*Chocolate*
「セフィリオなんて大っ嫌い!!」
今日も清々しいほどに軽快な平手打ちの音が、ここ新都市同盟・アルジスタ軍の城に響き渡った。
「・・・・・ったー・・・」
「お前も、毎度毎度よく飽きねぇな・・・・」
偶然その様子を見ていたビクトールが、後ろから声をかけた。
オミに平手打ちを食らわされて床に座り込んでいたセフィリオは、その声に振り返る。
「オミは怒りっぽいからね・・・」
仕方ないかな、と軽く笑ってセフィリオは立ち上がった。
左頬は痛々しいまでに、手形そのまま赤く染まっている。
「けどよ・・・。どうしてンなに嬉しそうなんだ・・・?」
聞かなくてもいいことだと思いつつも、何となく聞いてしまう。
ビクトールは自分の好奇心に大きなため息をついた。
どうせいつものことなのだ。
小さな事で喧嘩をしては、オミに殴られて笑ってるセフィリオ。
「オミってさ。僕以外にああやって怒ることってあるの?」
「ん・・・?いや、そう言えばねぇな。それにオミは怒りっぽくもないぞ?」
まだ15の子供の癖に、異様な冷静さを持っているのだ。
始めて会った頃は、その子供らしからぬ雰囲気が気になって、しかしそこが気に入ったのも事実で。
「だからね。嬉しいんだよ僕は」
「・・・そうか?何が嬉しいのかわかんねぇけどな俺には・・・」
いや、何となくは分かるのだが。
目の前の男はそんな微妙な事さえ許してくれない。
「オミのいい所は僕が知ってればそれでいいの」
「・・・ハイハイ」
こんな風に、些細なことでも独占したがるのだ。
確かに、セフィリオが現れるまでは、不思議な雰囲気を持つオミに惹かれている奴は沢山いた。それも、男女問わずにだ。
さりげなくオミの近辺を固めて見守っていたので、大した被害はなかったが恐らく、オミ本人でさえ見守られていたことに気付いていないだろう。
「そうだ。で?今度の喧嘩の原因は何だ?」
見てしまったからには、聞かないでハイさよならは出来ない。
溜息を零しつつ、ビクトールは頭を掻いた。
-----***-----
「・・・・そ、そうか?」
「そうですよ。なんであんな事言われたのか・・・わかりません、もう」
ここは大衆の集まる食堂だ。
なんとなしに一人で昼食を食べていたフリックは、食堂に入ってきたオミを見つけて声をかけたのだが・・・。
相当、オカンムリ状態らしい。
聞かなくても相手は分かるが、一応聞いておく。
「それ、セフィリオだろ」
「何でわかるんですか?」
「・・・分からない筈がないだろう・・・」
小さい声で呟いておく。
オミはと言えば、心底驚いた様子で悩み始めていた。
「ま、まぁあいつとは3年前からの知り合いだしな・・・。何となくあいつかなって」
「でも、何であんなこと・・・っ!!」
「・・・・わかったから、落ち着け、な?」
珍しいお怒り姿のオミは、食堂ではさっきから注目の的だった。
が、完全に頭に血が上っているオミは周りの視線に全く気付かない。
元々見た目が良いから、怒るとそれなりに迫力がある・・・のだが。
まぁ、その迫力が『良い方』であるから更に性質が悪いのだ。
つまり、男にこんな言い方をするのかは分からないが、怒っているオミは『綺麗』なのだ。
もしかしてセフィリオもこれが見たくて喧嘩する・・・んじゃないだろうな。
本気でそう思ってしまうほどに。
「・・・で?何を言われたんだ?」
今度は。
「・・・他の人に話さないで下さいね?」
「わかった。約束する」
「実は・・・・」
ぽつぽつと語りだしたオミの話を、静まり返った食堂内の全員が聞いていたなどとは、気付きもせずに。
「僕、最近セフィリオに稽古つけてもらってるんですけど・・・」
オミの話はこう続いた。
「昨日、約束してたのに急に会議が入っちゃって、行けなかったんですよ。終わってすぐに向かった時にはもう居なくて・・・・。怒って帰っちゃったかなと思って、城中を探し回ったんですけど、ルックに『トランに帰った』って教えてもらって。でも、約束すっぽかしたのは僕だし、悪いと思って・・・急いで追いかけたんです」
