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ティント編

*訪れる危機*


「オミ、オミ!起きて!!」
バタンと扉を蹴破らん勢いで走り込んできたナナミに、オミは肩布を結ぶ手を止めて振り返った。
「どうかした?そんなに急いで・・・」
「ジェスさんがっ!」
ナナミの叫びに、オミは慌てて部屋を飛び出した。





「これは・・・っ?」
目の前には、この近辺を走り回って集めたと言う、元ミューズの兵士たちが、燦然と並んでいた。
彼らは全員が同じ方を向き、その者の声に耳を傾けている。
駆け寄ったオミに、グスタフがのんびりと答えた。
「おぉ、オミ殿。おはようございます」
「おはようございます、じゃなくて!これは、一体・・・」
「ジェスの野郎、ネクロードの居る場所の情報を掴んだとかで、出陣する気だ」
オミの問いに答えたのは、後ろから歩いてきたビクトールだ。
「その情報も、信憑性があるなどとは思えないものなのですが・・・」
その横にいたクラウスが、顔を歪めながら付け加える。
「・・・やっと起きたのか。気楽なものだな」
「ジェスさん・・・」
嘲笑を含んだ声に、オミはゆっくりと振り返る。
ジェスの横には、ミューズの軍衣をまとった男が立っていた。
彼はハウザーという。ミューズが健在であった頃は将軍を任されていた男だ。
「昨夜遅くに、ミューズの諜報員だった者が瀕死で駆け込んできた。彼はネクロードの潜む場所を告げ、息を引き取った」
「その場所にこの軍勢で総攻撃をけしかける。文句がありそうな顔だなオミ」
ハウザーとジェスの言葉に、オミは顔をしかめた。
「文句というか・・・彼らがここを後にすれば、このティントの守りが薄くなるだろうと・・・」
「それについては心配無用だ。何せこっちからの攻撃に、このティントを襲うまでの余裕など生まれない」
自信たっぷりに言うジェス。
「でも・・・もしその情報が罠だとしたら?今のティントは、直ぐに落ちてしまう事になりかねない」
「はっ、罠?ありえない!!わがミューズに忠誠を尽くしてくれた男が、死をもって伝えてくれた情報だ。間違っているはずが無い!!」
「そんなの・・・・無謀すぎる」
「何とでも言うがいいさ。ネクロードは我々ミューズの兵が倒す。お前なんかに手を借りずともな」
「あなたは・・・っ!もし間違っていた時に、貴方に命を預けた彼らを守る事が出来るんですか!!」
もし、間違っていた場合。
念入りに準備をした上で戦うよりも更に被害は増えるだろう。
沢山の人の命が失われ、そして敵となる。
死体になってしまった味方は、ネクロードの操る兵になってしまうのに。
「間違いなどない。おれはお前のように失敗を恐れるほど弱くはない」
そういい捨てて、彼は背を向けて歩いていく。
ジェスのこと自体は好きも嫌いも無いが、死んで欲しい訳がない。
彼に、何の言葉も伝わらないのなら。
「・・・せめて、気を付けて下さい」
「言われずともそのつもりだ」
取付く島も無く、ジェスはハウザーと共に軍勢を率いて出て行ってしまった。
「・・・すみません。恐らく彼らが無謀な戦いを仕掛けたのは」
僕のせいだ。
確かにオミたちさえ現れなければ、ジェスももう少し冷静な判断を下しただろう。
怒りに我を忘れて戦いを挑むなど、死にに行くようなものだ。
それも、あの軍勢全ての命を持って。
「人が死ぬのは・・・もう見たくありません」
だから、今この時だけは。
忘れようと、オミはその気持ちを飲み込んだ。
「僕たちでよければ、このティントを全力で守ります」
消えてしまった背中を追いかけたい気持ちを。




