*...其ノ力、対極也*
2
「・・・ん・・」
眩しい光が、薄い瞼を通して瞳に差し込む。
重く重く感じられた体は、驚くほど、軽い。
「・・起きた?」
「・・・セフィ・・・?・・・・・・っ?!!!」
「オミ、顔真っ赤」
「あ、わ、じゃなくて!何で・・?!」
逃げようとする体を捕まえて、もう一度腕の中に引き込む。
「何が?」
「どうして、ここにあなたが・・・?」
怪訝そうな顔で言うオミには、どうやら昨夜のことは記憶にないらしい。
「ここまで運んだのは良いけど、離してくれなかったからv」
そうにこやかに返すセフィリオの声に、嬉しく思いながらも、胸が締め付けられる。
この笑顔が、自分以外の誰かに向けられると思ってしまったら。
「オミ・・・?」
「・・・・・何でも、ないです」
今顔を見られたくないと、オミは慌ててセフィリオの腕から抜け出そうともがいた。
こんな醜い自分に気付かれたくないと、必死で。
だけれど。
「・・・、んっ・・!」
簡単に顎を捕らえられて、息も出来ないほどのキス。
「待っ・・、ん・・ぅ・・!」
おはようのキスにしては深過ぎるそれに、オミの抵抗も意味を成さないものになる。
胸を押しやっていた手の平が、逆にセフィリオの服を握り締める頃、やっと唇は離れていった。
「何を悩んでるのか僕にはわからないけど、そんな顔して『何もない』わけないよね?」
息を吸うことに必死なオミは何も言葉を返せなかったが、セフィリオの指が目尻を拭う。
「朝から、僕の顔見て泣くなんて・・・そんなに会えたのが嬉しかった?」
「泣・・てなんか・・っ・・!」
「・・・そういう強がりな所も可愛いんだけど。・・・・たまには素直に甘えて欲しいな」
まだベッドに転がったままの体を、引き寄せられて抱きしめられる。
告白したつもりはないが、本心は伝えた。
親友だったジョウイより、セフィリオを、追いかけてしまう・・・と。
気持ちより先に体で繋がってしまった関係だったけれど、オミはそれを正直にセフィリオに伝えた。
体だけじゃなく、心も求めているということ。
でもそれが。
「・・・不安で」
「不安?・・・僕の気持ち疑うなら、いらない心配だけど?」
「・・・・・・でも、カスミさん、好きなんでしょう?」
「・・・は?」
「カスミさん、あんなに嬉しそうに笑ってたから・・・」
ゆっくりと体を起こして、オミは悲しそうに笑う。
「あなたのことが好きなんだって、そうでしょう?」
「何を・・・僕にはそんなの」
「関係あります。カスミさん、強くて綺麗で、女の人で。何より、貴方を好きなんですよ」
「だから何?オミは、僕にカスミと付き合って欲しい訳?」
逃げてしまいそうな体を捕まえようと腕を伸ばすが、それより先にひらりとかわされてしまった。
ベッドから逃げるように窓際に辿り着いたオミの顔は、朝日に逆光になってはっきりしない。
けれど、はっきりし過ぎる声で、残酷な心を吐き出した。
「僕は、貴方のことが好きなのか、自分でもわからない」
「・・・・・」
「貴方に対する自分の気持ちがわからない。こんな中途半端な奴なんですよ僕は」
「オミ」
「貴方に『嫌い』としか言えない僕より、あんなに貴方を思い続けてるカスミさんの方が・・・っ」
「オミ!」
滅多に上げない厳しい声に、オミの体はびくついて跳ねる。
いつもは無表情で静かに怒るセフィリオが、珍しく痛い表情をたたえてオミを見つめていた。
それは、責められるより、オミの心の傷を深める。
「嫉妬するのは構わない。むしろ嬉しいけどね・・・」
ベッドから身を起こしたセフィリオは、ゆっくりとした足取りで窓際に近づくと、体を硬直させていたオミを包み込んだ。
「・・・お願いだから、そんなこと冗談でも言わないで」
ぎゅ・・・と力の込められた腕に、オミはただ呆然とされるがままだ。
「僕が好きなのは、オミだけなのに」
最近、やっと名前で呼んでくれるようになった。
人前では、『マクドールさん』
無意識にだろうか、ぽろりと零すような『セフィリオ』
けれど、先ほどからオミは、昔の他人行儀な『貴方』ばかりだ。
目の前に見えない一線を引かれた気分で、痛かった。
