A*H

ティント編

*再一回*


2






「ぐっ!」
「うげっ!!」

鈍い音と、くぐもった悲鳴。

「誰だてめぇ?!」
「汚らしいその手を離せ」
「っ?!」

その姿を見なくてもわかる、低い声。
ふっと体の上の重みが消えていた。
あっという間に数人が転がされてしまって、慌てているのだろう。

「ちっくしょ!何なんだよ!!」
「ぶっ殺すぞ!消えろよお前」
「・・・消えろ?」

立ち上がって啖呵を切る男たちを一瞥して、彼は静かに言い放った。
瞬間、表情を豹変させて、一瞬のうちに全てが暗黒に染まる。
ソウルイーターが発動したのだ。

「・・・死にたいのなら送ってやるよ、全員なッ!」

キィィン!
気付いたときにはもう辺りは闇だ。
反応に遅れた者全員、あっさりと飲み込まれていく。
暗闇が晴れた後、その場に残っていたのはたった2人きりだった。
会えたら言おうと思っていた事も全て・・・・真っ白に染まる。
目の前の相手は、こんなにも簡単に人の命を奪える人間だったのか・・・と。

「・・・・な」
「何も殺す事・・って言いたい顔してるな」
「あ、当たり前だ!どうして・・・・」

こうもあっさりと、人の命を奪えるのか。

「それが紋章の力だからだ。俺の、力は・・・奪うことしか知らない」
「・・・『俺』?」

しこりのような、違和感が全身を包む。
会えた事に、震えるような感動を覚えるのに。
嬉しいと、素直に口に出せないでいた。
口調まで変わってしまっている、そんな彼の変貌に。
そこにはどこか飄々としていた彼の雰囲気はことごとく崩れ去り、触れれば切れんばかりの威圧感があった。

「そう、俺。・・・これが本当の俺。あれ以上嫌われたくなくて・・・隠してた」

ふと視線を上げると、これも初めて見たものが視界に飛び込んだ。

「・・・吸ってたんだ」
「あぁ・・・」

視線が絡む。
太陽に透ける蒼い髪も、鮮青の瞳も、彼のものなのに。
その瞳に映る全てが、いつもと違っていた。
自分と同じく、彼もまた己を偽っていたに過ぎなかったのだ。

「グレミオも知らない。煙草も・・・・一人で旅していた時に覚えた」

傷付いた心を癒すために旅に出た3年という時間。
それでさえも、傷口はじわじわとふさがる事もなく膿み続けていた。
それが痛まなくなったのは、つい数ヶ月前から。

「全てはお前のせいだ。俺がこんなに弱くなったのも」

オミと出会ってから。
その選択が、セフィリオを変えた。

「・・・そんなの、貴方が勝手に来たんじゃないか」

売り言葉に買い言葉。
意地を張りに来たのではないのに、セフィリオの前に立つと・・・・全てが嘘になる。

「・・・その格好」
「・・ぅわ・・っ!」

腰のベルトは既に外され、大きく開かれた胴着は腕にたわむように絡まっているだけ。
下肢は既に露にされていて丸見えだ。
何も考えないようにしていたのが悪かった。
何一つ抵抗しないと、こうもあっさりと素肌をさらす事になるのだろう。

「・・・隠すなよ」
「何言って・・・・・っん、ぅ!?」

ぐいっと強く顎を捉えられて、乱暴に唇を奪われる。
いつもとは違う、苦い煙草の味。
苦しくて顔を背けようとも、それを許さない鮮蒼の強い視線に絡めとられた。

「・・・っ・・!」

その奥にある、闇が見えた気がした。
そして、熱くたぎるような欲望の熱をも。
ずくんと、体の奥に火が灯る。

「・・・っふ・・」

深くなるキスに、ゆっくりとオミの力が抜けていった・・・・。




-----***-----




「そうやって、足を開いて誘ったのか?」
「・・・は・・?何、を・・・っいきなり・・・?」

木立に背中を押さえつけられた状態で、体を貫かれる瞬間そう尋ねられた。
口を開けば憎まれ口しか出てこないからと、せめて体だけは素直であるよう・・・そう受け入れていたのに。

「お前はここで、何人の男を咥え込んだんだ?」
「っ?!・・・・知って・・・?」
「気付かない訳がないだろ。・・・大方さっきの男たちもお前が誘ったんだろ?」
「そ・・んなっ・・・!」
「嫌いな俺に抱かれて悦んでるお前の事だ。こんな風に足を開いて・・・・」
「う、ぁああ―――・・・・・ッ!!!」
「今みたいに悦んだんだろ?」
強く足を左右に開かれて、怒張したそれで一気に貫かれた。
そのままぐるりと体を回されて、上下が逆になる。
自分の重みで、信じられないところまで深く届いているのが分かった。

「ぁぁあッ・・ぁ・・はっ・・!!」

なのに、痛みは全く感じない。
抱かれなれている体が恨めしい。
全てを快感と拾ってしまうのだ、この体は。
せり上がるような違和感と、ジンジンと感じる快感のみが、そこを強く支配するけれど。

