*家族計画*
「・・・どうしたんですか、その子」
遠征がてら、立ち寄った町で交易品の仕入れを終えて、待ち合わせ場所まで戻って来たオミは、開口一番そう告げた。
「あー・・・うん。拾った」
けろりと答えたセフィリオの腕に抱き上げられているのは、まだ歩くことさえ出来ないだろうという年頃の子供・・・というより赤ん坊だ。
見知らぬ他人に抱かれていると言うのに、泣き声一つ漏らさなかった子供は、何かを訴えるようにオミへ真っ直ぐ手を伸ばしてくる。
「あぁ、やっぱり子供にはわかるんだよね。はい、お母さん」
「・・・誰が母親ですか誰が。って、わ・・・!」
半ば無理矢理抱かされたような形で子供を受け取ったオミは、それでも自然な動きで子供の身体を抱き受けた。
肩に揺れる髪がお気に召したのか、オミの腕の中でも嬉しそうにきゃっきゃとはしゃいでいる。
「綺麗な目してるよね、うん将来きっと美人になるよ。母親に似て」
「・・・いい加減そこから離れませんか」
セフィリオが言わんとしていることは、確かに分からなくもない。
「確かに似てる色はしてると思いますけど・・・そんなに似てますか?」
「オミの方がちょっと濃いけどね。・・・うん、良く似てる」
「・・・ッ!」
そう、嬉しそうに笑うセフィリオにじっと瞳を覗き込まれて、オミも一瞬返す文句を飲み込んだ。
オミの瞳の色は茶より明るく橙ほど濃くもなく。
かと言って黄色や赤よりは金に近いような、不思議な色合いをしているのだが、確かに目の前の幼子の大きな瞳はそれに似た色を宿していた。
「・・・って、それを言うならよっぽどセフィリオと似てる気がしなくもないけど・・・」
「そう?あぁ、この髪か」
またセフィリオも黒い髪かと思いきや、黒よりは藍に近いような・・・けれど風を受けて陽に透かし見れば綺麗な青なんて色を秘めている。
「俺ほど暗くもないけど、この子の髪も青か。・・・なんだか、本当に子供みたいだな」
オミの腕の中に居る子供の頭を軽く撫でるように手を伸ばして、またセフィリオは嬉しそうに笑う。
意外なことなのだけれども。
この、内面がどうであれ外面だけは良いセフィリオという男。見かけに似合わず、実は結構子供好きだったりするのだ。
腕の中の幼子へと向けられる優しげな視線に、オミは内心複雑な感情が身を渦巻くのを感じた。
「・・・・・・」
「あれ、反論しないの?それとも、俺に見惚れてた?」
「ち、違・・・!そうじゃなくて、この子ですよ!どうするんですか?そもそも、なんでこんなところで・・・」
オミ達が立っているのは、賑わう市場から少しだけ離れた路地の近くだ。
人通りはそこまで多いわけでもないが、決して少ないわけではない。
道幅の広い通りは、人だけではなく馬や馬車も走る危険な場所で、こんな幼子一人が残されることも珍しいというのに。
「はぐれた、んだろうね。その子、いきなり足にしがみ付いてきたんだよ」
オミが交易品を揃えている間、セフィリオは荷物持ちという名目で置いていかれた。
オミ一人で買い物程度なら、そう目立つことも軽減出来るのだが、セフィリオを横に連れていたのでは人目を集める結果にしかならない。
一応お忍びで城から出てきているので、都市同盟の領土とはいえ人に見つかるのは勘弁して欲しかった。
「でも、それで置いて行かれたんじゃあ俺護衛の意味ないよねー」
「だったら、もうちょっと隠れるとか気配を消すとか、頑張ってくれても良いじゃないですか。貴方なら簡単なことでしょ・・・って、そうじゃない、この子ですよ!」
先程から、身元不明の赤子を抱いて不安そうなオミとは反対に、セフィリオは親を探すどころか、オミの腕に抱かれた子供に向かって楽しそうに微笑みかけている。
オミにとって、そんなセフィリオの態度には会話をかわされているようにしか思えなかったのだけれど。
「んー?・・・あぁ、親は捜してるだろうね。・・・でも、本当にそうしてると」
「・・・何ですか?」
「・・・いや、何でもない。この子を抱いたまま少し通りを歩いて見ようか。親の方から見つけてくれることを願って」
そう言うと、オミの腕からあっさり荷物だけを引き抜いて、通りの方へと歩いていく。
早く親を見つけなきゃと急かすオミに、なんとなく不満そうなセフィリオの背中。
・・・そして、少し気付いてしまった。この子供を、親元へ返したくなさそうな・・・セフィリオの心意に。
「・・・ぁ、っちょ、待って・・・!」
その背中を暫く見つめていたオミは、徐々に広がる距離に慌てて後ろから追いかけた。