「・・・・お願いだから」
もう、『貴方』とは、呼ばないで。
-----***-----
その後から、お互いが何も言わなかった。
無言で身支度をし、無言で朝食を迎え、視線を合わせることもしないままにオミは執務室へと閉じこもってしまう。
どんな時でもオミは城主で、都市同盟軍のリーダーなのだ。
こなさなければならない仕事は、いくら時間があっても足りないだろう。
机にしがみ付かなければならない反面、休む時間を惜しんで鍛錬を積んでいる事は周知の事実だ。
今日は偶然にも、休憩をもらったオミが修行の為の場所として選んだのは、セフィリオが何気なく気に入っていた場所。
「・・・」
気配に振り向いて驚いたのは、セフィリオ。
驚いている彼を見て、また驚いたのは、オミ。
「・・・なんで・・、いるんですか」
驚いたオミの顔は、そのまま歪んで崩れていく。
「・・・せっかく顔、合わせないようにしてたのに、何で・・・!」
「何でって・・・オミ、もう僕のこと、嫌い?」
「だから、僕は『嫌い』としか言えなくて、だから・・・っ!」
「会いたくなくて泣く位、嫌い?」
オミの視界が酷く歪む。
首を振りたくて仕方がないのに、体は動いてくれない。
そんなオミの涙を唇で拭って、軽くキスを送って、すぐに離れる体。
「否定してくれないなら・・・もうここには来ないよ」
「・・・っセフィリオ・・違・・っ!」
くるりと背を向けて歩き出したセフィリオの腕に、慌ててしがみ付いた。
「・・・・・」
「あ・・・違う、そうじゃなくて・・・僕、は・・・」
そのまま、オミはセフィリオの腕を掴んだままにずるずると地面へ座り込んでしまう。
足に力が入らない。
全身の力が、抜け落ちていく感覚。
離すまいと力を込めているのであろう手は、力の入れ過ぎか真っ白で震えていた。
「・・・オミ・・?」
先ほどまで聞こえていた虫の鳴き声はぴたりとやみ、あるものは地面に落ちて死んでいた。
沢山飛んでいた鳥も、今はその囀りはおろか羽ばたきさえ聞こえない。
泣き崩れるにしてはオミの様子がおかしいと、セフィリオは慌てて支えるように右手を差し出した。
「っ?!」
右手が燃えるように熱くなる。
足元の草や、青々とした木々は、見るも無残に枯れ始めていた。
「・・・何、が・・・?!やめろ!」
黒い光が、オミを飲み込もうと触手を伸ばしている。
「・・・ソウル、イーター・・・?」
オミの手が、セフィリオの服から、ことんと外れて落ちた。
もう随分と昔に、この紋章を制御する事が出来るようになったのではなかったのか。
『生と死を司る紋章』・・・・・―――通称・ソウルイーター。
『魂喰い』とまで言われる闇の化身のような紋章は、何故今頃になってオミに牙を向く?
微かな声が、すぐ傍で聞こえた。
―ソウルイーターは所有者の近親者、つまり『もっとも大切な人』を好んで喰らうんだ・・・―
弱々しくて聞き取りにくい筈だった友の声は、今でもはっきりと耳元に蘇る。
旅をしてきた3年間。本当に、『守りたい人』などいただろうか。
どんな手を尽くしても手に入れたい、傍に居たいと思った人など・・・。
「オミ・・・しかいないじゃないか・・っ!」
自分でさえも気付いていなかったその本当の気持ち。
紋章が先に気付いて、それを"今更"奪おうと言うのか。
いや、渡せない。誰が、奪わせるものか。
「止まれ!何故発動を止めない?!ソウルイーター・・・!!」
左手で溢れる光を抑えても、オミに触れる手を離しても、紋章は一向に静まる気配を見せなかった。
オミはもうピクリとも動かない。
呼吸さえしているのか、ましてや脈はまだあるのかなど、それさえも分からないほどに動かない。
触れて確かめたかった。
暖かいはずの体を抱きしめて、この不安を拭いたかった。
けれど、近づけば傷付ける。いや、殺してしまう。
今の状態で、オミに触るなんでもっての外だ。
触れた瞬間に、ソウルイーターは嬉々としてオミの魂を喰うだろう。
「オミ・・・!」
それでも、近くにいたかった。
嫌われていても、その体に触れていたい。
そう強く願えば願うほど、紋章はオミを欲すると分かっていながら。
パァ・・・ッ!
