*Pheromone*
「ん・・・」
窓から差し込む朝の陽は随分と高い。それでもぼんやりとした思考のまま、隣の暖かな体温に擦り寄った。
こういう朝は珍しくもなんともないので、オミの思考もあぁまた隣に居るんだなとそれだけだ。特に変に思うことはない。
けれど。
「あれ?」
見渡した景色がとても見慣れたもので、オミは自身の記憶の食い違いに声を上げる。
覚えている最後の景色はここではなかったような気がする。見慣れた景色は遠征に出た村でもなく森の中でもない。ノースウィンドゥの自分の部屋だと気付いたからだ。
疑問を声に出した所で、隣の温かな体温に視線を向けてみれば、なめらかな肌を惜しげもなく晒して眠るセフィリオが居た。
オミ以上に幾多の戦場を駆け抜けて来たはずのセフィリオだけれども、痛々しい傷を身体に残すほど弱くも無い武人の身体に傷は少ない。白く残るような跡を幾つか目で追って、ふと、こうやってセフィリオの肌を眺めるのも久しぶりだと気付く。朝のベッドの隣を占領する相手としては、これもまた当たり前の光景なのだけれども。
「・・・珍しい」
オミが目覚めた後でもぐっすりと眠り込んだままのセフィリオなんて本当に珍しい。
思わず、何の罠かと思ってしまうほどには。
「でも・・・本当によく寝てる」
実は狸寝入りでもしているのではないかと疑ってしまうのも仕方のない性格のセフィリオなのだが、隣に眠る彼は本当にぐっすり眠り込んでいる様子だった。気配に敏感なのか、普段ならばどれだけ深く眠っていてもオミが目覚めた気配につられて目を覚ますのに、今日に限ってはそれもない。
昨夜の、あのおかしな様子の反動だろうかとも考えてみるが、オミにしてみれば詳細など朧げで、理由など皆目見当もつかなかった。
「そういえば、僕いつの間に城に戻ってきたんだっけ・・・?・・・って、あれ?・・・うわ・・」
おかしな様子、で思い出してしまった昨夜の情事。何がなんだかわからないままに昨夜の記憶が蘇る。とはいえ、覚えているのはほんのわずかだ。
それでも、いろいろありえない出来事があったことは、違和感を感じつつも覚えているのだからあれは夢ではないのだろう。
その中でもはっきり覚えているのは、山間の村の屋敷と、丸一日は彷徨った森の中。
「ええと、それから・・・この部屋?」
森から城の自室まで移動した間がすっぽり抜けてしまっているが、起き上った身体がいつにも増して軽く感じるのは不思議であった。
思い返せば、いつの間にやら昨夜もコトに及んでいたし、確かにセフィリオに気を貰った翌日は身体に多少ダメージが残るものの、気力は十分に回復しているものなのだけれども。
「なんか、それとも違う、ような・・・あれ?」
やわらかな呼吸でやっと生きているとわかるほど熟睡しているセフィリオの首筋を汚すのは、乾いてこびりついた血。
怪我というわけでもないけれど、首筋に赤黒く残るのは小さな噛み跡か。
もう血も止まっているはずの傷口に気付いた途端、思わずこくりと喉が鳴って、一瞬舐めてみたい衝動に駆られた。
「な、何なんだ・・・?」
喉の奥で、確かに覚えているセフィリオの血の味。何でそんなものの味を覚えているのかと疑問に思う以上に、この衝動が信じられない。
「シエラさんじゃあるまいし・・・って、まさか」
「・・・ん」
ベッドの上で一人自問自答している気配に、熟睡していたセフィリオも流石に目を覚ました。
「おはようございます。で、セフィリオ、いろいろ聞きたいことが・・・・・セフィリオ?」
起きたら起きたで途端に意識を覚醒させるのが常であった癖に、今はまだ起き抜けのぼんやりした表情のままなので、もう一度名前を呼び掛けてみる。
「・・・オミ?」
「はい?」
そして緩やかに正面のオミに焦点を結んだ途端、今度は驚いたような表情を浮かべた。まるで目の前にいるのは本当のオミかと尋ねるような視線に、オミもつられて首を傾げる。
「どうしたんですか?珍しい。まだ寝ぼけてます?」
「・・・いや」
そうじゃないとゆるく首を振って否定するけれども、相変わらず視線はオミに釘付けだ。驚いた、というよりは、目が離せない、だろうか。
「・・・大丈夫ですか?気分でも?」
「いや、そうじゃない、大丈夫・・・だけどな。・・・オミ、本当にオミ?」
「どうしたんですか。僕以外の何に見えるって・・・」
ただじっと驚いたように向けられていた視線は、ゆっくりと色を変えて眩しそうに細められる。
「うん、確かにオミだ。オミだけど、でも、何だかいつもより・・・」
消えてしまう幻でないことを確かめるようにゆっくり伸ばされた手はそのままオミの頬を撫でる。やわらかな接触がくすぐったくて、それ以上に触れる温度に安堵したように、オミもゆっくりと表情を微笑みに変える。