「って、オミ!昨日は早朝から訓練試合に遠征、執務をこなした後の緊急会議じゃなかったか?!」
「・・・あはは、そう、なんですけど。やっぱり約束を破ったのは僕だから」
疲れの溜まっている身体を引き摺りながらもトランへ向かったらしいオミに、フリックは苦笑する。
今時、ここまで真っ直ぐな人間も珍しい。
セフィリオの奴、いい相手見つけたなとか考えているフリックの前でオミが言葉を続けた。
「バナーまではビッキ―に飛ばしてもらって、山道を走って、何とか真っ暗になる前には国境に着いたんですけど・・・」
「通れなかったのか?」
「いえ、国境警備のバルカスさんが開けてくれました。時間外だったけど、ちょっと融通利かせてもらって・・・」
オミも相当バナーとグレッグミンスターを通っているから、親しくなって当たり前だろう。
話を聞きながら、フリックも頷く。
「グレッグミンスターまでは、比較的楽に辿り着けたんですけど・・・・・」
「?あいつの家に行かなかったのか?」
「行ったんですけど、グレミオさん忙しそうで。でもセフィリオも居なくて、もしかしたら僕がバナーに飛んだ時に追い越したかなと思って引き返したんです」
それから、運良くグレッグミンスターの外門で出会えたのだが、出会い頭に謝ろうと駆け寄ったオミに掛けられた声は。
「いきなり、怒鳴ったんです。確かに僕が悪いですよ?でも、ホントにいきなり怒鳴ってきて・・・」
「・・・・なんて怒鳴られたんだ?」
「この時期に、こんな時間にうろうろする奴があるか!って。問答無用で家に連れて行かれるし、朝になるまで部屋からも出してもらえなかったし・・・」
オミは頭を傾げながら、その時感じた疑問にまた考えを廻らせているらしい。
「そう言えば、今日の早朝にこっちに帰ってきてたな。珍しくも馬で」
そうなのだ。いつもは徒歩で移動するセフィリオが、昨日に限ってはオミを布で隠した上で、まるで逃げ出すようにトランを後にした。
「城に辿り着いて訳を尋ねても教えてくれないし。それどころか暫くトランに来るなとまで言うんですよ?」
フリックには大体内容が読めてきたが、オミはまだ分からないらしい。
それもそうだ。オミはトランの人間ではないし大本を正せば都市同盟の人間でもない。トランと交易があった都市同盟の人々は知っている他国の風習など、オミが知らなくてもおかしい事はないのだ。
そう言えばもうそんな時期かと考えを廻らせて、俯くオミに視線を戻す。
「・・・で、結局喧嘩の原因は?」
「・・・・・さっきの言葉が頭にきて・・・。『じゃあしばらく会いません。だから会いにも来ないで下さい』って・・・」
「あいつに言ったのか?」
オミは小さく頷いて、顔を俯かせた。目元に、少しきらりとしたものが見えた気がした。
「・・・そしたら、セフィリオ、『分かった』って・・・。だから、もう『大嫌い』って言って殴ってきちゃって・・・」
「あ〜・・・」
が、フリックは今の話を聞いて、セフィリオの行動には何となく共感できた。
時期が時期なのだ。だからトランに来るなと言ったのだろう。
セフィリオにとっては、この城にオミを置いておく事も嫌な時期かもしれない。
オミも売り言葉に買い言葉で言ってしまった言葉だろうが、それにしてはセフィリオの返事があっさりすぎる。
「・・・何企んでるんだあいつは」
「フリック・・・?」
オミは、自分の容姿を全く理解していない。
ノンケである自分でも・・・たまに目を奪われる事があるぐらいだから。
微かに顔を上げたオミの目尻を指で拭って、小さく笑う。
「・・・いや?何でもない。まぁ、そう落ち込むな。あいつも本心で言ったわけじゃない」
「・・・でも。僕、嫌われるようなこと言ったしもう・・・」
「絶対にそれはないな」
根拠などなくても、確信できる。もしかしたらセフィリオはわざとオミを怒らせたのかもしれない。
また、いつもの様に頬に絆創膏を貼った顔で、けろりと笑っているのだろう。
セフィリオはオミが思っている以上に嫉妬深くて、それ以上に執着心が強い。
