* 名前 3 *
「・・・起きたの・・?」
腕の中のオミが身じろいだ気配がしたので、セフィリオも身を起こそうと瞼を開けた。
外ではもう日が昇りかけている。
眩しいが暖かな光に、朝が訪れている事を確認できた。
昨夜は気を失うように眠ってしまったオミを、セフィリオが泊まる為に用意された部屋のベッドまで運んだのだ。
起きたらしいオミも、ベッドに身を起こそうと体を動かした・・・が。
「あぁ、う・・・っ!!!」
「オミ?」
顔を顰めたオミに、セフィリオは眠気をも飛ばしてオミの身体を支える。
「な、何したんですか・・・?!い・・・痛・・」
「あれ、・・・オミ・・・元に」
「・・・?セフィリオ」
痛みに涙目になりながら、オミは呆然としているセフィリオに視線を向けた。
「・・何・・・?その顔・・・」
泣き笑いのような、申し訳なさと嬉しさとが混ざったような、なんともいえない表情をしていて。
「元に、戻った・・・・?」
「・・・・・・僕なんか変でした?わっ・・ぷ!」
ぐいっと腕を引かれて、何されたのかを認識する前に、セフィリオの腕に抱き込まれていた。
「・・・セフィリオ?」
きょとんとした顔で、オミは自分を抱きしめる腕の持ち主を見上げる。
セフィリオはオミの肩に顔を埋めているから表情は見えないけれど。
オミが小さく名前を呼んだ瞬間、少しだけ腕の力が強まった。
オミが元に戻ったと言う事は、あの状態の時の『オミ』が何も知らないままセフィリオを受け入れたと言う事だ。
あんなに無理矢理に抱いたのに、拒否もせず受け入れてくれたのだ。
身体だけじゃなく、心の方で・・・セフィリオを受け入れたのだ。
「何でもない。何でもないから今は・・・」
このままでいさせて。
「・・・ん」
オミは事情が掴めないまでも小さく返事を返して、もう一度セフィリオの腕の中に身体を預けた。
「あ〜やっぱりここにいた〜!!オミー元に戻れるんだってホウアン先生が呼んでる・・・よ・・・?」
「な、ナナミ・・」
扉を蹴破る勢いで飛び込んできたのはナナミだ。
「オミ、何よその格好?」
オミは慌てて自分の身体を見下ろした。
何故か少し小さいが、幸い服は着ていた。
「え、ええと・・・」
セフィリオに抱き付かれていたのは良いが、自分が油断している所をまだ誰にも見せたくなかったりする。
「・・・オミ、なんで突き飛ばすかな」
一瞬前まではあんなに可愛かったのに。
ベッドの下から起き上がったセフィリオは少しむくれ気味だ。
「セフィリオさん!おはようございます、あれ!?そう言えばオミ元に戻ってる??!!」
「う、うん?」
分からないまでも頷いてみせるオミ。
「あーでも一応お話聞いとこう?あの薬の出所がわかったらしいの。用意して降りて来てね!」
ぱたぱたと入って来た時と同じように出て行ったナナミを見送ってから、オミがゆっくり振り返った。
「・・・何かあったの?元に戻ってるって・・・?」
「あー・・・ちゃんと説明するから、身支度しながらね。まずは・・・」
ギシリとベッドが沈んだ。
ベッドに座ったままのオミに、立ち上がったセフィリオの影が重なる。
「!」
「おはようの、キスvね?」
「・・・〜〜っ!」
「オミ、顔赤いよ?」
「誰の所為ですか?!」
「うん僕だよね。愛してるよオミ」
「は・・・っ」
突然の言葉に驚いているオミに、セフィリオはもう一度口付けた。
-----***-----
「ご、ごめんなさい〜・・・」
実はあの出所不明の薬は、トウタ自作の薬であったらしい。
オミに飲ませる気などさらさらなかったのだが、いつの間にか殻になった壜が転がっていたと言うのだ。
おそらく薬を集めている時点で、誰かが間違って出してしまったのだろう。
「あ、ごめんそれあたしかも!」
「・・・・」
トウタはトウタで事がドンドン大きくなってしまったので、言い出せなくなっていたらしい。
持ち出した犯人もわかった所で薬の効果だが・・・。
「小さくなってしまう攻撃ってあるじゃないですか。あれを治す薬はまだないので・・・作ってみようかとおもったんです〜」
ステータス異常で見られる"チビ"化のことだろう。
確かに今その薬は無いが、紋章の回復魔法を使えば治るものだ。
あれば便利なのかもしれないが・・・実際トウタの薬で大した被害はなかったのでよしとしよう。
「大丈夫。トウタのせいじゃないから」
「でも・・・」
「僕に何が起きてどうなったかは全部聞いたよ。でも、トウタのせいじゃないから安心して」
原因は違う所にあるのだから。
まぁ、それをこの場で説明するのはややこしいからやらないが。
「所で、オミ殿はどうやって元に戻られたのです?」
「あ、えっと・・・あの、記憶がなかったもので・・・」
よく覚えていないとオミはホウアンに返したが、実際は知っている。
『抱いたら治ったみたいだね?』
事細かにセフィリオが説明してくれたのだ。あやうく実践で。
・・・・紋章の共鳴とか色々あるのだろうけれど、真実のところアレをやったら治ったなど言える訳が無い。
「そうですか・・。あ、それとお体の調子が悪いのでしたら見ますけれど・・?」
「い、いいえ!!大丈夫ですから!」
オミは慌てて弁解するが、ずっと抱き上げられたままなのだから心配もされるだろう。
昨日、セフィリオ曰く『無理矢理』抱いたらしいから、勿論の事痛くて歩けないだけなのだ。
足に力を込めるだけで・・・実は立つのも辛い。
強がってオミは嫌がったのだけれど、それを聞くセフィリオでもない。
今ではこうしてちゃっかり抱き上げられてしまっている。
「寝てれば治るよ。では、もう用事はいいのかな?」
セフィリオの言葉に、ホウアンが頷きながら返した。
「あ、はい。しっかりご養生なさって下さい。マクドール殿、これをどうぞ。オミ殿をお願いしますね」
何かをセフィリオに手渡してにっこりと笑うホウアン医師・・・もしかしなくても彼は気付いているのだろうけれど。
医務室を出た辺りで、オミがセフィリオを睨みつける。
「・・何?」
「何で、バレてるの?!」
「・・・あれ?オミ、皆知ってるよ」
知らなかったの?
