A*H

読み切り セフィオミ閑話
時期はずれにも程がある『なんちゃってハロウィン』仕様です。
後半完全裏なんで、苦手な方、未成年の方は閲覧をお控え下さいます様お願い致します!
ついでにき●いセフィリオダメなら止めて置く方が吉です。(笑)

*契 2*







ある意味は敵の居城だが、別段敵対している勢力や怪物の棲家というわけでもない。最初に襲われた蝙蝠の群れ以降は殆ど抵抗もなく彼らはシュニーの寝室まで辿り着いた。
「無事かオミ!?」
まさに蹴破る勢いで扉を開けて真っ先に飛び込んだのは勿論のことセフィリオだ。
「・・・こういう時って普通は気配を読むとか身構えるとかするよな・・・」
「言っても仕方ない。オミが絡んだセフィリオだ。諦めろ」
「だな」
最後列で腐れ縁がそんな会話をしているなど知らぬうちに、気の急いたセフィリオと多少苛立ったルック、何やら楽しげなシエラは次々と部屋の中へ入っていく。彼らに続いたビクトールとフリックだが、部屋の中は暗かった。・・・いや、暗闇であった。
先に入ったはずの背中さえ見えない・・・どころか、自身の手足や指先すら見えない完全な暗闇。
「・・・なんだこれは」
「おい、無事か?みんな居るのか?」
「あぁ、無事は無事だが・・・これではどうにもならないぞ」
声を上げない他の面子もそれぞれ無事のようだが、こんなに近くに居てさえ何の気配の一つさえ感じられない空間は最低に居心地が悪かった。
「ねぇ。あの子の気配・・・探せるんでしょ」
「やってるよさっきから。けど・・・掴めない。・・・ここでは紋章が、いや、ここ自体の空間が不安定なのか?」
姿は見えないが、この空間に入った瞬間から途端に冷静なセフィリオの声に、ますます苛立ちが増したのかルックの鋭い風が辺りに吹き荒ぶ。
「・・・反応ないね。飲み込まれるのか、ここは」
切り裂きを放った先に誰かいたとすればそれは大惨事にもなりかねないが、放たれた魔法は何に当たる訳でもなくただ空間に吸収されていく。
「空間が相手とは厄介だな。魔法も通じなければ、剣なんて持っての他だ。対象が無いなどとはやりにくい・・・」
部屋の外へ戻ろうとも、開いたままのはずの扉の位置さえ分からない。男四人は盛大に途方に暮れた。・・・けれども、そこへカラカラと笑う声が響く。
「・・・おんしら、何のためにわらわを連れて来たのかえ?・・・ほんに、頭を使わぬオトコはつまらぬものよの」
「シエラ殿・・・何を?」
「まぁ、あ奴もおんしらと争う気はほとほとないようだしの。『交渉』するまでのことよ・・・のう、雪の子シュニー」
空間に向かって空間の何処からか、シエラが語りかける。それまで、何をしても微動だにしなかった空間が突如形を歪めて動き始めた。巨大な暗幕が引き上げられていくように、ずるずると端から色を付け始めた空間はそのまま通常の館の一室、巨大な寝台が占拠する部屋へと姿を変えたのだ。
そのベッドの上。優雅に腰を下ろした少年シュニーは、多少困ったように苦笑しながら、問いかけられた声に返答を返す。
「・・・館の結界を破られた時点で貴方様が来られているのは気付いておりましたが・・・お久し振りです、シエラ様」
「相変わらず、変わらぬ姿よの」
「いえいえ、長老に比べればこの若輩者。理解ある人間達のお陰で今生を流れているに過ぎません」
「理解者を得られたか。・・・なんにせよ、また逢えて嬉しく思うぞ」
「えぇ、こちらこそ。お見受けしたところ、御力もお戻りになられたようで・・・。して、この方々とシエラ様はどういった?」
シエラとシュニーの会話が終わるまでは、うかつに誰も動けない。実際は、空間が晴れた瞬間目に入ったオミの姿に、今すぐにでも身を乗り出して無事を確かめたい二人ではあったけれども、同種族の織り成す『場』というものだろうか。ただの人間である二人にとって、身体に纏わりつく空気は先程の闇よりマシだとはいえ、振り切って動けるまでには軽くなかった。