「何が違うのかと聞かれたらわからないけど・・・。なんだか今日のオミ、いつもと違うよ」
「そうですか?僕自身は別にいつもと変わりはないですけど・・・」
起き上がり、セフィリオは何時ものようにオミを抱きしめようと引き寄せる腕に力を込めた瞬間、唐突に体から力が抜けた。
「・・・セフィリオ?」
いつもならば、その腕から逃げようともがくオミも、普段とは違うセフィリオの様子に戸惑いを隠せない。
思わず自分から近づいて、セフィリオの顔を覗き込む。
「どうかしました?」
「・・・っ、!」
途端、何が起きたのかわからなかった。
別に何をしたわけでもないけれど、間近で視線が絡んだ瞬間、セフィリオの頬が赤く染まったのだ。
こういう場面で照れるのは勿論オミである場合が多いというのに、セフィリオのその反応にはオミ自身つられて照れてしまう。
「あの・・・・。本当に大丈夫、ですか?」
「・・・いや。なんだこれ」
続いて襲うのは脱力感。ベッドに体を起こしていることすら苦痛で、そのままオミの肩に凭れるように項垂れた。
朝の清々しい光と空気が万弁なく行き届いたこの部屋は、同時に濃密な月夜のような錯覚を思わせるほどの甘い香りが充満しているようにも思える。
「・・・セフィリオ、なにかつけてます?甘い香りが・・・」
「それはオミの方だろう。この匂いは・・・」
もう一度、視線が絡む。
途端に強くなる香り。
見えない何かに突き動かされるように、ゆっくりと互いの唇が重なった。
力を抜いたセフィリオに覆い被さるように、身体を起こしたオミが自ら重ねに行くのは稀にも稀な出来事で、衝動で重ねたものの、触れた唇は妙に甘くて離れられない。いっそ理性さえ流されてしまえばいいものの、自分の中から湧き出てくる衝動に抗えずに葛藤する思考はいっそ冷静で、オミはぐったりとしたセフィリオを訝しげに覗き込んだ。
「何が、どうなって・・・」
重なったままの呟きに、セフィリオもゆっくり瞼を開くが、朝の日より眩しいオミの姿に眩んだように細く目を眇める。
「・・・もしかして、『弊害』ってこれか」
「え?セフィリオ、何か知って」
言いかけたところで室内に響いた音に、オミは慌ててベッドから飛び降りる。離れがたかった体温から、それでも無理やりにでも離れてしまえば、触れたいと感じる衝動は何とか治まってくれたようだ。
ベッド横の衝立に身を隠すように飛び降りて、慌てて衣服を身に着ける。
「おーい二人とも起きてるかー?」
普段ならば問答無用で開ける扉をわざわざノックしてくれたのは、中の様子が予想出来たからだろう。
こちらから返事をする前に開いてしまっては元も子もない気もするが、それでも一応配慮はしてくれているらしい。
「お前ら飯にさえ降りて来ないからナナミが起こしに行くって聞かなくてさぁ。引き止めるの大変だったんだぞー。お前ら俺に感謝しろよ?」
「あ、ありがとう・・・?おはよう、シーナ」
昨夜の理由を知らないナナミに配慮など出来るわけがない。
宿星の中でも何人かは知っているセフィリオとオミの関係だが、幾ら男臭くない義弟だとはいえ男に押し倒されている現場を見ようものなら卒倒するに違いない・・・とはいっても、元々セフィリオもオミへの好意を隠したりはしていないのだが、現場を見てしまう衝撃というものは確かに存在すると思う。
「わ、わかった!急いで行くから」
「オミ?身体は大丈夫なのか?何かさーシュウが心配だから見て来いっていうから来て見たんだけど、元気だよな?」
「え?うん。それはもう。なんだかいつもより調子が良い位で・・・」
素早く着替えたオミがそろりと仕切りの向こうから顔を出した。慌てて着替えたせいか、多少よれているものの、きっちり着込んだ胴衣に隙はない。
「オミ?お前・・・」
けれど、何か。
はっきりとは言い表せないけれど、朝日に混じって苦笑するオミを、シーナは眩しそうに見つめた。不思議な引力に惹かれたように目の離せないシーナを横から低い声音が牽制を持って響いた。
「そんなにじろじろ見るな。減る」
「あ?いや、別に見るというかなんだか目が行くというか・・・」
「・・・シーナ」
「わかったわかった見ない見ない!それよりお前こそ、せめて服くらい着たらどうなんだ?」
いまだ敷き詰めた枕を背に、眩しい裸体を惜しげもなく晒したまま悠々とシーツに身を沈めているセフィリオも、なんだかある意味目の毒だ。昨夜・・・いや、今の今までこの部屋で何が行われていたかなんて聞かなくてもわかるのだけれど、その事後を見てしまったような気がしてなんとなくいたたまれない。
外見こそ青年になりきる前の中途半端な少年で、それでも万人受けする容姿を持ったセフィリオの中身がアレなことは3年前から知ってはいるし、そんなセフィリオよりもっと子供らしいオミとの関係も判っているのだけれども。