大丈夫だと頭を撫でてやると、オミも小さく笑みを返してきた。
「所で、オミはどうしてここに?飯か?」
フリックが言ったのとほぼ同時、オミはあっと言って立ち上がった。
「そうでした、僕ハイ・ヨーさんに頼まれてここに来てたんでした・・!じゃあねフリック。愚痴聞いてくれてありがとう」
オミが席を立った瞬間、周りで聞き耳を立てていた客は、其々があからさまに不自然な会話を始めだした。
やはり、聞かれていたことなど全く気付いていないだろう。
オミは結構な爆弾発言をしていたが・・・・セフィリオとの事を知らなかった客数名がこそこそとショックの涙を流している。
-----***-----
「聞いたぞ?」
夜、いつもの様に酒場に顔を出したフリックは、にやにやと笑いながら声を掛けてくる腐れ縁を一瞥した。
「なんだよ藪から棒に」
ビクトールは既に酒を引っ掛けていたらしいが、相変わらず酔った素振りは微塵もない。
いつもの定位置に腰を下ろせば、レオナは勝手知ったるとばかりに酒を机に置いた。
「あんたも命知らずだね。精々命乞いを考えときなよ」
苦笑気味にレオナにまで言われて、それでもフリックは分からない。
首を傾げながらも注がれた酒を口に運ぶ。
「お前、オミに手を出したそうじゃねーか」
「ぶっ・・・!!」
フリックは口に含んだ酒を、一気に噴出してしまった。
勿論、正面に座っていたビクトールは頭から酒まみれだ。
「・・・・汚ねぇな」
「けほゴホ・・・っ!ど・・・どこからそんな根も葉もない噂が立つんだ?!」
「何だよ違うのか?オデッサと死に別れてから女作らねぇし。趣味変わりしたのかと思ってな」
「断じて違う!!確かに・・・・」
確かに、昼のオミは強く綺麗で、微かに儚く感じたことは認めよう。
セフィリオを想って滲ませた涙に、胸が痛んだ事も、認めよう。
「・・・確かに?」
「可愛いとは思うが、それは」
「それは、何かなフリック?」
背筋に冷たい汗が流れるのを感じて、けれどその威圧感に振り向く事も出来ない。
現にフリックの正面に座っているビクトールなど、表情を引きつらせながら冷や汗を流しているのだから尚更だ。
「ソレは、ほら、弟みたいな感じで・・・!」
「あ、あぁあ!そうだよな!俺たちにとっちゃオミは年の離れた弟みたいなもんで」
ビクトールも乗ってくれたが、背中の威圧は全く緩まない。
恐る恐る振り返ったフリックは、その瞬間に後悔した。
「ふーん・・・?じゃあ、あの噂は嘘?」
「ど、どんな噂だ・・・?」
目だけが笑っていないセフィリオに苦笑を返して、フリックは尋ねる。
「今日の昼、食堂で逢引してたとか」
「偶然会ったんだ」
「オミと2人っきりで長話をしたそうだね?」
「まぁ、な。話を聞いただけだが」
「話の途中で、オミが泣き出してそれを宥めたって?」
「いきなり目の前で泣かれたら、誰でもそうするだろ・・・?」
「その後、2人して何処へ消えたのかな?」
「・・・・・ちょっと待て!最後は明らかに違うぞ?!」
弁解を述べたフリックと、傍観を決め込んでいたビクトールの間に、セフィリオは腰を下ろした。
「じゃあ、真実を聞かせてよ。オミと何話してた?」
セフィリオの独占欲が強いのは知っていたが、まさかここまでとは思わなかった。
オミを突き放すだけ突き放しておいて、本人はオミに近づく相手が誰であろうと許さないときてる。
「・・・お前なぁ。もう少しオミに余裕をやったらどうだ?」
「何のこと?」
「オミはこの時期のことを知らないんだぞ?説明もなしに一方的に突き放されたら、誰だって不安になるだろ」
フリックの言い分は最もだが、セフィリオは少し表情を崩した。
「・・・・そうだね。じゃ、暫くオミは貰って行くよ」
「はぁ?!どうしてそうなるんだ・・・っ!」
「この城だって完璧じゃない。それに危ない原因が沢山転がってるみたいだしね」
立ち上がったセフィリオにちらりと睨まれて、フリックは一瞬息をするのを忘れた。
目の前の相手は、もしかしたら視線だけで人を殺してしまうことが出来るかもしれないと思わせるほどに。