初めて会ったのは昨日であるにも関わらず、あの時は欠片も思わなかった確かな違和感が、今目の前に居るシュニーにはある。人ではありえない気配というべきか。そんな彼に視線を向けられて、じわりと額に汗が浮く。普段はすました顔を崩さないルックも多少居心地悪そうに眉を寄せていた。
「・・・なんの。この紋章を戻したきっかけ・・・それがおんしの傍らに居るその子供。・・・こやつらはそ奴に集う宿星の星達よ。・・・わらわも含めてな」
シエラの言葉に多少驚いた様子のシュニーは、意識を失ってベッドに沈むオミの身体をそっと抱き起こす。ぐったりとした身体でシュニーに抱き上げられるまま、窓から差す月の光に照らされた顔は普段にも増して青白く、その姿にセフィリオは棍を握った手に力を込めた。棍を握り締める音に気付いたのか、それとも抑えきれない殺気を受けてなのか、シュニーは小さく苦笑を漏らす。
「・・・心配せずとも殺してはいない。そうだな、多少弊害は出るかもしれないが・・・シエラ様がいらっしゃるのなら心配はないだろう。すぐ元に戻る」
「どういう意味だ・・・?」
「一度目の食事をさせてもらっただけだ。手放すのは、本当に惜しい血を持っている・・・。けれど、争いを起こしてまで生に執着しているわけでもないのでね」
ベッドに座ったままの彼がそっと手を上へ伸ばすと、気絶したままのオミの身体がふわりと浮き上がり、セフィリオとルックの前へ移動した。セフィリオに支えられ、浮いていた身体はそのままぐったりと腕の中へと沈む。
「一度目・・・?」
「何度か暗示を繰り返しながらの儀式を行った上で、僕の元へ止まるようにしたかったのだけれど。・・・あぁ、本当に惜しい。シエラ様がいらっしゃらなかったら、争ってでも返すことを惜しむ程には」
「!?」
片腕でオミを抱えながらも片手で棍を構えるセフィリオに軽く手を振って、争う気はないのだと笑ってみせる。
「ただ、彼が居ればこの村の人間達に毎晩のように血を求めなくとも済むと思っただけさ。味も申し分ないが、力も・・・他とは比べ物にならない。珍しい、生まれの血であることは確かだけれど」
「そんなことはどうでもいい。・・・これ以上オミに手を出すなら・・・」
パリッ・・・と空気が痛みを孕む。
セフィリオの右手から立ち上る紋章の力に、シュニーは純粋に驚いたらしく、軽く口笛を吹いて見せた。
「流石に、それを喰らえば僕も消えてしまうかな・・・。惜しいことをした。君も、とても美味しそうなのに・・・」
「シュニー」
「・・・冗談が過ぎました。お許しください、シエラ様」
くすくすと笑う彼は、セフィリオ達が飛び込んだ瞬間から一歩も・・・いや、ベッドに座ったまま立ち上がってさえいない。
シエラを前に言葉使いこそ丁寧だけれど、態度を改めないその姿でも、シエラは咎めはしなかった。ただ、紋章を発動しかけたセフィリオをからかったこの一瞬だけ声を上げたが、それはシエラが紋章持ちだからこそ分かる危機感でシュニーを止めたに過ぎなかった。
「・・・もう、下らぬ冗談はよせ。おんしもな。・・・早う城へ戻して、介抱してやる方が先であろう・・・?」
宥めるようにセフィリオに声を掛けながら、シエラが撫でたのは意識を失ったままのオミの頬。
力ないその身体は、確かに鼓動を刻んではいるが弱く、同時に冷たく冷えていた。
「わらわも手を貸してやろう。・・・ルック」
「・・・」
呼びかけられて、不満だらけな表情を浮かべつつも、ルックは請われるままに紋章を発動させる。その頃にはセフィリオの空気も落ち着いてはいたが、先程の紋章の発動はシエラが止めなければ恐らく、オミを除いた村全体が焦土と化していたに違いない。声を発しないセフィリオの怒りに触れないように、それでもルックに置いていられまいとビクトール、フリックもルックの風に乗る。村の外にいる隊は置いていく形にはなるが、彼らのことだ。状況を呼んで自力で戻ってくるだろう。
「ではの、シュニー。今後は手を出す相手を間違えんようにな」
「・・・えぇ、肝に命じて。寂しいけれど、さようならだ・・・『オミ』」
