*紋章の力*
パタン・・・。
静かに、扉は閉められる。
「話って、何ですか?」
「どうして、あの時あんなことを言った?」
ネクロードとの決戦前夜。
今日の会議で決定した作戦が成功すれば、ネクロードには万一にも勝機はない。
けれど、それは危険を伴う賭けでもあった。
ネクロードが用いる『現し身の秘法』。
今まで倒してきた"ネクロード"は、実はこの秘法を用いて作っていた身代わりだったのだ。
ネクロードがこの秘術を使う限り、止めなど絶対に刺せない。
これを封じるためにカーンが張るという結界魔方陣・・・・これを組む時間がどうしても埋まらないのだ。
だから、オミはその身を差し出した。
ネクロードが狙うほどの、穢れ無きその希少な血を。
「囮なんて危険すぎる」
そう。
その空いた時間を埋める為に、オミは自ら囮として使うことを提案したのだ。
最初誰もがその危険に首を振ったが、それ以上に効率のいい方法は、確かになかった。
「でも、これが一番確実だから」
「・・・・俺にくれるって言ったのは、やっぱりその場凌ぎの嘘?」
「・・・嘘、じゃないですよ」
「オミ、俺の目を見て、もう一度言って」
「・・・・・・嘘なんかじゃ」
「じゃあどうして他の者に身を差し出すような真似をするっ?!」
ドンッ!
背中を強く壁に押さえつけられて、その苦しさにオミは身じろいだ。
それでも手首を壁に縫いとめるように、セフィリオの力は緩まない。
「・・・・どうして、死に急ごうとする?」
「・・・・・」
「今日はまだ、何も口にしていないだろう。水さえも」
そうなのだ。
朝食としてレオナが用意してくれた食事も、オミは全く手を付けなかった。
それから明日の準備であわただしくなった為、オミに食事を摂る時間などないに等しかったのだ。
けれど、それは作為的なもので、セフィリオにはオミ自身が食事を避けているように見えた。
「・・・食べたくないんです。死にたい訳じゃ・・・」
「死にたい訳じゃない?それこそ嘘だ。オミは死んで、逃げようとしてる」
俺の前から。
「違う!そうじゃない・・・・違うんだ・・・」
「・・・・?」
カタカタと小さく震えるオミの体。
何かに怯えているような、その仕草。
顔を背けて、きつく目を閉じて、ただその現状に耐えているような・・・・。
「・・・・オミ?」
「受け付けないんです、何もかも。昔とは違うと何度も言い聞かせてるのに・・・体が」
過去に、戻ってしまった。
食事を放棄していた、生き続けることを諦めていたあの頃に。
名前も知らないような相手に抱かれる事を、否応無く受け入れていた・・・・・・・・・あの頃に。
セフィリオに・・・いや、朝方ビクトールに軽く触れられた時でさえ、強張ってしまった体。
「ネクロードの件は、それしかないと思ったから。でも、食事の件は・・・」
「・・・・過去の記憶」
「・・・・はい」
立て続けに信じていた支えを失って、オミ自身が壊れなかったのはナナミの存在があったからだ。
それでも、乱暴に暴かれた体は、その時点で時間を遡ってしまった。
頭では違うと分かっているのに、体がその事実を受け入れてくれない。
ふっと、セフィリオの力が緩んだ。
それでもオミは逃げることをせず、大人しくそこにいる。
「けれど、食べないと・・・せめて水分は摂らないと」
「分かってるんですけど・・・・」
先ほどとはうって変わったセフィリオの態度に、オミは苦笑を漏らしながら頷く。
確かにセフィリオの態度は極端過ぎるのだろう。
不安な要素があると、すぐ問い詰めて傷付けてしまう。別に、そう望んでいる訳でもないのに。
その態度の急変を笑われたことに、セフィリオは真顔でオミに告げた。
「・・・俺は自分のものを他人に取られるのが嫌いなんだ。触られるのも好きじゃない」
だから、酷いことを言うし、傷つけるような行動をする事もある。
