*軍主の器*
遠い空に、一瞬光る目印。
「来た!合図です・・・!オミさん!」
「・・・うん」
アップルから渡された策というのは、とても単純なものだった。
シュウからの合図が来たら、後ろのレオンの軍を気にせず、一直線に目の前のルルノイエ城へと攻め込むというもの。
先ほど、森の影から眺めたレオンの軍が大きく陣を敷いていたからか、城の前に立ちはだかる王国軍はそんな大きなものには見えなかった。
これならハウザー将軍と軍を分けて戦っても、軍力は遙かにこちらが勝る。
「来たぞ!都市同盟軍だ!!」
森から飛び出してきた同盟軍に、次の指示を受けていない王国軍は慌て出す。
王国側には、レオン以外に指揮を執るものがいないようだ。
「レオン様はどうした・・・?!あの方がいなければ・・・!」
「戦えー!戦うんだ!!一歩たりとも、城への進入を許すな!!!」
「勝利を掴むのは、ハイランドだ!都市同盟なんかに負けるな!!」
それでも、王国軍の士気も低くはない。最後の砦とも言える城なのだ。彼らも、負ける訳にはいかないのだろう。
「でも・・・僕だって」
負ける訳には、いかないのだ。
背負っている願いは、オミ一人だけのものではないから。
「ナナミ・・・」
もう、後には、引けないのだから。
ドン・・・ッ!
後方で、爆発音が聞こえた。
方角は、レオンが突撃してきた森。先ほど、オミ達が身をひそめていた森の中だ。
「何だ、何が・・・?!」
「森が、森が燃えてるぞー!!では、レオン様の軍は・・・!!」
空気に混じる、苦い煙の匂い。
王国兵たちは、眼前に広がる森が瞬く間に燃えていくのを、声を上げて言い合っている。
オミだって、振り返りたかった。
レオンが居ると言うことは・・・つまり、そこにはシュウもいるはずで。
「・・・シュウ、兄さん・・・ッ!」
アップルの息を飲む声が、すぐ後ろから聞こえた。声に混ざった嗚咽に、彼女が泣いているのが分かる。
でも、それでも。
「振り向くな!!僕らの目標はあの城なんだ・・・ッ!」
叱咤するように声を荒げて、オミは馬の速度を上げた。
心が痛まない訳がない。胸が苦しくない訳がなかった。それでも。
「・・・突き抜けるぞ!」
立ち止まる事も、振り返ることも、今はしてはならないこと。
「大丈夫・・・大丈夫。シュウは、無事に戻って来るから!」
小さく呟いて、言い聞かせる。後ろのアップルにも、振り返りたい自分自身にも。
失う事ばかりを恐れて、立ち向かうことを諦めてしまえば、今すぐにでも楽になれるだろう。
けれど、これ以上前へと進むことは、これから先一生出来なくなる。
「ガキの癖に・・・この・・っ!」
「・・・っ」
ギィン!!
振り下ろされた剣を、左腕のトンファーで受け、そのまま跳ね返す。
オミを囲む兵士たちも、入り混じった王国兵と剣を激しく打ち合っていた。
このままでは埒が明かないと思ったのか、突然降り注ぐ鋼鉄の矢じり。
「・・・っ!」
ふと、目の前にナナミの背中が見えた。
それは幻だと一瞬で理解したが、オミの身体はそのまま前へと飛び出していた。
「アップル・・・平気?」
「オミさん!何で・・・っ」
身体が動いたのは無意識だったのだけれど。
後ろのアップルを庇おうとしたオミの頬に、一筋の血の筋が流れている。
「私を庇うなんて!!オミさんが倒れたら、もうこの戦いは負けになるんですよ・・・っ!?」
「・・・わかってるよ」
「その怪我の何処が、『わかってる』んだよ全く・・・」
「ルック」
矢が掠っただけの軽傷で済んだのは、気付いたルックが風を巻き起こして矢の方向を変えたからだ。
「わ・・・っ」
「に、逃げろ!」
矢を放った王国兵は、何故か自分達の方へと戻ってくる矢の雨に、慌てて逃げ惑う。
ふわりと、オミの周りの草花が波を広げるように揺れ、上空にはルックの姿。
「無茶しない方がいいよって、何度も何度も言ったよね・・・?」
不機嫌そうな顔を更に歪めて、溜息を零す。が、オミはルックの方を振り返りもせずに、言葉を返した。
「平気だから。これ位かすり傷だ」