彼らを包んだ風が転移を終える瞬間。シュニーが呼んだ名前に、意識の無かったはずのオミの身体がびくりと震えて、危うくセフィリオの腕から落ちかけた。四方から伸びる手に支えられたからよいものの、あの瞬間落ちていたとしたら、またオミ一人を残して転移していたかもしれないところだ。
「・・・あの悪戯者めが。何も、あの瞬間に呪縛を解かぬともよいものを。・・・どうやら、名を縛られていたようだな」
転移を完了して、辿り付いた城の回廊へ降り立った面々は、真っ先にオミの部屋へと移動した。その間、フリックはホウアンを呼びに、ビクトールはシュウに報告へ分かれたが、後の三人は部屋へ移動した後、オミの身体を調べにかかる。
着衣は殆ど乱されていない。ただ、肩口を少し広げられた程度で、大した抵抗の後は見受けられなかったけれど。
「・・・この傷は・・・」
やはりというべきか。オミの細い首筋・・・頚動脈の上に、並んで二つ・・・赤黒い傷跡が刻まれていた。
何の傷か、などと問わなくともわかる。シュニーがオミから血を奪った際に出来た傷跡だ。
「お待たせしました。オミ殿の様子は?」
そこへ駆け込んできたのは寝起きを起こされたホウアン医師だ。この軍に関わるようになってからというもの、こんな自体はある意味日常茶飯事なので、彼も慣れたものだ。多少解れた髪を後に流して、オミの様子を検分し始める。
「ホウアン殿・・・オミは?」
診察の間は大人しく離れていたが、終わると同時に再びオミの手を握り、触れるのをやめないセフィリオがホウアンに問いかける。オレンジ色の暖かな明かりの灯された部屋の中ですら、オミの顔色は青く白いのだ。触れる手は冷たいままで・・・不安にもなる。
「えぇ、まぁ・・・どうすればこのような事態になるのか、私にはちょっと説明しかねますが、結論を言えば『貧血』ですね」
「・・・それだけ?」
「それだけです」
固唾を呑んで見守っていた様子のルックも、不安でたまらない表情を浮かべていたセフィリオにも、ある意味拍子抜けする結果に終わったが、油断は禁物だ。
「早く回復させる方法は?」
「外から血を補う技術もあるにはあるのですが・・・今の設備では難しいでしょう。ただ、今はオミ殿の回復を待つしかありません」
「オミ殿!」
ホウアンの説明が終わった所で飛び込んできたのはシュウ。こちらも寝起きだったはずだが、その割には一分の隙も乱れもない。
「シュウ殿。・・・また休まれていなかったのですね」
「まぁそう言うな。で、容態は?」
「そんな深刻なものではありませんよ。お話しますので、こちらへ・・・」
シュウとホウアンがオミの容態について話し合っている間、今まで存在を消していたようなシエラがふと、オミのベッドへと腰掛けた。
「のう、おんし。血の気は多い方か?」
「は?・・・ま、まあ、どちらかと言えば」
そう、セフィリオが答えるのを軽く頷きつつ聞き流して、シエラは何故か少々楽しそうにオミの傷口に触れた。
「怒るなよ」
「何・・・シエラ殿!?」
セフィリオが止める間もなく、シエラは青褪めたままのオミの首筋に顔を埋め、塞がりかけていた傷口を微かに広げた。
セフィリオの声に気付いた面々も驚いて振り向くが、その時にはシエラは既にオミから離れ、今度はベッドの傍に跪いていたセフィリオの胸倉を掴んで引き寄せる。
「何を!?・・・ッ!」
首筋に、チリ!っと焼けるような小さな痛みを感じたと思ったら、もうシエラはセフィリオから離れ、満足そうに頷いていた。
オミとセフィリオに噛み付いた時、シエラの右手が微かに光ったのを見つけたのはルックぐらいだが。
「おんしも中々の味よの。たまに頂戴しに来るかの」
「って、何・・・を?」
指で触れればオミと同じ箇所にぬるりとした液体と、微かな引っ掛かりを感じる。セフィリオ自身には見えぬものだが、ルックの立つ位置からは、セフィリオの首筋にオミと同じ傷跡が見えた。
「おんしらを血で繋いだだけだの。いずれ、目を覚まして血を欲しがる。・・・拒むでないぞ」
「血で繋ぐ・・・?オミと、セフィリオを?」