「誘ったんだろ?自分から、足を開いて。あの皇王とも・・・やったのか?」
「・・・・っ!!!」

強く首を振る。
どの問いに対しての否定かは・・・・ハッキリとしないが、オミは必死で否定した。
淫売だと、罵られるのは覚悟していた事だ。
覚悟していたけれど・・・・正面から言われてみれば、心が悲鳴を上げていた。

「・・・動いてみろよ」

ぼろぼろと零れる涙は、オミの視界を酷く歪ませる。
抱かれているのに、その事実が遠い幻想の物語のようだった。

「・・っは・・ぁ、はぁ・・っ・・」

荒い息を継いで否定しても、彼はその意思を曲げない。

「今まで抱かれた時のように、俺をイかせてみろ」

何かに怒りを抱いたまま、その衝動でオミを蹂躙しているだけ。
そこに、愛など。



甘く、優しいものなど・・・何ひとつなかった。




-----***-----




「ぅ・・・は・・ぁ・・・、はぁっ・・」

荒い呼吸が、なかなか収まらない。
涙も止まらないままで、オミはただ空を眺めていた。
濃紺の絵の具に砕いた真珠を溶かせば、こんな空を表現できるのだろうか・・・・。
思いつくのは、そんな他愛もないことばかり。
そこには、着崩れたオミしか居なかった。
そこから少し離れた川の傍で、紫煙を燻らす彼の姿があったけれども。

「・・・ごめん・・・なさい」

小さく小さく呟いたオミの声は、それでも静かな夜の空気に響いて、セフィリオに届く。
夏と言えど、素肌を撫でる夜風は冷たい。
それに体を震わせつつも、セフィリオの言葉をじっと待っていた。

「・・・・・・何を謝る」
「・・・黙っていたこと。ずっと、言えなかった・・・」

臆面もなく好きだと言って来る彼に対して、甘い陶酔を感じながら苦しんでいた。
嬉しさと、それを上回る後ろめたさを強く感じていたから。

「・・・いつの頃?」
「・・・物心、ついてから・・・・じいちゃんに引き取られるまで・・・・でした」
「・・・・そう」

静かに流れる涙は、すぐ傍の川のように止まるという事を知らない。

「親に・・・生まれてすぐ、売られたんだそうです」
「・・・」
「・・・館を巻き込んでの争いが起って潰れて、・・・どうしようもなくなった時じいちゃんが来て、引き取ってくれました」

セフィリオはただ、静かに聞いている。
オミに、背を向けたまま。

「その頃の僕はもう十分壊れてて・・・痛みを感じない、食事も摂らない、生きる事を・・・放棄した子供でした。少しだけ、望みがあったんです。もうすぐ両親が迎えに来てくれるって、笑顔で、笑ってくれるって。でもじいちゃんが呆けていた僕を家に連れて帰ってくれて、その時、もうその望みは叶わないと気付いて。・・・諦めてしまったら全て終わりだと分かっていながら、終わらせようとしてました」

生きていく事を。
まだ8年しか生きていない、その短い人生の中で。
絶望を、知った。

「絶望しきった僕を救ってくれたのは、ナナミとジョウイでした。あの2人に・・無償で何もかもを与えてもらった。生きる楽しさも、辛さも、全部。生きていくために必要な物は、全部じいちゃんが。3人とも何も言わないで、何も聞かないで・・・・・・・・与えてくれたんです」

だから、ナナミもジョウイも何も知らない。
今まで兄弟のように育ってきた彼らでさえ、このオミの過去は知らなかった。
けれど。
幸せだったと思う。
初めて笑った時には、ナナミなんて泣いて喜んでいた。
修行を始めた頃出会ったジョウイも、言葉を話すだけで、何が嬉しいのか喜んでいた。
そんな2人に救われて、守られて、生きてきたのだ。
もう一度、初めから。生きるために。

「だけど、ひとつだけ。僕には信じられないものがあった」
「・・・・・何」
「貴方が以前僕によく言ってくれていた言葉。・・・それだけは、理解できなかった」

愛された事がないとは言わない。
親族の愛情は、本当に血の繋がったの家族ではなかったけれど、それ以上に与えてもらった。
オミが信じられなくなっていたのは、『他人からの愛情』

「・・・理解できない、か」

目に見えるハッキリとしたものではないから、用心深いだけかと思っていたけれど。
幾ら気持ちを伝えても、全く取り合おうとしないそのオミの態度。
何度、苛々する感情を抱いたものか。
それは、セフィリオでさえ理解などしていない。
セフィリオでさえ、初めての感情だったのだから。
他人を愛するなど、馬鹿げたことだと見下していた。
ありえないと思っていたのに。
それは、突然現れて、自分の気持ちを雁字搦めに縛り付けてしまった。
目の前の、この少年が。
ふと、視線を戻す。
光の中に居る方が、彼には良く似合うのに。
今は薄闇に紛れて、その体を土と体液に汚して・・・まだそこに倒れていた。

