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ルルノイエ編  第2話


*仮面*




王国軍と都市同盟軍。今まで何年も何度も剣を交え、戦いを続けてきた両国。
大中様々な都市が力を合わせて組んだ同盟国に比べ、王国軍が誕生したばかりの頃は、とても弱く小さな勢力しか持たなかった。
けれど、年月の流れが、その土地の権力者を全く違う形に育て上げた。
寄せ集めの都市同盟とは違う成長を遂げた王制度は、絶対的な支配を作り出し、それは同時に確固たる指導者の誕生でもあった。
権力を手に入れた者は次に、治める為の広い大地を望む。
この土地は一度、『同じ紋章』に『同じ運命』を定められ、そして・・・片方が勝利し、片方が敗北した。
その戦いは、長く長く続いた挙句、最後の決着はたった二人の武将に預けられることとなる。
けれどそれは、妙な戦いであった。
敗北した武将は、向かってくる相手に一度も剣を持つ腕を上げなかったのだ。
剣を交えた二人は、友であったから。
・・・大きな土地を手に入れるという欲を前にして、その欲望に打ち勝つことの出来なかった人間の為に、大切な友を殺したくなどなかったから。
武将は、王国に『負ける』ことで、友を『救う』ことを選んだ。
誰もそんな理由を知らないままに、彼を臆病者と蔑み、国外へと追放した。思い通りにならない駒など、いらないと言うように。
追放された武将の名を、ゲンカクと言う。
現在都市同盟を率いる軍主オミの、育ての親であった者の名前だ。
「・・・ジョウイ」
紋章を宿した右腕は重く、だるい。手袋を嵌めた上からでも、近付く片割れの紋章に引かれて、何かを急かすように輝いている。
この紋章を完全な形に戻すには、戦わなくてはならない。
お互いの、全力を持って・・・勝利を勝ち取った者に、その巨大な力は与えられるのだから。
身を引いて、全力を出せないままに負けを選んだ祖父では、この紋章を元に戻すことは出来なかった。
オミが育ての親と同じ道を辿るのは、運命か。それとも・・・。
「ううん。・・・これは、自分で選んだ道だから」
軍主になると。前に立って、戦うと。
後悔は・・・ないと。
そう、思い込みでもしなければ・・・真っ直ぐ立ってなどいられない。
選んだ道が間違いだと、今更振り返っても、過ぎた時間は・・・失ってしまったものは、もう戻らないのだから。
「・・・戦いは・・・もう嫌だよ。失いたく・・・ない。人が死ぬのは・・・もう」
辛かった。身体が、心が・・・悲鳴を上げているのに。
この世界はまだ、両足で立つことしか許してくれない。
地面に手をつくことすら、許して貰えない。
「・・・セフィ・・・リオ・・」
名前を呼んだら、胸が苦しくなる。会いたくて・・・あの、無条件に差し出してくれる腕で、抱き締めて欲しくて堪らなくなる。
まだ、一人で立っていなくてはならないのに。
戦いは、終っていないのに。
遠ざけたのは、自分だ。
あの時セフィリオは少しだけ、悲しそうな顔をした。彼の最も恐れていることを突き付けて・・・傷付けた。
彼だって人間だ。誰も傷付かなくなるほどに強くなんてなれやしない。特に心は。
「セフィリオ・・・っ」
近くに、傍に居て欲しい。・・・それでも、この場所には、来ないで欲しかった。
頼ってしまうのは、目に見えている。彼を前にすれば、装っただけの冷静さを、すべて失うことも。
それでは、駄目なのだ。『軍主』で居られなくなってしまうから・・・。
「・・・セフィリオ・・・。・・・助けて。・・・苦しい・・よ」
・・・我慢できずに口に出してしまった声。
しかし戦いの直前、騒がしい城の中で、オミのその声は誰に聞こえることもなかった。