「それは一体どういうことだシエラ」
ホウアンや、シュウを呼びに行っていたフリックとビクトールもこの場には居て、意味のわからないシエラの言葉に説明を求める。シエラも、仕方ないといった様子で肩をすくめ、溜め息と共に言葉を吐き出した。
「良いかの?これの血はシュニーが飲んでしもうてもうない。手っ取り早く回復させるには・・・のう、そこの医者も言っておったろう」
「『外から、血を』ですか?で、でも本来ならば、ちゃんとした検査と器具がなければ・・・」
ホウアンの言葉に頷いて、シエラは続ける。
「そう、本来ならばな。だがここには我の紋章がある。血を糧とする我に、扱えぬ力でもあるまい。紋章を媒体に、こやつらの血を繋いだのよ。糧とすべき血を与える者と受ける者をな」
「それって・・・オミが、血を欲しがるって・・・まさかそういう意味・・・オミ?!」
今の今までぐったりと眠っていたはずのオミは、ぼんやりとセフィリオを見つめて、のろのろと腕を伸ばす。
「目覚めたか。そら、おんしの血の匂いに反応しておるようだ。・・・もう我らは必要ない。時間経過の後に治る」
「そう、ですか・・・なら」
安心だと一息吐きかけたセフィリオとオミへ視線を交互に巡らせて、もう少しだけ言葉を続けた。
「多少弊害が無いとも言わんが・・・おんしに我々の力は効き目が強過ぎるかも知れぬ。・・・まあ、ほどほどにの」
「・・・はあ」
仕事は終わったというように、シエラはオミの部屋を後にする。続いて、もう出来ることはないからとホウアンがそれに続き、おやすみなさいと囁いて部屋を閉める。
「オミ?・・・オミ、目が覚めた?」
青白さはそのままのオミの手は酷く冷たい。けれど、伸ばされる腕に近寄ってやれば、そのまま縋るようにセフィリオの首に腕を回して抱きつく。したいようにさせて腕の中に抱き締め直せば、何かに気付いたオミがセフィリオの手を取ってゆっくりと舌を出して舐め始めた。
「・・・オミ?」
どうやら手についていた血を舐め取っているようなのだが、綺麗に舐めてしまうと今度はまだ微かに流れる首筋に気付いて、そっと顔を寄せて舌を這わせる。
「・・ン、・・・は」
「!」
漏れた声に、心配そうにオミを覗き込んでいたルックの肩がびくついた。
オミはといえば、ただセフィリオの血にのみご執心の様子で、周りに誰が存在しようと全く気にしていない。そもそもオミの焦点はまだ合わないままだ。
これはどうやらシエラの言っていた『吸血』行動らしいが、オミ自身に意識はない。ある意味、本能のままの行動だろう。
だからこそ・・・・なんと言えばよいのか。
「なんつーか・・・中々危ない光景だな」
微かな吐息を漏らしながら、邪魔といわんばかりにセフィリオの服を緩めつつ首筋に舌を寄せるオミの姿は、多少目の毒でもあった。
「見るな。減る」
「いや、減りはしないだろうが・・・そうだな。見てても仕方ない」
「なんつーか虚しくなるな。俺達はお邪魔のようだ。そろそろ戻るぜ」
ビクトールはにやにやした笑いを浮かべつつも、軽く手を上げてオミの部屋を後にする。
「ルック、まだ何か用事でもある?」
「・・・ふん」
唯一残った彼に声を掛ければ、多少バツが悪そうに顔をしかめ、さり気なくオミとセフィリオの座るベッドから離れていく。
その間でもぴちゃぴちゃと、オミが血を舐め取る音は響き、セフィリオの服はもう半分程度脱がされるように肩から降ろされていた。
「ある意味、君が居る時に限ってそういう目に合うんだよねその子。・・・君、何かに憑かれてるんじゃない?」
「そう?・・・まぁ、俺も色々と危ない橋を渡ってきたほうだからね。憑かれていても仕方ないさ。・・・でも、オミは守るよ」
「・・・そうだといいけど」
ルックもルックなりに心配だったのだろう。それほどまでに、オミの顔色は青褪めていて悪かったのだから。
命に別状はないと聞いて、ようやく部屋から消えたルックの姿に、セフィリオは苦笑する。もし、自分が同じ立場でルック側ならば、同じ行動を取っただろうから。