「じゃあ、そういうことで」
「こら待てセフィリオ!お前なぁ、オミを心配してる奴が全員そうだとは限らないんだぞ・・・?!」
「でも中には居るってことだよ」
すたすたと歩くセフィリオを追いかけて、ビクトールは酒場から飛び出した。
フリックが追って来ないのは、いまだ固まったまま動けないのだろう。
「おい、待てって!」
「ほら、いい例があそこに居る」
「あ?」
ピタリと脚を止めたセフィリオにならって前を見ると、石版の前で話している二人の姿が目に映った。
「オミと・・・ルックか?」
セフィリオの返事はなかったが、表情からしてその通りなのだろう。
確かに誰にも無関心なルックは、オミに対してだけ心を向けていると感じる時がある。
そっけない態度の中でも、常にオミを気にしている・・・そういう仕草があるのだ。
「・・・・あ」
オミが持っていた何かを渡して、ルックはそれを断ったらしい。
が、受け取れと粘るオミに、ルックは仕方ないと言った風だが、それを口に運んだ。
そんな仲睦まじい様子を、隣の男が見逃す筈がない。
あまり無茶はするなと声を掛けようとしたその時には、セフィリオは既にその場に居なかった。
「・・・オミのことになると周りが見えなくなるのは、誰でも一緒なんだがな・・・」
それは勿論セフィリオ自身も含めてだ。
視線を石版の位置に戻すと、案の定言い争いが始まっている。
ビクトールはこれ以上巻き込まれる前にと、その場から立ち去った。
-----***-----
「それ、何?」
「・・・っわ!」
後から抱き付かれるように回された腕に、オミは驚いて声を上げた。
危うく持っているものを落としかけて、少し後ろを睨む。
「・・・しばらく、会わないんじゃないんですか」
「何のこと?」
けろりと言うセフィリオの視線は、真っ直ぐにルックを見ている。いや、睨んでいると言ったほうが正しいだろう。
ルックの方はといえば、やれやれと言った表情で、あからさまにセフィリオの視線に無視を決め込んでいた。
「僕のだ」
「・・・・・・だから?」
「手を出すな」
「出したつもりはないけどね」
主語の抜かれた会話にオミは首を傾げるが、漂う険悪な雰囲気に口を挟んだ。
「喧嘩は止めて下さい!何をそんな風に怒ってるんですか?」
見た目的にはセフィリオが一方的に喧嘩を吹っかけているようにしか見えない。
ルックを庇うように言ったオミに、セフィリオはむっとする。
「来て」
「何でですか」
「良いから来るんだ!」
強い調子で腕を引かれて、オミは戸惑いながらも捕まれた腕を振り払った。
「オミ」
「どうして・・・?!会いに来るなって言ったくせに!会わないって言ったくせに・・・!」
今更、何処へ行こうって言うの?
「オミ」
「貴方なんか・・・!」
暴れるオミの両腕を掴んで、引き寄せる。トサリと何かが地面に落ちた。往生際も悪くそれでもオミは逃げようとするが、離さない。
「離して!」
「嫌だ」
「どうして・・・?!」
「だってオミ」
セフィリオの指が、濡れた頬に伸びて触れた。それは昼間、フリックに話していた時とは比べ物にならない。
ぼろぼろと零れるような涙を流すオミに、ルックは少し驚いたような顔をした。
「どうして泣くの?」
「わか・・っい!」
涙が溢れた理由など、オミにだってわからない。
だってそれは認めたくないものだから。溢れてしまった気持ちの変わりに流れ出るものだから。
「・・・それだけ、俺が好きだってこと?」
「そ・・・なの・・・っ知らな・・・!」
強がるオミの華奢な身体を、セフィリオはそのまま腕に抱き込んだ。
包まれたいつもの暖かい腕の中で、オミは暴れる事を忘れてしまう。
「全部説明するから。ね、オミ。何で泣いてるの?」
胸に押し付けていた顔を少し離して、覗き込んでみれば、未だに涙は流れ続けていて。
「・・・っか、ら・・・!」
「・・・ん?」
「『会わない』なんて・・・言うから・・・っ!」
くしゃりと表情を崩してしがみ付いてきたオミに、セフィリオは苦笑する。
駄目だ。何処まで夢中にさせれば気が済むんだ?