けだるそうに身体を起こす仕草は、見た目のそれを裏切って本当に慣れた感が漂って、同年代であるはずの自分にはない男の色気に、まさかコレが足りないせいでモテないのか・・・などと考えれば、シーナはもう苦笑するしかない。
「いや・・・あぁ、僕もそうしたいんだけどね」
「は?」
「まぁこっちの話だ。オミ」
視線だけで呼ばれてベッドへと近づく。絡んだ視線に、またふわりと漂う甘い香気。
「はい?」
「・・・いや、いい。先にシーナと下へ降りていて良いよ。僕は用意してから追いかけるから」
「・・・珍しい。別に待っててもいいですよ?」
「ナナミを待たせてるんだろう?僕は後から行くよ」
どうにも煮え切らない態度を取るセフィリオの行動を不振とは思うけれども、確かにナナミはお腹を空かせて待っているだろう。なんだか遠い目をしているシーナと共に、オミは仕方なく部屋を後にした。
「あー・・・何だあいつ?具合でも悪いのか?」
「ううん、それは大丈夫だと思うけど・・・でも、確かにちょっと昨日から変だったんだ。でも原因が・・・」
てくてくと食堂に向かう足は軽い。階を下って擦れ違う兵士たちが、何故か少し驚いた顔で見つめてくる視線が気になりつつも、よれていた胴着を再び隙もなくきっちりと調える。
「ねぇシーナ、僕、なにか変?」
「へ?何で」
「だってさっきからなんだか視線が・・・・」
普段から、軍主であるオミは注目の的ではある。兵士も宿星も、顔を見かけたら声をかけたり笑いかけたりお辞儀してくれたり様々なのだけれども。
今日の視線は何かが違う。一瞬驚いて、そのまま視線を離さずに通り過ぎるのをじっと眺められるのは少し居心地が悪い。
「あぁ、なんかお前、今日いつもと雰囲気が違うからなぁ」
「え?」
「なんていうか・・・『かわいい』、いやそれはいつもだな『綺麗』なのも前からで・・・あぁそうだ。『色っぽい』?」
「はぁ?!」
「なんだかなー、何時もとちょっと違うんだよな、うん。オミは女の子じゃないけど、なんか触りたくなるもんな」
「・・・そういう意味で触ったらそれ相応の対応はさせて貰います」
「いやいや、俺だってまだ死にたくないしな!セフィリオには秘密だぞ!でもそうそう色っぽいんだ今日のオミ」
「・・・はぁ」
一人納得して頷いているシーナの横で、オミは朝のセフィリオの反応を思い出していた。
確かに、人の顔を見るなり驚いた様子であったりじっと見つめられたりしたのだけれども。
「あー!オミ、おは・・・」
「あぁ、アイリ。うん、おはよう。・・・どうかした?」
「わ、ぁあああ!!!」
声をかけようと手を上げたままの姿で固まっているアイリに近づけば、途端に顔を真っ赤に染めて走っていく。
「・・・な、何?」
「あらあら、アイリには今日のオミ様は色々刺激が強過ぎたみたいね」
くすくすと笑う声はアイリの姉、リィナのものだ。
「刺激・・・?」
「色気っていうのかしら。今日のオミ様は特別に綺麗。何か良いことありまして?」
「と、特別なかったような気もします・・けど」
アイリに声を掛けられるまで思い出しかけていたセフィリオの様子をまた続けて思い出して、微かに頬が赤くなる。
照れたセフィリオなんてめったに見るものではないけれど、ちょっと可愛いなんて思ってしまったのは秘密だ。
「・・・何を思い出してるんだか」
突然下から聞こえた声に、オミは慌てて回想を消した。手すりから下を覗けば、相変わらずつまらなさそうに立っているルックと目が合う。
「ルック!おはよう!」
「おい、オミ!?」
後ろから止めるシーナの声も気にせずに、オミはひらりと手すりを越えて下へと飛び降りる。
「・・・君、ねぇ・・・」
「大丈夫だよ。今日は特別、身体の調子がいいんだ」
そんなに高さはないとはいえ、オミ自身の身長の軽く2倍以上はあるだろう段差をひらりと軽い動作で飛び降りてしまった。
流石に驚いたルックだけれど、昨夜のオミの様子からは想像も出来ないほどの回復ぶりに、肩から少し力が抜ける。
「その無謀ぶり、どうにかした方がいいよ」
「無茶はしないよ。うん、判ってるありがとう。あの、それでちょっと聞きたいことがあるんだけど・・・」
飛び降りて走り寄って来たオミの動きは確かに身軽なものだ。
普段より元気なその様子に朝の光が相俟って、ルックは思わず目を細める。
ほんの少し前、ルックにとってどうしてか気が合わない男が同じ仕草をしたとは知りもしないだろうが。
「昨日、あの村から連れて帰って来てくれたのはルックだよね?いつ戻って来たのかよく覚えてなくて」
それはそうだ。この城へ戻ってきた時のオミは貧血で意識さえなく、昏睡一歩手前状態だったに違いないのだから。
ルックにとって、昨夜最後のオミの容態は気になって仕方ないものだった。けれど、自分に出来ることはないと考えた以上、様子を見に行くことも憚られたのに。
