*心の出口*
「都市同盟アルジスタ軍、軍主オミ。・・・今日こそ、お前を殺す!!」
彼女の横に、カラヤの戦士は居ない。どうやら、彼女一人でこの人数を相手にする気のようだ。
「待って下さい!どうして・・・!」
「お前が邪魔だからさ。お前さえ消えれば、この大地は平和を取り戻すんだ!!」
オミ目掛けて、黒い鞭が飛ぶ。何とか避けて視界を戻すが、同時に柱の後ろにあった彼女の姿は残像を残して掻き消えた。
突然視界から消えた身体を捜して、カスミの目が空を彷徨う。
「何処へ・・・?!」
「・・・死ね!!」
死角から飛び出してきたルシアの身体を視界で捉えた時には、もう遅かった。
その身のこなし、スピードは、カスミでさえ舌を巻くほど早いのだ。
バチンと、鞭はオミの足を絡め取り、地面に引き摺り倒す。
「うぁッ!」
「オミ!」
受身を取る余裕もなかった。誰かの手がオミに届く前に、引き摺り倒された身体は地面を滑って彼女の方へと引き寄せられる。
ただ、オミだけに向けられた彼女の敵意は、いつしか殺意に変わっていた。
「お前さえ!お前さえ死ねば!!」
「させるかっ!」
もう片方の鞭がオミに襲い掛かる前に、その鞭をフリックの剣が止めた。
「少しは落ち着け!お前が、都市同盟を恨んでいることは知っているが、お前の恨みをオミへ向けるのは間違っているだろう!?」
「間違いなどではないさ。私の父は、お前等に殺されたんだ!!都市同盟、グリンヒルの市長にな!!」
彼女の怒りは正当なものだ。オミは首を振ってフリックを制した。
「・・・フリック、良いよ。庇わないで」
シーナに抱き起こされたオミは、そのまま一人で立ち上がる。
「あなたの怒りは、僕が受けるべきです。・・・都市同盟の代表として、あなたの相手になります」
「・・・いい心がけじゃないか。お前見たいな男は、嫌いじゃないんだけどね」
「オミ!」
「邪魔するな!!」
シーナの声に、ルシアが右手を振り上げる。キラリと光った紋章は、赤い炎の紋章。
突如、オミを除く全員に、赤い炎が襲い掛かる。
「っ負、けるか!!」
同時に、シーナの紋章が反応した。ルシアの炎が届く前に全員の身体を包み込んだ柔らかい光は、土属性の魔法『守りの天蓋』。
咄嗟の判断だろうが、その天蓋の光に阻まれ、炎は誰にも到達することもなかった。
「シーナ!」
「こっちは大丈夫だ!彼女、どうにかして止めろよ」
「・・・わかった」
そう言った瞬間、オミはルシアに向かって飛び出していた。
まだ呪文を発動させた反動で身動きが出来なかったルシアは、身体を捻ってオミの攻撃をかわす。
オミは、かわされる事を予測していたかのように、逃げたルシアの腕を狙って追撃を繰り出した。
「・・・ちっ!」
だが、オミのトンファーはまた空を切る。
「・・・すげ。オレ、何にも見えねぇんだけど・・・」
「あぁ、オレもだ。・・・・強くなったな、オミも」
カスミでさえ、その動きを追うことでいっぱいいっぱいなのだ。
そして更に、オミは速度を上げてルシアを追う。
かわすように上へと飛び上がったルシアの影を追って、空へと飛び上がった。
「空中では、避けられないですよ」
確かに、空中では下へと落ちる方向を変える術はない。
下から追撃されるトンファーの打撃を、接近戦に弱いルシアが受ければ、打撲程度などでは済まないだろう。
「・・・っま、まだだ!」
それでも彼女は、近くの柱に鞭を巻きつけ、その反動でオミのトンファーからまたも逃れた。
「・・・はぁ、はぁ・・・」
彼女の顔に、余裕の色はもうない。
残るのは都市同盟へ対する恨みと、オミへ攻撃の一つも出来ない自分自身への焦りだけ。
逃げてばかりで、何一つ自分から手が出せないのだから。
「・・・ルシアさん。出来るならば、僕はあなたを傷付けたくない」
