*終戦*
揺れ続けるルルノイエの大地は、その細かい振動を止める事もなく、徐々に城の形を崩していく。
堅固な壁には無数の亀裂が入り、城内の其処拠に飾られていた美しい石像も、豪華なシャンデリアも無残に砕け散っていた。
「・・・・・・ジョウイ殿」
オミ達同盟軍が紋章の力で、遮断された空間に飛ばされてから、レオン=シルバーバーグは崩れる城から逃げ出していた。
レオンの周りには、同じく城から逃げ出した兵士達が同じ様に城を眺めている。
これは、命令だった。
逆らう事の許されない主からの、最後の命令。
―命をかけてまで守るものはもう、この城には無いだろう・・・?―
確かに、獣の紋章が同盟軍を撃ち滅ぼしたとて、ブライト王家に勝利の文字は刻まれない。
この地はその名の通り、『混沌の地』となるのだ。荒れ狂う紋章が全てを飲み込んで果てるまで。
けれど、封印も出来ない目覚めかけた紋章をあのまま抑えておく事も出来ない以上、最後の望みにかけてみたのだ。
勝利の文字を譲るからには、この地を脅かすものから、この地に住む民を守れるか・・・平和を守る力があるかどうか。
「・・・『オミ』と言ったか。シュウも、良い主に恵まれたものだな・・・・」
今は、同盟軍が紋章を打ち倒してくれる事を祈ることしか出来ない。
崩れゆく城に視線を向けて、最後を見守ろうとしたその時。
ドン・・・・ッッ!!!!!
「うわぁああ!!」
「レオン様!は、早く逃げ・・・!」
「もうだめだ!間に合わない・・・!」
今までとは比べ物にならない振動が、大地を揺るがした。
細かい亀裂は音を立ててひび割れ、巨大な破片が辺りに舞い散る。
「・・・見ろ!あれは・・・・っ!」
一人の兵士が空を指差した。
おぼろげに見えるその形は、破壊と血と殺戮に飢えた獣の姿を現していた。
何かから怯えるように、逃げるように、高い空へと上っていく。
「逃げるぞ・・・!早く、追いかけて・・・!」
兵士達も、その紋章の力を知っている。
だからこそ、ここで逃がしてはならないとわかってはいても、立ち上がることも出来ない揺れの中、彼らに出来る術など何も無かった。
立ち上がれたとて、遥か上空に逃げようとしている紋章を、どうやって追えるというのだろうか。
一瞬、兵士達の視界からレオンの姿が掻き消えた。
目の前に巨大な破片が幾つも降り注いでいるではないか。
「レオン様!!お逃げ下さい!」
いくら声を荒げても、何度視界を塞ぐ砂塵を振り払っても、レオンの返事は返ってこない。
元々、レオンは先の戦いで重症に近い火傷を負っていた。
ここまで逃げるまで、何度意識を失いかけたかわからない。
歩くのもやっとだった身体で、この振り落ちる瓦礫を避けているとは、思えなかった。
「・・・くそ!!ジョウイ様も、レオン様も・・・・!!俺たちに守れるものはもう何もないのか・・・・!!!」
獣の紋章は、最後とばかりにこの場に居る者の命を刈り取っていくつもりなのだろう。
高く咆哮を上げた真の紋章に、なんの力も持たない兵士達が出来る事など何も無かった。
「・・・待て。み、見ろ・・・・!」
だが、獣の紋章が上げた咆哮は、苦痛に耐え兼ねてあげたものだとわかった。
青白く輝く額に、黒く輝く剣が深々と突き刺さっているのだ。
「ジョウイ・・様・・・!皇王様・・・!」
それでも、獣の紋章は諦めることはせず、耳を塞ぎたくなるような咆哮を上げた。
その声に振動して崩れる城。舞い落ちる瓦礫の勢いは止まらない。
一層数を増して降り注いできた破片に、誰もが固く目を閉じた。
「・・・・?」
けれども、瓦礫に潰されるものはいなかった。
緑色の、淡い光が、彼らの周りに輝いていたから。
「・・・・輝く・・・盾?」
「それは、都市同盟の、軍主の力では・・・なかったか?」
誰もが、目を疑った。
破片は音もなく消滅し、誰を傷付けることもなく振動も止まる。
見上げた先で、黒い剣と白い盾が、強烈な輝きをもって獣の紋章を覆い尽くしていた。
「・・・紋章が、紋章が・・・・!」
ふたつの紋章は形を崩し混ざり合い、誰も見たことの無い形を作り始める。
