*戦う理由*
「・・・っ・・・く・・」
「・・・よく頑張ったねオミ。・・・でも、まだ終ってない」
頭を撫でるセフィリオの大きな手が、優しいままにオミを包む。
離れたくなくて、・・・けれども、見上げた景色に、ようやくここが戦場なのだと思い出す。
今は王国軍の居城ルルノイエに潜入しているのだと、セフィリオの肩越しに見える扉に、オミはやっとのことで身体を引き離した。
するりと離れていくオミの腕に、小さく苦笑しながらも、セフィリオは腕から力を抜いて、その身体を解放する。
「・・・ごめんね。いきなり、泣いたりして」
その言葉は、待ってくれていた仲間たちへ向けられたものだ。
まだ、少し潤んでいる瞳に力を込めて、オミはいつものように微笑んで見せる。
「・・・いや」
オミの言葉に、苦笑を返して首を振ったのはフリック。
「今までのお前はどこか危なっかしかったからな。・・・ようやく、元のオミに戻ったな」
張り詰めて、いつ壊れてもおかしくない危険を孕んでいたオミの心。
度重なる心労に、紋章で奪われつつある体力も相まって、彼の命を尽く削っていた。
オミが都市同盟に来て以来、ずっと見ていたフリックだからこそ、本来のオミの笑顔に嬉しそうに頷き返す。
「そうそう、その笑顔!待ってたんだぜオレも」
フリックの言葉に頷くようにシーナも笑い返してくれた。
隣国の大国、トラン共和国大統領の息子だと言うのに、その地位を鼻にかけるような態度は見せない調子者。
けれどその彼の明るさに、オミは今まで何度救われたか、その数は知れなかった。
「・・・ごめんね。でも、もう大丈夫・・・。歩いて、行けるよ」
今までとは違う、顔つきの変わったオミ。
本来の彼の姿で在るにも関わらず、あの大衆の前で見せた軍主としての彼よりも、人を惹きつけて止まない光は、尚強い。
「・・・・」
そんな様子のオミにセフィリオも静かな視線でオミを見つめていた。
これが最後の戦いになるだろう。もう、これ以上彼を苦しめる物は無くなるのだ。
「・・・そろそろ、進もうか?」
そういうことなら、善は急げだ。一瞬だって一秒だって、早くオミを解放したかった。
「セフィリオ様・・・、その前にお一つ伺っても・・・?どうやって、この城へ・・・?」
けれど、そのセフィリオを止めたのは、カスミの言葉だった。
空から現れたセフィリオに、驚いた様子を隠せない様子で、セフィリオを見つめている。
確かに、周りにはこの城よりも高いものなど何も無い。
不思議そうな顔をして驚く彼女に、セフィリオはくすりと笑って、空を指差した。
「連れて来て貰ったんだよ。リーダーの所まで、ね」
空を指していた指を口元に移動させ、軽く息を吹く。
透き通るような指笛が響いたかと思うと、全員の視界から、一瞬太陽が途切れた。
指笛に呼ばれるように、大きな羽音を響かせて舞い降りてきたのは。
「フェザー!・・・どうして?」
駆け寄ったオミに、嬉しそうに懐くフェザー。毎夜の様に、屋上を狙って進入する敵から守ってくれた大切な仲間のひとりだ。
勿論、セフィリオと面識が無い訳ではないが、まさかその彼を背に乗せてくるとは誰が思っただろうか。
「・・・レオナがね。オミを追うと言った僕に、改めてフェザーを紹介してくれたんだ」
「レオナさん・・・が?」
幾人もの人間を眺めてきた彼女だからこそか、人の感情を読めてしまうような不思議な人だった。
そっけない態度の裏の温かさに、オミは何度感謝しただろう。
オミを追うと言ったセフィリオを止めず・・・いや、止めても無駄だっただろうが、尚手助けをしてくれたのは・・・オミにとって彼が必要だと知っていたから。
