A*H

オミ過去編







「・・・あ、あぁあ・・・!」
燃え盛る館の前で、劈くような悲鳴が響き渡る。
もう立っている余裕すらない力の抜けた両足は、がくんと頽折れて、地面に膝をついた。
「・・・!」
唖者の子供・・・いや、もう青年の部類だが、見目の良さを買われて女将の側近の仕事を任されていた子供達は、倒れ込んだ女将の身体を支えるように、腕の荷物を傍に置いて手を差し伸べる。
「あたしの・・・あたしの館が・・・・!!」
轟々と燃える威力は治まる所を知らず、荒れ狂うように全てを飲み込んでいく。
今日の賓客の為、翌朝の食事は豪華に揃えようと、側近を連れて買出しに行っていたのだ。
けれど、戻ってきてみれば、そこは火の海。
後ろには、使い込んだ金の成果の材料の山。
前には、黒い炭となって崩れ落ちる瓦礫の山。
もう何も残っていないその場所で、一体何をすればいいのかもう思いつかない。
頭が真っ白になる。怒りで、真っ白に染まる。
「誰、誰よ・・・。あたしにこんな仕打ち・・っ!見つけ出して殺してやるから覚えておきなさい・・ッ!」
けれども、それが誰なのか分からない限り、見つけることは出来ないだろう。
その時、ふと女将の頭にある言葉が蘇った。
『・・・この子を売ってくれませんか。これだけの魔力に恵まれた子供はそうそういない・・・』
ある夜、臣を買った、名声高い紋章師の言葉だ。
どうにも臣のことをいたく気に入ったらしく、買い取りたいと申し出てきたのだ。
だが、その頃の臣にはもういたる客からの注文が相次いでいて、前払い分の料金を集めていた以上、売ることは出来なかった。
「・・・そう。こんなことが出来るのはあの子しかいない・・・」
今までの稼ぎも、商品も、店さえも。全て失った彼女の矛先はただ一つ。
「臣を探し出しな!必ず生きているはず・・・!そして、無傷で連れておいで!」
同時に、半壊寸前の柱が崩れ落ち、轟音を立ててその形を失った。
「そして・・・この館と同じ運命を辿らせてあげようねぇ・・・」
彼女の周りにいた数人の少年達は、森の中へと身軽に飛び込んで捜索を開始した。






