A*H

2011年(今更)正月SS

*形跡*




建国して最初の年明けはただひたすら仕事に追われていた。
それも数年すれば、都市同盟の代表者や近隣の有権者達を集めた遊宴に盛り上がる。
『お疲れ様』と『これからも宜しく』など言葉を交し合っていても、その裏に見え隠れする人の欲は留まることを知らないらしい。
それでも、大げさに事を荒立てる者は一人としていなかった。
まだ各地に残る戦争の傷跡は癒えてはおらず、誰も再びこの地が血に染まることを望んでいなかったから。
けれどそれも、時間の問題か。
今はまだ覚えているから誰も手を出さないだけで、この肥沃で広大な土地を誰も彼も狙っているのは分かっていた。
だが、それでも平和は続いている。
戦争が終わってまだ数年。・・・・まだ、数年しか経っていないのだから。

「ふぅ・・・、今年はこれでお終い、かな」
「お疲れ様でした陛下。こんな年の瀬にまで仕事をお願いしてしまって申し訳ありません」
「いいよ、もう・・・僕は出来るだけ人前に出ない方がいいだろうし」
オミの・・・王の代行として、酒宴の席にはシュウが出向いてくれている。
いつからだっただろうか。この土地を・・・国の地位を狙っていた幾つもの目が、いつしか『一国の権力』というものから『オミの姿』へと視線を移したのは。