「・・・・あれは・・・・」
その瞬間、空を見上げていた者たちの視界は、ただ真っ白な輝きの中に包まれた。
-----***-----
「あの光は・・・・!」
「落ち着きなさいアイリ。解っているわ、あれは・・・」
ノースウィンドゥ、ジェイド城に残ったアルジスタの仲間達は、薄く暗い北の空に、はっきりと紋章の形を見て取った。
おぼろげに形を崩す獣の紋章と正反対に、見慣れない形の紋章は、そのまま光を強めていく。
「・・・紋章が、消滅する・・・。オミ・・・!」
真の紋章がこの世から消えてしまうことなどありえないが、恐らく再び地上に現れるまでに長い長い時を必要とするだろう。
獣の紋章は、新たに現れた紋章の力に勝つ事は出来ず、太陽かと思うほどの輝きを其々の目に残して、消えた。
「・・・終ったようだね」
静かに呟いたのはレオナだ。まだ遠いルルノイエの地を眺めている者たちを尻目に、あっさりと階段を下りていく。
「レオナさん!もっと、こう勝利の余韻に浸ろうとは思わないの!!?」
「思っているさ。だからこそ、準備をしに行くんじゃないか」
「・・・準備?」
いつも手にしているキセルを、今まで以上に優雅に吸い上げてレオナは微笑んだ。
「勝利の宴をするには、色々と準備が必要だろう?・・・出迎えて上げようじゃないか。帰ってくる英雄を」
レオナのその声に、仲間達は声を上げて賛同した。
誰もが、信じているのだ。
帰ってくると。必ず、無事に、この城へ戻ってくると。
-----***-----
「・・・・ぅ・・・」
怒りの炸裂した紋章の攻撃を、オミを庇うようにその身で受けたまでは覚えている。
だが、振動も止まったルルノイエ城に、今は人の足音一つ響かない。
「・・・オ、ミ?・・・どうなったんだ、紋章は・・・?」
今まであったはずの天井は綺麗に吹き飛び、星の見え始めた空が顔をのぞかせていた。
獣の紋章の姿は、ない。
一番近くに倒れていたルックを見つけ、身体を強く揺らした。
「ルック・・・!生きているなら、返事をしろ」
「・・・揺らすな・・。大丈夫だから・・・大丈夫、過ぎる程にね」
そう言われて、ふと気付く。身体に受けていたあれだけの傷は今はもう何処にも残っては居なかった。
衣服の破れは仕方ないとして、王国兵に切られた部位でさえ、服の下は滑らかな肌しか見えていない。
「・・・あの紋章の威力は・・・この程度だったのか?」
「違うね・・・。実際、全員の動きを奪う程度の威力はあったはずだよ」
ルックは、更に近くで気を失っているフリックの様子を眺めていた。
「・・・毒も消えてる。傷も無い。寝てるだけだ」
「叩き起こせ。・・・カスミ!シーナ!いい加減に目を覚ませ!」
セフィリオの声に、ふたりがゆっくりと身体を起こす。
その身体に刻まれていた筈の無数の傷も、跡形もなく消えていた。
「・・・あれ?オレら・・・・」
「紋章は・・・?どうして、私たち・・・」
身体の傷を癒したのは、間違いなくオミの紋章の力によるものだ。
あれだけの重症を簡単に治して、更に獣の紋章を葬り去ったというのか。
ただ一度紋章を解放する力すら、オミには残っていなかったのに。
「・・・くそ・・っ!」
ぼんやりとしている二人を置いて、セフィリオは辺りを見回す。
見当たらないのだ。
全てを投げ出して、守った筈の相手が。
「オミ!どこだ・・・・!」
巨大すぎる紋章の力を前に、人の身では耐え切れずに消滅する者も居ると聞く。
セフィリオ自身、三年前に討ち取った相手がまさにそれであった。
覇王の紋章の力を使い切った赤月帝国国王は、その遺骸も見つけられぬままに姿を消したのだ。
『最後の戦い』『真の紋章』
それだけで、オミがこの場に居ないことに不安を感じずにはいられない。
「オミ!!・・・何処にいるんだ!オ――・・・」
叫びかけた名前を、セフィリオは飲み込んだ。
巨大な扉、皇王の間へと続く扉が、ほんの少しだけ開かれていたのだ。
駆け寄って中に入れば、案の定そこにはオミの姿があった。
だが、同じくその場にいるはずの相手の姿は何処にも見えない。
皇王ジョウイ=ブライトは、この部屋には居なかったようだ。