「・・・いや。俺なら身は引かないか」
根本的には似ているのだルックとは。オミに対する心も、全て。
「・・・それにしても、オミ。・・・誘ってるのか?」
一心不乱に首筋へと唇を寄せるオミは、流れ出る血が少なくなれば、乳を欲しがる子猫のように傷口に唇を当て、甘く吸い付いてくる。
多少の痛みはあるものの、この光景と行動に免じてオミの行動に邪魔は入れず、ただその冷えた身体を温めるように肌をさすってやっていた。
「・・・ん、ぁ・・・」
「・・・下心は、なかった・・・つもりなんだけどな・・っと」
ベッドに座ったセフィリオの脚に乗り上げていたオミの身体は更に体重をかけて乗り上げ、そのままセフィリオを押し倒してしまった。あくまで、『治療』の気分で居たセフィリオだけれども、このまま煽られると我慢出来る自信もなくなるというもの。無自覚であるとはいえ、正気でないとはいえ、目の前にいるのは愛しくてたまらない『オミ』であるのに変わりはないのだから。
「積極的なのは嬉しいけど、顔が見たいな・・・」
けれど、先程からオミはセフィリオの血を流す首筋にしか目に入らないのか、一度も顔を見せてはくれない。耳元で上がる小さな声は濡れて心地の良いものだけれど、折角のこの体勢ならばやはり顔は見たいと思えばキスだってしたい。
もちろん、その先も。
「そんなに俺の血は美味しいか?・・・ふむ、血ね・・・そうか。・・・オミ」
ふと思いついて、自身の舌を噛む。とはいっても端をほんの少し切った程度だが、口腔に微かな鉄臭さが広がる。
「舐めて?」
口の中の傷はそう長く出血も続きはしないが、気を惹くことくらいは出来るだろう。
目論見は正しかったようで、血に濡れた舌を軽く見せてやれば新しく溢れた血に気付いたオミも躊躇わずにセフィリオの舌へ自身のそれを絡ませてきた。
何時もなら差恥が勝つのか素直に身を任せてくれないオミも、今はなんの抵抗も無くいきなり深く舌を絡めてくる。
「ん・・・ふ・・・、ぅ・・・?」
ねっとりと絡み合う濡れた舌に音が響きセフィリオの耳に心地良く届いたが、それ以上に止まることもなく深くなってゆくキスに少々焦りを感じなくもない。
いつもならば、セフィリオが徐々に深く絡めていく前に、オミの方から降参して口付けを振りほどかれてしまう。
しかし今のこれはそんな余裕のあるものでもない。主導権はどちらが握っているとも言いがたいが、圧されているのは明らかにセフィリオの方だ。
逃げないように頭を抱えるように固定され、尚舌を絡めつつ指先は悪戯に耳や項に滑って来るから性質が悪い。
嬉しいのだけれど内心本気で焦りつつ、それでも突き放すことは出来ずにただ背筋を走る刺激に耐えるしかない。
「ちょ・・・オミ、こんなの何処で・・・ッ・・・!」
静止すら聞かず、ただ深くなっていくキスは、些細な隙間さえ許さないとばかりにより交わりを深くする。普段オミは受け手以外の何者でもなく、与えられる刺激に恥を感じては抵抗して逃げているばかりであったから失念していたが。
オミはセフィリオに出会う前、いやもっと昔。それこそ、ほんの幼い子供の頃から、こういった行為を強制されてきた子供であったのだ。理性を消された本能の行為だからこそ、身体が覚えているかと言う様に、セフィリオの熱は簡単に温度を上げる。
「・・・ん、・・ふ・・」
小さく吐き出された吐息と共に唇が離れる頃、初めてと言ってもいいほどセフィリオの息も上がっていた。
もう少し余裕があればこんな失態には陥らなかっただろうに、純粋な驚きがセフィリオを混乱させていたらしい。
自分でも分かるほど赤くなっているだろう頬を持て余して、視線を覆うように荒い呼吸を繰り返していると、ふと身体の上から重みが消えていることに気付いた。
「・・・ッ!?」
けれど次の瞬間に走ったのは、思わぬところへの強烈な快感だ。思わず跳ね上がる上半身を肘で起こして、自分の下肢に視線を落とす。
「・・・ん・・・」