【少年から青年へ変化とも言えるべきほどの著しい成長を遂げるはずの少年王は、この世に二十七つしか存在しない真の紋章を継承し、その若さを永遠に手に入れたのだ】

実しやかに囁かれている噂だが、確かに嘘ではない。
所詮は噂ではあるが、それは確かにそのままの意味だ。真実である。
立場上、オミも一部の臣下たちも真の紋章が及ぼす身体への影響を知ってはいたのだが、オミ自身が時を止めた身体を体感するのは初めてだ。
また、市民や旅人などのように、これまで真の紋章を見たこともない者たちからすれば、いつまでも年を取らないオミの姿は奇異の存在として目に映る。
それを『羨ましい』と取るか『恐ろしい』と取るかは、人それぞれ違うようだが。
「・・・陛下」
「別に、気にしてないから平気。・・・この力が少しでも皆の役に立っているなら嬉しいよ」
しかしながら、制御し切れていない『始まりの紋章』の力を求めて、零れ落ちる癒しの魔力を求めて、この城を訪れる人々は少なくない。
それが、王がこの城に存在する何よりの証。
しかし、その姿を人目に晒すことは極端に少なくなった。
死なない人間は居ない。それは真の紋章の器と認められた人間でも、同じこと。
所詮は人間だ。それ以上の生き物にはなれはしない。
けれど、老いない人間は居る。ここに存在してしまう。
そしてそれをあからさまに見せ付けることは、きっとこの国のためには・・・人々のためにはならない。
「この国を、土地を護るために僕が出来ることなら、何だってするつもりだ。でも、ここに座っているのがずっと『僕』である必要はないよね」
「それは、王位をお譲りになられるということですか?」
「・・・まだ、先の話だよ。今はまだ国が落ち着かないから、そこまでは考えられないかな」
気落ちした様子のクラウスに否定で返して、オミは出来る限りの笑顔で笑う。
「まだ暫くはこのまま。・・・それでも僕の顔を晒すことはこれ以上控えた方がいいと思う」
「それは・・・!えぇ、わかりました。陛下がそうお望みでしたら、そのようにいたしましょう」
何か言いかけた様子であったがクラウスは言葉を切り、オミから書類の束を受け取った。
「お疲れ様。クラウスこそこんな日に仕事させてごめんね。ゆっくり休んで」
「はい、陛下も」
火の灯された城下からは未だ賑やかな声が漏れ聞こえて来るが、必要最低限の兵士しか残らない城は、城下の賑やかさとは相変わってしんと静まり返っている。
クラウスが出て行った扉の向こうにも兵士が並んで護衛をしてくれているはずだが、オミとしては彼らにも休んで欲しかったのが本音だ。
「折角の年明けなんだから・・・家族の元へ帰るように言ったんだけどな・・・」
それはオミの代行で各所に出向いて回っているシュウに向けられた言葉でもあるが、聞かせるべき相手は今ここには居ない。
それでもオミの切なる願いが届いたのか、兵士達のほとんどはこの期間に帰省するものが増えた。城ががらんと静かなのもそのせいだろう。
国自体は落ち着かないが、戦況は穏やかなものであるし、さほど危険もない。
少しずつでも平和になっているのだと、こんな時だからこそ心から実感する。
「・・・さて、もう少し」
クラウスには最後だと言って手渡した書類も勿論だが、時間は少しも足りていない。
戦後もこの城に残り、側近として働いてくれている彼らへはしっかり休養を取ると約束してはいたのだが、今は少しの時間も惜しい。
薄暗い部屋で書類に目を通しつつ、この国の行く末を思い描いてみる。
周りに居並ぶ大国とは違い、土地は豊かでも開けていて、外敵の進入は容易い。
手狭だからこそ隣国であったハイランドとの戦争を起こしてしまったというのに、広大だからこそ護りが行き届かない。
この城はほぼ中央に位置する。だからこそ、何か起きてから行動しても後手になってしまうので、各地に国境警備隊を置かねばならない。
「戦争は終わった。平和になったって言うのに・・・まだ兵士が必要だなんて・・・」
しかし、この募兵というもの立派な労働で、その賃金で人々の生活は潤い、また国は栄えていく。
オミだとて初めは食いつなぐための賃金欲しさに少年兵となった過去があるのだから、その必要性は誰よりも知っていた。
仕事はそれが全てとは言わないが、国のために王として出来る限りのことをオミはこの場に座っている間にやろうと考えていた。
「平和ってなんだろうね・・・ジョウイ」
力ではなく絆で、はたして何年この国は持つのだろうか。
ジョウイが真っ先に否定した人と人との絆。それはやはり、ジョウイの言うようにもろいものなのか。
肩を並べて戦い合った仲間達は今でも繋がっていると思う。
遠く離れていても、一度結ばれた宿星の下に集いし星の絆は消えはしない、けれど。
その子供、その孫・・・子孫が続いていくにつれ、絆は過去のものとなって薄れてしまうのだ。
結束を緩めないためにも会合や集会などは頻繁に行っているが、それも全員が集まることも少なくなってきた。
「このままなら北・・・西方面から崩れていく、かな」
国交のある南はまだ大丈夫だとしても、ただでさえ周りを囲むのは大国ばかりである。
これからの国である元都市同盟・アルジスタ国に、どれだけの価値があるか。
このまま国と国として対等に渡り合うためには。国を乗っ取るのではなく存続させた方がいいと思わせるには何が必要か。
様々な思考を拡げて、オミは手元の紙面を覗き込む。
「・・・あ、っと。もうこんな時間か」
すっかり手元が暗くなってしまっていて、書類の文字が追えなくなっていたことにも気付かなかった。
机の上のランプに手を伸ばして火をつける。
「・・・・っ」
ふっと、明るさの増した机の向こうに、誰かの人影を見た気がして、オミは慌てて顔を上げた。
そんなはずはない。
分かっていた。けれど、この部屋は。この部屋で、何度も。
今のように、書類に夢中になっているオミを気遣って、灯かりを灯してくれた人が居た。
「・・・寒い、な」
冷えた肩を抱いてくれた人が居た。
絶えず差し伸べてくれていた手の平を、拒絶したのはオミだというのに。
そのまま少しの間ぼんやりと炎を眺めていたのだが、どうにも集中力が切れてしまったようだ。
外を眺めれば、空はもう随分と暗い。今年が終わるまであともう少しもないだろう。
オミは数枚の書類を持って、自室に引き上げることにした。

***

 

 

執務室も厳重な場所に作られていたが、オミの自室・・・王の主寝室は更に厳重に作られている。
渋る兵士達を説き伏せ、今夜だけは構わないからと護衛をも下がらせて、オミは一人きりの部屋で再びランプに手を伸ばした。
書類仕事をする気は起きない。そのつもりで持っては来たのだがどうにも気が乗らない。
先ほどから、どうでもいいことばかりをつらつらと考えては書き連ねる作業を繰り返していた。
どうでもいいものだ。書類でもなんでもないが、しかし気に入るものが書けなくて、机の周りには数枚の紙が散らばっていた。