-----***-----


ざわざわとざわめいていた大広間。
扉が大きく開かれ入って来た者の姿を見止めた途端に、そのざわめきは少しずつ収まり、やがて静寂に包まれた。
その中で、音を立てるものは一つ。
シュウに導かれるように歩いてくる一つの小さな影の足音のみだ。
誰かが、無意識のままにポツリと声を漏らした。
「・・・オミ様」
その声に含まれていたのは感嘆の溜息のみ。賛同するように、あちらこちらから同じような声が上がる。
それでも、オミの伏せられた瞳は上がる事もなく、ただ静かに俯いていた。
オミが今身に着けているのは、いつものあの赤い胴着姿ではない。
胴着に変わり華奢とも言えるような身体を覆っているのは、美しい金細工の施された深紅の鎧。
そんなに大袈裟なものではないが、一目で頑丈な作りだと見知ることが出来る。
腰から太腿にかけての肌を隠すのは、綺麗になめされた革。こちらには、金糸と銀糸が使われた細かい刺繍が施されていた。
縫いとめられているのは、今にも金粉を振りまいて、飛び立ちそうな鳳凰。
そして、鎧の肩から歩く度にひらひらと揺れるのは、手触り良さそうな光沢のある外套。
下ろされたままの赤茶の長い髪が、その純白の生地に映えて美しい。
壇上を歩いていたオミの足が止まり、伏目がちに俯いていた瞳が、ふっとその場にいる全員を映した。
誰もが皆オミだけに注目する中で、色の無いその瞳に・・・ふわりと光が差し込む。
「・・・おはよう、みんな」
戦いに行く前と言うのに、いつもの彼のまま、綺麗に微笑んで見せたオミに、緊張感で硬くなっていた体がふっと軽くなった。
張り詰めて緊迫していた大広間の空気は、自然と穏やかなものに変わる。
そんな全員の顔をもう一度見渡して、オミはその穏やかな表情を、少しだけ硬くした。
「みんな。ここまで一緒に戦ってきてくれて、ありがとう」
思えばもう、この城で仲間に囲まれて、涼しい秋の風を感じるのは二度目になる。
過ぎて行った時間は一瞬で目まぐるしく、振り返っている余裕など何処にもなかったけれど。
「・・・これまで沢山の戦いと、苦しみと・・・後悔を重ねて、ようやく僕たちは、ここまで来る事が出来た」
ここに辿り着くまで幾つ屍を積み重ねてきたかわからない。友を、家族を、仲間をどれだけ失ってきたか・・・数えたくもない。
けれど、それは何もオミだけの苦しみではなかった。
城下の中には、友、家族、仲間の他に、恋人を失った者もいた。死者の出ない戦などありはしないのだけれど。
待っていることしか出来ない自身の無力さを、彼らは何度憎んだだろう。苦しんだだろう。
しかしオミは、そうではない。戦える場所にいるだけ、自分はなんと恵まれているのだろうと。
この手で、何かを守ることが出来るだけ、幸せなことなのだと。
「僕の力はまだまだ小さい。何人もの人に助けてもらわなければ、何も出来ない子供だ。でも、みんなを守りたい気持ちは・・・きっと誰よりも持っていると思ってる」
出来る事は少ないけれど。
オミにしか出来ない事は、沢山ある。
「無理はしなくていい。辛いなら、ここで退いてもいい。でも、みんなが『守りたい』と思う人を守れる力を持つのは、みんな自身なんだと言う事を・・・ちゃんと覚えておいて欲しい」
願いは、勝利。
そして、その先の、平和。
「僕は、僕の持てる力を全て、みんなに捧げると誓う。みんなの願いを、全て叶えると、誓う」
ス・・・と、掲げられる右手。オミの強い意志に反応して、刻まれた紋章は眩しい光を放った。
「だから、みんなも・・・僕に力を貸して欲しい!これが、最後の戦いだ!」
同時に、振り上げられた腕の数。大きく上がる、いくつもの喚声。
「必ず、勝利をこの手に掴む事を、この紋章に誓う!!」
哀しみを生み出さない世界へ。
ジョウイ、ナナミ・・・セフィリオ。
守りたいものを、守れる世界へ。
「行こう・・・ルルノイエへ!我等に、勝利を!!」
城全体を揺るがすような喚声は、暫くの間止むことはなかった。