子供を抱いたまま、走り寄って来たオミを柔らかな視線で受け止めて、セフィリオは小さく笑う。
「・・・っ・・・」
その笑顔は反則だ・・・と心の中で文句を返すオミを誘導するように歩きつつ、セフィリオは軒並ぶ店先をひやかしながら歩いていく。
勿論、歩幅はゆっくりと。
時折、後ろを付いてくるオミに視線を戻して、嬉しそうに微笑みながら。
「・・・さっきから、なんですか?」
「いや?・・・あぁ、これなんていいんじゃないか?オミにきっと似合うよ」
「あの・・・これ、どう見ても女の子の髪飾りにしか・・・」
からかいを含んだセフィリオの言葉に苦笑で返せば、何故か反対側から同意の声が聞こえてきた。
「まぁ、可愛らしいお子さんね!お母さんに似て、美人になるわよ~!!」
「え、あ、あの別に僕らは・・・」
「どう旦那さん、奥さんにコレ!っこれはまたカッコいい旦那さんじゃないか!そりゃ、可愛い子供も産まれるよ!」
「や、だから違・・・」
否定を告げようとしても、オミの声は興奮したオバサマには届かない。
「ね、どう?びっくりするくらい綺麗な家族姿見せて貰えたことだし、安くしとくよ?」
そんな風に声を荒げるものだから、行き交う人からもまた好奇の目を向けられてしまった。
「・・・そうだね、じゃあ一つ貰っとこうかな」
「っちょ、セフィリオ・・・!」
引き下がる気の無い店員に、セフィリオはまんざらでもなさそうに小さな髪飾りを一つ手渡した。
止めるオミも視線だけで言葉を止められて、結局髪飾りはセフィリオの手の中に納まった。
「なんか、さっきから嬉しそうですね?・・でもそれつけませんからね僕」
「分かってるよ。・・・うーん、嬉しそうか。・・そう見えるなら、そうかもね。確かに少し楽しいのかもしれない」
セフィリオの視線は、先程からオミにしがみ付いたままの子供に向かって止まる。
自分に似た髪を撫でながら、先程買った髪飾りを小さな頭に飾りつけた。
子供の方も、きっと分かってはいないだろうが、セフィリオを見上げて嬉しそうにはしゃいでいるから、本当に傍目からみれば家族のように見えるのかもしれない。
「・・・あぁ、やっぱり。そうか」
先程からなんとなく、そう思っていたのだけれど。
オミには判ってしまった。セフィリオの、機嫌がいいけれど、少し寂しそうな理由が。
「ん?」
こう見えてセフィリオは意外にも子供好きだ。
でも、こんな未来は・・・絶対ありえない空想でしかない。
「・・本当に、良かったんですか?」
「え?」
「僕で・・・良かったんですか?」
セフィリオは、子供が欲しかったのだろう。
けれど、オミの隣に居る限りそれは叶わない夢でしかない。
「・・・何、変なこと考えてるの。あのねオミ、オミが何を思いついたのかわからないけど・・・そうだね」
はしゃぐ子供を腕に受け取りながら、オミの方を向いて小さく笑う。
「俺だってもしオミとの間に子供が生まれるとしたらーって、考えたことが無いわけじゃない」
やっぱりそうか、と肩を落とすオミに、そうじゃないと言いながら、緩く髪を撫でる。
「でも考えてみたけど、子供ってちょっと面倒なことになりそうなんだよね。特にオミとの子は」
「どういう・・・意味ですか」
周りの視線を集めながらも、セフィリオはまるで気にもしないで歩いていく。
その間にも子供は腕からセフィリオの肩へ移動して、今では肩車状態だ。
少し落ち込み気味のオミに、セフィリオはくすくすと笑って、言葉を続けた。
「わからない?・・・もし子供が出来るなら、俺はオミに似た女の子がいいな。でも男は嫌だね。絶対、オミを取られるから」
そう言われて、意味を考えてみる。
「え・・嫌ですよ僕に似た女の子なんて。絶対・・・あ」
セフィリオが自分に似た子供が嫌だと言った理由が少し分かる。
自分に似てるのなら、セフィリオは構うだろう。・・・もしかすればオミ以上に。
それは少し寂しいと思ってしまう自分に、ちょっと納得がいった。
「・・・確かに、そうかも、知れません」
「へぇそれは、『セフィリオのことだろうから絶対構い倒すだろうし、なんかとられちゃうような気がして』?」
「!?」
途端頬を染めて見上げてきたオミに嬉しそうに笑いながら、小さく頷く。
「わかるよ。俺もそうだから」
それに。
「確かに子供は可愛いけど・・・一番傍に居て欲しいのはオミだから。後悔なんて微塵も無い。だってずっと一緒に居てくれるんだろう?」
「・・・ぅ」