どうやら、先程のキスでオミにも違うスイッチが入ってしまったらしい。時折カリリと痛くないほどに歯を立てられるが、先程までの血を欲していたオミを見ている以上、何時歯を立てられてもおかしくはない。
そんな恐怖心もあってか、勿論嬉しいのは嬉しいのだけれども、セフィリオは自身の下肢を丁寧に愛撫しているオミの髪へ指を沈ませた。
「オミ・・・、そんなことしなくていいから・・・、っ」
さらりと流れる髪に埋めていた指に、思わず力が篭る。
「な・・・、これ・・・俺」
明らかに異常だった。
確かに、媚態に当てられあれほど深く濃いキスを交わせば身体の熱は確かに高まるけれども、その熱が強過ぎて身体に力が入らない。
頭はまだはっきりしているのに、ただ身体だけが勝手にオミの熱に溺れていく。
「く、・・・な、何が・・・」
状況が読めぬまま、ぱさりと布の乾いた音がセフィリオの耳に届いた。
脱げかけの服を纏ったまま、悔しいことに止まらない荒い呼吸を必死に飲み込んでいたセフィリオは、思わず視界を疑うことしかできない。
纏っていた服を脱ぎ去ったオミが、寛げられたセフィリオの脚へ腰を降ろそうとしていたからだ。
「ちょ、まだオ、ミ・・・く・・・ぅっ!」
慣らしもしていない箇所にそれは無茶だろうと止めたけれど、オミはそれがさも自然であるように上手く痛みを殺しつつ、先ほど濡らした唾液のみでゆっくりと飲み込んでいく。
止めようにも、オミが触れた側からぞくぞくとした痺れが全身を襲い、身体に力は入らない。
これが何かはわからないが、いつもより酷く身体が悦んでいるのがセフィリオにも自覚できた。
ただ、頭だけは冷静だから、余計どうしたらいいのかわからなくなるのだが。
「・・・ふ」
今はひたすら飲み込まれた箇所が疼いて仕方ない。普段ならオミの調子に合わせて動くのだが、今動かれたらセフィリオの方が危ないだろう。今更だとは思うけれども、奪われてしまった主導権とどうにもならない身体の熱に、情けないが火照った頬を隠すことしか出来ない。
セフィリオの思考を読み取ってくれたのか、オミはそれ以上動こうとはしなかった。
が、じっとしていた手が何かを探るように剥き出しの腹に触れて、思わず腕の隙間からオミを見返す。
「ん・・・セフィ、リオ・・・?何・・・が」
途端、ぼんやりとしていたオミの焦点が微かに戻り、おぼろげながらもセフィリオを結ぶ。
青白かった肌の色は微かに赤みを取り戻し、そして・・・急激に体温を上げた。
「な、な、な・・・・ッ!!?」
「ッ、こら動くな・・・!驚いたのは判るから、ちょっと、落ち着いてオミ」
「お、落ち着ける訳ないでしょう!?なんですか、この、状況・・、ッ」
体内で一際大きく脈を打った感覚に、オミも小さく身体を震わせる。状況を理解は出来ないが、この体勢ではオミがセフィリオに自ら乗ったとしか思えないもので。
びりびりと痺れるようなそれを上手く逃がして息を吐くと、同じように押し殺した息を吐くセフィリオが視界に移った。
いつでも自分は平静な様子でからかってくるセフィリオだけれども、今の様子がおかしいことに気付かないわけが無い。
「・・・セフィリオ?」
「わかってる。判ってるから。・・・・頼むからあんまり見るな」
触れる肌に流れる汗はいつもよりも多く、呼吸は収まるどころか苦しそうに途切れ途切れだ。
極めつけは、余裕綽綽の鮮蒼の瞳が涙に崩れ、微かに赤く染まっていることか。
これではまるでいつもの自分だ。この視線でこんな風に自分が見られていることにも頬に朱が刺したが、それ以上にそれがセフィリオなのが信じられない。
「ど、どうしたら・・・?何が?」
理解は出来ない。けれども、セフィリオはある意味余裕など全くありはしないだろう。
この状況を打破するならば、どっちにしろ・・・。
「ん・・・ごめん。今日は・・・」
いつも以上に熱い体温で、汗に塗れた頬をセフィリオの手の平が撫でた。
血流が良くなったためか僅かに汗に混ざっていた血が溢れて、セフィリオの首筋とシーツを汚している。
苦しそうに息をする傍ら、照れながらも嬉しそうに、セフィリオは囁いた。
「オミが動いて」