地面に着地したオミは、今だ柱に足を付いているルシアへ、静かに視線を向けた。
「・・・はっ!今更・・・何を言うつもりだ」
「あなたの怒りの理由は正当なものだ。・・・だからこそ、正しい真実を知らないままに、あなたを倒すことは出来ない」
「真実だと?!」
オミの言葉に、激昂したルシアは柱から床へと飛び降りる。
「その真実を、お前等都市同盟が握り潰したんじゃないか!!あの屈辱は、お前達には絶対に分からない!!!」
カラヤの誇りを傷付けられた、少女の叫び。
オミは苦しい顔を浮かべて、それでも、視線だけはルシアから離さない。
「その恨みは、僕にぶつけて消えるものなのですか?」
「・・・・・・」
「例え僕を殺しても、あなたの父上は戻りはしない。敵討ちは、また新たな憎しみを生むだけだ」
「分かったような口を利くな!!お前に、お前のような子供に何がわかる・・・!!!」
真っ直ぐ立ったままのオミに飛び掛ろうとした瞬間、オミの前に影がかかった。
「やめて!!」
「・・・っ!?」
ルシアも、飛び出してきたその影に、繰り出そうとしていた攻撃を止める。
その突然の邪魔に、オミへの攻撃を止められたという事は、彼女も迷いがあったのだろう。
「お前は・・・」
「そうよ。あなたが怒りを向けるべきは、この私だわ」
「テレーズさん・・・?どうして・・・」
オミとルシアの間に割って入り込んだのは、テレーズだった。
グリンヒルの市長代行として、都市同盟に助力をしてくれた気丈な女性・・・ルシアの言う、グリンヒル市長の娘だ。
「オミさん!大丈夫ですか?!」
「アップル・・・?」
振り返れば、締められた扉は大きく空の色を写していた。
開かれたのではない。・・・粉々になった木の破片と、その近くにいるルックの姿に納得する。
あの頑丈で巨大な扉は、風の紋章で吹き飛ばされたようだった。
確かに逃げ道を塞がれているのは困る。ルックの機転に、オミは少し笑みを向けた。
オミの視線に気付いたのか、ルックは面倒そうに小さく手を振る。疲れたとでも言う様に肩を竦めているが、その表情は柔らかい。
「・・・お前まで出てくるとはな。いいだろう。軍主と共に、ここで死ね!」
「テレーズさん!」
「待って!!・・・私は、あなたと話がしたいの!オミ様も・・・お願い」
テレーズの真剣な表情に、オミは少しだけ武器を提げた。勿論、ルシアの攻撃に対処出来るように、構えは解かないままで。
オミのその動作にありがとうと微笑むと、テレーズは今だ怒りを納めないルシアの方へ振り返る。
「もしあなたの言う通り、私の父があなたの父様を罠にかけたのなら、その罪は私が受けます」
「・・・今更?お前等に我等が受けた仕打ちを知らぬとは言わせない!!謝った所で・・・!!」
「調べるわ!!事実を、あなた達が納得するまで!!今まであなた達が苦しんだ事実を証明して、その購いも全て父の娘として私が償うわ。だから・・・!」
「・・・?!」
「武器を提げて欲しいの。・・・お願い」
一歩も動かないルシアの前に、テレーズは頭を垂れる。武器を構えた相手を目の前にして、身を差し出すようなその行為は、仲間達の腰を浮かせた。
けれど、飛び出そうとするフリック達を、トンファーで止めたのは、オミ。
「・・・お前は、こいつを見殺しにするのか?」
ルシアの言葉は、オミに向けて放たれた。けれど、オミは表情を変えないまま、ルシアを見つめ返すだけ。
「あなたは、武器を持たない相手を殺せるほど、情けのない人間ではないでしょう?」
続けて告げられた敵意のないオミの言葉に、ルシアは少し瞠目する。
何度も殺そうとしたのだ。罠にだって嵌めた。なのに・・・どうして。
そんな相手を信じるような真似をする?