*The past story of OMI.〜07*







「・・・ッ!」
冷たく刺さるような水の中で、まともに動ける体力も無かった臣は、当たり前だが水の流れに逆らえずに流されていた。
下流ならまだ流れが緩やかだったのだろうが、ここは上流・・・いや、それよりも清流に近い付近だ。
水温が低いのは尚のこと、流れもそうそう緩やかでもない。
身体中を水中の岩で打ちながら、力の入らない手でようやく何かに掴まることができた。
意識がなくなる前に、どうしても川岸へ辿り着かねばならない。
約束したのだから。必ず、また会おうと。
「・・・は、ぁ」
冷たい水に体温を奪われ、悴んだ指で掴んだそれに必死で縋りつく。
どうやら、川岸に生えている樹木の枝のようだったけれど、臣の体重を受けてそうそう長く持ちそうな太さはない。
このまま掴まっているだけでは、また流されるのは目に見えていた。
「・・・く・・・っ」
それでも、体力の残り少ない臣の力では、水圧に勝って身体を陸まで上げることなど不可能に近かった。
濡れた指がずる・・・っと滑る。
「・・ッ・・ぁ・・!」
再び川の流れに戻されて水中へ沈みかけた臣の腕を、何かが力任せに引き上げた。
乱暴に、まるで物の様に引き上げられた臣の身体は、乾いた地面の上に引き摺り下ろされる。
「ッ・・・う!げほけほ・・・・っは、ぁ・・・・?」
水圧と引き上げられる強さに耐えかねた肩の関節は外れ、激痛に顔を顰めながらも、臣の視線は自分を引き上げたものを探していた。
けれど、同時に視界を覆ったのは、見慣れた白い服の裾。
「・・・っ」
見上げた先には、館の人間なのだろう。見知った少年の顔があった。
臣と同じ扱いを受けていた、唖者の少年達だ。
女将の側近だからなのか、別段、仲が良かった訳でも何でもないが、嫌われていた訳でもない。
ただ、臣という『商品』を見つめるのはいつも無感動な瞳だったのだが、今は違った。
怒りに震える感情を隠そうともしないで、臣を仇のように睨みつけて来る、幾つもの目。
「・・・」
「な・・・」
くい・・・と、リーダーらしい相手が合図したと同時に、臣の身体は地面に押え付けられていた。
あお向けに寝転んだ臣の正面で、引き抜かれたのは磨かれた刃。
さぞ良い切れ味なのだろう。曇りも無いその刀身は、月と水の反射を受けてギラリと光った。
「・・・待っ、な・・・何・・っあぁあ!!!!」
外れたままの肩の関節を上から強く押さえつけられて、激痛に臣は声を上げる。
臣の声に驚いたのは、押さえつけていた少年達の方だった。
臣は喋れない唖者の分類とされていたはずなのに、声を上げるとは。
けれど・・・彼らにとってそれは都合が良かった。
「・・・臣、声が出ないのも全部お芝居だったのかい?」
臣の声を聞きつけて森の中から現れたのは、女将だった。
キセルに煙を揺らせて歩いてくる姿は、いつもの不機嫌そうな表情と変わりはない。
けれど、いつも小奇麗に揃えてある衣服も、今では煤と灰まみれ。
恐らく、館の火事を目前で見たのだろう。
あの状況で生きていたことにも驚いたが、それよりも、臣に向けられる鋭い視線・・・殺意の意味がわからない。
「売られたあんたをここまで育ててやった恩を忘れて、あたしに何の恨みがあるって言うんだい」
「・・・う、らみ・・?」
「それともあの上客に買われたのかい?うちに来ないかって言われたんだろう?そんな良い服を着て、新しい家を見つけて、今までの過去を捨てるつもりで焼いたのかい?」
「・・・そんな、僕じゃな」
「おだまり!言い訳なんか聴きたくない。喋る口なんかいらないわ。塞いでおやりなさい」
うつ伏せに体勢を変えられて、髪を持ち上げ引き上げられた先で無理矢理捻じ込まれた。
「んんっ・・・!!」
息が出来ないほど、怒張したそれで口腔を抉られて、臣は首を振る。しかし、拘束は緩みもせず、より深く奥まで飲み込まされた。
びり・・っと、布の裂ける音が聞こえる。刃で臣の肌が薄く裂けることも気にせずに、纏っていた布という布全てを剥ぎ取られてしまう。
さらされた素肌に、何人もの腕と手の平が伸びてきた。
「・・・っ」
よくよく思い出せば、臣の身体にこういう行為を教え込んだのは彼らだった。
痛みも、感情も全て狂わせるように、仕込まれたその身体。
「あんたは何処へ行っても、綺麗になんかなれないよ」
目の前が真っ赤に染まる。
「何人の男に抱かれた?鳴いた?身体を触られてイったんだい?」
言葉が耳に突き刺さる。・・・そうだ。穢れているのだ。
もう、綺麗になんかなれない。
「・・・逃げられると思わないことね」
逃げ出したところで、生きていく術を持たない幼い臣に示された道は一つしかなかった。
生きてさえいれば、また出会えると思っていたけれど。
そんな保証なんて、誰も持ってはいない。どこにも、無い。
諦めたくなんかなかった。でも。
身体を深く貫かれたまま、目の前で、刃が煌いて光る。
「・・・瀕死で止めておきな。生きたまま燃やしてあげようね」
ボッ・・・と、何かが燃える音がする。