なんでこう、惜しげもなく恥ずかしい言葉をぽんぽん口から吐き出せるのか、それこそがオミには非常に疑問なのだが・・・仕方ない。
これがセフィリオ・マクドールという人なのだ。
これが・・・オミの、恐らく一生の、恋人なのだから。
「あぁ、もう本当に何処へいっちゃったのかしら・・・!」
絶句しているオミの真横を、そんな言葉を呟きながらすれ違う女性が居た。
身長はほぼオミと変わらない。・・・から、もしかしたら、頭上に肩車されている子供に気付いていない母親かもしれない・・・と考えて、呼び止めた。
「あ、あのすみません。もしかして、この子の・・・?」
セフィリオの肩から抱き受けて、その女性に差し出してみる。
振り返った女性の容姿に、オミは少し驚いてしまった。
「・・・なんか、女の人になったセフィリオみたい・・・」
「・・・そういうのは思っても言っちゃダメ」
声に出ていたかと、肩を窄めたオミの腕から、慌てたように子供を抱き上げられる。
「あぁ、良かった!!急に居なくなるから・・・本当に心配したのよ・・・!!」
本当の母親の腕に戻って、子供は先程より幾分か嬉しそうに笑っている。
オミもホッとして、頭を下げる母親に向かって笑いかけた。
「本当に、ありがとうございます!」
「いえ、そんなに気にしないで下さい。無事に届けられて良かった」
オミの笑顔に、ちょっと驚いた様子の母親は、そのまま子供の髪に留められた飾りに気がついた。
「あの・・・これは?」
その言葉にはセフィリオが引き継いで返事を返す。
「良く似合っていたから。・・・少し、嬉しい思い出を残せたお礼ですよ」
「?・・そう、ですか?なら、遠慮なく。良かったわね~オミ」
「「え?」」
「あの・・・?私、変なこと言いました?」
変なこと・・・ではないけれど。
まさかの偶然に、二人は視線を合わせて小さく笑った。
「いえ、その名前に聞き覚えがあるなって思っただけで」
「あぁ!えぇそうなんです。軍主様から頂いたお名前なんですよ」
嬉しそうに話してくれる母親に、オミはちょっと照れくさそうに俯いて、それをセフィリオが小さく笑って頷いた。
「それは、将来期待出来ますね。ぜったい美人な女の子になりますよ。僕が保障します」
「まぁ、そうならいいんですけれど」
彼女としては、少し照れたように俯いたままの彼女らしき少女が気になったのだけれど、セフィリオが自然な動きで肩を抱いて、踵を返した。
「それでは。もう迷子にならないように、気をつけてあげてくださいね」
「え、えぇ。本当に、ありがとうございました」
なんとなく、不思議な雰囲気の二人を見送って、腕の中の子供を抱きしめる。
途端、道の向こうからこの通りには珍しく軍馬が2頭走りこんできた。
騎乗しているのは青年と、少女。
少女の方はちょっと怒ったような声で、先程歩いていった二人に向かって叫ぶ。
「もー!勝手に出て行かないでよ!お姉ちゃんすっごく心配したんだからね・・・!!」
「ごめん、ナナミ・・・気をつける」
「ほらほら、あんまり怒ってやるな。大方後ろのあれに引っ張り出されたに違いないんだから」
「あれとはなんだあれとは。たまにはいいじゃないか二人きりにしてくれたって」
「ちょ、セフィリオ・・・!」
「ふたりきり?どうして?」
「ナナミ、これ以上は突っ込んでやるな・・・。ほら、城へ戻るぞ。オミ」
「・・・うん」
ちらりと、振り返ったオミと視線が絡んだ。
照れたような表情のまま、無言の一礼に、彼女には今の少女・・・いや、少年が誰なのかはっきりと分かってしまった。
小さくオミ様、と呼びかけた彼女に、セフィリオが軽く笑みで返してオミを腕に馬を走らせる。
走り去る瞬間、内緒というように唇に手を当てた仕草に、母親は呼びかけた唇を慌てて閉じた。
「・・・オミ様、今の方が、本当の・・・」
旅装用のマントに隠れて身体つきはわからなかった。だからこそ、少女に見間違えた。
・・・けれども、今の優しげな表情を浮かべる少年が、まさか。
「オミ・・本当に、オミ様の様になれたら素敵だわね」
彼女は小さな笑みを零して、旦那様への大きなお土産話と、小さな最高の宝物を腕に、ゆっくりと自宅への帰路についた。
END
⊂謝⊃
支離滅裂の尻切れトンボ・・・(汗)ゆっくり書きすぎて何が書きたかったのかわかんなくなっちゃった(滝汗)
うぬぬ・・・ッ!なかなか抜けれないもんだねぇスランプって(苦笑)
読んで下さってありがとうございます!お粗末様でした!(謝)
斎藤千夏 2007/08/19 up!