多少の傷など、気にもならない。これが最後の戦いなのだから。最後まで戦い抜くことが出来れば、それでいい。
アルジスタ軍の勢いに押されつつあった王国兵を眼前に見据えて、オミは一言声を零した。
「僕を止められるものなら・・・止めてみろ」
風が、毅然としたオミの髪を大きく靡かせる。太陽を受けて輝く瞳の色は・・・金。
誰かが呟いた。勝てる訳が無いと。
その姿はまるで戦いを司る神の具現した姿かのようで。
血に塗れた姿でさえ・・・敵であり、只の少年であるはずの姿でさえ、こんなにも神々しく見えるのだから。
「・・・っ・・・」
その気迫に、僅かだが王国兵の足が退いた。
「立ち止まるな・・・突き進め!!」
気合で負けた隙を突いて、オミはまた軍を城へ近づけていく。
じりじりと体力を奪う紋章を抱えて戦うのは確かに苦痛だったけれど。
ジョウイも恐らく、この痛みを感じているのだろうから。
持てる力全てを出し切って、戦い抜くのだ。
たとえ、この身が滅びようとも。
-----***-----
歩くような振動を感じて、目が覚めた。
「・・・気付いたか?」
「ビクトール・・・?何故・・・?」
肩に抱えられて、燃え盛る森から助け出されたらしい。
下ろしてくれと手を振ると、身近な木に背を凭れさせるようにして、ビクトールはシュウを肩から下ろした。
「どうして、そんな・・・全身火傷してるじゃないか」
シュウも勿論火傷を負っていたが、ビクトールも全身に火脹れを作っていた。
息を吸う余裕もない程の炎の中から、気絶している人間を一人抱えて脱出するのは、並大抵のことではない。
ビクトールは一仕事終えた後の一服とでも言う様に、腰に提げていた水嚢から一気に水を飲む。
「・・・何故もどうしてもあるか。あのなぁ、お前仮にも軍師なんだろうが」
水嚢をシュウに差し出して、飲むように促しながら、ビクトールは呆れた顔で続ける。
「この戦いが終るまでは、お前が責任を持て。オミを軍主にしたのは、お前なんだ。今更逃げるなよ」
「・・・・逃げてなどいない。俺は、勝つ為に・・・」
「あのな・・・」
ド・・・ッ!
「・・・っけは・・・、な、何を・・・!」
突然、腹部を殴られて、噎せる。飲んだ水を吐いてしまいそうになりながら、シュウはビクトールを睨んだ。
「その痛み、覚えておけよ。・・・これ以上、オミに苦しみを背負わせて、どうするつもりだ」
胸倉を掴まれて、シュウはビクトールの顔を見上げる。
ビクトールは怒りと哀しみが混ざったような、複雑な顔で、シュウを見据えていた。
「お前の命は、お前だけのものじゃない。ナナミが死んだ。キバも死んだ。わかっているのか?・・・もう誰も死ねねぇんだ」
遠くで、ぶつかる鋼の音、両群の声が聞こえてくる。戦いはまだ、終ってはいないのだ。
「オミのためを思うなら、勝利への策だけじゃない。お前自身が、意地でも生きろ」
「・・・ビクトール」
「勝つのは、全員の願いだ。だがな・・・」
ふと、砦をルカに襲われた時のことを思い出す。
負けるのは確実だった。けれど、更々あの砦を手渡す気もなかった。
燃え盛る砦を背にして逃げながら、それでも、あの時一番願っていたこと。
「誰も死ぬなと思う願いも、みんなの心にあるんだぜ」
ビクトールの言葉に、シュウは、自分の心を悟った。
あぁ、確かにレオンをしとめられなかったと思った瞬間、全てがどうでも良くなっていたのではないか。
ビクトールのことだ。逃げ出す手筈も整えていた筈なのに、シュウはあの場所から一歩も動かなかった。
これ以上生きることを諦めたシュウに焦れて、ビクトールは火の廻ってしまった森の中まで助けに来てくれたのに。
「・・・あぁ、そうだった」
勝利は掴むものだ。逃げ出しては、一生手に入らない。
ここで死に逃げ出すのは、まだ早い。
「馬鹿なことを・・・。そうだな、ここで死んでは、オミ殿に顔向け出来ん」
心強くあれとオミに言い続けたのは、自分なのだから。
「・・・復活だな。よし、俺達も城へ向うぞ」
「あぁ」
ビクトールの言葉に、シュウは自力で立ち上がる。まだ戦っている者達がいるのだ。自分だけ休んではいられない。