-----***-----


木々を揺らす風は少しだけ冷たい。
暗雲の覆う空は、この戦いを天が嘆いているかのようで、今にも崩れそうだ。
敵の視界から隠れるように陣を敷いたアルジスタ軍は今、ルルノイエ城目前の森の中に潜んでいた。
と、森の茂みを掻き分けて、一人の旅人風の男が本陣に走り寄ってくる。
騎乗したままのシュウとオミの姿を認めて、彼は礼を返し、地に跪いた。
「報告します。王国軍はこちらの動きを読んでいたようです。城の前には四軍と先日の戦争のようには行きませんでしたね」
戻ってきた斥候の報告に、シュウは初めからわかっていたかのように頷いた。
「・・・それはそうだろう。あちらも学習はするさ」
またも、ルックとビッキーに助力を願い、あの荒業で陣営ごとテレポートしてきたのだ。
同じ手を二度も使うことになったのは忍びないが、シュウとしては早くこの戦いを終らせてしまいたい理由があった。
その視線の先に、理由でもあるオミが居る。
騎乗しているオミは先程の鎧は脱ぎ、いつもの胴着姿に戻って平然を装っている。・・・だが、その顔色は昨夜から殆ど変わらず悪いままだ。
血が繋がっていないとはいえ、姉が亡くなったのは昨日の夜なのに、もうその哀しみをも乗り越えた顔をして、オミは振舞うのだ。
誰よりも『強く』、誰よりも『冷静で』あるために。
痛みを『痛い』と伝えない。苦しみも、『苦しい』と伝えない。
その身に今も感じているだろう哀しみさえ見せない、『少年』の顔を忘れた『軍主』がそこにいた。
リーダーとして前に立つ時、オミは普段よりも意識して『軍主』であろうとする。
自分に何が望まれているのか、全て知っているからだろう。そういうオミを見て、兵士達が励まされるのもまた確かで。
シュウは、その期待に応えようとするオミの心情を察してか、シュウ自身も『軍師』としての顔のまま、オミに話し掛けた。
「オミ殿。この戦いの策は先ほど述べた通りです。ハウザー将軍と私の軍を挟むようにして、森の中に潜んでいて下さい」
真っ直ぐに城を見つめていたオミだが、シュウのその言葉にふと後ろを振り返り、その強い瞳の中にシュウを映し込む。
「シュウは・・・どうするの?」
「私も勿論出陣します。相手は我々を分断しようと、一気に私の軍へ襲い掛かってくるでしょう」
その言葉に、オミの瞳に一瞬だけだが痛みが映る。これ以上失う事を怖がっているオミへ、自分が何をしようとしているのか・・・。
「・・・それじゃあシュウが・・・。そんな、危険な目には、合わせられないよ・・・」
騙すようで悪いとは思う。だが、自分の仕事はこの軍を勝利へと導く事だ。そして・・・それが、シュウの望みだ。
この、優しい少年を更に苦しめる事になると・・・わかってはいたが、これ以上に良い策はもう・・・無いのだから。
「心配なさらずとも、策はあるのです。私は・・・負けはしない。ですから、指示があるまでは絶対に動かないようお願い致します」
「・・・シュウ?」
シュウのその言葉に何を読み取ったのか、オミは伺うような視線を向けてくる。
その、何もかも見透かされてしまいそうな視線から逃げるように、シュウはオミより数歩前に馬を進めた。
「私のことなど良いのです。オミ殿の目標は・・・」
「・・・わかってる。あの城を、目指す事」
「・・・えぇ、その通りです。続きの指示のことでしたら、オミ殿の軍はアップルに、ハウザー殿の軍はクラウスに伝えてあります」