ただ一言言っただけの言葉に、オミはここまで傷つき涙した。
それだけ、オミの気持ちは深かったということだ。
「ごめん、オミ」
オミの気持ちを疑った事はない。 けれど、いつまで経っても素直に甘えてくれないオミを、少し試してみたくなったのは事実だから。そっと流れる涙を拭った唇で、嗚咽を漏らすその唇を塞ごうとした時、後から呆れた声が聞こえた。
「・・・後は見えない所でやってよね」
視線を逸らしたまま、ポツリと言ったルックの目の前で、2人の姿は光に包まれて消える。
取り残されたのは、綺麗に包まれていた箱。少し開かれて、中のものが見えている。
拾って、箱の中に納まっていたそれを1つ、口に入れた。
「・・・・甘い」
こんなものが好きな人の気が知れないと呟きながら、ルックは視界を閉ざした。
目に見えるものは、全て消えてしまえと言うように。
今見たものが、すべて幻になればいいと。
-----***-----
「っ!」
テレポート特有の浮遊感が消えて、背中を柔らかい布と腕に受け止められた。
「・・ッん・・・」
現在の場所を確認しようと目を開く前に、押さえつけられるように唇を塞がれる。
ふわふわとした背中の感触と、抱きしめてくる腕の強さにオミは思わずぎゅっと目を閉じた。
キスは慣れてるはずなのに。
今日に限って、上手く息を吸うこともできない。
髪に絡むセフィリオの手の熱さも、重なってくる身体の重さも、全てが熱くて恋しくて。
無意識のうちに、縋るように伸ばしたオミの手は、背中に流れていたセフィリオのバンダナを引いてしまった。
しゅるりと解ける布の感触に、セフィリオが少しだけ唇を離す。
オミが文句を言おうと口を開いても、大きく喘ぐだけで言葉にならない。
「・・・・オミ?」
確認の様に名前を呼ばれて、視線をそちらに向ける。
暗くてセフィリオの表情は見えないが、漂う雰囲気からして怒っている様子はない。
寧ろ、怒っていたのはオミの方なのだ。
セフィリオが何をしたくてあんな言い方をしたのかは知らないが、今では怒る気さえ失せてしまった。
見えなくても、視線は感じる。真っ直ぐに自分しか見ていないセフィリオの視線に、オミは背中に回した腕に力を込めた。
オミに跨っていたセフィリオは、勿論抱き寄せられるようにオミの上に重なる。
「・・・甘い、匂いがする」
首筋に顔を埋められて、くすぐったさに身を捩れば、セフィリオがそう囁いた。
「・・・ハイ・ヨーさんを・・・手伝ってたから・・・」
「そうか」
そろそろ、城でもそれが食堂に並ぶのだろう。
トランに近い都市同盟だからこそ、その風習を知る者は多いから。
「・・・理由、だけどね」
それだよ。
セフィリオは、少し拗ねているような声でそう言った。
「それ・・・って言われても」
「作った物について、ハイ・ヨーは何か言ってた?」
「えぇと・・・皆が心を贈るものだから、気持ちを込めて作ってくれって・・・」
「オミの手作りか。なら、僕も欲しいけどね」
くすくすと笑って、セフィリオは続きを話し始めた。
「この風習は元々もっと西の国々で始められたことで、その日だけ、女の子から気持ちを伝えていい日だと言われていたんだ。けれど何時の間にか告白する日に変わっていてね。意中の人がいれば、誰でも気持ちを伝えられる日ということになった。その時に気持ちと一緒に贈るものだけど、トランでは花束の次にそれが多いかな」
甘くて、溶けてしまう恋心のようだから。
「・・・あれ、を・・・?でも、それとトランに来るなって言ったことは何の関係が」
「あるんだ。オミ、もう少し自覚してくれないかな」
トランでは、都市同盟の新リーダーとしてのオミを知る者はそうそう居ない。印象としても、噂に流れる『赤い衣を纏った少年』と言うぐらいだろう。
けれど。
「君は、俺の婚約者なんだよ?」
「・・・っあ」