-----***-----




「どうなってるかな、ジェスさんたち・・・」
こちらとしては何の情報も無いままに動く事はためらわれて、ナナミとティント市内を歩いていた。
「大丈夫だよ・・。きっと戻ってくる」
それに、情報が間違ってないともいえないしね。
そうオミは続けて、苦笑した。
そんなのはナナミを宥めるための戯言だ。
「・・・うん、そうだよね」
それを、ナナミも分かっていて、明るく返事を返す。
「でもさ、この町ってホントに坑道に続いてるんだね。ほら、あそこ人が集まってるよ!」
わざと明るく話を切り替えて、ナナミはオミの腕を引いて走り出した。
「あのーどうかしたんですか?」
頭を落石から守るためにヘルメットを被っている男たちは、ナナミの声に振り返った。
そこに立っていたのが、都市同盟のオミだと気付き、縋るように口を開いていく。
「あぁ!オミさま!お願ぇです!助けてやって下せぇ!!」
全員でしゃべり出そうとした彼らを宥めて、なんとか聞き出しオミは状況を理解した。
「つまり、落盤して、仲間が何人か帰って来なくなっちゃった?ってこと?」
「そう!そうなんでせぇ・・・なんとかなりませんかねぇ」
縋るような幾つもの目に見つめられて、何にも無かった事になど出来なかった。
「・・・わかりました。ちょっと見てきます」
軽く微笑んで、頷く。
それだけで、彼らは喜んで道を空けた。




