A*H

ティント編

*そして、ひとつの物語*


ティントに、平和が戻った。
あのまま一晩教会にこもったままだった二人は、朝の眩しい光に思わず手で目を覆ってしまったほどだ。
それほどに、すがすがしく晴れた空は気持ちが良い。
少しふらついたオミの体をさりげなく支えて、セフィリオは問うた。
「・・・平気?」
「・・・ん」
それは昨日の行為に対してではない。十分過ぎるほど労わって、セフィリオはオミを抱いた。
心配の視線はそのオミの体に走る、目を背けたくなるような傷に対してだ。
血ならもう随分前から止まっているが、赤黒く焼け焦げた肌はなかなか自己再生能力を進めてはくれない。
「痛みももうないし、大丈夫」
そっと、オミはその傷に触れる。
昨夜何度、そこに暖かなキスを貰っただろう。
確かな支えがあるから、こんな傷は何とでもないとオミはゆっくり笑った。
その笑顔に、セフィリオが驚いて目を見開く。
「あ、ほら、皆集まってる」
いまだぼぅっと見入ってしまっているセフィリオに、オミは手を差し出した。
「僕、行くよ?」
「あ、あぁ・・・うん」
手を取らないなら先に行く。
そう言われてセフィリオはその手を取った。




-----***-----





オミと出会ってから、もう何度の夜を過ごしたのだろう。
最初はとてつもなく嫌われていた。
オミは軟派な人間が嫌いなようだ。いや、苦手といった方がいいか。
あの時は随分と砕けた印象を与えたから、そのままを見てとってオミは僕を毛嫌いした。
いつから・・・?
そう、いつからか。
オミは、僕の内面をしっかり見抜いていた。
解放戦争が・・・・・・全てが終わって、まだ3年だ。忘れられる痛みじゃない。
隠していた傷を、オミは何時の間にか、自然に見抜いていた。
伝記に書かれる話は、必ず美化されている。
裏暗いところは全て省かれ、『英雄』という形だけを強く残す為に。
そこに、葛藤などひとつも書かれてはいない。
そこに、人間の心のうちなど、全く、触れられてもいないのだ。
『あなたも、人間なんだ』
当たり前の事を、オミは昨夜さらりと言った。
傷つかない人間などいないから。
そう言って僕を抱きしめてくれた。
それだけで、張り詰めたものが一気に流れ出したようだった。
泣いてもいい。
弱さを見せていいと。
当たり前なその台詞が、僕を現実に引き戻した。
全ては、虚像だった。
強がっている僕は、ただの見てくれを良くしただけの『英雄』という虚像で。
自分でも嫌いだったその呼び名に、いつのまにか惑わされていたのは。
自分自身だったのだと。
そのとき、初めて気が付いた。




この戦いも、いつかは伝記となるだろう。
どう書かれるか、それはオミのこれからの戦いの結果によって変わる。
この戦争に負ければ、それは犯罪者だ。
何人もの人間を殺した悪役でしか、書かれないだろう。
いくらこの街の人間がそれを否定しても、占領下が変わった街でそれが許されるとも思えない。
全てが正しい伝記など、どこにも存在しない。
この戦いの中で傷ついたオミの心は、少したりと書かれはしないだろう。
ネクロードに付けられたこの傷も、伝記の中では触れもされない。
強く凛々しい英雄は、華麗にネクロードを倒すのだ。
この傷付きやすく優しい彼を、伝記を読む未来の人間達は知りもしないのだろう。
それがひどく悲しくて、辛いと思った。