「・・・・ごめん。酷い・・・抱き方をした」

まだ地面に転がっていたオミをそっと抱き起こして、抱きしめる。
腕にすっぽりと収まってしまう体が、小さく震えた。
さらさらとした髪に触れるように頭に手を添える。
オミの顔が埋まった肩口が、温かい涙で濡れていくのが感じられた。
過去のことに拘るわけじゃない。
気にならない訳でもないが、所詮はもう過ぎた事だ。どうにもなりはしない。
「俺の勝手で・・・振り回した・・・。けれど」
突っぱねたのは、抵抗の現われだ。
自分を脅かす恐怖から逃げたいが為の、抵抗だ。
愛すれば愛すほど、その恐怖はじりじりとセフィリオを蝕んでいく。
でももう、この呪縛からは逃げられなかった。
自分の気持ちは止まらないだろう。
・・・・・・・・・けれど。

「・・・・もう俺を追うのは止めろ」
「え・・・?」

信じられないと見開かれた、オミの瞳。

「何、で・・・?!」
「このままだと、近いうちにこの手で殺してしまう」
「っ!」

それだけ、大切になり過ぎていた。
セフィリオの言葉に、オミはもう一度体を震わせた。
まさか、そう言われるとは思ってもいなかったのだ。
会えたなら、またしつこく絡んでくると思っていたのに。
そうやって、心のどこかで・・・・・・・・・・・・・・期待していた。
もう一度、オミ自身が信じていないと言ったその言葉を、彼が自分に向けてくれる事を。

「・・・・いやだ」
「オミ・・」
「そんな理由で、もう会えなくなるなんて」

嫌だ!
強く、強く。
引き離そうとしたセフィリオの首にかじり付く。

「僕が嫌いになったんじゃない?もう顔も見たくない?・・・前に、そう僕に聞いたよね?!」

あの時自分はなんて答えたのか。
それは、覚えていなかったけれど。

「俺に、殺されたいのか?」

無意識に、右手を掴んでしまったセフィリオ。
その行動で、彼が何に怯えているか、オミは理解できた。
すこし寂しげに、言う。

「貴方になら。・・・・今僕はそう思えるよ」

元々、死ぬのは怖くない。
ただ、悲しませる相手が出来てしまったから、すこし後悔が残るけれど。

「・・・・でも、今は死ねないんだ」

戦争が終わるまで、待ってて。
オミの返事に固まってしまったセフィリオに、オミは優しく笑いかけた。
その笑みに、背筋が凍る。
何もかもを受け入れたら、こんな笑みで笑えるのだろうか。
冷たくて暖かい、生も死も、幸せも苦しみも感じさせるような笑みだった。

「この紋章・・・。そんなに悪いものじゃないのに」

そっと、セフィリオの右手を取る、オミ。
その手が、酷く熱かった。
倒れて無理をしながらすぐ動いたことと、先ほどの行為で発熱しているのか。
少し熱を含んだ、吐息が荒い。

「何を・・・」
「僕は、知ってるから。貴方の前に・・・持ってた人を」
「?!」
「信じてて。この紋章の名前。それが、この紋章の本当の力だから・・・・」

朦朧とした意識の中で、白濁の世界に引きずり込まれそうになりながらも、必死でオミは言葉を紡ぐ。
瞳は、揺らめいて、今にも閉じかけていた。
力の抜ける体を支えようと手を伸ばすと、少し嬉しそうに、笑う。

「もう一度、もう一度だけでいいから・・・・・・・僕を好きだって言ってくれますか・・・・?」

その言葉を最後に、オミの意識は途切れた。



「もう一度・・・・?」



彼を嫌いになった事などない。
もう一度など言わずとも、出会ったときから・・・・。

「ずっと、愛し続けていたんだ」

今でも、それは変わらない。
自分でも抜けられない恋の呪縛は、離れようとした心に酷く深い傷まで付けたのだから。
オミが、そういうのなら。
もし死ぬことになったとしても、傍にいて良いと言うのなら。


「離れる気はないよ。もう、二度と・・・・」











END

⊂謝⊃

 再一回 タイトル訳:もう一度

 今回・・・・やっぱり裏でした。(爆)
 駄目だよねコレ表に載せるのは。ちょっと悩んだんですけど、やっぱり裏で(笑)
 そしてそして。読んだ方はさぞ驚いている事でしょう。(笑)
 ・・・・意外な事実がいくつも出てきました。
 こんな所でバレるとは、いやはや全くの予想外です。
 ひとつ、オミの過去。
 親に男娼屋に売られてたらしいです。(爆)
 もひとつ、セフィリオの本性。
 真っ黒でした。(何)
 さらにさらに。
 オミってテッドと面識あったんだって?!

 それにしても、つまらない締め方だ・・・。
 これだけひっぱって、こんな簡単(?)な仲直り?
 ・・・・・・こんなでOKなんですかねぇ・・・?(ドキドキ)


斎藤千夏 2003/08/25 up!