-----***-----




暗くて、少し湿っていた。
明かりは坑道を掘る男たちが灯したのであろう、広い間隔で付けられたロウソクだけ。
「オミっ大丈夫だよ!お姉ちゃんがついてるからね!!」
「・・・って掴まれたら、もし何か出た時とっさに動けないよ」
しっかりとオミの腕にしがみ付いているナナミ。
「な、何よぅ!怖くなんかないもん!!」
「はいはい」
明るく振舞ってくれるナナミに、オミは苦笑しながらも感謝した。
もしナナミがいなければ、きっと、笑ってなどいられなかったはずだから。
「誰かいませんかー?」
「待ってナナミ」
「え?何々どうしたの??」
坑道内でワ―・・ンと響く声に、何か違う音が混ざったのをオミの耳は聞き取った。
そして、漂うのは腐臭。
カラン。
「えっ?!」
ナナミの足元に転がってきたのは、先ほどの人たちも身に付けていたヘルメットだ。
「な、何でいきなり・・・」
「ナナミ伏せて!」
「うわわわ?!!」
オミにいきなり引っ張られて、ナナミは目を白黒させる。
「・・・よく避けましたね。誉めて差し上げましょう」
くくく・・・と笑い声を堪えるような声に、オミは背中に流れる冷たい汗を感じた。
「・・・ネクロード」
「いかにも。ごきげんよう、同盟軍のオミ。そしてお嬢さん」
「・・・え、えぇえ?!!な、何でこんな所にいるの?!」
黒いマントを翻して、ネクロードは闇から姿を現した。
その横そこには、炭坑の男たちであったであろうなれの果てを連れて。
「彼らは・・」
「ちょうど良い死体がありましてね。ちょっと仲間になって頂きました」
貴方を捕まえるためのね。
面白そうに笑って、そのゾンビをけしかけた。
「ナナミ、気を付けて!」
「分かってる!!」
お互いの背中を預けるように向けて、囲んできたゾンビを何とか倒していく。
それを遠くで見ていたネクロードは、味方が倒されているというのに楽しそうに笑っていた。
「・・・ジェスさんはどうした?」
襲い掛かる全てを倒して、トンファーを手にしたままネクロードを睨み付けた。
「あぁ、あの大勢を連れてまんまと引っかかってくれた彼のことですか?」
そうやって睨み付けられても、どこ吹く風のようにくくくと笑う。
「罠ですよ。賢い貴方は気付いたでしょう?彼らはそのまま私の可愛いゾンビになって頂きましたから」
ご心配なさらずに。
心底楽しそうに笑うネクロードに、オミは拳を強く握り締める。
けれど、勝てないとも分かっていた。
ビクトールの持つ星辰剣でない限り、ネクロードにはダメージひとつ負わせる事は出来ないのだ。
「・・・そんな!みんなみんな、こうなっちゃったの?!」
「そうですよお嬢さん。今頃は新たな私の仲間たちが、ティントを襲っている頃ですか」
その間に、私は貴方を戴く為にこうやって来たんですよ。
楽しい事を企むような笑いに、オミは背筋を凍らせた。
「・・・僕を?」
「えぇ。男にしておくのは勿体無い。貴方の血はさぞ美味でしょうから。美しい私のオミ」
「な・・・」
「珍しいんですよ。私は今まで女性しか花嫁に迎えた事はありませんからね。貴方は特別です」
すぅ・・・と血の気が下がるのが分かる。
何を言われているのか、頭が拒否して理解できない。
縫いついたように地面から動かない足。
ネクロードは、一歩ずつ近寄ってくる。
「だめ!絶対に、ダメー!!!!」
「ナナミ・・」
オミとネクロードの間に走りこんで来たナナミは、庇うように両手を広げた。
「邪魔ですよ。それとも、あなたも私の花嫁になりたいのですか?」
「いや!でもオミもだめ!絶対退かない!!オミ逃げて!!」
それどころか、ネクロードに向かっていくナナミ。
「駄目だ!やめるんだナナミ!!」
慌ててオミも体を動かす。
呪縛は解けてナナミを追うが、あと一歩遅かった。
ネクロードの呪縛を受けて、ナナミはその場に気絶する。
「ナナミ!!」
「さて、今度は貴方です。眠ってもらう等と可愛いものでは済ませませんよ」
「ぅあ・・っ!」
びくんと、体が硬直する。
力も全て抜けた体は、重力に従って地面へと倒れた。
くず折れたオミの体を愛しげに起こして、頬をその長い爪で軽く傷つけた。
流れ出した血の甘い芳香に、ネクロードは舌なめずりをせんばかりに恍惚となる。
「・・・予想通りの良い匂い。極上の血、確かに戴きましたよ」
ぺろりと流れ出すその赤い血を舐めとって、嬉しげにオミを抱き寄せた。
「・・や・・めろ・・っ!離・・・ッ!!」
「・・・これは驚きました。まだ動けるのですか。仕方ありません・・・」
呪いを、かけましょう。
蒼き月の紋章の呪い。それは、呪いかけた相手を、仲間―吸血鬼―へと変えてしまう呪い。
吸血鬼になった者の生き残る道はたった2つだ。
人間を襲い血を吸うか、紋章からもたらされるエネルギーを食するしかなくなる。
それ以外を選ぶのなら、激しい飢餓の後・・・土に返るしか逃げ道はない。
現在の月の紋章の所有者は、ネクロードだ。
人間を襲いたくないのなら・・・選ぶ道は、ネクロードの奴隷になるという道ただひとつ。
動かない体を弱々しく動かして、伸ばされたネクロードの腕を拒絶する。
そんなオミの抵抗など他愛ないものだ。
引き寄せられ、目の前に見せられたのは、蒼い月の紋章。
「私の虜になる呪いですよ。・・・誰も、この力からは逃げられません・・・」
くくくと笑うネクロードに、オミは最後の意識を何とか保っていた。
それも・・・僅かなもので。
かくんと頭を垂れたオミに、ネクロードは満足げに笑った。
後少しで、その呪いは完成する。
ティントを手に入れ、新しい獲物を手にして。
意識を奪われたオミは・・・最後の抵抗とばかりに一筋の涙で頬を濡らす。
「・・・・・・」
音を成さない微かな呟き・・・・ただ一人の名前を、その唇はかたどった。








END

⊂謝⊃

ティント編第4話、『訪れる危機』をお送りしました。(何)
さて、えー・・・何と言うのでしょうか。
ヤバいっすよネクロードさんそれは!!!
横にいる女の子(ナナミ)を無視してオミですか!花嫁って何だ――――――?!!!!
はい、書いたのは俺です。(笑)
蒼き月の紋章に魅了なんて攻撃はないです。(多分)
・・・って『月の紋章』の名前って『蒼き』って入りましたっけ?外伝ではそう言ってたような気がしないでもない・・・・(悩)
いや、でもほら、吸血鬼って催眠術を得意とするって良くある話じゃないですか★
と言う事で、倒れてもらいましたオミに。
・・・・・・すっごい危機ですね。オミってば食されちゃう(嫌)んでしょうか?
ま、それは以下次回!!ってことで♪


斎藤千夏 2003/08/19 up!!