「ん、あれは・・・?」
ふと、ビクトールの背中に見上げた遠くの空に、一点の黒い影が見えた気がした。
-----***-----
「ジョウイ様!皇王様!!」
ルルノイエ城の城門手前。
陣を敷いていたジョウイの軍だったが、まだ戦いには出ていない。
ある意味、動かせない軍なのだ。ジョウイが取られてしまっては、この戦いは終わりになる。
そんな将がわざわざ出て行く理由もないだろう。
動かない軍の中央で騎乗していたジョウイに、伝令が跪いて言葉を紡いだ。
「報告致します。レオン殿の率いていた軍は、突然燃え広がった森に囲まれ、全滅した模様です。レオン様はどうにか戻られましたが、全身に酷い火傷を負っていて、軍を指揮することはもう不可能でしょう」
レオンの無事に、少しだけ詰めていた息を吐き出す。
自分の我侭で、才のある人間を死なせるのは嫌だった。
「・・・わかった。戦いの方は?」
この位置からでも見えないことも無いが、聞こえてくるのは戦いの喧騒ばかりで、状況はよく分からない。
「は、我等残りのハイランド軍も押され、アルジスタ軍は城目前まで辿り着いたようです」
「・・・オミが、来たのか」
近付いて来るのは、伝令の言葉を聞かずとも分かっていた。
右腕が、徐々に重さを増していく。・・・近付く片割れに、引かれているのだろう。
「皇王様、尚皇王様率いる軍は城の中へとお戻り下さいとのレオン様からの伝令です!城自体が堅固たる砦です。幾ら都市同盟が猛勢であろうとも、この城はそうそう破れたり致しません」
「・・・あぁ」
城の中へ戻ったとしても、オミは必ず城の奥まで入り込んでくる。この戦いを終らせる為に、必ずジョウイの元まで辿り着くだろう。
オミは・・・誰よりも強いのだ。昔から、何も変わってはいない。
「各将を城に配置しろ。アルジスタ軍を玉座まで辿り着かせるな」
「はっ!」
伝令が走って行く背中を見つめて、ジョウイも馬を城へと戻した。
こうなることは、初めからわかっていたのだ。
これが、最後の戦いになることも。・・・この戦いが、どういう結末を迎えるのかも。
「・・・僕は、こんなにも弱くなってしまったよ・・・オミ」
ナナミの血に塗れた身体を、これ以上目に浮べることが出来ない。
ただ、守る為に・・・守る力を手に入れるために、この手は何度も血に汚れてきたと言うのに。
あの瞬間、大切な何かを失う事を、恐れてしまった。
今手の中にあるものを、失いたくないと願ってしまった。
この手はもう・・・戦えない。
「それでも・・・僕に出来ることはあるよね」
広い広い城の中で、そう言えば、僕は一度として笑った事はなかった。
いつも毅然とした態度を貫いて、息を吐くことすらも出来なかった。
それでも。
「・・・嫌いには、なれないんだよ」
守りたいと、思う。
それは、ナナミをオミを守りたい気持ちとは、また別なものだけれど。
故郷を思う気持ちはきっと・・・いつまで経ってもなくなりはしないだろう。
「・・・レオン!レオンは何処だ!」
小さく微笑んだ頬をもう一度キツく吊り上げて、ジョウイは軍師の名前を叫んだ。
-----***-----
「見えたぞオミ!城門だ!!」
フリックの声に、オミは馬の速度を落とした。
城の門は閉ざされてはいない。見張りも居なければ、いままでここに陣を敷いていたジョウイの姿すら、どこにもない。
「・・・あちらさんは迎え打つ気だな」
オミ達を迎えるように大きく開かれている門の前で、フリックが小さく呟く。
その言葉を受けて、アップルがオミに問い掛けた。
「えぇ、これからは少人数での戦いになりそうです。オミさん、誰を連れて行きますか?」
城の中で軍を率いて戦う訳には行かない。兵力の少ないジョウイもこれを見越して、この方法に切り替えたのだろう。
オミは馬から降りて、その門の前に立つ。
見上げれば、それはそれは造りも美しい大きな城だった。
来た事がない訳ではない。ルルノイエの年に一度の祭典で、訪れたことはあった。
皇子ルカと、皇女ジル。そして、皇王アガレス=ブライト。