「だからって傷つけたい訳でもない。・・・・・本当は、守りたいんだ」
まだ少し震えているオミを導いて、ベッドの縁に座らせる。
「本当にオミがそれでいいと言うのなら、俺は奪うから」
魂ごと全てを。
「でも、生きていられる中は。暖かいオミに触れていたい・・・」
生きていると分かる、生命の暖かい温もりを。
ベッドサイドに備え付けの水差しから少し口に含んで、少々乾いたオミの唇を潤していく。
「ん・・・・・」
それをオミは拒まずに、そっと受け入れた。
口移しで、少しずつ与えられるぬるい水を、オミはゆっくりと飲み下す。
それを何度か交わした後、唇を塞がれたままぐっと体重をかけられた。
そのまま、支えきれずに倒れた身体は、あっけなくベッドに押し付けられる。
「!」
驚いて押し返そうと、突っ張ろうとしたオミの手を掴んで、シーツに押し付けた。
なおも続く長い長いキス。
触れ合わせるだけから始まって、息苦しさと物足りなさに薄く開いた唇に躊躇わずに進入してくる熱い舌。
「・・・ん・んん・・・ぅ・・」
鼻に掛かった声が甘い艶を帯びて。
強張って怯えた体が、キスで伝わる暖かさと与えられる『気』に解けていく。
苦しくて顔を背けようにも、顔を固定され幾度も角度を変えられて深く甘いそれを振りほどく事はできなかった。
・・・・・・与えられ続けた蜜を、耐え切れずにオミの喉が音を立てて飲み下した頃、ようやく唇が離れていく。
それも、深くなる時のようにゆっくりと、軽く、啄ばむようなキスを繰り返した後で。
「・・・・ねぇオミ。目の前にいる、俺は誰?」
撫でるように髪を梳かれ、オミはゆっくりと目を開けた。
そこに、怯えはもうない。
あるのは煽られて熱を持った体と、囁かれる掠れた声に瞳を潤ませる色だけ。
「・・・・セフィリオ」
「・・・正解」
正解のご褒美とばかりに、熱を含んだキスがもう一度静かに降りて、オミの唇を柔らかく塞いだ。
-----***-----
窓からは、満月に近い蒼く輝く月が顔を出していた。
いつもよりも蒼く、いつもより大きく、いつもよりも輝いて。
最初は微かに抵抗していたオミも、時間をかけての愛撫にその身を委ね始めた。
声を抑える事を叱咤され、口を塞ごうとした手をシーツに縫い止められて。
輝く月は、眩しいほどにオミの体を夜闇の中照らし出す。
一糸纏わぬその姿に、何度抱いても満たされるどころか、その欲しいと思う欲求は増すばかり。
オミ自身は穢れた身体だと言うけれど、セフィリオはそうは思わない。
己の身体が、その白い裸体を欲しがって渇望する。その美しさが故に・・・・思う様蹂躙したくなる。
「・・・やけに素直だね」
身体も心も。
意地を張って絶対に本心を言わない彼も可愛いけれど、やはり素直に反応されるとそれが更に愛しい。
「も、ダメ・・・。おかしくなる」
「おかしくなっても構わない・・・。だから、もっと、俺に狂って・・・・・・・?」
ゆるく流れる時間。
もう何度互いの熱を交わし合ったのか。
「・・んん・・・っ!」
生理的な涙か、痛みを堪えた涙なのか。
透明な涙が、オミの目尻から溢れ出してこめかみに流れ落ちる。
それを舌で掬うように口付けた。
「・・っ」
それだけの刺激にも、オミは身体を震わせる。
「・・・・もっと・・・オミ」
「は、は・・・あ、ん、ぁあ・・・・・っ!」
深く深く身を繋いでも、拭いきれぬこの不安は何なのか。
オミは全てを差し出した。
言いたくなかっただろうその過去も隠さず全て。
けれど、しこりのような不安が残る。
それを感じていながら、あえて気付かぬ振りをした。
この瞬間だけ、この時だけは、全てを忘れていたいから。
「オミ・・・もっと、もっと・・・・君が、欲しい・・・・」
-----***-----
早朝。