それなのに、昨夜の光景がまるで嘘のようにけろりとしたオミは薄い色の肌を、それでも健康そうに輝かせて笑っていた。
青ざめていた昨夜からは想像も出来ない元気な様子に、思わずその頬へと手が伸びる。
「ルック・・・?」
「・・・」
ルックの行動に首を傾げつつも、逃げる様子もないオミの頬に指先が触れる、そのほんの一瞬。
「触るな」
その声が響いた瞬間、ざわめいていたホールにぴんと張り詰めた空気が走った。
そんなに大きな声ではないのに、何故か響き渡ったセフィリオの声にルックの手も止まり、下へ降りる。
朝の気だるげな様子とはうって変わって、ぴりりと隙のないセフィリオの姿はいつものそれだ。
「セフィリオ」
安心したように呼ぶオミの声に、硬く凍り付いていた空気がいくらか和らいだ気がした。
「オミ、まだこんな所に居たの。ナナミは?」
「あぁ、そうだった!早く行かなきゃ!シーナ!」
階上で、セフィリオの横からさりげなく離れていたシーナに声をかければ、必死に両手を振られる。
「俺はもう食ったし!シュウにお前のこと伝えてくるから気にするな!」
「え、でも」
「おっとそうだぜナナミなら今日は食堂じゃなくてレオナさんの所だと思うぞ!早く行ってやれよ」
「う、うん・・・?」
階段の上と下での会話を終えた後、セフィリオの横からさりげなく離れたシーナは小さく溜息を零した。
「・・・命拾いしましたね」
「あぁほんっとマジで出来心でも触らなくて良かった・・・」
普段から危ない奴だとは知ってはいたが、オミ以外視界に入ってさえ居ないくせに、隣に立っただけで伝わる絶対零度の殺気はできれば遠慮したいところだ。
あれに平然と立ち向かえるルックも実は凄い奴なんじゃねーかなーなど考えながら、くすくす楽しそうに笑うリィナに苦笑で返してその場を離れる。
この場は逃げるが勝ちだ。同じように危機を感じたのか、ざわざわとしていたホールから慌てて身を翻す兵士や旅人のお陰で、しんと不思議な静寂が訪れた。
「オミ、行くんだろう?」
シーナとの会話を見計らってか、オミと同じように上からひらりと降りてきたセフィリオは、オミの隣にたたずむルックに一瞬警戒の視線を向ける。
「あ、うん」
オミと同じく、ひらりと階上から飛び降りたセフィリオの体調もそう悪くはなさそうだ。朝の様子から、どこかおかしいのかと不安になっていたのだけれども、何時も通りのセフィリオを見て内心オミは安堵の息をつく。
「あの、じゃあごめんねルック。また後で・・・」
ルックもルックで、セフィリオの静止の声を聞くまでの自分の行動に疑問を持ったように、じっとオミへ伸ばしかけた自身の手を見つめていた。
だからこそセフィリオの視線にも気付かなかったのだが、ほんの数歩近くまで歩いてきたその身体が微かによろけたことは何故か視界の端に映って見えた。
「・・・どうしたの」
先ほどまで一分の隙もなく歩いていた身体を、何故か辛そうに石版へと凭れさせている姿は、ルックから見ても初めての光景に近かった。
訝しげなルックの声に気付いたオミも、セフィリオの状態に慌てて走り寄る。
「セフィリオ?・・・え、どうしたんですか・・・?!」
よろけた身体を支えようと伸ばしたオミの手がその頬へ触れた途端、今度は膝から力が抜けて、思わずがくりと膝を付いてしまった。まったく情けないことだが、これはある意味仕方のないことなのかもしれない。
「セフィリオ!」
「大丈夫。オミ平気だから」
「でも・・・!」
完全に座り込んでしまった身体を辛そうに石版に凭れさせて、それでも苦笑気味に笑うセフィリオに辛さはない。
ただ、朝と同じようにほんのりと頬を赤に染めて、吐く息も少々荒く短く、触れた体温は何時もよりも熱かった。
「どうやら・・・これはオミ限定で効果があるみたいだね。・・・いや、僕限定、なのかな・・・?」
「・・・え?」
「血を繋いだ相手。喰う者に喰われる者が抗わないようにするための知恵、かな?」
オミの問いに答えているような、自問自答しているようなセフィリオの様子は、確かに普通じゃないけれど、オミが思うほどには大事もないらしい。
けれど、なんだか色気を増してしまったようなセフィリオの顔を見つめていると、自分までその熱につられてしまいそうで慌てて視線を背ける。
「・・・何そこで空気作ってるの」
「え、あ!ルック!ええと、その・・・」
「もう行きなよ。待ってるんじゃなかったの」
「あぁ!でも、こんなセフィリオをこのまま置いていくわけには・・・」
唯でさえ注目の的なセフィリオだけれど、今日は嫌にも増して色気が凄い。
ふわりと感じる甘い匂いのせいもあるのだけれど、色々と説明が付かなくてどうしたらいいのかさっぱりだ。
「ねえルック、昨日一体何があったの」