「・・・本当に良い軍だね、アルジスタは。だからこそ・・・こんな戦いは早く終らせてしまおう」
力を貸してくれた、仲間達を守る為に。
この地に平和をもたらす為に。
「・・・はい・・・!」
オミ達は大階段を駆け抜けて、再び城の中へと潜入した。
-----***-----
バタバタと走る音。
奥へと進むにつれ、王国兵の数は極端に少なくなっていた。
「助かるんだけどよ。・・・なんか嫌な感じだな」
「・・・うん」
シーナの呟きに、オミも頷いて返す。
静まり返った城内の中で、自分達の足音以外聞こえないのも何かの罠のようで、これ以上先へと進む足を重く感じさせた。
兵が一人も居ないわけではないのだが、次から次へと出てくるわけでもないので、戦闘時の緊張感が長く続かない。
「・・・っ」
「オミ・・・?」
走る足が片方、不自然にもつれた。
体勢こそ崩れはしなかったが、オミの後ろを走っていたセフィリオには気付かれたらしい。
「大丈夫・・・、平気だから」
「・・・・・・」
そう、笑顔で軽く返しても、セフィリオは辛そうな表情を変えたりはしなかった。
それは、他の仲間達も同じで。
オミ本人こそ気付いていなかったが、元々色の白いオミの肌は、不自然なほど青く透き通っていた。
まるで、そのまま消えてしまいそうに儚く弱く感じてしまうほど。
身体がもう、紋章を宿すことに限界が来ているのだろう。走った為に流れた汗とは違う冷たい汗を、オミは手の甲で軽く拭った。
「早く進まないとね・・・。外で、みんなも戦ってるんだ」
足の止まった仲間を振り返って、オミは頷く。
柔らかく穏やかなものであったけれど、疲労の色は隠せない。
「オミ・・・お前」
「・・・?!下がれ!!」
フリックが強がるオミへと言葉を続けようとした時、セフィリオはふと周りの空気の色が変わったことに気が付いた。
セフィリオの声に、飛び退いたその場所はあっという間に巨大な炎に包まれる。
「・・・な」
「・・・よく避けたな。これでもしっかりと狙ったつもりなんだけどよ」
消え行く炎の向こうから、抜き身の剣を煌かせて歩いてくる将が一人。
「不意打ちを狙うとは情けないぞシード。お前も武人なら真向から戦うべきだ」
バチ・・・ッと右手から紋章の光を発しながら、それでも冷静な顔を崩さずに、オミ達へと向き直る。
「オミ殿。今すぐここから退いて戴きたい。けれど、例えあなたが我が皇の友であったとしても」
他の仲間たちも、クルガンの顔は知っていた。
ルカ・ブライトを倒したオミ達の下へ、和議の申し入れを伝えに城まで訪れたことがある。
それからも何度か顔を合わせては居たが、こうやって直接剣を交えるのは初めてだ。
「これ以上先へ進む事を望むのならば、容赦はしない」
彼の右手から放たれた紋章の光は、そのままシードの剣に纏わり付く。
「行くぜ・・・っ!」
雷の力を剣に纏わせたまま、シードは素早い動きでオミ達へと向かって走り込んできた。
「・・・ッ!」
その剣を受けたのはフリック。だが、スピードに乗ったシードの剣撃を軽く受け流せるほど体勢は整っていなかった。
上段からの攻撃に下段で構えてしまったが為に、押され気味のフリックの横から、カスミがシードに飛び掛る。
「ハッ・・!」
「ち・・・ッ!」
横からの反撃に、シードはフリックの剣を払って、クルガンの隣まで飛び退った。
「ここが、最後に残ったおれ達の国。おれ達の誇りだ」
シードも右手を高々の上げて、一気に魔力を高めた。
「!・・シーナ、天蓋を・・・!」
「遅い!!」
オミの声が届くか届かないかの瞬間に、辺りは再び炎に包まれる。
視界いっぱいに広がった炎に飲まれていく都市同盟軍を眺めて、シードは剣を軽く振った。