「・・・・・・たい・・・」

ポツリと零した言葉は、誰にも聞き取られることもなく、静かに空気へ解けて消える。
握っていた羽根ペンを手放し、オミは立ち上がって背後のテラスへと身を躍らせた。
暖められた部屋から出れば、肌を刺す風がまるで針のようだと感じるほど外はひんやりと冷えている。
過ごしやすい気候の土地ではあるが、やはり寒い日は寒い。多少物悲しく感じないわけでもなかったが、眼下に広がる光景にオミの瞳が自然と笑みの形を取っていた。
「・・・綺麗」
見下ろした城下町はとても賑やかで、光と笑い声に溢れている。
誰も彼もが行く年を思い見送って、来る年を嬉しそうに迎える。
行く年を見送り、新年を迎える祭は宴も酣なのだろう。
城下町で暮らす彼等が笑って過ごすために、オミを必要とする理由があるのなら、オミはここに残らなければならないと思っていた。
権力が欲しいわけではない。
金銭が欲しいわけでも、贅沢がしたいわけでもない。
ただ、この土地を護るために。ジョウイが残したこの台地を再び血で染めないために。
その身を捧げると約束したのだ。
己の心に。
「・・・・僕は」
本当の・・・・本心からのオミの願いは、きっとたった一人にしかわからない。
そして、分かっていながらその手を取らず、その背中を見送った。
わかっていた。
あのひとは一箇所に留まることの出来ない人だと。
共にこの場に残ってくれと、何度言い出そうか。
共にこの場を去ろうと、何度その手をとりたかったか。
「・・・まだ、この国は若過ぎる。もっと、守りを固めて、柱が無くても、崩れない国を・・・」
いずれ、この国に王は必要なくなるだろう。
いや、王が居ても構わない。けれどそれは生きた人間でなくてもいい。
例えるならこの城が『王』として、ここにあれば。
国を作るのは王ではない。そこに暮らす人々であるのだから。
「・・・っ寒・・・い」
湖から吹き付ける風が、薄着の肌を冷やした。
もう成長することのない身体は華奢なままで、それこそ以前より細くなってしまった腕にそっと手を滑らせたところで、ふっと意識が明滅した。
「・・・っ、あ、れ・・・?」
もう最近殆ど襲われることの無かった唐突な眠気。
兵士も側近も、この城にはもう誰もいない。
この季節の夜に外で眠ってしまうことがどれだけ危険か分かっていても、転がるように落ちていく暗転する意識を支えることなど、オミにはもう出来なかった。

 


真っ暗から真っ白に染まる一瞬。

―――― いつまでも待つよ ――――

そんな声が聞こえた気がした。

***

 

 


「っと、・・・相変わらず危ないなあ」
危機感がないというか、暢気というか。
軍主として立つオミは誰よりも強く強靭であったのに、何の肩書きも持たない少年の『オミ』は、セフィリオの目からみればどうしても危なっかしい一面が見え隠れする。
冷たい雪の上に倒れる所だった身体を抱き止め、腕の中へ迎え入れた。
抱えた身体に、触れた肌に、その存在に、全身が歓喜でざわめいているのが分かる。
数年ぶりの逢瀬だ。
けれど、直接顔を合わせる気は微塵もなかった。
セフィリオを知る殆どの者たちが城に残っていないこの時期は、こっそりとオミの様子を眺めに来るのが一年に一度の楽しみとなっていたのだ。
いつか、オミの誕生日を夏のとある日に決めた時、昔から伝わる恋物語の話をした。
今のセフィリオとオミの関係は、まるであの時の物語ようだと内心でくすりと笑う。
「会いに来たよオミ。・・・逢いたかった。ずっと」
腕の中のオミは暖かい。寒さに肌は冷えているが、抱き締めればそのぬくもりはじんわりと肌へ伝わってくる。
その顔は苦しんでいる気配はなく、ただ穏やかな眠りの中にある。
何度も、この瞼が開いて綺麗な榛色の瞳が向けられるのを想像した。
揺り動かして、・・・その唇を割り開いて、起こしてしまおうとも思った。
けれど・・・・オミが満足するまでは待つと決めたのだから。
「このままじゃ風邪を引くか。全く・・・人目が無くなった途端気を抜く癖は変わらないな」
軽さを増したような身体を抱え上げて、部屋へと戻る。
唐突に眠ってしまう症状は、オミが始まりの紋章を継承した後から現れたものだ。
セフィリオの宿すソウルイーターが他人の命を吸って宿主に力を与える紋章なら、オミのそれは自身の魔力を癒しの力として他人に与える紋章なのだろうか。
なんにせよ全ての紋章の始まりである『始まりの紋章』の記述など、この世界にも殆ど残っていない。
今はこの程度で済んでいるが、今後オミに何が起きるかも分からないのだ。
「・・・やっぱり調べてみる必要はあるか」
テラスに開かれたままの扉を閉め、緩く布を引く。
その一瞬、城下からわぁ・・・!と歓声が上がった。
「明けたかな。・・・おめでとう、オミ。今年も無事に始められそうだよ」
そして、そろそろ数えることを忘れ始めた歳も一つ増えた。
ぐっすり眠り込むオミの身体をベッドの中へ横たわらせ、毛布で包んでからそっと枕元に腰を下ろす。
「こんなに近くで一年を始められるのもいいものだね。癖になりそうだ」
オミは知らないけれど、この日だけはいつも側に居た。
遠くから見つめるだけの年も、オミが就寝した後に窓からそっと寝顔を眺めた年もあった。
今年のように、触れることが出来たのは一体何年ぶりになるだろうか。
少し疲れが浮いているようだが、顔色は悪くない。
抱きかかえた身体が更に軽くなった気がしないでもないが、子供らしい頬の丸みは少し取れてきたか。
益々美人になっていく想い人に嬉しくもあり、複雑でもあり。
一年でまた伸びた髪をそっと撫で、ベッドに散らす。
「今年は少しだけ・・・贅沢させて」
オミが起きる前までに。
この部屋に誰かいたかと気配を読まれる前に退散しなければならない。
離れたくないけれど。
右手同士を重ねて、オミの上にそっと覆いかぶさる。
音も無く離れて、その反動のままにオミのベッドから立ち上がった。
「大丈夫。これで、・・・ん?」
まだ待っていられると部屋を後にしようとしたその時、机の側に散らばった紙の束に目が留まった。
王が扱う書状ならば見てはならないものも多くあるだろうから、机には近寄らないつもりでいたのだが、オミらしくもなく紙の散乱した机の上から、セフィリオの指が一枚の紙面を拾い上げる。
「・・・・オミ」
机の上に、周りに散らばっていたのは書きかけの手紙。
日常のこと、国のこと。何度も書き直してはやり直し、それでも気に入らずに書き直しを繰り返した後が散乱していた。
どこに居るともしれないセフィリオに向けて書かれたものなのだろう。
今まで受け取った覚えもなければ、セフィリオから便りを出したこともないものだが、今までもオミはこんな風に届けられない手紙を書いていたのかと思うと、再び離れなければいけない痛みに冷えていた心が少し温かくなる。