セフィリオに触れたいけれど、触れてしまえばなんだか抑えが効かなくなりそうな気がして触れられない。
困った視線で見上げれば、ルックは一瞬息を呑み・・・小さく溜息を付く。
「・・・これも確かに何時もと違う様子だけどね。君もそろそろ自覚しなよ」
「え?」
「これは部屋に戻しておいてあげるから。・・・それに、詳しいことが聞きたいなら、あの始祖にでも聞けばいいよ」
途端、ふわりと揺れた風はルックとセフィリオを包んでその場から掻き消えた。
ルックのことだ。嘘を言うことも、言ったことを違えることもないけれど、不安な気持ちは治まらない。
オミは立ち上がって、レオナの酒場へ急いで駆け込んだ。
***
「でねー、オミったら酷いのよ。私を置いて行っただけじゃなくて、今日も朝からお姉ちゃんほったらかし!セフィリオさんと仲が良いのは知ってるけど、でもわたしだってオミのたったひとりの家族でお姉ちゃんなのに〜・・・!」
「はいはいわかったよ。オミだって戦に姉を連れて行けるほどバカな男じゃないだろう。情報はガセだったとしてもね。・・・それにしても、ミルクで酔ってくだを巻いたのはナナミ、あんたが初めてだよ」
「んーもうレオナさんちゃんと聞いてるの!?」
「聞いてるよ。それにほら、待ち人がやっと来たみたいだよ」
ばたんと勢い良く飛び込んできたオミに、こんな朝っぱらから酒場に居る面々が驚いて視線を向ける。
そして、その数秒間空気が止まった気がした。
「・・・え?何?」
「な、なんだぁオミじゃない!知らない人が入ってきたのかと思ってびっくりしちゃった!」
とはいえ、この酒場は誰でも使える場所のはずだ。今の時間帯に酒は出回っていないとはいえ、軽食と飲み物を求めてここを訪れる客は少なくない。
それが兵士だろうが宿星だろうが、はたまた旅人であろうが、来る客を拒む理由もないのだ。
「ナナミまで・・・。あ、そうだ。僕ちょっとこれからやらなきゃいけないことがあるから。ごめんナナミ、その・・・」
傍から見れば、オミとナナミは男女の姉弟にしては仲が良い。どちらかといえば、姉が弟にべったり気味だが、弟も姉を大切に扱っているのがよくわかる。
二人と同じような年頃の男女は、それぞれに羨ましそうにオミやナナミを眺めているのだけれども。
「・・・ここも何だか視線が痛いね。何でかな?」
唯でさえ、眺めていればなごむ姉弟が、今はなんだかとてもきらきらして見えるのだ。
「何でって・・・オミ」
じっとオミへと集中する視線に苦笑して、ナナミはオミを他の客から隠すようにカウンターへと連れて行く。
何も判っていないらしい弟に小さく溜息を零して、ナナミは苦笑して手を振った。
「いいのよもう。お姉ちゃんのことは気にしなくて良いから。オミは、オミのやらなきゃいけないこと、頑張ってね」
「・・・うん、ありがとう」
にこりと綺麗に笑う弟は、確かに他の少年たちと一線を画す容姿をしていると思う。
この同盟軍にも美女や美青年は居るが、更には美少年も美少女さえも居るが、オミはまたそれとは違う魅力を持っているのだ。少年なのだけれども少女のようで。けれども少女にはないしなやかな色気が今日に限って倍増しのだだ漏れで、更にオミの性別を判らなくしているようにも思える。
「本当にもう・・・オミもそろそろ自覚しなきゃダメだと思うけど」
「え、何を?」
「・・・いいわ、もう。それがオミだもんね。・・・うん、何をしても良いけど、でも!せめてこれくらい食べて行きなさい!ねえレオナさん、他にも何かある?」
食べかけのパンを差し出されて、ようやくオミも軽く飢えていたことに気付いた。
何から何まで目まぐるしくて、気が付けば最後に食事を取ったのは何時だったか。それさえもうろ覚えだ。
それ以上に丸一日森をさ迷い歩いて食事を取っていないのはセフィリオも同じ。あの瞬間から今朝までずっと共に行動していたのであれば、彼だってお腹を空かせているだろう。
「・・・持って行ってあげないとな」
ナナミから受け取ったサンドイッチをもくもくとお腹へ収めつつ、差し出された暖かいミルクを飲んで、ほっと息をつく。
その間に零れ落ちたオミの呟きを聞き逃すレオナではなく、くすりとちいさく笑みを零してから頷いた。
「急いでその用事とやらを済ませておいで。その間に改めて二人分。用意しといてあげるからさ」
ランチ用のバスケットを掲げて見せられて、オミは照れたように苦笑する。持って行くと呟きはしたが、誰に、とは言っていないのだけれど、わかる人にはわかるらしい。
「レオナさん。ありがとう」
「オミー!今日のお夕飯こそは一緒じゃないとイヤよー!?」
「わかってるよ!ありがとう、ナナミ!」
にこやかに走り去って行くオミが何処へ行くのかナナミにもレオナにも判らないが、二人以外の酒場の客も走って行くオミの姿を消えるまで陶然と眺めていた。