ちからはもう、のこっては、いない。

枯れ果てた涙の代わりに、空からポタリと涙が零れ落ちた。けれど、目の前の火は緩むどころか消えもしない。

「あたしに詫びて、苦しみながら死になさい」


薄い霧のような雨。
臣は、静かに目を閉じる。
耳も、言葉も、もう要らない。




ごめんねテッド。
約束、守れそうにないや・・・。














どこかで鳴り響いた爆音と共に、全ての視界は、黒く染まって消えた。










***










「!・・・っ・・しつこいな。・・・でも、ま・・・顔は見られてないから、まだマシか・・・」
子供だとバレたのはしくじったが、この紋章を持っているのが『テッド』だということはまだバレてはいないだろう。
二度目の紋章の発動に、力の抜けた体はずるずると地面に座り込む。
「臣・・・」
身体のダメージは、予想よりは少ない。傷だらけで泥に塗れた右手には、相変わらずあの紋章。
それでも、紋章の反動も、今までよりも随分と楽だ。耳に光る赤い魔法石に指で触れて、小さく微笑む。
「ありがとう・・・臣」
一つ、伝え忘れていた事があった。
言いかけて、その暇もなく離れてしまったけれども、この魔法石が何よりの証拠。
臣は、親に売られた子供などではない。
それよりも、どこか気位の高い家で愛されて生まれ、守られていた子供だったということ。
この石は、臣のためだけに作られた魔道具だ。
まだ臣が幼い時に、何らかの理由で両親から引き離され、あの館に買い取られたのだろう。
もしかしたら、その売った人物が親を名乗っただけなのかもしれないが。
「・・この石を返す時に、伝えられたらいいな・・・」
ザァ・・・と、視界を濁らせる雨にテッドは視界を細めた。
この場所は数ヶ月前、臣と出会う前に立ち寄った村だ。もう誰も残ってはいない。
崩れた家々を見渡して、これが自分が招いた惨状だと、誰が受け入れられるだろう。
許されるべきではない。
臣の暮らしていたであろう館も、今はもう見る影もないのだろうから。
それでも、生きなればならない。誰にも頼らず近寄らずに、生き続けなければならない。
守らなければならないから。
約束を、果たさなければならないから。
と、雨の音に紛れて微かな話し声が聞こえた。
「・・・・・誰か、生き残りはいるか?!」
騒ぎを聞きつけて、助けに駆けつけたのだろう。
蹄の音と幾つもの足音に、どこかの軍隊だと分かった。
「・・・今は、誰とも会いたくないんだけどな」
感覚を掴めてきたとは言え、二度も解放してしまった直後なのだ。
飢えていた紋章は、いつまた誰かの魂を欲しがるともわからない。
「・・・この辺りに旅に出られたと仰っていたからな。騒ぎに巻き込まれていなければ良いのだが」
聞こえる話に耳をすましていれば、どうやらこの国の軍隊ではないらしい。
遠い昔、立ち寄った事のある赤月帝国の国章が、磨かれた鎧の胸に刻まれている事に気付いた。
誰かの警備をするために立ち寄ったのだろう。そこで、騒ぎを聞きつけて、巻き込まれては大変だとばかりに駆けつけたらしい。
見つかったら、ややこしい事になる・・・でも、もう今は動く余裕は無かった。
がちゃがちゃと、鎧の足音が近付いてくる。目を閉じて、せめて見落としてくれればと身体を丸めていたけれど、人間を探していた兵士にとってそれはなんの役にも立たなかった。
「居たぞ!人間だ・・・!テオ様・・・!!」
テッドを見つけた若い兵士が、一目散に誰かを引き連れて戻ってくる。
恐らく、この軍の中で一番偉い人間なのだろう。
テッドの前に膝を付いて座り込み、崩れた壁に寄りかかったままのテッドに声をかけてきた。
「・・・おい、生きているか?酷い怪我だ・・・まずは手当てが必要だな」
「・・・―――触らないで下さい」
「・・・気付いていたのか。ならば、話は早い。・・・立てるか?」
意思の強そうな、それでいて優しさを含んだ、いかにも軍人という男だった。
肩を貸そうと手を出したそれを受け取らず、テッドは小さく首を振る。
「いいから立て。そのままでは死ぬぞ」
「・・・大丈夫ですから」
「大丈夫なものか。お前は被害者だ。さぁ、手当てをしよう」
その掛けられた言葉に、テッドはくすりと笑う。違うのだ。全く違う。
被害者なのは、この村の人間達だ。紋章の禍に巻き込まれ、魂を刈り取られた人達なのに。
全てを知り尽くしたような瞳で笑ったテッドの瞳に、その軍人は何を見たのか。
テッドから目を離さないように見つめてくる瞳に、仕方なく続きの言葉を呟いた。
「近寄らないで下さい。・・・おれはもう、誰も殺したくなんかない」
被害者などではない。加害者なのだから。
助ける理由は何処にもないだろうと言うように、首を振って、伸ばされた腕を拒否した。
「・・・・そうか」
「・・・なっ・・?!」
溜息混じりに呟いた軍人は、そのまま軽々とテッドの身体を抱え上げてしまう。
そのまま部下に指示をして、立てたキャンプの中に連れてこられてしまった。
「おれには構うなと・・・!」
「わかったと言うと思うのか。死にそうな人間を、放っておける訳が無いだろう」
「・・・・・」
確かに、あのままあの場所にいれば、助かる保証はどこにもない。
けれど、他人を巻き込んでまで助かりたくもなかった。
「・・・せめて怪我が治るまで。大人しく連れられて来い」
テッドの沈黙をどう受け取ったのか、テオと名乗ったその軍人はそう言葉を告げた。
「・・でも、おれは」
「子供なら、大人の言うことは黙って訊け」
逃がしてくれるつもりは更々無いらしい。
「・・・そうだな、ならば怪我が治るまででいい。うちの息子の相手になってはもらえまいか?」
突然の言葉に、テッドはもう何を言われているのかも理解出来なかった。
運命が、ここで大きく交わったと言うことにも気付かずに・・・・。