ちょっとした理由で1度女になってしまったオミだが、その時どさくさに紛れてセフィリオの婚約者として顔を知られてしまったオミだ。
近くでじっくりと見れば分からないかもしれないが、遠目で見れば、あの時の!と分かってしまうかもしれない。
「例え相手がいようと、その日だけは気持ちを伝えていいからね。だから・・・」
トランには、近づけたくなかったのだ。
セフィリオだって、あの時は驚いた。
偶然会ったナナミに話を聞けば、オミは早朝から多忙の予定が連発だったようで、どうやっても稽古をこなせる体力は残らないようだったから。
だから、まさか戻った先でオミがいるとは思わなかった。
会いに来てくれたのは嬉しいが、危険なその時期に一人でうろうろして欲しくなかったから。
「いきなり怒鳴ってごめん。でも・・・わかって欲しい」
誰にも、オミを取られたくないのだと。
誰にも触れて欲しくないのだと。
それが例え、オミが今共に戦っている仲間でも。
セフィリオが昔、命を預けた仲間達だとしても。
この恋だけは、渡せないと――――――。
-----***-----
「・・・ぅあ・・・あ!」
一息吐くごとに、オミの声は高く上がっていく。
そんな上ずった声に、セフィリオは口元を緩めて、また1つキスを落とした。
「・・・どうしたのオミ?今日はまた一段と」
感じやすいみたいだね・・・?
くすくすと笑いながら言われて、オミは生理的に潤んだ瞳で睨み返す。
誰の所為だと叫んでやりたいが、今声を出せば、どうせ喘ぎにしかならない。
悔し紛れに声を抑えていても、セフィリオ相手に耐えることは実はかなり苦しかった。
「どうした?もっと声を出した方が楽になるのは知ってる癖に」
明らかに面白がっているセフィリオから、視線を逸らす。
確かに、承諾した。
不安なんだと言うセフィリオに、繋いでおけばいいと言ったのもオミだ。
だからと言って・・・。
「何も・・・っ、こ・・っな事・・・ッ!」
酷く掠れた声で、オミは文句を呟く。
恥かしさから目を逸らしたくて、オミは横を向いたのだが、セフィリオにはそれが面白くない。
「どうせならこっちを見て言ってよ」
オミの瞳が好きなんだ。
潤んでいるにも関わらず、眼光は更にその強さを増して光る瞳が。
「・・・ぅっん、ん・・・ッ!!」
オミの瞳がセフィリオを捉えた瞬間、セフィリオはオミの中心へと指を這わせた。
絡めるように動かしてみれば、声を漏らすまいと下唇を噛みしめる。
「傷付くよ・・・?」
噛みしめた唇を開いた手の指で撫で、舌先で舐める。
驚いて力の抜けたオミのそれに、間髪居れずに唇を重ねた。
やはり、力を入れすぎていたのか、唇からは微かに血の味がして、セフィリオは苦笑する。
オミも承諾したからこそ、実行したのにこれでは・・・。
「傷付けるだけだ。解こうか?」
ベッドサイドの柱に、セフィリオのバンダナで両手を固定されていたオミは、むっとした表情で睨んでくる。
その姿にはセフィリオも背筋に痺れが走った。
拘束が好きなわけではないけれど。
オミは、似合う。本心からそう思った。
気の強い瞳を宿しているから、縛られている姿がとても扇情的で。
「・・・似合ってるんだけど、辛そうだし」
「・・・っ・・ぁ」
緩く指を絡めたまま、開いた手と口で器用にオミの拘束を解いた。
バンダナの下から見えた手は、微かに赤く擦れていて、セフィリオはそこにもキスを落とす。
痛みと痺れにも似た感覚に戸惑いながらも、オミは深く息を吐いた。
呼吸の整わないオミの膝裏を抱えて、セフィリオはそっと手を滑り込ませる。
「っ・・・!」
オミは、嫌だとは一度も言わない。
待てとか、文句は色々言うくせに。
嫌とは、言わない。
指に絡んだソレを塗りつけるように動かして、そっと差し入れる。
異物感にオミがうめいたが、痛みはないようだ。
表情は相変わらず艶っぽくて、セフィリオは少し笑う。