「・・・何だつまらねぇ。もう終わりかよ」
だが、その瞬間、炎の壁の向こうで何かが光った。シードの魔力に隠れて分からないが、確かに紋章の力が働いている。
「いや・・・まだだ!気を抜くなシード・・・!」
そうクルガンが叫んだと同時に、熱気を帯びた激しい風の刃が二人を切り刻んだ。
「うわぁああ!!」
風など、剣を構えて避けようにも避けられない空気の刃だ。
真正面から、自分の魔力と共に切り返されて、シードは地面に膝を付いた。
「・・・・これ位の魔法で、殺せるとでも思ったの?」
冷たい言葉を吐いて、そんなシードを眺めたのはルック。
シードの魔法が放たれた瞬間、ルックは風を操り炎の壁とオミ達の間に小さな真空の壁を発生させた。
空気の無い真空では、炎は燃える為の酸素を失い消える。
そのまま真空の壁に切り裂きをぶつけて、炎の魔力ごと相手に返したのだ。
「・・・く、そ・・・!クルガン・・・、水の・・・」
言いかけて、シードは息を飲んだ。
自分より後ろに居たはずのクルガンの背が、今目の前にある事に。
紋章を放って気を抜いていたシードを庇って、彼はそこに膝を付いていた。
「・・・クルガン!お前・・・!」
「気にするな・・・。早く・・・倒すだけだ」
ぽぅ・・・と、静かな水の光が全身を浄化していく。
「守るんだろう、この国を。ジョウイ様を」
「・・・・あぁ、そうだ。この国だけは・・・汚させはしない・・・!!!!」
オミ達もようやく体制を整えて、彼らに向き直る。
彼らにとって、この国が『守るべきもの』なのだ。それは重々分かっている。
けれど、ここで退く訳には行かない。
オミの限界が近いように、ジョウイの限界も近いのだ。
これ以上、長引かせる訳には行かないから。
「・・・ごめんなさい。あなた達の誇りを汚したい訳じゃありませんが・・・」
掴んだトンファーを腰に構えて、一気に闘気を溜め込む。
「負ける訳にいかないのは僕らだって同じなんです。・・・・だから、ここを通してもらいます」
途端に空気の変わったオミの雰囲気に、シードもクルガンも思わず身構えた。
これが、『軍主』と呼ばれる者の闘気なのかと。
これから戦う相手なのかと、思わず身体が震える。
「・・・・そう、こなくちゃな。行くぜ、クルガン」
「・・・あぁ」
勝てる相手だとは思わない。だが、強い相手と対峙した時に感じる高揚感だけは、抑えきれなかった。
「はぁあ・・・ッ!!」
例えこれで負けてしまったとしても、死んでしまうことになったとしても。
「おれは、この国を、ジョウイ様を守るんだ・・・・!!」
その強い思いだけは、誰にだって負けはしないから。
-----***-----
「・・・!」
「・・・ジョウイお兄ちゃん?」
力強く抱き締めていたピリカが、腕の中で声を上げる。
最後で良いから抱き締めて欲しいと、そう願われての抱擁だったのだけれども。
遠くで聞こえた声に、ここがまだ戦地なのだと思い知らされる。
「・・・さ、ピリカ。もう時間が無い。早く・・・逃げてくれ」
少しだけ嫌がる素振りを見せたピリカも、大人しく、その言葉に従って地面に降りる。
扉の前で待っていた侍女に連れられ、出て行く間際に、ピリカは柔らかな笑顔を見せた。
「・・・またね、お兄ちゃん」
ぽろぽろと涙を零しながらも、その笑みは暖かい。
ピリカは一度だって『さよなら』は言わなかった。『またね』と、手を振るだけ。
もう会えないと分かっているだろうに、それでもそんな態度を崩さない。
父を無くし母を無くし、一度は声まで無くしたまだ幼い少女。けれど、彼女は強くなった。
「・・・強くなったねピリカ。せめて・・・幸せに」
