A*H

ティント編

*さよなら*











「大切なものなんて」
守れないのなら、初めから、ない方がいい。







それは、失う辛さを知っているが故の逃避。














ティントに向かう為に城を出てから、もう一週間経つ。
都市同盟の西の端まで、早馬を飛ばして駆けていた。
「オミ、平気?なんだか少し辛そうだけど・・・?」
「・・・平気だよ。ナナミこそ疲れたんじゃない?」
慣れていない馬の上に半日以上も乗りっぱなしで、確かにナナミはへとへとだった。
「わ、私は大丈夫だもんっ!」
それでも強がる義姉に笑いながら、オミはふと視界を曇らせた。




-----***-----




彼と別れてから、もう一週間。
本心を言おうとした瞬間、何故か体から力が抜けた。
気が付いたら、自室のベッドの上だった。
強制的に体から引きずり出されるような、ふわふわしたような、よく分からない感覚。
目が覚めてコウユウの件のために城を飛び出したので、あれ以来会っていなかった。



ただ、覚えている最後の彼の顔が、酷く辛そうで、・・・思い出す度に胸が締め付けられる。



灯竜山の山賊の砦は、オミたちが駆けつけた時には既にもう落とされていた。
「変な、兵隊・・・?」
「あぁ骨の折れる相手だ・・・何せ切りつけてもぶん殴っても平然としてやがる」
「・・・まぁおれたちにとっちゃ対した相手でもないがよ」
運良く難を逃れたらしいギジムとロウエンを引き連れて、ようやくティント市へと辿り着いた。
市長のグスタフは彼らを値踏みした上で、協力してくれるとありがたいと申し出てきた。
「今まで都市同盟に手を貸さなかったのは、勝てる見込みなど全くなかったからだ。けれど、今はどうだ?あのルカ・ブライトを倒したのは紛れもない事実。我々に手を貸してくれるなら、再び都市同盟の手を取りましょう」
明らかな交換条件だったが、オミは真顔で頷いた。
子供だからと見下されているのは分かっているが、何も怒る程の事ではない。
「えぇ、分かりました。それでは僕らは何を・・・」
バタン!
オミがグスタフの手を取って握手を交わしたその時、扉が開いてある人物が顔を覗かせた。
「・・・オミ・・だと?」
「ジェス殿。戻られたか。兵の方は?」
「えぇ・・・なんとか集まりましたが・・・」
グスタフの言葉に返事を返しながらも、ジェスの目はじっとオミを睨み付けていた。
「で、彼らは何故ここに?」
「今回のゾンビ騒動に彼ら都市同盟も力を貸してくれるそうだ」
「なんですって!?都市同盟?!」
オミを睨みつけたまま指を指して、ジェスはありったけの声量で叫んだ。
「こいつはハイランドの回し者だ!アナベル様を殺しておいて、よくもぬけぬけとその座に座っていられるな!おれは見たんだぞ!お前たち二人がアナベル様の部屋から逃げていくのを!!」
その言葉に、オミ以外の全員が驚いた。
オミはただ静かに、ジェスを見つめ返しているだけだ。
「違う、違うよ!私達じゃない!!」
「じゃあなぜあそこに居たのだ?!なぜアナベル様は死んだ?!答えてみせてみろ!!」
「・・・そ、それは・・・」
「それは、言えません」
口篭もるナナミの一歩前に出て、オミははっきりとそう答えた。
「言えない?お前たちが犯人なんだろう?!だから言えないんだろう!!」
「・・・僕たちは、何も言えません。僕たちにだって、真実は見えないんです」
「真実だと!?」
「僕たちがあの部屋に招かれた時には、もうアナベルさんは刺されていました」
「・・・信じられるか!大方駐屯地に視察に行った時に仕込まれたんだろう!ハイランドの連中に!」
「いい加減にしてくれないかジェス殿。今ここで論議しても真実は生まれない」
「ですがグスタフ殿!」
「どうにせよお前はオミたちの言葉を信じる気なんてねぇんだろ?」
未だオミを指している手を下げさせて、ビクトールは笑う。
「信じねぇのに問い詰めて何がしたいんだお前は」
「・・・くっ・・!」
もう一睨みしてから、ジェスはやっとオミから目を離した。
「・・・よく、我慢したな」
「・・・・・・」
グスタフと会話を始めたジェスの声に紛れて、ビクトールが軽くオミの頭を撫でながらそう言った。
それに弱々しく笑って見せて、オミは再び表情を沈めた。
「・・・ということです。集められた軍は私とハウザー将軍が指揮しますので」
「あぁありがたい。今は一人でも戦えるものが欲しいからな」
「・・・グスタフ殿。私はオミを信用していません。むしろ疑っています。この憤りは抑えきれませんので」
グスタフにだけ一礼をすると、ジェスはそのまま部屋を出て行った。
「・・・気になさらないで下さいね。貴方が昔何であれ、今は私たちのリーダーなのですから」
「クラウス・・・。ありがとう」
その優しさが、少しだけオミには痛かった。