***
「・・・シエラさん?」
オミが足を運んだのは薄暗い墓地だ。
何の用事も無くとも、オミは定期的にここへ訪れ、戦火に散った兵士たちを心から悼んできた。
その関係で、彼女がこの場を好んで滞在地にしているのは知っていたのだが、朝も日の高い今の時間に会えるとは思っていなかった。
「・・・何か用かえ?」
半分期待を込めて呼んでみただけの名前だけれど、それでもふわりと木の上から落ちてきた声にオミは驚いて上を見上げる。
「起きていて大丈夫なんですか?」
「呼んでおいてそれはなかろうよ。・・・この場は日も届かぬ場であるからな。問題ない」
同時に音も無くオミの隣へ降りてきた始祖・シエラは、外見こそ年端も行かぬ少女に見える。
人としての生を捨てて得られた年月か、元々このような容姿であったのかわからないが、色素の薄い彼女の肌は薄暗い場所でもはっきりと存在を浮かび上がらせて見えた。
「して?何か聞きたいことでもあるのかえ?」
「あ、はい・・・。あの、セフィリオの、ことで」
言いかけたオミの言葉は、ふと頬に触れたひやりと冷たい指先に凍る。
そのまま体温を確かめるように撫でられて、何故か紋章の宿る右手が、手袋の下で微かに疼いた。
「・・・そんに警戒せずとも何もせぬわ。・・・あぁ、だがやはり馴染むのは早いな。相性もあるだろうが、あやつの血はもうおんしの物になっておる」
右手の疼きは、シエラの何かに紋章が反発を起こしたせいだとは判るが、オミにはシエラの呟きの意味さえわからない。
「身体は軽いだろう?覚えておらぬのも無理はないが、おんしは昨夜、失血で意識を失っておったのよ」
「え、・・・ええ?失血、って僕、どこも怪我なんて・・・」
していないと告げる前に、頬に触れていた指先がそっと肩布を避け、細い首筋に触れる。
どくりと強く脈を打つのは、触れられたそこが人にとって急所だからなのか、オミは不可解な接触に首をかしげた。
「おんしは我が眷属に血を貪り吸われておったのよ。まぁ、あやつもおんしを殺す気まではなかったろうが、目の前のご馳走に加減がきかんかったと見える」
す、と側へ寄って来たシエラから、セフィリオとは違う、けれども抗いがたい甘い香りが微かに漂う。強い甘い花のような香りに酔ったように抵抗を忘れたオミの首筋にそっと顔を寄せて、シエラは笑みを零しながら続けた。
「あのままではおんしも少し危ないと思うての。あの英雄と、おんしの血を繋いだ。今のおんしらは喰う者と喰われる者。様子がおかしいのも、その関係上仕方の無い弊害のせいよの」
「・・・へ、いがい・・・?」
「力の弱い成り立ての吸血鬼は餌にありつくために自らの身体を囮に使う。・・・あやつがおんしに抵抗できぬように、おんしがわらわに、抵抗できぬ、ようにな」
今この地下には誰もいない。されるがままのオミの様子にも、シエラの行動を止める者は居なかった。
「まぁ、そのお陰で今おんしは普通に立っておるのよ。・・・多少の礼は貰っても構うまい?」
着替えた時もオミさえ気付かなかった首筋の小さな傷をぺろりと舐められて、自然と首がのけぞる。
警鐘のように右手に熱が篭るが、身体は一向に抵抗しようとはせず、また同時にオミ自身にも抵抗する気さえ起きない。
「・・・ぁ――・・・ッ」
ツプリと、肌に食い込んだそれが何かと理解する前に、同じ感覚をつい最近どこかで受けたことをオミはおぼろげながらに思い出す。あの時も意識は白濁としていたが、首筋につきたてられた牙に、身体の血をずるずると吸い上げられて指先から冷えて行ったのを覚えていた。痛みはない。どちらかといえば陶酔に近い感覚ではあるけれども、突然の失血に身体が驚いて抵抗できなかったのは今と同じだ。
「あ、っちょ・・・、シエラさ・・・!」
だが、シエラは別にオミを支配していたわけではない。"魅了"という力の効果を、己を持って試してくれはしたが。
抗議の声に、シエラはあっさりとオミを離した。
普段は真っ白な彼女の肌が、心なしか薄く暖かい色味を増している理由については、あまり考えたくも無い。
「・・・ふむ。やはりおんしの血は格別よの。・・・これからも降りて来た時には頂戴するかな」
「・・・勘弁してください」
立てないほどでもないけれど、少しくらりとくる程度には血を吸われてしまった身としては、降りて来る度こうなるのでは少々身体がきついだろう。降りなければ良いという訳でもなく、オミは軍主という立場からやはりこの墓場を参るのは避けられない公務に近いものがある。
「・・・ふむ。ほんにおんしとあやつは相性が良いようだの。まだ効力は切れておらぬ。また足りない分は貰うが良いよ」
楽しそうに微笑むシエラの笑みは、やはりどこか人間とは違うもので、少し見ほれてしまう。