黒い光が掻き消される程の光源が、一瞬で視界を埋め尽くした。
少し淡い緑を湛えるその光は、紛れも無く、オミの紋章のもの。
所有者を守ろうというのか、オミの周りを一層強い光が包み込む。
その光は次第に大きくなり、やがては、黒い光をセフィリオごと飲み込んでしまった。
その光は、奇跡を起こす、英雄の力。
足を縮めて死んでいた虫は何事も無かったかのように起き上がり、飛んで行く。
枯れた木や草は、枯れていたことが嘘のように生気を取り戻し、涼やかな風に揺れていた。
光が収まった今でもまだ眠るように目を閉じているオミの横には、その様子を覗き込むように小鳥たちが囀っていて。
全てが、蘇った。
生気を吸われて朽ち果てた幾つもの命は、その瞬間に蘇生されたのだ。
「これも、『盾の紋章』の力なのか・・・?」
あれほど収まらなかったソウルイーターの力はあっさりと消滅していた。
今右手に残るのは、紋章に抵抗した微かな痺れのみ。
「・・・・こんなにも、違う力だったなんて」
同じ英雄と言えど、同じ星の元に生まれたと言えど、オミは光でセフィリオは闇だ。
その力は与える力と、奪う力。
それは、決して、互いが相容れないものだということと同じ。
-----***-----
「・・・−いオミー?・・あ、セフィリオさん!オミ、知りませんか?」
ずっと探していたのか、ナナミが息せき切って走り寄って来た。
「オミなら・・・」
セフィリオのすぐ足元に、倒れ込んでいるオミ。
「あーあ、オミったら!こんなに天気がいいからってお昼寝してるなんてー!」
本当は気を失っているのだが、原因が何にあるか気付いているからこそ、訂正は出来なかった。
「・・・急ぎの用事?」
「あ、はい!入り口で、私たちくらいの男の子が騒いでて、オミを出せってうるさいんです」
「僕が連れて行くよ。・・・ちょっと遅くなるかもしれないけど」
「え、でも・・・」
「すぐ行きますと、シュウ軍師に伝えてくれるかな」
「は、はい!」
ナナミは気付かなかったのだろうか。
明らかに矛盾した、セフィリオの言葉に。
「・・・・・オミ」
気を失ったままのオミの傍に膝を付いて手を伸ばす。
けれど、躊躇ってしまう。
オミという光に、闇の自分が触れることに。
そして、恐れていた。
触れた肌に、冷たい死神が纏わり付いていないかと。
「おいらは灯竜三兄弟の末弟、コウユウ。オミ殿に願いをお聞き届け願いたく参上致しやした」
END
⊂謝⊃
一応ここで止めます。お話の区切りってとこですかね。・・・ハイすみません。たったこれだけを書くのに一体何ヶ月かけてるんだ!!
全くもってサボり魔全開でしたことを深く反省しますです。m(_ _)m
っと、今回は嫌に長くなりそうな勢いです。
コウユウが出てきたことでおそらく皆さんお分かりかと思いますが、次はアレです。
ティントでの吸血鬼退治★
で、未だに悩んでることがひとつ。
あの、選択を、オミの場合どっちでやった方が楽しいんだろう。(悩)
そして、今回もまたまたいらない複線だらけ引いてしまってマス。
ええと、あれとこれはこう繋がって、あーだからこーなって・・・(汗)
すでに頭だけでは追いつかない状態です。(トリ頭だから)
たまにツジツマが合わなくても、あんまり突付かないで下さいね。(笑)
そして、テッドとコウユウの台詞は適当ですので、あまり気にしないように!(笑)
斎藤千夏 2003/7/24 up