何枚も何枚も重なる紙の中で、その紙面だけは殆ど真っ白のまま。

手紙というよりは落書きか、走り書きのようなものだったが。
「・・・・この手紙は受け取らせて貰おうかな」
折りたたんで懐に・・・しまう前に、セフィリオの手がオミの使っていた羽根ペンを手に取る。
サラサラと何かを書きこんだ紙にまた少し悩んで・・・そのままその場へ置いておくことにした。
「手紙は受け取るものだけど、返すものでもあるよね」
気付いてしまうかもしれない。しかし、その時はその時だ。オミが目覚める頃、セフィリオはもうこの城から遠く離れた場所にいるだろう。
入ってきたテラスへと戻る前に、静かに眠るオミを振り返る。
寝息すら聞こえない深く静かな眠りを妨げるものは何もない。何もいらない。
今のオミには必要のないものだ。・・・セフィリオの存在すら、本来ここにあってはならないもの。
そして、その中に、はっきりと形として残された必要ないものの『形跡』。
音も無く締められたテラスから、一瞬で人の気配は消えてなくなる。
しかし、セフィリオが部屋を出たその瞬間に入り込んだ冷気が、机の上に散らばる紙をまた数枚床へと散らした。
柔らかい絨毯に舞い落ちた白い紙。

――― セフィリオ 逢いたい ―――

 

その中央に、走り書きのように書きなぐられた文字が黒くにじんでいた。
繕わず、ただ本当の気持ちを込めた、心からの手紙。
その手紙には、そっと書き足された言葉が消えない『形跡』となって残る。

 

――― 俺もだよ オミ ―――

 

 

 

翌朝。
目覚めたオミは、散乱した手紙や書類の現状を慌てて片付け、そのうちのたった一枚の手紙に書き添えられた返事に気付くことはなかったのだ。








+END+









⊂謝⊃

どうも、幻水坊主セフィオミ新作〜でーす!
正月からもう随分たちましたが、1月中なら正月ネタOKってことで広い心で見てやってくださいマセ。
離れ離れになってた十年間の間、セフィリオは絶対我慢出来なかったと思うんだよね。
なので、オミに知られないまま毎年この日はアルジスタ城に潜入していたんじゃねーだろーか。
・・・と、妄想しました!
『誕生日だし良いよね』なんて誕生日おめでとうプレゼントをあげてたんだと思います。自分に。(笑)
オミからすれば勝手な話ですが、こういう逢引も萌えるなあとSSSってみました。
少しでもオタノシミいただけましたら幸いですv


2011/01/16 斎藤千夏