***



「おう、すっかり元気になったなオミ」
晴れた青空の下、道場に顔を出していたオミに声をかけたのは、同じく身体を動かしに来たのだろうビクトールとフリックだ。
汗に濡れたオミに乾いた布を放り投げ、多少乱暴にその髪をかき混ぜる。
「わ、わ、あ、はいご迷惑お掛けしました・・・。と言っても、途中からあんまり覚えてないんですけど・・・」
「ま、あの様子じゃ仕方ないだろう。とにかく、大事にならずに済んで良かったな」
フリックも同じくオミの髪を撫で、ふと不思議そうに自分の手を見つめる。
「どうしました?」
「あぁ、いや・・・。何で撫でたんだろうってな」
「・・・あぁ」
自分の髪に触れながら、困ったようにオミは苦笑する。
「シエラさんに聞いたんですけどね。僕の血、ですか?戻すためにした『弊害』だって言ってました」
「は?どんな?」
「・・・『魅了』だそうです。未熟な吸血鬼は血を得る方法も未熟だからと、無意識にこの力を使ってしまうらしくて」
正確に言えばオミは吸血鬼などではないし、吸血鬼の『魅了』はもっと強く激しいものだ。
けれど消えかけているとはいえ、一瞬得た力は僅かな弊害とでも言うように、オミは最近男女かわりなく触れられて撫でられて抱きしめられたりしている。
「・・・で?そんな状況を黙って見てる筈が無い奴は何処行った?」
「・・・そっちがもっと問題で。なんだか、セフィリオにだけはまともに効いちゃうんですよね。『魅了』」
一時的とはいえ血を介しての伴侶の契りを結んだためにか、セフィリオ限定で正しく『魅了』としての力が作動する。
オミが近づくどころか見かけるだけで触りたくて触れたくて仕方が無くなるというのに、触れたら最後、全身を脱力感が襲い、更に激しい欲求に成す術もなくなってしまうのだ。
「状況的には嬉しいけど、なんだか悔しいから嫌だって最近近寄って来ないんです」
平和なものですよ、と笑ってみせるオミは何処までも機嫌がいい。
確かに、四六時中くっついて回っているアレが側に居る時のオミは怒っているか呆れているかその状況に疲れているかのどれかでしかないが、今は朗らかな笑顔を浮かべて笑っている。
確かにうっとおしいのが居なくて清々しているようでもあるが、それ以上に機嫌がいいように思えるのは何故か。
「オミ、何か良いことでもあったか?」
道場から戻ろうとしている後ろ姿に声をかければ、オミにしては珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべて。
「追いかけるのって楽しいなって、少しそう思えたんです」
では、と丁寧に頭を下げて道場を後にした姿に、ビクトールが深い溜息を零した。
「オミもなかなか、良い性格してんだな」
「何がだ?」
目に見えない原因に対応する術はない。恐らく、この状況も後数日のうちに無くなってしまうだろうが、オミはこの間中目一杯セフィリオで遊ぶつもりらしい。
「きっといつもと逆の光景が見られるぞ」
「はあ?」
セフィリオを追い掛け回すオミなんて、そしてそんなオミから必死で逃げるセフィリオなんて想像すら出来ないが。
これから数日間、そういう光景が城の中でしばしば見受けられたとか。




「ただ、その『弊害』が無くなった後のことを考えてないのがオミらしいといえばオミらしいけどな」

全く持ってそのとおりで、『魅了効果』の無くなったその日から、仕返しのようなセフィリオとオミの追いかけっこが始まるのもまた、別のお話。










END




⊂謝⊃

あれ以上は無理。ていうか無理。無理。(3回)
微スランプ脱気味のギリギリ状況で何書いてんでしょうね俺。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいセフィリオきもくてごめんなさい。

書きたかったのはつまり『オミに(押し倒されて)血を吸われるセフィリオ』だったんですけれども。
時間置き過ぎたせいか、暴走しまくりましたね。でも後半の逆追いかけっこはそんな場面を想像したりして楽しかったです。(笑)
いくら吸血鬼ネタだからと言ってこれを去年のハロウィンだと言い張るのは勇気がないので止めておきます。
・・・今はもう初夏だぜ。(涙)

日記での連載後からもお待ち下さった方、本当に本当にお本当に待たせしました!!
併せて読んで下さってありがとうございます!ではでは、お粗末様でした!(謝)


斎藤千夏 2008/05/25 up!