「・・・お前等は・・・お前達は・・・何故、この戦いを続ける・・・?」
これ以上、オミとテレーズ相手に憎しみを貫き通す事は難しかった。
二人とも、全ての心を曝け出してルシアに接してくる。その心は真っ直ぐ過ぎて、手にかけることが出来ない。
「この戦いを終らせる・・・。そして、この地に平和をもたらす。それが、僕たちの望みです」
無意味な争いは、ルシアだって好まない。
一人で戦いを挑んだルシアを殺すのならば、なにもオミ一人で戦おうとはしなかったはずだ。
オミも、ルシアの致命傷を狙っていなかった。武器を使う腕だけに狙いを定め、ただルシアの動きを止める事が目的のようだった。
それを考えれば、ルシアはただ一人で激昂していたに過ぎない。これ以上、相手をしているのも馬鹿らしい。・・・失笑が零れた。
「・・・わかった。お前達を、信じよう。・・・どうやら、願いは私と同じようだ」
「本当に・・・?信じて、くれるの?」
「・・・まずはこの戦いを見届ける。・・・全てはそれからだ」
テレーズの言葉にルシアはそれだけ返して、オミ達の前から姿を晦ました。
彼女にはもう敵意はなかった。彼女の怒りを解きほぐす事が出来たのは、テレーズのお陰だろう。
「・・・ありがとうテレーズさん」
「いいえ、お礼を言うのは、私の方です」
オミにも深く頭を下げて、テレーズは告げる。
「父アレクは、確かにカラヤ族などのグラスランドの民を快くは思っていませんでした。・・・彼女の言葉は恐らく事実でしょう」
「・・・」
「けれど、私は・・・。罰を受けなければならない私の変わりに、オミ様が彼女へ向かい合って下さった事・・・それが嬉しかった」
嬉しそうに笑う彼女の目尻には、少し涙が輝いていた。
そんなテレーズの隣に歩み寄ってきたシンに、視線だけで礼を返して、オミは後ろの仲間達を振り返る。
「さぁ・・・僕らは、先へ進まなければ」
今一つの争いの種は解けた。けれど、まだ大きな戦いは終っていないのだから。
-----***-----
オミ達の背中を見送ったアップルは、ルックの開けてくれた扉から少し離れた場所で陣を敷いた。
ここは敵地。城の中へと前進せずとも敵が居ない訳ではないからだ。
そして、戻ってくるオミ達の為に、この場は決して奪われてはならない。
「・・・待っていますから」
無事の帰りを。・・・そして勝利を。
「・・・おぉ、居た居た。ようやく着いたぜ」
兵士の中を掻き分けて歩いてくる声に、アップルが振り返る。
「・・・ビクトール?どうして・・・あなた」
そういえば、この戦いが始まってから一度も姿を見ることがなかった。
ハウザーの軍に居るのかとも思っていたが、皇都ルルノイエに到着しても、その姿は見えなかったのだ。
けれど、ビクトールの姿を捉えたアップルの目は、同時に驚きに見開かれた。
「・・・シュウ、兄さん・・・!!」
ビクトールに肩を支えられるように歩いてきたのだろう。疲労困憊してはいるが、その顔に浮かぶのは、笑み。
「・・・アップルか。心配、かけたようだな」
「私、・・・私・・・っ!」
自力で立っていることも辛いシュウの胸に、アップルは勢いのまま飛び込んできた。
何とか耐えて肩を抱いたが、すがり付いて泣く妹弟子の姿に、シュウは小さく苦笑を零す。
「・・・軍師たる者が、感情を露にしてどうする」
「ごめんなさ・・っ・・!でも・・・ッ!!」
叱っても、その溢れる涙は止まらない。・・・ビクトールの方を見れば、それ見たかというような顔をされてしまった。
「・・・死んだら、悲しむ者がいる・・・。それは嬉しい事だがな」
嗚咽を繰り返すアップルの姿に、シュウはもう一度苦しそうな顔で笑った。
「おーい、ホウアン先生連れてきたぞ!」
サスケの声に顔を上げれば、走ってくるホウアンの姿が目に映った。
そうして、ようやくアップルはシュウから離れる。
「・・・この怪我で、あの森から歩いて・・・?」
水の札で粗方の炎は消えてはいるが、今だ黒い煙を上げている森は、城からかなりの距離がある。
