A*H

ティント編

*願い*










「・・・・・・・・・・・・!」




微かな音。
小さなオレンジ色の光しかない世界に慣れてしまった体は、聴覚を鋭敏にさせていた。

「・・・・・・声?」

まだ遠い。
一人ではない、会話を交わしているような音だった。

「(もしかしたら、ネクロードが近いのかもしれない)」

会話をしているとなると、ネクロードの敵か、味方だ。
行かすまいとするように立ち塞がるゾンビ達を、手に馴染んだ天牙棍であしらうように倒していく。
セフィリオは少し、足を速めた。


「・・・め!絶対退かない!!オミ逃げて!!」


その悲鳴のような声に、セフィリオの足は止まった。
聞き覚えのある声。
そう、・・・姉のナナミ。
彼女が居るとなると、傍らには必ず、彼が居るだろう。

「・・・ど・・うして、ここに居るんだ・・?」

切羽詰った声を向けられた先は、やはり・・・・。


「駄目だ!やめるんだナナミ!!」


一瞬の沈黙の後、バタリと体が地面に倒れる音。
その音が聞こえても、セフィリオの足は地面に縫いついたままだった。
動けない。


「ナナミ!!」


悲痛なオミの声を、今耳で聞いているはずなのに。
この壁の向こう・・・少し行った先を曲がれば、彼らがそこにいると分かっているのに。
何の運命か廻り合わせか。
離れようと旅立った先には、後ろ髪を引かれながらも別れた相手が居るなどとは。


「さて、今度は貴方です。眠ってもらう等と可愛いものでは済ませませんよ」


ふと、そのネクロードの声で、現実に引き戻された。
声からして、先ほど倒れた音はナナミが気絶でもさせられたのだろう。


「ぅあ・・っ!」
「・・・予想通りの良い匂い。極上の血、確かに戴きましたよ」


オミの悲鳴と、虫唾の走るネクロードの台詞。
呪縛に囚われたオミは、もう逃げる事など出来ないと分かっていても抵抗を繰り返していた。


「・・や・・めろ・・っ!離・・・ッ!!」
「・・・これは驚きました。まだ動けるのですか。仕方ありません・・・」


呪いを、かけましょう。
その瞬間、ちりちりと右手の紋章が疼いた。
オミと離れなければならなくなった原因とでも言うのか。
触れてもいないオミを欲しがって、紋章は光を放ち始めた。


「私の虜になる呪いですよ。・・・誰も、この力からは逃げられません・・・」


「・・・そういう、ことか」

求める魂を、他の紋章に取られてしまうことを恐れているのだ。
ネクロードの持つ『蒼き月の紋章』でオミを呪縛されるぐらいならば・・・。

「馬鹿馬鹿しい・・・」
「誰です?新たな花嫁を迎えようというこの大事な時に・・・」

身を潜めていた時はピクリとも動かなかった足が、オミが気を失ったと同時に走り出していた。
坑道の奥から現れたセフィリオに、ネクロードは窄めた目を大きく見開いた。

「・・・セフィリオ・マクドール?」

どうしてここにと尋ねるように、ネクロードは後追さった。

「お前に名前を呼ばれる筋合いはないな。いい加減その汚い手を離してもらおうか」

じり・・と足を進めるセフィリオに、ネクロードはオミを抱いたまま後ろへと足を逃がしていた。
無意識の逃避なのだが、それだけ彼の気迫が違うのだ。
近寄る事を許さない、触れた者は消滅するような怒気が、ビリビリと空気を伝って響いてくる。

「は・・・離さないとどうなるのです?」

それでも諦め悪く、腕に抱いた意識のないオミを離そうとしないネクロード。
いつまでも他人の腕に抱かれるオミを見ていたくない。

「ここから、消えてもらう。それだけだ」
「ど、どうせ普通の攻撃は私には通じないのですよ」

ネクロードの勝ち誇った言葉に嘲笑で返して、左手に握った棍は下げたまま、す・・と右手を差し出した。

「普通じゃないさ。お前が本体であろうとそうでなかろうと、今この場から消す位は出来るからな」

今は抑える必要などない。





「好きなだけ暴れて良いよ。・・・ソウルイーター」




-----***-----




暗闇がもしオミを飲み込んでしまっていたとしても、セフィリオはそれで良いと思っていた。
彼の無事を願う心と同じ、いや、それよりも。
オミが、他の誰かのものになることを許せなかった。
自分の手に入らないのであれば、いっそ・・・・そう、強く思うほど。




-----***-----




「・・・・オミ」

ネクロード、恐らくあれは影だろうが、その周りにいたゾンビも全てを広がった暗黒は飲み込んでしまった。
ただ、折り重なるように倒れている姉弟を除いて。
彼らの周りは、薄い緑の優しい光で包まれていた。
所有者を守る為に、その力が発動したのだろう。
これでひとつの不安は消えた。
オミの生命力が落ちていない限り、彼は『盾』に守られる。
『死神』の鎌は、彼に届くことはない・・・・と。