丁度その瞬間、走り込んできた斥候がシュウに何かを伝えた。
どうやら、王国軍が動き始めたらしい。微かに城から離れて、こちらの様子を伺っているという。
ならば、出て行かないわけにはいかない。
「我々も行きましょう」
「・・・・・」
聞きたい事は、沢山あった。シュウが何かを隠しているのは一目瞭然で。
でも、そのことには触れて欲しくなさそうに、頬だけで微笑んだ偽物の笑顔を向けられた。
例え尋ねたとしても、真実を答えてなどくれないだろう。
・・・そんなシュウの雰囲気に、もう何も声をかけられず、オミも黙ったまま頷き返した。
少しだけ、開けた場所に出た。周りにはまだ深い森が続いているこの場所で、最後の戦いは行われる。
見渡す限り、幼馴染の姿は見えなかった。もう目前にまで迫っている城の手前・・・一番奥の陣に、彼は居るのだろう。
「・・・これで、最後の戦いになるね・・・ジョウイ」
君は今、この戦いを迎えて、何を考えている・・・?
「・・・では、オミ殿」
シュウに促されて、オミは大きく息を吸い込み・・・声のあらん限り叫んだ。
「出陣!!」
オミ率いる本陣が、砂埃を上げるように地を蹴り上げて、動き始める。ハウザー将軍が引き継いだ軍も、オミの軍と並ぶようにして、反対側の森へと向かって陣を広げていく。
「・・・シュウさん!」
横をすれ違う瞬間、オミは、一瞬だけ痛い表情を瞳に映して、シュウを見た。呼ばれた声に振向いたシュウは、その視線に囚われたように動けなくなる。
「絶対・・・絶対あの城の前で!僕が、勝って・・・必ず、勝つから・・・!戻ってくるのを、待っていて欲しい・・・!」
言葉の最後はもう、走り去る蹄の音に掻き消されてしまって聞こえなかったが、恐らくそういうことだろう。
「・・・参ったな」
どうして、あの位の年齢で、自分よりも他人を優先して考えることが出来るのか。
自分の痛みは表に出しもしないのに、他人の傷にはいち早く気付く事が出来るのか。
「・・・さすが、私の見込んだ器です」
オミは、知っているからだろう。
傷付くものの苦しみを、傷付いたものの哀しみを。
そして、その傷の痛みを。
それでも・・・。
「だからこそ、私も貴方に応えたい・・・。貴方に、勝利を掴んで欲しいのです」
選ぶ道がこれ以外に無かったとは言わない。けれど、確実な道はこれだけなのだ。
「・・・シュウ。準備出来てるぜ」
「ビクトール・・・。すまないな、いつもこのような仕事ばかり与えて」
幾人かの歩兵を連れて、森の奥から現れたのは、薄汚れたビクトール。微かにツンとする匂いが漂うのは、きっと気のせいではない。
汚れた顔を服の袖でさらに伸ばして汚しつつ、シュウの言葉ににやりと笑って、答えた。
「あぁそうだ。汚ねぇ仕事は全部俺任せなんだからよ。・・・でも」
兵士達と顔を見合わせて、困ったように笑い合う。
「俺にしか、頼めねぇってことなんだろうな、これは」
「・・・あぁ、お前にしか頼めない。では、我々も行こうか」
騎乗したままの馬の首をそっと撫でて、シュウは軽く馬の腹を蹴る。それに付き添って、シュウの陣の兵達も動き出した。
「合図があったら、頼む。・・・決して躊躇うな」
「・・・わかった」
遅い速度で進み始めたシュウの軍に合わせるように進みながら、ビクトールが率いる歩兵達はバラバラに分かれ、ふっと森の中に隠れて消えた。