ホウアンはまさかという感情を込めて問い掛けたのだが、ビクトールは首を振った。
「いや・・・。あれに乗せて貰ったのさ」
そう言ってビクトールが指した方向は空。
眩しい太陽に邪魔されて誰も何も見つけることは出来なかったが、ビクトールは満足そうに笑う。
「・・・俺らが負けることは、もうねぇよ。・・・安心して、待ってようぜ」
何をそこまで安心できるのか・・・。その場にいた誰もが首を傾げたが、その言葉はどうしてか信じてみたくなる雰囲気を含んでいた。
ビクトールの言葉を受けるように、シュウも不思議と落ち着いた笑顔で頷いた。
「・・・あぁ、待っていよう。・・・オミ殿は、必ず帰ってくる」
勝利と言う栄光を抱えて、必ず。
-----***-----
走り抜けていくルルノイエ城は、不気味なほど人が居なかった。
確かに血生臭い戦いの場には向いていない美しい城だったけれども、奥へ進むにつれて、その敵の少なさが次第に不安にもなってくる。
この城に乗り込んでから今まで、オミ達に戦いを挑んできたのはルシアただ一人だけだからだ。
「・・・次の扉を開けば、長い直線の回廊に出ます」
「うん。この扉だね」
銅像の並ぶ部屋から続きの扉を開けば、カスミの言う通り長い回廊に出た。
直線の長い回廊の先、次の扉へと向う手前に、恰幅のいい鎧姿が見える。
「・・・んー・・・?次の扉の前、誰か居るぞ」
「・・・見覚えがあるな」
シーナの言葉に、後ろからフリックが眉を寄せて呟く。
ハイランド軍、第二軍軍団長。その名は広く伝えられるほど、勇ましい英雄。
「ハーン・カニンガム・・・」
その名を聞いて、オミがふと顔を上げる。後ろのフリックを振り返れば、オミの声に頷いて返してくれた。
「・・・あの人が」
「そうだ。お前の爺さんの、好敵手だった人物さ」
「ハーン・・・」
ハーンの方もオミ達の侵入に気付いたらしく、視線をこちらに向ける。ただ真っ直ぐに立っているだけだが、その気配に隙は全く無い。
近付いたオミ達を視線だけで眺め、もう一度オミに目を止めて口を開く。
「お前が、オミか?」
「・・・えぇ」
距離を保ったまま小さく頷くと、彼は右手を剣の柄に触れさせた。
その顔には、幾許の期待と、少しばかりの悲しさが滲んで見えたのは気のせいか。
一瞬の眼差しが、懐かしいゲンカクのそれに似ていて、オミは彼をもう一度眺める。
背格好にそんな似ているところがある訳ではない。ただ、感じる気配が、オミを救ってくれたゲンカクに似ているのは確かで。
「こんな形で会えることを望んでいた訳ではないがな。・・・出会えて嬉しいぞ」
「・・僕も、貴方には一度会いたいと思っていました。・・・カニンガム将軍」
「ははは!そうだな。・・・・都市同盟アルジスタ軍、軍主オミ殿」
柄にかけたままの手が、シャランと鋭い音を走らせて鞘から引き抜く。
白銀の色に目を奪われながらも、オミはハーンから目を逸らさない。
「手合わせを、願えるか?」
「・・・それは、貴方を倒さねばここは通さない、・・・と?」
「そう取ってくれて構わない。ここは、私が愛する母国なのでな」
退く気配のないハーン。オミは仕方なく、トンファーを腕で一回転させて、腰下段に構える。
「・・・いい教えを受けたな。・・・では、参るぞ」
オミの構えに満足そうに笑んだ顔が、彼の『ゲンカクの親友』として最後の笑みだった。
吹き付けてくる威圧は、今までに感じたことが無いほど強い。
「・・・」
その場にいた誰も、一声すら上げることが出来なかった。
ハーンが望んだのはオミとの一騎打ち。構えた二人の間に割り込もうなど、それこそ自殺行為だろう。
オミもハーンも、構えたまま一歩として動くことが無い。
動いたら最後、勝敗がつくと分かっているからだろう。
「・・・」
どこかの窓が空いているのか。風と一緒に紛れ込んだ、一枚の紅葉。
二人の間にひらりと舞い落ち、一瞬お互いの視線を遮断する。
・・・・キィン!!