確かに、ナナミもオミも都市同盟の人間ではない。
ふたりが故郷と慕う町は、ハイランドの領土の町だ。
生まれはふたりとも不明だが、ゲンカクが都市同盟の英雄だったと言う事すら知らなかった。
『腰抜けジジイのもらわれっ子』
それが、ナナミとオミの呼ばれ方だった。
ナナミはその気の強さから言った奴には倍返ししていたが、オミはただ聞いていた。
ゲンカクがなぜ腰抜けと言われるのか、それだけが疑問だった。


「やめろ!オミをばかにするなら、ぼくが相手だ!!!」


そうジョウイが怒って、初めてなじられている事に気付いたぐらいだ。
その頃位まで、オミは殆ど感情を表さない子供だった。
ゲンカクに拾われる前にあったことが原因だろうが、それはもう分からない。
ただ、今少しオミはその頃に戻りかけていた。
信じる者を失って、支えだったその人までが姿を消した。
目が覚めてから直ぐ、バナーまで飛ばしてもらって家を訪ねたのだ。
けれど、遅かった。
グレミオの話では、帰ってきて直ぐに、いつ帰るのかもわからない旅に出たと言うのだ。
さよならも、言わないで。




-----***-----




優しくされると、失う事が怖くなる。
もう、失うのは沢山だった。
戦いの中に身を置いている以上、誰かが死ぬのは当たり前なのだろうが。
もう、争いで血を流すのは・・・怖かった。




-----***-----




「・・・オミ、起きてる?」
「ナナミ・・。どうかした?」
夜も静かに静まり返った深夜、隣の部屋のナナミがふと入ってきた。
もう寝ていてもおかしくない時間なのだが、オミはただぼうっと夜空を見上げていた。
白く光る星の真中に、輝く青白い月。
仄かな明かりを振りまいている月でさえも、太陽がなければ輝く事もないのだと教えてもらった。
―誰に・・・?―
そう、ふと、一瞬だけ、勝気な顔に悲しそうな表情が浮かぶあの人が。
「・・・この頃、元気ないから。ジェスさんに言われた事も、気にしてるみたいだし・・」
「・・・気にしてないよ。だって、事実だから」
「オミ?」
オミらしくない言葉に、ナナミは心配そうにオミの顔を覗き込んだ。
けれど、月の光が逆光して、その表情は見えなかったけれど。
「ナナミ。僕は、もうリーダーとしての資格なんてないのかもしれない」
「・・・?」
「戦争中なのに、ジョウイの事で頭がいっぱいになったり、違う事に気を取られていたり。僕はリーダーでみんなを守らなきゃいけない立場なのに・・・失格だよね。ハイランドの人間だし」
くるりと体を窓へと向けて、静かに言う。
「ハイランドは僕たちを裏切った。でも、あれはハイランドじゃなくてルカがやったこと。だけど結果としてハイランドを追われた僕たちは・・・都市同盟に助けられた」
「・・・うん」
「だから、僕は都市同盟のために戦ってきた。ジョウイと敵対してまで、まだ戦ってる」
「そう、だよね・・。そうなんだ!オミ、ね、逃げようよ」
「ナナミ?」
「だって!私たちがジョウイと戦わなきゃいけない理由なんてないじゃない!オミだって、勝手にリーダーにされちゃったし、もう、見てるの辛いんだ・・・」