彼らの前で、ルルノイエの少年兵として披露した武芸大会。決勝戦まで勝ち残ったジョウイと腕を試しあった。
あの時は、こんな気持ちでこの城を見上げる事など・・・想像すらしていなかったのに。
「・・・ジョウイ」
今は、ジョウイが皇王として、その座に座っている。
そして、オミはその敵の都市同盟軍のリーダーとして、この場に立っている。
「・・・もう、後少しで全てが終る・・・。フリック、しんがりをお願い出来るかな」
「あぁ、任せとけ」
オミはそのまま振り返って、自分の言葉を待つ仲間達を見つめた。
最初に目が合ったのは、シーナ。
トランの大統領の息子という立場なのに、オミに力を貸してくれた。
「・・・シーナ。僕の隣、任せたよ」
「お、おう!隣は守るから。安心しろよ」
続いて顔を上げれば、背中に感じる視線に、オミはそちらを向く。
交差した強い視線に、何か苦しいものを感じていたけれど。
・・・それが、何か分かってはいたけれど、オミも応えるつもりはなかった。
応えられないからこそ、その視線の意味には気付かない振りをし続けていた。
「・・・ルック。僕の背中、守ってくれるよね」
オミの告げた言葉に、ルックは溜息を零して、ようやくオミから目を逸らす。
「・・面倒だけど、良いよ」
そっけなく言われた言葉だが、彼が一緒に城へと乗り込むことを望んでいたのは明らかだ。
オミに名前を呼ばれた時、何時もの無表情な顔に浮かんだのは確かに小さな笑みだったから。
「うん・・・お願いね」
オミも、頷き返して、後もう一人を視線で捜した。
ふと見た中には姿はない・・・だが、城門の上を見つめて、オミは名を呼ぶ。
「カスミ」
「・・・はい。お呼びですか・・・オミ様」
その瞬間にカスミの身体は、オミの横に膝を付くようにして、跪いている。
突然現れたその姿に誰もが驚いた顔をしていたが、オミは平然とした顔でカスミに問い掛けた。
「僕らには玉座までの道筋が分からない。カスミ・・・先導をお願い出来る?」
ここは敵地の城なのだ。普通に乗り込んでも、罠に掛かってしまうかもしれない。
けれども、彼女ならば。
カスミならば、敵に気付かれる事もなく道筋を導き出すことも可能だろう。
「・・・はい、喜んで」
ふわりと、微笑んだカスミの顔は、オミの人選を素晴らしいと思ったからだ。
誰よりもその場所にあった人物を、オミはこの人数の中から選び出した。
仕える主が誇らしいと、自分も誇らしく感じる。だからこそ、命を賭して仕えることが出来る。
それが、忍という者の定。
「それじゃあ・・・行こう」
カツンとオミ達が足を踏み入れた瞬間、突然扉が大きな音を立てて閉まった。
「・・・な」
「オミさん!どうして・・・急に!!大丈夫ですか!!?」
それ以上の進入を許さないかの様に、硬く閉じられる扉。
扉の向こう側から、アップルの声が聞こえてくる。どれだけ強く叩いても、その扉は開かない。
「アップル。大丈夫。僕らは無事だから・・・」
「でも!」
「そこで安心して待っていて。・・・必ず戻るよ」
扉越しにそう伝えて、ふと感じた殺気にオミは扉から飛び退る。
「・・・よく避けたな。その素早さは誉めてやろう」
「誰だ?!」
フリックが、黒い鞭の飛んできた方向をきつく睨んで叫ぶ。
薄暗い城内の柱の影から現れたのは、華奢とも言える女性の姿。
彼女の姿は、オミ達には見覚えがあった。
「あなたは・・・」
「・・・もう逃げられないよ。大人しく、ここで死にな!」
金の髪に褐色の肌。身に纏っている見慣れない衣服。
カラヤ族の族長の娘・ルシアの姿だった。
NEXT
⊂謝⊃
連休初日にup出来れば良かったんですが(苦笑)のんびり書いて、ここまでです・・・_| ̄|●(苦)この回でセフィリオと会わせるつもりだったのに!
計画は泡となって流れてしまいました(苦笑)・・・次こそは!!(気合)
ちょっとストーリーのベタ打ちすぎてつまらない所ですが、最後までどうかお付き合い下さいませ!
ではでは、読んで下さりありがとうございましたv
斎藤千夏 2005/05/01 up!