跳ね上げられた剣は、床に深々と突き刺さる。その剣に柄はない。
「・・・・この剣ではもう・・・お前の打撃は受け止めきれんかったか・・・・」
実際に百戦以上の戦いを共に切り抜けてきた剣であったが故だろう。
ハーンの握る柄から中間あたりの刀身は、綺麗に折れて地面に突き刺さっていた。
「・・・強いな。ゲンカクを越えたか」
「いいえ・・・僕は」
彼に叩き込んだ打撃は二つ。一つ目は剣で受けられ、その刀身を砕いた。
二つ目は・・・。
「・・・早く行け。皇王殿が待っている」
「・・・将軍」
「いいから、行け。・・・私は、お前に会えて嬉しいのだよ。オミ」
武人として、自分より強い者に出会えた時の感動は並大抵のものではない。
それも、友として語り合ったこともあるゲンカクの養い子なら、こんな結果も仕方ないと受け入れられる。
仲間達に引き連れられ、部屋を後にしたオミの背中を見送って、ハーンは思う。
「・・・私達を許しておくれ。紋章を一つに出来なかった・・・私達を」
ジョウイとオミがそれぞれ宿している紋章は、元はハーンとゲンカクが受け継いだものであった。
この二人を戦う定めに導いたのは、一つに出来なかったハーン自身とゲンカクの所為だ。
「・・・ゲンカク・・・。私も漸く・・・お前の元へ行けるのだな」
オミの2発目の打撃は、衝撃を緩和するものも無く、綺麗に急所へとめり込んだ。
痛みは殆ど感じない。ただ、足から力が抜けていく。
「・・・紋章を・・・一つに。頼んだぞ・・・」
これ以上、紋章が争いを呼ばないように。
全てがこの戦いで終る事を願って、ハーンは静かに目を閉じた。
-----***-----
「来たぞ・・・」
「奴等、ここまで入り込んだと言うことは・・・」
「将軍・・・。仇討ちだ。・・・・これ以上の進入を許すな!」
ハーンと戦って進んだ次のフロアから、いきなり一般兵が数を増やした。
オミ達を囲むように襲い掛かって来る兵士の数は、追いやっても追いやっても、後を絶たずに襲い掛かってくる。
「〜〜!次から次へと!!オミ!埒が空かねぇ!!」
「このまま、走り抜ける!!」
むやみに人を傷付ける趣味は無いが、向かってくるなら倒さねばならない。
彼らにもオミ達にも、譲れない勝利なのだから。
走り抜けた扉を開いた瞬間、眩しく突き刺さる光に、一瞬視界を奪われた。
瞳を焼く眩しさを感じながらも、頬を撫でる風に、ここが屋外なのだと気付くことが出来る。
「・・・っ!いきなり外か!?カスミ、この道で合っているのか?!」
眩しさに目を細めたフリック。王国兵の剣を薙ぎ払いながら、叫んだ。
カスミは、記憶にある城の構造を脳裏に呼び起こし、次の扉を視界で探しつつ、フリックの言葉に頷いて返す。
「そのはずです!・・・見えました、あの扉へ!」
カスミが指した次なる扉は、ルルノイエ城空中庭園正面の大階段の先にある。 「あぁ、行くよ・・・?!」
と、大階段を駆け上がるオミの横から、走り込んでくる大群の王国兵。
オミ達が飛び出した扉とは反対側の通路から、一気に押し寄せてくる。
この時ばかりはオミの早すぎる足が仇となった。後ろの仲間と切り離されたのだ。
「っ!オミ・・・!!」
「ちくしょ・・ッ!邪魔だお前ら!!」
階段の下で二人の声が上がる。だが、もう間に合わない。
「・・・うわぁああ!!!」
・・・けれど、悲鳴を上げたのは王国兵たちの方であった。
ここが屋外と言う事が味方したのか、彼らはオミに剣を振り下ろす瞬間、鋭く吹き荒れる風に切り裂かれていた。
「・・・・後先考えずに突っ込むの、止めて欲しいんだけど」
オミより上の階段にふわりと足を降ろして、ルックが鋭い視線を向ける。
告げられた言葉に、オミは苦笑を返して、頭を垂れた。
「・・・ごめん」
でも、時間が無いのだ。
オミは無意識に左手で右手甲に触れる。
徐々に重さを増していく右手は、ただトンファーを握っているだけで、もう痺れてしまっているのだから。
「・・・っ負け、るか・・・!死ね・・・・!!」
「・・・っ」
トンファーも上げていない。構えは解いていた。
痺れている右手を上げたとて、振りぬかれる剣に腕を奪われてしまうだけだろう。
「オミ様・・・!!」
カスミの声も遠くに聞こえる。ルックも紋章を発動した直後だった為にか、反応に遅れた。
全ての速度が緩む。振り下ろされる鋼の輝きが、ゆっくりと近付いてくるのが見て取れた。
それだけの動ける視界を持っていながら、オミの身体は重く、動かない。
ただ、榛の瞳を見開いて、振り下ろされる剣を見つめていた。
ガキィン・・・!!