逃げる?
ここまで、頑張ってやって来た。
ルカも倒し、占領されていた都市同盟の町も少しずつ取り戻してきている。













「オミはよく頑張ったよ!でも、もういいじゃない、自由になろうよ!ルルノイエにもこっそり行って、ジョウイとピリカちゃん助け出して!4人で、誰も知らない所へ行って暮らそうよ!ね、出来るよ!オミ!」
「・・・・・ナナミ」
ぽろぽろとこぼれる、ナナミの涙。
そっと拭うと、オミは少し笑った。
「ありがとうナナミ。そうだね・・・」
子供の頃よくやってくれた・・・・宥めるように、泣いたナナミを抱きしめて慰めた。
「ナナミが居たから僕は頑張ってこれたけど・・・もう、限界だね」
「じゃあ・・・っ!」
「・・・うん。でも、僕は行かない。・・・・逃げないよ」
「・・・・オミ?」
「でもナナミが辛いなら。逃げてもいい。全部が終わったらジョウイとそこへ行くから・・・・」
本当は、逃げ出したかった。
今回のコウユウの依頼を訊いたのも、戦う敵が人間じゃないからだ。
敵であれ味方であれ、人が死んでいくのはもう沢山だ。
そう思っていながら、オミは逃げ出すことが出来ないでいた。
それも・・・・あの辛そうな人を知っているから。
今では美しく幸せそうなトラン共和国も、何人もの犠牲の上に成り立った平和だ。
幾つもの後悔の上に、彼の現在があった。
全てを失って、巨大な闇を抱えている事すら明るく振舞う事で押し込めて。
後悔は・・・したくなかった。
助かる命なら、紋章を使えば助かるだろう。
例え、それで自分自身が命を落としたとしても構わない。
この悲しい戦いが、紋章の定めた運命だとしても、それに背を向けて逃げ出すことは出来なかった。
それは、一種の『逃避』かもしれない。
けれど・・・・。
「僕が決めた事だから。ジョウイと争う事になっても、戦うことを止めないと」
「・・・オミ、そうだよね、うん。ごめんね、お姉ちゃん変なこと言っちゃって・・・」
「ナナミは・・・」
「うん?わたしは、オミを守るために残るよ。大丈夫大丈夫!なんとかなるって!」
「・・・・うん」
今一瞬だけでも忘れよう。
彼を追いかけたい気持ちを押し込めて。
現在、自分に出来る事をするために。
「ナナミは、僕が守るよ」
「オミは、わたしが守るね!あ、それじゃセフィリオさんに悪いかなぁ?」
「・・・・もう、いいんだ。あの人のことは」
「?」
「・・・なんでもないよ。お休み、ナナミ」
「うん、おやすみ。オミ」
パタンと静かに扉が閉まって、ナナミは部屋に戻っていった。
「・・・・・・『セフィリオ』」
あの、強くて脆くてガラスのような人。
名前を呼ぶだけで、思い出すのは・・・・・・・・・・悲しそうな『別れ』の表情。
あぁあの時から。
彼は立ち去る事を決意していたのだ。
こんな気持ちを、残したまま。
さよならも、言わないで。







END

⊂謝⊃

ネクロード対決の続きです。
つじつま合わせなんてもうやってられなくなりました。(オイ)
これ・・・・ほんとに坊主??
この見事なまでのすれ違いっぷリ、どうにかなりませんか。
どうにかするのは・・・・オレなんですけどね。(笑)
オミを逃がしてあげたかったんですが、そうなるとこの続きが書けなくなりそうなので、
ちょっと強引に立ち直ってもらっちゃいました。
立ち直ったというよりは・・・・開き直ったって感じですかね。


この話が終わる頃にはいい加減きっちりくっついてもらいたいところです。(笑)


斎藤千夏 2003/8/12 up!