けれど、強く願う。


この手でその命を摘み取ること、それ以外で。
彼の『生』を、この手で守り、包む事を・・・・・・・・・・。





そんな 強い 願い。




-----***-----




「・・・ぅ・・・・・・」

魔法的な痛みに、覚醒し始めた瞼を再び強く瞑る。

「・・・気が付いた・・?」
「な・・・・・・ナナミ・・・・・・?」

不安げな義姉の視線が、枕に頭を埋めたままのオミに向けられていた。

「こ、こは?」
「クロムの村だよ。ティントに行く前に寄ったあそこの町の宿だけど・・・」

痛む体をベッドへ起こして、オミは落ち込んでいる様子のナナミを見やった。
ベッドサイドの椅子に腰掛けているけれど、そわそわと落ち着きがない。

「やっぱり・・・ティントはもう落ちてしまったのか・・・」

間に合わなかった。
また、ひとつ町が奪われて・・・・人が死ぬ。
そこまで考えて、ふと、疑問が生まれた。

「ナナミ、僕をここまで運んでくれたの・・・?」
「・・・ううん。わたしじゃないの。わたしも、さっき気付いて・・・」

隣を見たら、オミがいたから心配だったの。
それにしては、少し様子がおかしかった。
心配事であったはずのオミは、もう目を覚ましたのに。

「・・・まだ何か、心配事?」
「!・・・そうじゃ、ないけど・・・」

ナナミらしくなく、言葉を濁す。
口を割ろうとしないなら、それでもいいと、オミは呟くようにぽつりと言った。

「せめて、誰が助けてくれたのか。それだけでもわかれば・・・」
「駄目!駄目だよ内緒なんて!!」
「な、ナナミ・・・?」

急に椅子から立ち上がった義姉は、泣きそうに顔を歪めながら一気に捲し立てた。

「内緒って黙ってろって言われたけどあんな辛そうな顔してオミを撫でてたんだよ!? オミだってずっと様子がおかしいし本当は会いたいんじゃないの?! どうして我慢するの?どうして逃げるようにどこかへ行っちゃうの?なんで・・・内緒なんて言うのよ!!」

少し重い体に叱咤して、オミはベッドから起き上がる。
顔を抑えて泣き出してしまったナナミを、ぎゅっと抱きしめた。

「・・・どういうこと?落ち着いて、聞かせて?」

うん・・・と、小さく。涙を拭ってナナミは頷いた。

「セフィリオさんだったの。私たちを助けてくれたのは」
「・・・・え・・?」

その名前にびくりと・・・体が震えた。
抱きしめているのだから気付かなかったことはないだろうが、ナナミは知らない振りをしてくれたようだ。

「わたしが起きた時ね、セフィリオさんここに座って・・・ずっとオミを撫でてたの。すぐわたしが起きたことに気付いて、ここに居たと言う事は全部黙っててって言われたのよ。それからすぐ出て行っちゃったけど・・・すごく、辛そうな顔してた・・・・・・今の、オミと同じ顔」

抱きしめていた体が離れて、今度はぎゅっと抱きしめられた。

「お姉ちゃんは、ずっとずっとオミの味方だからね。何があっても、何をしても、守ってあげるから」
「・・・ナナミ」
「だから、後悔だけはしないようにしようね。自分に嘘付いてまで皆の為に頑張ってるオミだもん」

一回ぐらい、多めに見なきゃ。

「・・・多めに・・?」
「行きたいんでしょ?会いに。それがオミの願いだもんね」
「!」
「今はまだ色々ごちゃごちゃしてるし、せめて明日にならないと動けないもん。だから今日は、倒れた事もあるし、お休みもらっておいたから」

行って来ていいよ。会いに。

「・・・ありがとう」
「でも明日までには帰ってきてね?じゃないと、お姉ちゃん心配するから」

他の、みんなもね。

「うん・・・ありがとう。ありがとうナナミ・・・」
「泣きたい時は、うんと泣いて。そしたら、また明日は大丈夫になるから!ねっ!」

よーし行って来いっ!まだそう遠くへは行っていない筈だから!
そう、軽くぽんと背中を叩かれて、オミは部屋から飛び出した。




-----***-----




このまま張り詰めたら、いつか壊れてしまう。
ただ、会うだけでいい。
これが、最後だとしても。

「神様・・・っ!」

会わせて下さい。
もう一度、もう一度だけ。
彼に。



「お願い・・・見つかって・・・・!」



会えないと、壊れてしまう。
何一つ願いを叶えられないまま、気持ちを押し込んで。
諦めてしまうから。
辛かった過去になど、もう戻りたくはない。







「セフィリオ・・・・・・・っ!!!」






彼に、会わせて下さい。
たったひとつの、強い願い。









END

⊂謝⊃


ティント編第5話、『願い』はどうでしたでしょうか?
オミもセフィリオもたった一つの願いを抱えて・・・果たして2人は会えるのか。
ま、会えるでしょうけど。(あっさりネタバラすなよっ!/汗)
・・・・それよりも、怖いこと言ってますねセフィリオさん。
腹ン中真っ黒なんだろうな・・・・。『他人に奪われる位なら・・・』
躊躇いもなく、実行するでしょうね。(汗)
オミー!セフィリオ以外の人好きになっちゃ駄目よ〜!!
だって殺されますって。愛故に★

ひとつ不安が・・・。
次回、表で会えるかどうか・・・・謎ですのでどうぞよろしく。(ぇ?)


斎藤千夏 2003/08/23 up!