「英雄殿の様子がおかしいかと思うのも、おんしが側に居るからとて。しかし、仮に繋いだだけの絆だ。あと2日もすれば効力も消えよう」
「と、いうことは。・・・この2日、僕が近づかなければセフィリオは平気ってこと、ですね?」
「そうなるが・・・。絆とは、そんに易しいものではないよ」
からからと陽気に笑うシエラには、これからの二人が見えているかのように語ってくれる。
自信満々なシエラが理解できず、首をかしげたオミがシエラを正しいと思うのは、そう後のことでもないのだけれども。
***
結局、レオナに用意して貰った朝昼兼用の食事は、セフィリオに手渡すだけになってしまった。
オミ自身に記憶がなかったとはいえ、率いていた軍をそのまま残して戻ってきてしまったのだ。 伝達の派遣や事後処理という軍主の仕事がなくなるわけじゃない。
「・・・ですが、とりあえず本日は、この分の作業を即刻終わらせていただければ、後はお好きになさって結構です」
「え、いいんですか?これだけで?」
「・・・本日は体調もよろしいようですが。貴方が覚えていなくとも、昨夜の貴方は酷かった。ここで無理をなされてまた倒れられては困ります」
「・・う、ハイ・・・」
オミが軍主となってから、シュウが軍師となってから、一度も崩れないこの敬語は妙に圧力を与えてくれる。
オミの威厳を守るためだとか、分別を弁えているのだといわれても、怒られる時の敬語ほど怖いものはない。
「・・・まったく、もう少しお体を大事に扱ってくれませんとね・・・」
苦笑気味に呟かれた言葉にちらりと視線をあげてみて、オミは少し驚く。いつも難しい顔をしているシュウに、微かではあるが笑みが浮かんでいたのは、どういう意味だろうかと。
ぼんやりと見返していたら、オミの視線に気付いたのか途端に何時もの表情になってしまったけれど。
「では、この分をお願いいたします。私は兵の回収と伝達を手配してまいりますので」
「あ、うん・・よろしく。お願いします」
手渡された書類は少ない。急ぎということだけで、時間がかかるものでもないだろう。
「・・・早く終わらせて、セフィリオの様子見に行かなきゃ」
セフィリオは確かにオミの部屋にいた。寝込んでいたわけではなさそうだが、やはり、何時もの飄々とした雰囲気が感じられないセフィリオに心配してしまう。
そして、あの香り。
シエラの言っていた『弊害』もまた、気になるところではあるが。
「・・・あ」
開け放った窓から、ふわりと薫る甘い香り。
「セフィリオ・・・」
名前を呟いただけで喉が無償に乾くのは、どういう意味を持つのか。
指先は無意識に、自らの唇へと触れていた。
***
片付けた書類にシュウから確認を貰って、夕食までは自室に戻ることにした。普段ならば道場や図書室を覗いたりするのだが、シュウにも釘を刺されていたしなにより、セフィリオの様子が気になるからだ。
あと、もう一つ付け加えれば、オミを見る人の視線に居た堪れなくなったからだということもあるだろう。
今はただ人目のない場所に居るのが正解だと、急ぎ足で自室へと戻ってみたのだが。
「セフィリオ・・・?」
ベッドの上や椅子、どこにもその姿はない。ただ棍や荷物は置いたままであるから、トランへ戻ったというわけではないようだ。
「どこに・・・あ・・・、」
窓を開け、身を乗り出したところで、心地良い風に吹かれて流れ込んできた甘い香りに視線を上げる。
確証はないけれど、これが『弊害』の力の一つで、二人をつなぐ絆なのだろうか。
オミは確信にも似た考えで、きっと居るであろうセフィリオを捜すため、ゆっくりと屋上へと足を向けた。
「・・・やっぱり、ここに居ましたか」
「来ると思った。・・・この香りは、オミからしてるんだ」
オミと同じように、セフィリオも何らかの香りが感じられるのだろう。例えるなら、強い甘い花の香り。
シエラが纏う、何者にも侵しがたい香り。
「僕だけじゃないですよ。セフィリオからも、甘い匂いがするんです」
見渡す空は高い。フェザーもこの陽気につられてか、森の方まで飛んでいってしまったらしい。
高い位置に吹く湖からの風は強く、ともすれば目に見えない香りなど消えてしまいそうなものなのに。
彼を、互いを目に映した途端、気持ちを落ち着かなくさせるこの香りは、むせ返るほど強くなる。
けれど、嫌なわけではない。寧ろ、もっと香りの元へと近づいて、胸いっぱいに吸い込みたくなるから厄介だ。
「あ、・・・の」
「どうした?」
といっても、シエラに言われたことを実行するのなら、セフィリオには近づかない方がいいのだろう。
再び体調を崩してしまわないか心配ではあるが、どうにも側に近づいて、触れたくて堪らない衝動がオミを襲う。
「・・・近づいても、いいですか?」
気遣うように控えめで、けれど葛藤と衝動に揺れるオミの瞳に、セフィリオは小さく苦笑した。