***








雨が上がり、空は蒼く高く。
「・・・おじーちゃん!ねぇ!!」
「ナナミ・・・遠くへ行ってはいかんと・・・む?」
川岸に打ち上げられたように数人の人間が倒れていた。
おじいちゃんと呼ばれた初老の老人は、名をゲンカクと言う。
手を繋いで川岸を指す少女の名前はナナミ。旅の途中立ち寄ったこの近くの村で泣いていたところを拾ったのだ。
恐らく、山賊か何かにやられてしまったのだろう。家々は燃え、ナナミ以外に生き残ったものは居なかった。
ナナミ以外の人間の姿は跡形もなく消えていて、少しおかしいとは思ったが、余計な詮索は身を滅ぼしかねない。
そのままナナミの手を引いて、暫く違う村で休んだ後、再び村の近くの山をこうして下ってきたのだ。
その日、ナナミは丁度遊ぶために森へ行っていたらしい。
戻ってきた時に村はあの惨状で、たった一人生き残ったと言う訳だ。
「・・・あの村の者達か?」
ナナミの様に、逃げ出した生き残りが居たのかもしれない。
ゲンカクはそっと近寄って、一人一人の脈を取っていく。
一人の女性と、少年達は皆息絶えていた。身体は冷たく、冷え切っている。
せめてもの弔いに、胸の上で手を組ませて眠りにつかせた。
「・・・おぉ、生きておる。この子は生きてるようだ。・・・よう頑張ったな」
何故か身包みを剥がされた子供だけ、恐らくナナミと同じぐらいの年の頃だろう。
身体中の傷跡から、何を強要されていたのか見当はつく。けれど、この少年だけは、微かながらも息をしていた。
ゲンカクは身につけていた外套で少年の身体を包み、担ぎ上げる。
「ねぇ、おじいちゃん。その子も一緒に帰るの?」
「あぁ、そうしよう」
「じゃあ、ナナミがおねえちゃんね!その子、おとこのこでしょう?ナナミ、おねえちゃんになりたかったの」
「そうしなさい。今日から、三人で家族になろう」
「・・・おじいちゃんと、ナナミと、・・・なんていうおなまえだろうね?」
傷だらけで汚れきった身体をしていたが、綺麗な顔立ちをしていた。
肌色の違う、高貴そうな顔立ちは、きっとどこか良い所の子供だったのかもしれないが。
「そうじゃな・・・」
確かに脈打つ小さな鼓動を胸に、ゲンカクはナナミの手を引いてその場から立ち去った。

誰も居なくなった川岸で、残された体に変化が訪れた。
胸に手を組んだ女将と少年達の身体は、次第にその姿を崩し、最後には。
川岸を吹く柔らかな風に吹かれて、跡形もなく消えていった。









二つの歴史の変動は、ここから数年後の話となる。







END






⊂謝⊃

 終った!終ったー!!オミの過去話第7話!7話もかかってしまいましたが、何とか終われました!
 
 もの凄い時間をかけて、今までの話とつじつまを合わせるために頑張ってみました。
 こんな過去、まずありえないだろ。(笑)ということは置いておいて。
 オミの過去として、こんな事があったのよ〜というお話なので、幻水とは少しだけ切り離して読んで下さいませ。(笑)
 っと、このお話、楽しんでいただけたでしょうか?(笑)書いている当人は楽しかったですが(笑)
 これで、ピアスの話とテッドとオミが面識があったと言う理由など、分かったかと思われます。
 ですが『ピアスを何故セフィリオが持ってるの?』っていうお話は、
 実は合同誌『Analyze300』というオフ本で書いていたりします(笑)<宣伝
 機会があれば、そちらもどうぞ楽しんでやってくださいませv
 
 ではでは、読んでくださってありがとうございましたv
 
斎藤千夏 2005/03/29up!

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