-----***-----


「・・・何だ、この雰囲気は・・・まるで」
あれから一刻も休息を取らず、踵を返すようにノースウインドゥに戻ってきたセフィリオだったが、アルジスタ軍の居城ジェイド城はいつもとどこか違う雰囲気でその場に建っていた。
いつもは無用心なほどに開け放たれている城門も、今日は硬く閉じたまま。
あの、この城独特の柔らかい笑い声や、子供達のはしゃぐ声も、何も聞こえない。
宿星から戦死者が出たことで、城下内全員が喪に服していると言えなくもない・・・が、人の気配が少なすぎるのだ。
ひらりと、軽い助走だけで締められた城門を軽く飛び越え、城下に入る。けれど、城の中を歩いても誰とも顔を合わせない。
いつもはその場所から動かないルックでさえ、石板の置かれた階段の下にいないのだから。
「・・・おや、珍しいね。今回は参加してないのかい」
と、後ろから声をかけられた。煙草を吹かしながら歩いているのは、酒場の女店主レオナ。
いつもなら客の絶えないこんな時間に、彼女が店を空けて出てくるなど、ありえないことなのに。
それだけ、今この城には客になるような人が居ないのだ。
「参加・・ってまさか」
「・・・知らされてなかったのかい?・・・全く何を考えているんだろうねあの子は・・・」
驚いた様子のセフィリオに、レオナ自身も驚いて訊き返す。同時に、呆れたような声で溜息を零した。
オミが何を考えているのかなど、彼以外にわかるはずがないが、それでも・・・置いていかれる者の心を知らないわけではないだろうに。
息を飲んだまま動かないセフィリオに、レオナは続けて言葉を吐いた。
「・・・そのまさかさ。今頃ルルノイエで連中とぶつかってる頃だろうね」
「戦争に、出た?ルルノイエまでなんて・・・まさか、昨日の今日で、無茶すぎる・・・っ!」
「お止め!今から行ったってどうせ間に合わないよ!ルルノイエ城までの距離を分かっているのかい?!」
羽織った外套をはためかせて、そのまま走り出そうとしたセフィリオの腕を、両手で掴んで引き止める。
けれど、振り返ったセフィリオの視線に、レオナは一瞬息をすることを忘れた。刺し抜かれるような、強い視線。
「分かっているさ。それでも僕は・・・いや、俺は行かなきゃならない」
「・・・・・」
普段の軽い様子から、がらりと変わったセフィリオの張り詰めた空気に、レオナはようやく思い出す。
彼もまた、オミと同じ運命を走り抜けた経験のある天魁星であったのだと。
人を見る目は持っていると自分なりの自信を持っていたレオナだが、セフィリオの被っていた仮面にはそうそう気付くことが出来なかった。
「・・・どうしてだい?どうして、わざわざ危険を冒してまで、ルルノイエなんて敵国まで追いかけるんだい」
セフィリオは、そんなことも分からないのかというように、レオナを軽く睨みつけた。
今は、時間がないのだ。こんな会話している余裕など、どこにもない。
「場所は関係ない。ルルノイエだろうと何処だろうと・・・そこにオミがいるなら、俺が行く理由はそれだけで充分だ」
それでも彼女を蔑ろにはせず、答えるだけ答えて、セフィリオはもういいだろうと言うように走り出す。
「・・・待ちな!馬を走らせるより早い手段がある。ついて来な」
レオナの言葉に、セフィリオは走り出した足を止めた。
彼女はもう、背を向けて何処かへ向かい始めている。
ルックもビッキーもいないのでテレポートは無理だろうが、馬より早いならそれに越したことはない。
「・・・ちなみに、乗りこなせるのはこの城でもほんの数人しかいない。・・・まぁ、アンタなら大丈夫だろうさ」
レオナが示して見せたものに、セフィリオは小さく笑う。
「・・・あぁ、問題は無い」
蒼過ぎる空は高く、それでも・・・少し近づけたような気がした。