セフィリオに軽く言われてしまって、オミは黙り込む。
と、エレベーターの前で赤と青い影とすれ違った。カミューとマイクロトフだ。
「あ、オミ様。元に戻られたのですか?」
先に気付いて近寄ってきたのはマイクロトフだ。どうやら今から兵士達の稽古時間らしい。
「マイクロトフ!カミューも・・・!わ、あ、あの、コレは!!」
その横では、カミューも微笑ましげに笑って、言葉を付け加えた。
「お気になさらず。恋人同士はいつも寄り添うものですから」
「その通りだよね」
相槌を打ったのは、勿論セフィリオ。
「し、知ってたんですか・・?」
「知ってたもなにも・・・暗黙の了解というものですね。お二人を見ていたら分かりますよ」
事も無げにあっさりと答えて、オミに弁解の余地もなくカミュー達は去って行ってしまう。
「何?他人に知られてるのがそんなに不満?」
「・・・・だって男同士ですよ?」
「好きになれば関係ないよそんなの。別に自分の子孫を残したい訳でもないし」
「子孫って・・・。僕は、こういうの・・・受け入れてくれる人ばかりじゃないと思うんですけど・・・」
「そう?僕は好きな人と居られればそれで満足だから。他人がどう思おうと知らない。オミは?」
「え?」
「他人にオカシイって言われたら、はいそうですねって諦める?」
「・・・・・意地悪」
「うん、いい返答だね」
諦めきれないから、恋は苦しくて悩むもの。
オミは黙り込んでから、ふいっと顔を反らした。
「可愛い反応しないでよ。また抱きたくなる・・・」
「・・・ゃ」
「ソコ。公の場で何してるのかな」
ため息混じりに呟いたのはルックだ。
ここはエレベーターの前。運良くアダリーは現場に居ないが、一番人通りの多い場所である事は確かだ。
「わ、わ!ルック?!」
「・・・気付かない振りとか出来ないの?」
「今度からそうするよ。邪魔して悪かったね」
ルックの居る石版は一階下になるから表情は見えないけれど、声だけでどんな顔をしているのか良くわかった。
ギスギスした声でそう言ったきり、ルックの声も聞こえない。
「ルック、ごめんね!」
「謝らなくていいよオミ。いつもの事だし」
そこまで言って、にやりと笑うセフィリオ。
「それで・・・部屋、戻る?それともどこか風通しのいい所へ行く?」
何のために移動するのか・・・否応無しに分かるから。
今は出来れば止めて欲しいが、逃げる事も出来ないオミを前に止める事があるのだろうか。
・・・・いやありえない。
「・・・・・・部屋にして。お願いだから」
せめてもの願いだと伝えるが、セフィリオはにっこり笑ってUターンした。
「ホウアン医師にいいもの貰ったから。もう痛くしないよ・・・・だからデュナン湖に行こうか」
「ちょ、っちょっと?!!セフィリオ!」
「ん?何かなオミ君?」
「・・・・・・」
こうなってしまえば、もうオミに拒否権はない。
まぁ、本心から嫌なのかと聞かれたらそうでもないから、なおさら困るのだが。
「ねぇ、1つ訊いていい?」
「んー?」
オミを抱えたままデュナン湖に向かって歩いていたセフィリオに、小さく尋ねる。
「どうして名前を名乗らなかったんですか?」
「・・・だって嫌だろう?」
キラキラと太陽光が反射するような水面は、あの時のまま。
オミがセフィリオを拒んだあの時と、自然は全く変わらない。
「・・・?」
「僕は君のことを覚えてるのに、『初めまして』なんて言いたくなかったんだ」
「あ・・・」
背に高い木のある、草の生い茂った地面に下ろされて、セフィリオもその横に座る。
視線が絡まったまま・・・ゆっくりと。
自然の緑に包まれながら、二人の唇は重なった。
END