失う事を恐れない、強い心を手に入れた。だから、もうこんな世の中に苦しむ事はないだろう。
「ジョウイ・・・」
ピリカ達の出て行った扉とは違う扉から、顔を覗かせたのはジル。
この国の王族そしての血を、最後に残した少女。
「まだ居たのか。・・・君も、早く逃げないと」
「嫌です」
「・・・ジル」
ジョウイから数歩離れた先で、ジルは気丈にも態度を崩さない。
この城が攻め入られていると言うのに、怯えることもなく、皇女としての態度を保っているのだ。
いや、今や彼女は皇妃。これしきの事で怯えていては勤まらないと考えているのか。
「・・・まだ、まだ負けるとは決まっていません。私は皇妃。貴方の妻なのです。この国の妻なのです」
「けれども、ここはもう・・・」
「皇の貴方が残ると言うのに私だけ逃げろと仰るのですか?私は、ここに残ります」
「・・・・」
あくまでも、その意思を貫こうとする彼女に対して、ジョウイは小さく溜息をついた。
この手で守りたいと思った。オミとナナミ以外で、初めてそんな気持ちを感じる。
もし、ジョウイがオミと出会っていなければ、このような女性に惹かれていたのかも知れない。
けれど・・・オミと出会ってしまった。オミという存在を知ってしまった。だからもう・・・。
「僕は君を愛せない・・・。受け入れられないんだ」
「・・・いいのです。例え貴方が誰を愛していようと・・・・私が貴方を愛していることに変わりはないのですから」
数歩の距離を縮めるように、ジルはゆっくりとジョウイに近付く。
目の前に来たその時、立ち尽くしたままのジョウイの胸へ、そっと寄り添った。
「・・・貴方が、誰を見ていたのか知っていました。幼い頃から、貴方をずっと見ていましたから」
「・・・!」
「それでも、私は・・・。諦め切れなかった。本当は貴方に・・・」
愛して欲しかった、と。
その言葉だけは言えずに、ジルは黙り込む。
涙も零さない気丈な皇妃の背を、ジョウイはそっと抱き締めた。
気持ちを込めて彼女を抱き締めるのは初めてに近い。
「ジル。・・・この国がここで勝とうと負けようと、僕はもうそう長くは生きられない」
「・・・!」
「この国に宿っている真の紋章を抑える為にこの力を使ってきたけれど・・・不完全な紋章ではやはり、無理だったみたいだね」
平気な顔をしているからジルも気付かなかったが、ジョウイの額は脂汗に濡れていた。
恐らく、もう立っていることも辛いに違いない。
「だから、・・・・君に会えるのはもう、今が最後になると思う。・・・・だから、一つだけ」
いつも、彼女からの心を受け取るだけで、何も返してやれなかったから。
「君の願いを叶えよう」
抱き締められたまま告げられたジョウイの言葉に、ジルはゆっくりと目を閉じる。
抑えて抑えて我慢していたものが、静かに一滴、頬を流れた。
「・・・一度でいいのです。最後に・・・・」
ジョウイの腕に嬉しそうに微笑んで、そっと呟いた言葉。
その望みだけでも彼女が願うならと、ジョウイはそっと、己の唇でジルの唇を塞いだ。
NEXT
⊂謝⊃
お待たせしすぎて申し訳ありません・・・・_| ̄|●(滝汗)前のに力を入れすぎた所為か、シード&クルガンシーンを悩みすぎた所為か、もの凄く遅くなってしまいました。
でもね、いい加減続き書かなきゃなと思ってね・・・・頑張ったよ俺!(笑)
伝えたいことを全て書き込めた訳じゃないけど、書きたい所は書けたので良しとします。
本当に書きたいのはもっと後だから!!頑張る!!最後だしね!!!(気合)
こんな所まで読んでくださってありがとうございましたv
ではでは、また次の機会に!
斎藤千夏 2005/06/12 up!