-----***-----





「オミ・・・っ!」
泣きそうな顔でオミにすがり付いてきたのは、ナナミだ。
「ごめんね、心配かけた・・・」
「ううん、いいの、良かった・・・!!」
首に噛り付くようにしがみ付いて、ナナミは嗚咽を漏らす。
「大丈夫だよ」
ぽんぽんとナナミの背を叩くオミは、相変わらず穏やかな笑みを湛えている。
その笑顔に安心してか、ナナミも涙を拭って、笑顔で笑った。
「オミ、終わったな」
気軽にぽんと肩を叩かれ、オミはその後ろに立つ人物に目を向ける。
「ビクトールさん」
「昨日は言えず終いだったんだが、お疲れさん。危険な囮役、立派に果たしたな」
「うん、あ、でも。僕戦闘中何も出来なかったよね・・・」
「いいんだそんなことは。勝ったんだ」
「・・・うん、そうだね」
ビクトールさんもお疲れ様と、オミがそう告げた時、市門からぞろぞろと軍勢が戻ってきた。
それぞれ満足気な顔をしていて、活気に溢れている。
「みんな・・・!」
それは、クロムの村で別れた軍勢だった。
オミの言葉通り、無理をする者はいなかったようで、全員が軽症程度で済んでいた。
それだけに、目の前のゾンビが崩れていく様を見た時の歓声は凄かったようだ。
「オミ様、勝ったんですね!我々の勝利なんですね!!」
「そうだよ。この戦いは皆のお陰で勝てたんだ。ありがとうっ!」
そのオミの言葉に、軍勢はわーっと沸いた。
感激のあまり涙を流す者、隣と硬く抱き合うもの、皆それぞれ興奮を抑えきれないらしく、手当たり次第喜びを分け合っていた。
「オミ殿」
「グスタフさん」
「ありがとう、本当にこの通りだ!見かけで判断していた私は今とても恥かしく感じます。オミ殿、いえ、オミ様!このティント、それに娘のリリィを救って下さった事、深く・・――深く感謝致します・・っ!!」
彼も、少し目尻に涙を浮かべていた。
右手には、手を繋ぎ笑っている娘のリリィもいる。
街には平和が戻った。
それに、人々の笑顔も。
グスタフは心からの感謝を込めて、新同盟アルジスタ軍の旗と、ティント市の旗を交換した。
それは、同盟軍入りを意味するものだ。
ここまで誠意を持って返されたのは初めてで、オミも最初は驚いたが、それを笑顔で受け取った。
「・・・はい。グスタフ殿・・貴殿とティント市、そしてその民の平和を、我らアルジスタが責任を持って守りましょう」
「我々は皆、助力の力を惜しみません。手足として存分にお使い下さい」
そのやり取りを食い入るように見ていた軍勢も、大喜びでもう一度沸いた。
と、そこに、苦虫を噛み潰したような人物が顔を出した。
皆が喜び歓声を上げている中で、彼の表情は重く硬い。
「・・・・ジェス」
驚いた声を上げたのはビクトールだ。
その声に、オミも振り向いた。
「!ジェスさん!!」
彼の横には、傷ついたハウザーもいる。
自身で歩けないことも無い傷跡だが、少々深い。
「無事だったんですね、本当に・・・本当に良かった・・・!」
オミの顔を見ようとしないジェスの手を強く握り、オミはそう言った。
その言葉にジェスは驚いて目を見張り、オミの顔を見返す。
「罠にかけられたと聞いて・・・。無事の確認さえ取れなかったから、良かった」
生きていてくれて。
「・・・なぜ・・」
あそこまで頭から否定し批判した相手に、そんな言葉を返せる?
ジェスは信じられないと言った目でオミを見つめ、そしてその手を振り払った。
「おれには、その言葉を掛けてもらう資格など無い・・・」
「・・・ジェスさん・・」
「ミューズの市長代行は降りる。元々市長代行の資格など無かった・・おれのことはもう忘れてくれ」
ジェスは少し顔を歪めて、振り払った右腕に触れた。
彼の服のその部分が赤黒く固まっている。
オミを振り切ってそのまま街を出ようとする彼に、オミはそっと囁いた。
「・・・・・資格なんて、そんなもの必要ありません」
そう言うと、オミはス、と右手を掲げた。
「真なる輝く盾の紋章よ。この場にいる全ての者達の傷を癒せ・・・」
朝の強い日差しの中、心地よい木漏れ日に包まれるように世界がきらきらと輝いた。
怪我をして戻ってきた軍勢全てに、その効果は現われる。
「・・ほぅ。結構やるもんじゃの・・」
その効果に感心した声を出したのはシエラだ。もちろん彼女は日陰に座り込んでいたのだが。
裂傷、打ち身、かすり傷、体各部の外傷は元より気力や体力までも、その力は癒してくれた。
けれど、その紋章を使った当人の傷は、まだ生々しく残ったままだ。
それがオミの望んだ効力だったのか、紋章の力が足りなかったのかは真意の程でないが。
唯一、そのオミの行動に舌打ちしたのはセフィリオだったが、今はあの場に行く事は出来ない。
これはオミの問題だから。
オミが背負った、新同盟軍の軍主が背負った戦いの終焉だから。
「何故・・・」
ジェスは、綺麗に消えた自分の傷を見、驚いた顔でオミを見つめ返した。
オミは真っ直ぐにジェスを見ている。
すこし、微笑んで。
その腕にはまだ酷い傷が残っていると言うのに、痛みなど感じないと言うように、笑っていた。
それがジェスには眩しすぎて、背けるように目を伏せてしまう。
「無事を喜ばれることに資格などいりません。あなただって戦った、一人の戦士じゃないですか」
「・・・・」
「そうして、この戦いは勝利で終わりました。全ての選択が間違っていた訳じゃないんです」
「・・・・」
「ジェスさん、もし、あなたが自分を許せないと感じるのなら、もう一度やり直してみませんか?」
「やり直す・・・?」
ぼぅ・・と見上げた先に、優しげに微笑むオミがいる。
心底オミを毛嫌いしていたジェスでさえ、その微笑には一瞬見とれた。
「僕たちの同盟軍に、参加してくれませんか?」
「・・・おれが・・?」
「あなただって十分頑張りました。その力を、今度は僕たちに貸して欲しいんです」
その場を、誰もが緊張して見守っている。
ビクトールもナナミもクラウスも、皆オミのこの行動には驚いていたが。
その全員が、オミの言葉に満足していた。
こうだから、彼を軍主と認めたのだと。
やはり全ての人を集め、その類まれな才覚で指揮を下し、そして纏め上げるのは。
彼がオミだから、出来る事なのだと。
「あなたが幾ら降りると言っても、ミューズの民はあなたに従う。それは、あなたがジェスと言う人間だから」
「・・・?」
「ジェスさん、あなたほどミューズの町を守ろうと願っている人は、居ませんから」
だから、僕たちにはあなたが必要なのだと。
オミの言葉に、ジェスは思わずその場に膝を付いた。
手を口に押し当て、嗚咽をかみ殺している。
「・・・一緒に、戦ってくれますか?」
膝をついたジェスに合わせて、オミも膝を折る。
その上で尋ねたオミの言葉に、ジェスは涙ながら頷いた。
「・・おれで、役に立てるなら・・・っ、この身に変えても、あなたに、力を・・・っ!!」
ささげると、誓います。
「・・・ありがとう、ジェスさん」
ぼろぼろと涙を零すジェスも、オミの差し出した手を硬く、硬く握り返した。