「早く、欲しい・・・?」
「・・・!」
とたんに赤くなるオミの頬。
口で言わなくても、セフィリオの指が触れている場所で分かる筈なのに態々聞いてくるのだ。
中へ引き込むような動きに苦笑しつつ、セフィリオは動かす指を増やしていく。
「・・・んっ、も・・・!」
唇を、自由になった左手の甲で抑えながら、オミが熱い息を吐く。
そろそろ耐え切れなくなってきたのか、右手でセフィリオの腕に触れてきた。
「早・・・く」
「・・・ん、俺も」
早く、欲しい。
オミが息を吐くのと同時に、セフィリオは身体を深く重ねた。
「あっ!・・ぁ、あ・・・く・・・・っ!」
慣れているとはいえ、始めが苦しいのはどうしようもない。
痛みに眉を寄せるオミの手をシーツに押さえつけて、セフィリオも少々眉を寄せる。
痛いのは一緒だ。
けれど、その先にあるものが欲しいから。
「・・・平気?」
「・・ん」
埋め込んでしまえば、もうそんな痛みもない。
汗で張り付いた髪を指で梳いて、額にキスを落とす。
すがり付いてくるオミの右手を背中で感じながら、セフィリオは瞼に、頬に・・・そして唇にキスを降らせた。
「動くよ?」
合図の様にオミが瞳を閉じ、引き寄せられてもう一度唇が重なる。
凄まじい熱と、痺れるような快感が身体を襲う。
「ぁ・・!」
「・・っオ、・・・ミ!」
でも、本当に欲しいのはそんなものじゃない。
腕の中に抱かれて、腕の中に抱いて、そのお互いの存在に。
「・・・好・・き」
掠れた、ともすれば聞き取れないほどの小さな声でオミが囁く。
重ねた手を強く握って。
背中に回した腕で強く抱き寄せて。
これ以上ないという程、近づいて。
間から生まれる熱で溶けてしまえればいいのに。
あの甘い、お菓子の様に。
「も・・・!だ、め・・・ッ!」
体の奥を押しつぶされるような圧迫に、オミが悲鳴を上げる。
押し広げてくる異物を追い出そうと、内壁がキツク締め付けてきた。
「・・・っく・・・!」
2人の境目が分からなくなるように、融けてしまえたら。
どんなに、いいか。願わずにはいられない。
「ぁあ・・・あッ!」
叩きつけるような熱に、オミは身体を反り返らせる。
不安定な身体を支えようと、目の前の身体に縋りついた。
「・・・・・・オミ」
力の抜けた体が、丈夫な筈のベッドを大きく軋ませる。
素肌の上に重なったセフィリオの鼓動が、酷く早くてオミも表情を崩す。
「・・・ねぇ」
呼んで。
視線が絡んだから、キス。
ゆっくりと啄ばみながら離れて、小さく笑う。
そのキスは、あのお菓子より甘くて、融けてしまいそうで。
「・・・好きだよ」
「・・・うん」
わかってるけれど、伝えずにはいられないこの気持ち。
確認したいから、身体を重ねる。
2人で融けてしまいたいから・・・・。
「もう一度・・・ダメ?」
そんなセフィリオに苦笑して、オミはそっとその体を抱き寄せた。
END
⊂謝⊃
Chocolate 訳:チョコレート
尻切れトンボ。な終わり方でスミマセン・・・!エロ書くとキリがないよこの2人はっ!!(笑)
ていうか終わったー!凄まじく時間を掛けてしまってスミマセンrain様!!
という訳で、78787HIT
「些細な事から喧嘩するセフィリオとオミ、なぜか巻き込まれ不幸な腐れ縁。」
でした〜v・・・・斎藤また勘違いリクにしちゃったかもですが、ゴメンナサイ(滝汗)
腐れ縁を絡めてまではリク内容だったのに、ルックが・・・(笑)失恋してますねー・・・<( ̄□ ̄;?!
坊×主←ルックっての好きなんですよ!そして2主は無条件にルックに懐くからまた萌え!!(オイ)
「・・・人の気も知らないで」
なルックがちょっとかわいそうですが、俺が萌えなのでイイのですv(コラ)
ではでは、お粗末様でしたが、気に入られる事を願って・・・!
斎藤千夏 2004/02/01 up!