「・・・・ぁ・・・」
激しい金属音に、オミは周りの速度が元に戻った事に気付いた。
無意識に避けようとした反動なのか、立っていた身体は地面に手を付いて座り込んでいる。
「・・・な・・っ・・邪魔を・・・どこから・・・?!」
王国兵の剣は、オミの目の前で止められていた。
その剣を止めたのは、足元の石畳に突き刺さった、一本の黒い棍。
オミと王国兵の間を遮るように、斜めに突き刺さっている。
「・・・こ、れ・・・」
オミが呟いたと同時に、その視界は上から舞い降りたバサリとはためく布に遮られて分からなくなる。
地面から引き抜かれた棍は、まるで生きているかのように空を泳ぎ、ルックの風を受けても今だ立っている兵士達を尽く地面に沈めた。
その間、僅か数秒。
暫しの沈黙の後、地面に、コ・・・っと棍を突いて、風を孕んだ外套をなびかせたその者の姿は。
「・・・・セフィリオ・・・・」
ゆっくりと立ち上がったオミが、小さく呟いた。
階下にいたカスミやシーナ、フリックも、驚きを隠せない顔でオミ達を見上げる。
オミよりも更に階上にいたルックは、少し眉を寄せてはいたが、オミの無事にその視線は硬くない。
数歩歩いて、オミの前に立ったセフィリオは、バンダナと前髪に隠れた瞳でオミを見つめる。
何もかもが真っ白で、それでも彼から視線を逸らせず言葉も告げないオミは、ただ黙って彼の前に立っていた。
パン・・・!
乾いた音が、鳴り響いた。
二人を見つめていた8つの目が、驚きに見開かれる。
オミも、自分の頬が酷く熱いと感じたのは、身体を抱き締める腕を感じたその後で。
「・・・どれだけ」
きつく・・・壊れるほどに抱き締めてくる腕が苦しかった。
けれど、肩口に埋められた唇が紡ぐ声に、ほんの少しの震えを聞き取ってしまってはもう・・・振り払う事も出来ない。
「どれだけ・・・心配させれば気が済むんだ・・・っ・・・!」
搾り出すようなセフィリオの声。黙って戦場へ旅立ったことを責める、張られた頬の熱。
「・・・・・」
オミは、殴られたままの体勢で、一声すらも上げられないでいた。
縋りたかった腕が今、自分の身体を抱き締めているというのに・・・腕が上がらない。
「・・オミ・・・・・・・オミ」
先ほどの、剣が振り下ろされる瞬間、セフィリオは身体中の血の気が引くのを感じた。
そうと気付いた瞬間には無意識に棍を投げていたが、それが少しでも遅れていたら。
今、この腕の中に在る存在は、この温かさを失っていたかもしれない。
全身で感じている鼓動も、止まっていたかもしれない。
セフィリオは抱き締めていた腕を少し緩め、逸らされたままのオミの瞳を自分へと向ける。
見開かれたままのオミの瞳は、セフィリオの姿を映して混乱している様だったが、榛の色が少しぼやけて見えた。
オミの左頬に残る小さな矢傷・・・。指で傷をなぞって、唇で流れる血を舐める。
そうして、今度は深く・・・深く胸に抱き込んだ。
「・・・無事で・・・良かった・・・・」
抱き締めるまで、生きた心地がしなかった。
失ってしまうかもしれないと思う恐怖は、今すぐにでも忘れたいほどに苦しく痛みを伴うもので。
「・・・・・・」
安堵の溜息が混ざった言葉を耳元で聞き取って、オミは漸く、重い腕を持ち上げた。
恐る恐る伸ばした手を、セフィリオの背中に回す。
触れて、少し力を込めて・・・・・その温かさに、視界が潤んで揺れた。
「・・・っ・・!」
きつく、布を握り締めて、腕に力を込める。
あんなに欲しかった腕が、胸が、目の前にあった。
「オミ」
聞きたかった声が、すぐ傍で聞こえた。
「・・・・セ、フィリ・・オ・・・っ!」
張り詰めていた心は、漸く出口を見つけたかのように溢れ出す。
「・・・オミ」
ほんの少しだけ。
オミの涙が止まるまで。
アルジスタ軍はその潜入の足を止めることとなる。
NEXT
⊂謝⊃
・・・・長。(汗)何が長いかって、最初のVSルシアシーン!!長過ぎだろ意味もないこと並べすぎだろ!!(笑)
でもどうしてか短く出来ませんでした・・・_| ̄|●その代わりその後が色々と切られてる(笑)
そしてそして。セフィリオさん。空からの登場です(笑)
待ちに待っての登場シーンは、空から降ってきて戴きました。(笑)
なんで上から??って理由がわからなかった方は、次回をお待ち下さいませ(笑)
ついでに。
この話で、セフィオミのGストーリー編・・・50ページです(笑)書いたなー俺も(笑)
ではでは、次回をお待ちくださいませv
斎藤千夏 2005/05/03 up!