まだ静かに眠るセフィリオを隣に感じて、オミはそっと身を起こした。
あれだけ繰り返した行為も、十分に気を与えられつつのものであったためか、眠る前より身体が軽い。
「・・・・これが、紋章の、力・・・・」
何気なく置かれた右手の甲に宿る、その赤黒い紋章。
生と死を司る紋章。人はその禍々しい力のみを見て、・・・『ソウルイーター』と呼ぶ。
他人の魂を奪う事で、所持者に永遠の命を約束する紋章。
そう、語られているが、そうではない。
本来紋章は、所持者には忠実なのだ。
失いたくないと気付かずに強く思うからこそ、紋章はそれを実行する。
魂を、その紋章で縛り付けてしまうのだ。
では、守りたいと強く願うなら。
『・・・・命を与える事も出来る』
そう、言って笑っていた。
前の所持者、"テッド”という兄のような彼が。
だから、『生』と『死』を司る紋章、なのだ。
生い茂る草木を枯らすことも出来れば、枯れ落ち腐った大地を潤す事も出来る。
彼は、それを知らないだけ。
知らぬうちに、その力でオミの寿命を延ばしているのに。
「・・・・利用してるのは、僕の方かもしれない」
離れられない。
縛り付けて、もう二度と離れられないように。
それは、好きだから?それとも・・・・。
「ん・・・・」
軽く身じろぎをして、無意識に伸ばされた腕はオミを見つけ、引き寄せ抱きしめる。
大嫌いだったこの腕に、オミは大人しく抱かれていた。
「・・・・・もう少し、だけ」
『今』が永遠に続くなど、ありえないことだから。
もう少しだけ、オミはその暖かさに抱かれていようと目を閉じた。
-----***-----
「では、第一陣の僕たちは、抜け道からそのままティント市に潜入しネクロードを叩きます。第二陣の方々は、このクロムを守りを、そして第三陣の方々は、ティントを外から突付いて下さい。もちろん、絶対に深追いはしないように。危なくなれば直ぐに撤退を心がけて。命をかけるのは今でなくてもいい。絶対に、死なないように・・・・お互い頑張りましょう」
そんな年端も行かない少年の口から告げられる言葉に、人々は感動し歓声を上げた。
流石はアルジスタの軍主様だ、と声高に褒め称えられる。
その中でさえもオミは背筋を伸ばしたまま、にこやかに、けれどしっかりした顔つきで頷いた。
「じゃあ僕たちも行こうか。この村の北にある洞窟から坑道へ」
そのまま、ティント市を奪還するために。
メンバーは、ナナミ、ビクトール、シエラ、カーン、そして・・・セフィリオ。
少人数だが、ネクロードを前にこれ以上の猛者はいないだろう。
「オミ・・・・気を付けて」
君は僕が守るから。
小さく囁かれた声に、オミは静かに頷いた。
「・・・・ん」
先ほどの軍主としての顔ではない、まだほんの少年の笑みで。
それでいてぞくりとするような、数日前に見せた・・・全てを受け入れた、あの笑みで。
頷いて、笑った。
「大丈夫だから」
まだ迷いは、ある。
けれど、今はただ先に進まなければならない。
後退るのはまだ後でいい。
全てを考えるのは、今この時が終わってからだ。
「行こう」
オミたちは静かに、クロムの村を後にした。
END
⊂謝⊃
また裏です。このふたりはあんまり裏書くの恥ずかしくないのになぁ。(笑)前の裏がとてもじゃないけど幸せなんて言えないような裏だったので、
今回はちょっと甘めです。ていうか、セフィリオの台詞に鳥肌が立ちそうです。(恥)
この話もティント編ですが、ゲーム上ではありえない場面でした。
こういう合間の話が書けるから、ストーリーは楽しいんですよねぇ〜★
さて、恐らく次回が最後です。エンディング入れたらあと2つでティントは終わります。
・・・・まだエンディングは書いてないんですけどね。(苦笑)
もうしばらく、お付き合い下さいませv
斎藤千夏 2003/08/30 up!