さな壜の口を空け、一口分を煽る。
「・・・?んむ・・・っ!ぅ・・・ん・・ん」
間髪入れずにオミを抱き寄せ、唇を重ねた。
ジンと焼けるような味が、舌と喉を滑り落ちていく。
びりびりとするような辛さの中、けれど酷く甘い。
「さっき紅茶に入れたのはコレ。ブランデーだよ」
「・・・そ、それって・・お酒・・・じゃ?」
「うん。しかもちょっとキツ目のねー」
舌を焼いた辛さは、アルコールのものだったのだ。
案の定、胃の辺りが熱くなって、冷たかった筈の肌はジンと熱くなる。
セフィリオはオミが必死で持っていた茶器を奪って、中身をもう一度口移しでオミに飲ませた。
「こっちに入れたのはほんの少量だったから。でも、そろそろ回ってきたかな?」
こうなってしまえば、オミにもう逃げ道はない。
次第に熱くなっていく体では、もう逃げようと言う意識すらも消し飛んでいた。
「・・・・貰っていいかな?」
誕生日のお祝いに。
「ダメって言っても・・・・」
もう、止める気なんてないでしょう?
肌を滑る手に身を震わせ、けれどくすくすと笑ってオミは囁く。
「大好きだよ。誕生日、おめでとう」
そして、今年が貴方にとって良い年でありますように。
END
⊂謝⊃
即席で書いたのバレバレですねー。えと、友達とメッセしながら一時間ぐらいですか。(笑)
オチも内容も薄くてスミマセン!<(_ _)>
裏に置こうと思ったけど、コレぐらいなら表でもイイかなってことで表です!
こんなSSに態々メールを送ってもらうのも・・・・気が引けまくるので、もう普通に載せます(笑)
やっぱり企画倒れかー!予定は未定ってよく言ったもんだー(笑)
やる気の無いSSですが、持って帰りたい方はドウゾ。もう、ご遠慮なく★
それでは皆様、今年が良い年でありますようにv
去年に引き続き、本年も天輪をよろしくお願いします〜v<(_ _)>
2004年1月1日 元日 up!