-----***-----




「終わった・・・ね」
ポツリと呟かれた言葉。
もう夕暮れ。明日にはここを発って城へと戻る。
街を取り戻した市民達は、嬉しそうに宴を続けていた。
その様子を与えられた部屋のテラスから見下ろして、オミは笑う。
「そうだな」
相槌を返したのは、もちろんセフィリオだ。
オミ相手にはもう隠す必要もないと言う事か、先ほどから口にくわえていた煙草を燻らせている。
「体に悪いと思うけど」
「どうせ死なない体だからな」
「・・・・不老はそうでも、不死じゃないんでしょう?」
「・・・・・まぁ、そうだけど」
そこまで言われたらと、セフィリオはそれを揉み消した。
そして、オミの顎をス、と持ち上げる。
「なに・・ぅ・・っん・・・・」
頬に添えられたセフィリオの右手の紋章は、白い光で輝いていた。
吹き込まれた息は、少し苦い味がする。
けれど、体に染み渡る生命にオミは抵抗を止めた。
ゆっくりと、唇が離れる。
「紋章、あんなに多用するな」
「・・・ごめん、気を付ける」
口では幾らそう言っても、オミは惜しみなく使うだろう。
これからも、自分以外の誰かのために。
「もう少し、自分を大切にしてくれないか?」
でなければ、不安に潰されそうになる。
他の人の命が助かるのならば、いくらでも自分の身を差し出すオミに。
今腕の中にある暖かな存在が、とても遠く、いつか消えてしまいそうな不安に。
「・・・そうだね」
努力する。
そんな努力をする人間が、オミの他に誰が居ると言うのだろう。
誰でも自分は大切だ。
けれど、オミはそうではなかった。
「・・・・俺にくれるんだろう?」
「うん」
「なら、絶対に死ぬんじゃない。オミは、俺のものだ」
体も、その高潔な魂も。全てが、愛しい。
「・・・・うん」
傲慢なセフィリオの台詞も、オミは躊躇わずに受け入れた。
勿論、言葉に続いて降ってきた、口付けも全てを。


















「愛してるよ」



囁いた声は、オミの耳朶をくすぐって、シーツの海に消えた。













END


⊂謝⊃

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これ、エンディング?
 長かったですね、想像をはるかに超えて。(滝汗)
 何が長くならないと思うーだよ・・・、十分長いって!!
 相変わらず短編の書けない斎藤でした。(笑)
 
 そしてそして。こいつら4日連続やったんでしょうか。(下品)・・・よく持ちますな、オミ。(笑)
 書いた後に気付いて、それでも修正できないのはやっぱり俺が好きだから。(爆)
 あはははは、どうしようもねぇな俺の脳内暴走してますスイマセン・・・・<(_ _)>
 
 ちょっと真面目な話。あぁまた長くなる〜!別に読まなくても良いですからね?ね??
 丁度最初の辺りのセフィリオの独白ですが、ちょっと書いててどうよ?と思いました。
 だって幻水3の古い本で書かれてる2の戦争の話や、脚本でのこのネクロードの話。
 脚色されてるどころか、もうまったく別な話になっちゃってて。
 こん畜生・・・!と笑った(笑ったのか)のを覚えてます。
 2の時の古い本でも1の話は色々飛ばされてましたけど、3のには驚きました。
 まぁ、現実の歴史書も本当のことが書かれてるのは少ないんだと思うんですけど、悲しい話です。
 その時本当は誰が悪くて誰が傷ついて誰が泣いたのだなんて、全部消されたり作られているんでしょう。
 昔の戦争は、今の権力者がやるような力の誇示ではなく、
 その当人達が正しいと思った事を押し切った故の結果だったと思うんですけどね。
 いやいや、人間って身勝手な生き物ですよ本当に。(苦笑)
 はい、真面目な話、終わり★

 えっと、一応これでネクロードの暗躍する(嘘)ティント編は終わります。
 「えーこれで終り〜〜?」(<こんな事考えてくれる方が居るのかどうか・・・/苦笑)
 ・・・・・ですよ?一応。(笑)
 裏話とか書くかも知れませんが、そんなのは予定で未定で決定じゃないんで・・・・。
 期待せずに、次回作をお待ち下さい!長々とお付き合いありがとうございましたっ★


斎藤千夏 2003/09/01 up!