「気付いてたのか。勿論構わない。・・・おいで」
セフィリオは、別段体調が悪いわけではない。ただオミだけに対して抵抗する力を奪われるように従順になってしまうだけで。
近づけば、香りは強くなる。同時にセフィリオを包む倦怠感もいっそう強くなるが、普段より・・・情事時のような濃い色に染まったオミの瞳に、抵抗など頭にさえ浮かばない。
一歩間を空けて立ち、座り込んでいるセフィリオへ、膝を着いてそっと寄り添う。
頬へと手を伸ばせばそのまま、 確かめるように触れた手は熱い脈動を繰り返す首筋へと流れ、慌てて広い胸に顔を埋める。
「・・・・は、ぁ・・・」
「・・・どうしたの。積極的だね?・・・オミ?」
顔を上げるよう促すように髪を撫でる手も腰に回された腕も優しいものなのに、視線を交わしてはダメだと頭のどこかが警告する。
瞳が交われば、もう止まれない。そういえばと、シエラに再び血を吸われたのだなと思い出す。
熱く脈打つ首筋へ顔を埋めたい衝動と戦いながらも、顔を上げまいと押し付けた場所が悪かった。
「・・・っ」
「どうかした?」
「・・・心臓の、音がする」
聴きなれている鼓動より、少し早いか。触れる体温も、少し熱い気がする。
「悔しいけれど、嬉しいからね。・・・力が入らないのは不便だけれど、こういうふれあいも悪くはない。・・・もったいなさ過ぎて悔しいけれど・・・」
「そんなに、悔しいんですか」
「そりゃあそうだよ。折角オミが身を差し出してくれる機会だっていうのに、こうも力が入らないじゃ何もしてあげられない」
軽い冗談を言うようなセフィリオの声に、油断して視線を交わらせてしまう。
声だけを聴けば平静でしかないのに、やはり見上げた瞳は色に濡れて、艶めいていて・・・。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい。また、無理、させるかもしれないけど・・・」
「・・・オミにそんなことを言われる日がくるとは・・・・・・・・・でも、構わないよ、オミならね」
引き寄せられるように、顔を上げる。吸い寄せられるままに、互いを抱きしめ、唇を貪った。
本来の食欲と同じではないけれど、人として抗えない欲求は確かに存在するものなのだ。
今の状態のセフィリオの側に居てはいけないと、頭ではわかっていても、身体が離れることを拒否してしまう。
離れていても、 この絆は消えはしない。
この契約は数日立てば薄れてしまうものだけれど、結ばれた絆までは、消えることはないのだから。
***
元々、甘えるということが苦手な方であったオミであったけれども、この弊害のお陰ですっかり甘えることを覚えてしまった。勿論、人前など持っての他で、纏わり付くセフィリオをどちらかと言えばうっとおしく追い払っていたことが過去のようだ。
オミとしては無意識なのだろうが、隣に座るそれだけでも、いつも以上に距離が近い。
また、無駄に接触が増えた。
「あ、それナナミ。僕も貰うよ」
「え、うん・・・はいどうぞ」
「ありがとう」
なんて、約束通り、姉と一緒に夕食をとっているのだけれど、おかず一つ取るにも、セフィリオの前へ手を出して、肩や腕、更には脚へと手を滑らせてくる。
「・・・あのね、オミ。嬉しいんだけど・・・やっぱり悔しいし、不便だから・・・僕は後で」
「僕なら、いいんでしょう?・・・はい、食べます?」
「・・・・うん」
隣にオミが居るせいで、ましてやこの距離と接触のせいで、相変わらずセフィリオの身体の自由は奪われたままだ。
二人の正面に座るナナミとしても、突然何があったのか訳のわからない状況だが、セフィリオが怪我でもして、オミは心配で堪らないからお世話してるのね・・・などと勝手に納得している。
目の前では、嬉しいのか哀しいのか判らない、困ったようなセフィリオに、嬉しそうに食事を運んでいるオミが居て。
「・・・まぁ、オミが元気で幸せなら、私はかまわないんだけどね」
くすくすと笑うナナミにも、セフィリオは居た堪れない。ここは混雑する夕食時の食堂だ。ナナミのように、都合よく解釈してくれる人だけではないのだから。
結果として。
効果が切れてしまうまで逃げ回るセフィリオと、甘える癖の付いてしまったオミの追いかけっこがはじまるのだが、それはやはり別の話にしておこう。
END
⊂謝⊃
元を書いたのは丸一年は前なんだぜ。(笑)ようやく、忘れてた気分だけハロウィンのそのまた続きを上げることが出来ました。
あーうーん、忘れてるなぁ書き方。(笑)みんな別人だ。(笑)
特にオミ。どうしちゃったんでしょう。半吸血鬼化してるから、セックスアピールも大胆になったんだと解釈してくれると嬉しいです。
あ、と、裏じゃなくてごめんなさいでした。(笑)
斎藤千夏 2009/11/01 up!