無人の椅子に脱ぎ捨てられた純白の軍服と、まだ新しい鋼の剣が立てかけられていた。
数度剣を交えたが、ジョウイは剣を扱うことに慣れてはいなかった。
全力を出さねばならない時でさえ、彼の手に握られていたのは真新しい剣のみ。
オミはここで、決着を付ける気だったに違いない。
ただ二人きりで、誰の手も借りないままに、全てを終らせる気だったのだろう。
「・・・」
声が、かけられなかった。
今すぐにでも抱き締めて、その無事を確かめたかったけれども。
近寄るなと語る背中に、ただ一歩の足が動かない。
「・・・ジョウイ」
オミが、静かに軍服に触れる。体温も残らない冷たい布に、トンファーを握る手の平からも力が抜けた。
そのまま、ぐらりと傾く身体。
「・・・・オ、ミ・・・ッ!!!」
セフィリオは搾り出すように声を出して、オミに駆け寄った。
その頃になってようやく、他の仲間たちも皇王の間へと駆け込んでくる。
「オミ、オミ!・・・なんて無茶を」
外傷は無い。だが、身体に残る力はほんの一握りもない。
意識があることさえ奇跡的な状態で、オミは最後の戦いを挑もうとしたのだ。
本来ならば、この椅子に座っていたはずの相手と。
「・・・・」
何とか間に合った腕の中に倒れたオミは、セフィリオの声に少しだけ苦笑を零した。
今は声を出す気力も無いのだろう。
何かを伝えようとしているようだが、全ての緊張の糸が解れたのか、もう少しも力が入らないように見えた。
「・・・・もう、いいよ」
今は、腕の中にある小さな鼓動がいとおしくてたまらない。
この身体に体温が感じられるだけで、これほどまでに安堵するとは思わなかった。
「・・・終ったね」
ルックの小さい一言に、シーナもカスミも小さく笑う。
そうだ。
全てが終ったのだ。
二年もの月日をかけて戦い続けた戦争は、遂に決着の時を迎えた。
「・・・終ったんだ。今は・・・ゆっくりお休み」
手袋を外した手の平で頬を軽く撫でてやり、そのまま瞼の上を覆う。
薄く開かれたオミの口は何かを告げようと開きかけたが、疲れきった身体は休息を求めて深い眠りに落ちていった。
「オミ!セフィリオ!!」
この階までの階段や通路は瓦礫に塞がれて通れなくなっているらしい。
階下を調べてきたというフリックがフェザーと共に戻り、そう告げた。
「・・・仕方ないね」
凄まじく面倒そうに顔を歪めて、ルックは呟いた。
オミを抱えたセフィリオを含め、仲間達全員を渦巻く風が包み込む。
身体の傷と共に、尽きかけていたはずの魔力も全て回復していたらしい。
魔力を使う紋章で魔力を回復するなど聞いた事が無いが、それもこれもオミが使った紋章の力に違いないだろう。
「行くよ」
ルックの合図に、皆がきつく目を閉じる。風が一層強く吹き荒れた。
「・・・オミ」
セフィリオは、その風の中、腕の中に眠るオミを見つめた。
力なくセフィリオの胸へ身体を預けるオミの額へ、小さくキスを落とす。
深い眠りに落ちているオミからの反応は何一つ無いが、それでもセフィリオの表情には自然と笑みが浮かんだ。
「・・・生きていて、生き残ってくれて・・・・良かった」
もう決して離さないように。離れないように。
セフィリオはその背中をきつく、強く・・・・抱き締めた。
NEXT
⊂謝⊃
一気書き・・・・!(笑)えー・・・書き始めてから黙々1時間。集中力って凄いね!!(笑)
ええとお待たせしすぎましたセフィオミGS続きですー!!(汗)
なにやら、前の話からさほど進んでない気がしないでもない・・・・(笑)
あっても無くても良かったシーンだと思いますが(笑)あえて書いてみました。
セフィオミ終るの寂しいですか?でも続きは読みたいって言って下さいますか?(笑)
無駄な足掻きかもですが、少しでも長くしたいんだい俺だって!(笑)
ようやく、『戦争』が終了です!後に残るはもう、あのシーンのみ!(笑)
その前に久々に坊主らしい話を入れてみよう。(笑)でわでは、続きをお楽しみにvvv
読んで下さいまして、ありがとうございましたv
斎藤千夏 2005/07/17 up!