-----***-----


「何をする気だ・・・シュウ」
低く呟いたのは、レオン・シルバーバーグ。王国軍の軍師を務める、稀に見る頭脳の持ち主だ。
彼ほどの思考を持つ者は、恐らくそうそういやしないだろう。常に先の先を読み、咄嗟の出来事にまで正確に修正しなおして判断を下すことが出来る人間は。
「レオン様。正面の軍以外は、左右の森の中に逃げ込んだようです。追いますか?」
望遠鏡を覗いていた兵士の一人が、馬を走らせながら、隣を走るレオンに告げた。だが、その言葉にレオンは首を振る。
「・・・いや」
軍を三つに分けるのは、もしレオンがシュウと同じ立場に立たされるなら、彼も考えたことだろう。
そのまま自分の率いる軍を餌として誘き寄せ、左右に潜ませた軍に横から挟み撃ちにしてしまうのだ。
その戦法はこの地理的に最も有効だろうし、何より確実に相手の軍を潰すことができる。
「・・・だが、その代償も大きい。・・・それぐらいは分かっている奴だと思ったのだがな・・・」
一つの敵軍に三つの自軍を借り出さなければならない。それはそのまま、相手の軍を全て壊滅させるまで、自軍全てが連戦しなければならないということだ。
そのような疲労に耐え切れる軍などない。少なからず、自軍にも犠牲者は出るだろう。戦力を叙序に削られる事がわかっていて、城へ攻め込む前の戦に使うとは考えにくかった。
そして・・・シュウの率いる囮の軍が、やけに小さく少ないのだ。
囮は囮である以上、決して落とされてはならない。敵軍の的になるように誘き寄せながらも、負ける訳にはいかないのに。
「けれど、その他の二軍の指揮を取っているのはシュウ一人の様だな。・・・よし。あの軍を崩せば、相手の陣は崩れ落ちる」
今アルジスタ軍が敷いている陣形は、言うなれば長い糸のようなものだ。ピンと張った糸の真ん中を切られてしまえば、もう彼らが出せる手はなくなる。
「このまま真っ直ぐ進め!左右の敵は気にするな!挟まれる前に潰してしまえ!」
レオンの軍はその令に勢いを増し、数で勝る兵力で一気に畳みかけた。
迎え撃つシュウの軍は、レオンの軍の半数もない。けれど、大群が押し寄せてくると言うのにも平然とした様子で、シュウは軍を引かなかった。
「何を考えている!?命が惜しくないのか!!」
レオンとて、殺戮を望んでこの場所にいるわけではない。無駄な血は、出来るならば流したくは無いのだ。
「・・・退くぞ」
そのレオンの声が聞こえたのかどうか。
森の中でシュウが突然軍を退いた。けれど、レオンがそれに気付いた時にはもう、勢いに乗った軍勢は止まれるものではなかった。
「わぁああ―――!!!」
鋼と鋼が打ち合う、激しい音。
突然背中を向けた獲物を目掛けて、勢いのままに王国軍が、アルジスタ軍を飲み込んでいく。
「・・・お前は逃げないのか」
レオンがその戦場の真っ只中に辿りついた時、何故かシュウは馬から降りて、その場に立っていた。
周りは、剣の打ち合いが響く戦場だ。いつ後ろから斬られてもおかしくないこの場所で、それでもシュウは逃げようとも、武器を構えようともしない。
いや・・・それ以前に、武装すらしていないようだった。
「・・・お久し振りです、とでも言うべきか?」
少し笑いを込めたようなその言葉に、レオンは騎乗したままでシュウを睨みつけた。
考え方がレオンに近いと、危険視されて門下を追放されたシュウ。
確かに、考え方は近いだろう。だが、それを実行する力はまだまだ幼稚で拙かった。
「・・・なんのつもりだ?まさか、犬死にしに来た、とでも言うのではないだろうな」
「・・・あぁ、無駄には死ねない。俺の命はそんなに安くは無いと思っている」
シュウの言葉は、しっかりとしていて、重い。
けれど、どうしてか違和感が拭えない。これ以上の策がありそうでならないのだ。
森の空気に掻き消されてはいるが、微かに漂うツンとするような香りも気になる。
追い詰めているのはレオンの方なのに、追い詰められた気分にさせられる。
「・・・ただでは、死ねないさ。貴方一人でも道連れに連れて行かねば、軍主殿に顔向けできないものでね」
「・・・な・・・」
同時に、シュウが何かを打ち上げた。
合図代わりの照明弾のような、ただ光が舞い上がるだけのものだったが、その途端に突然回りの温度が数度増した。
「レオン様!!囲まれました・・・っ!もう、逃げ道はありません・・・!!」
「どういうことだ・・・?!同盟軍にそんな兵力は・・・」
パチリ。
炎が爆ぜる音が、聞こえた。
「・・・兵力などではないさ。気付かないのか?ここに残っているのは王国軍と、俺と貴方のみだということに」
何処からか吹き荒れた風に呷られて、突然と森が赤く色を変える。
木々のざわめきはもう聞こえない。聞こえるのは、燃えゆく森の最期の悲鳴。
「貴・・・貴様!!命を捨てるなど、馬鹿げたことをするとは思わなかったぞ!!」
「それまでに貴方に勝ちたいということだ。・・・いえ、勝たねばならないのだ」
燃え広がる森は、逃げ道を失った王国兵を次々に飲み込んでいく。
無防備なシュウを襲うことすら忘れて、逃げ惑う兵達は次々に数を減らしていった。
「何を考えている!この巨大な土地を治めるには、ハイランドの絶対的な王制が必要なのだと、何故わからない!」
「・・・」
「都市同盟のような寄せ集めでは、いずれまた争いが起こる。戦は終らない。平和など、永遠に訪れないだろう」
「平和は、必ず訪れる。この戦いは無駄ではない。貴方こそ、恐怖と力で支配するような国は長続きしないと知っているくせに、どうして身を引こうとしない?」
「長引かせているのはお前の方だ、シュウ。・・・いたずらに戦争を長引かせて、この土地をまた血で染めたのは、お前だ」
「違う。俺は・・・俺の信じる道を進むだけだ」
シュウの言葉に、レオンの表情が少しだけ変わった。
微かに、シュウにだぶる様に、名声高い甥の顔が浮かんだのだ。
「・・・マッシュが、お前と私が似ていると言っていたが・・・とんだ見当違いだったようだ!」
じりじり迫ってくる炎の中で、レオンは激昂するままに叫び声を上げる。
その怒声が合図であったかのように、彼らの間に突然と燃えたままの木が振り落ちてきた。
いまだパチパチと燃え続ける炎に、じりじりと焼かれる肌が熱い。
「相打ちなど下らぬ!!!お前のその考え方は、私などよりマッシュにこそ似ているのだろうがな!!」
「・・・そう言って貰えるだけでも、嬉しいことはないさ」
師として、尊敬する相手と似ていると、師の血縁者から言われたのだ。
この戦争の最後を見届けることはできないだろうけれど、その言葉が全て・・・最高の餞だった。
「レオン様!!道が!道が開けたようです!!早く逃げましょう!!」
燃えて、倒れた木々が運良くも逃げ道を作ったらしい。
けれど、そのような道が開けたのはレオンの後ろだけ。燃え盛る樹木に阻まれたシュウに、逃げ道は無い。
「・・・どうやら、天はまだ私の方に微笑んでくれているらしい・・・」
自嘲気味に笑って見せたレオンだが、兵士に囲まれ逃げるその瞬間、痛い感情を瞳に映して、呟いた。
「・・・お前を亡くすのは、惜しいと思う。・・・生き延びろ、シュウ」
お前との戦いは、まだ終ってはいないのだぞ。
勢いを増していく炎に、最後の声は掻き消されて消えてしまったが。
流した涙も、すぐ乾いてしまうこのような場所で、生きて戻れるなどとはもう・・・今更思うまい。
「・・・せめて、この戦いが終るまでは。見届けていたかったが・・・」
空気が、熱く薄くなる。
呼吸するのも辛い熱風に少し肺を焼かれてしまったのだろう。咳き込んだ喉は更に焼かれ、立っているのももう、辛かった。
「オミ殿・・・」
レオンを討ち取ることは出来なかった。目の前で、まんまと逃がしてしまった。
このままでは自分は犬死だ。これでは、わざわざ命をかけた理由がないではないか。
「・・・申し訳・・・ありません。どうか我等に・・・勝利を」
けれどもう、立ち上がることも出来ない。
薄れ行く意識の中でシュウは、吹き荒れる風を少しだけ心地良いと感じながら、ただ・・・この先の勝利だけを願った。








NEXT





⊂謝⊃

 ういーお待たせしました続きです!
 メインは思いっきり戦争というか、シュウさんなんですけどなんだか(笑)
 や、でも、セフィリオとオミ、どっちの視点からも書いたしいっかvとは思ってますけど駄目ですかそうですか・・・(笑)
 今回のタイトル『仮面』は、それぞれ、オミとシュウとセフィリオに被せてつけてみました。
 本心を言わないオミと、嘘を付くために笑ったシュウと、今までのセフィリオの猫かぶり。
 ちょっと、満足したタイトル付けれたかなとは思ってますv・・・はい、自己満足です(笑)

 ではでは、読んで下さりありがとうございましたv

斎藤千夏 2005/04/24 up!

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