A*H

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『Summer≠Sultriness』










「取った〜!」 「シーナ、返してよ・・・」
胴着を縛る腰のベルトを取られてしまっては、上半身を隠す胴着を脱がされるのも、もう時間の問題だ。
「あとは、その胴着だな。覚悟しろよ?」
「・・・シーナ!まだ、諦めないつもりなの・・・?!」
ひとしきり大声を上げて笑い合っていたのだが、突然少女達から小さく悲鳴が上がった。
けれど、追いかけっこを繰り返していたシーナとオミは気付かない。
「あ・・・!」
ナナミが、少し驚いた声を上げる。
同時に、少し強い風がデュナン湖の周りの木々をざわざわと揺らした。
光に透ける髪は、濃い蒼。
瞳は同じ蒼でも、太陽の光を受けて鮮やかに輝く。
風にバンダナをなびかせて歩み寄ってくるのは、トランの英雄その人で。
「ぅわ・・・っ?!」
結局胴着を取られてしまって、首まで水に沈めたまま、岸辺に逃げ込んだオミの身体が突然ふわりと持ち上げられた。
その白い肌が、太陽と人目に晒されたのもほんの一瞬で、頭からぐるりと大きな布で包まれてしまった。
その上から身体を抱き上げる腕の強さには覚えがあり、オミははたとして顔を上げる。
「せ・・セフィリオ・・?」
「そう、俺」
こんなに暑い日なのに、汗一つかいていない爽やかな笑顔で笑う。
けれど、その笑みが本当に爽やかだと感じたのは、頬を染めて恥らう少女たちとナナミだけだったが。
ルックはあからさまに溜息を吐き、オミは苦笑しながらも黙っている。
「・・・ところで」
見たこともない、にこにことした笑顔を向けられたシーナは、恐怖に顔が引きつっていた。
セフィリオの本心を見抜いていたわけではないが、解放軍時代はそれなりに仲良く付き合ってきたつもりだった。
けれど、その時でさえ、セフィリオのこんな笑顔は見たことが無い。
「その手に持ってるもの、返してくれるかな?」
続けて言われた台詞に、シーナはやっとオミの胴着と帯を握り締めていることを思い出したのだが・・・
そこで、実はとんでもない事をしでかしてしまった事にやっと気付いた。
オミにとっては秘密にしておきたいことらしいが、それが真実であることは、
城中のほぼ全員が知っている『あること』を思い出したのだ。
つまり、セフィリオがオミの肌を隠すように今まで自分が纏っていたマントで包み、
逃げられないよう腕の中に拘束しているのには訳がある・・・。
「あ・・・あぁ」
カラカラの喉に張り付いた声を何とか搾り出して、シーナは頷いた。
だけど、今あの英雄に近付くのはとてつもなく危険な気がする。
怒っている気配などさらさら見せないで、
シーナに向かって微笑む笑顔は『英雄』と呼ばれるセフィリオに良く似合っていたけれど。
腕の中に大人しく収まっているオミの様子からして、あれは完全にキレている。
普段なら、人が居る場所での接触を極端に嫌うオミだからこそ、跳ね除けて逃げている筈なのに。
「・・・命が惜しいなら、そこから動かない方が身の為だと思うよ」
冷たい水に冷やされてか、身体の芯まで凍り付いてしまったようなシーナとセフィリオの空気を破ったのは、
面倒くさそうに立ち上がったルックだった。
「どう言う、意味かなルック?」
「まず、その嘘臭い笑い方を止めたら?」
「ちょっと、ルック・・・っ!」
煽るような言い方に慌てたのは、セフィリオの腕の中に閉じ込められたままのオミだ。
確かにルックに矛先が向けばシーナは助かるだろうけれど、最近、何が原因かは知らないが、
ルック仲が良くないセフィリオの機嫌は更に急降下してしまうかもしれないからだ。
オミの声に、ルックはいつも通りの不機嫌な顔になってしまったが、セフィリオを煽る言葉は止めてくれた。
オミは少しホッとしたような息を吐いて、セフィリオに訪ねた。
「・・ところで、どうしてここへ?」
「トランは暑いから、涼みに来たんだけど。・・・それ以前に訪ねて良かったよ」
俺以外の男に見られて良いものじゃないからね。
微かな声で言ったセフィリオの言葉は、オミとその正面のルックにしか聞こえていないだろうが、
その言葉の意味が即座に思いつかず、オミは首を傾げた。
「・・・・は?」
「この城は危険だって言ったんだ。今すぐ、連れて帰るからね」
オミが何かを言う前に、セフィリオは流れるようにオミの膝裏をすくって、腕に抱き上げてしまった。
「ちょっ・・!」
「暴れると落ちるよ」
歩き出したセフィリオに、オミはようやく何処に連れて行かれるか想像がついた。
城を離れて帰る場所といえば、トランのセフィリオの家しかない。
セフィリオが向かった方角から、ビッキ-の所を目指しているようだけれど。
「セフィリオ!もしかしてこのまま城まで行く気じゃ・・・っ?!」
「何なら、僕の部屋までずっとこのまま運んであげようか?」
言葉は優しい。その表情も笑っているけれど・・・目だけが笑っていない。
こうやって機嫌が悪い時の矛先は、結局オミに向くのだ。
けれど、当たり前だがこのまま大勢の人目に晒されるなどという注目の的になる気はない。
ちらりと顔を上げた先で、溜息を零すルックと目が合った。
小さく目配せをして助けてくれと訴えると、嫌そうに顔を歪めはしたが、仕方ないと言った風でルックが唇を動かしてくれた。
「・・・明日の昼までには戻ってきなよ」
その声とほぼ同時に、セフィリオとオミの周りに、ざぁ・・・と強い風が巻き起こった。
風はデュナン湖の木々をざわめかせて、ふわりと消える。
「な、何が・・・?」
「ルック!オミは?セフィリオさんはどうしちゃったの?!」
消えた二人の姿に、ナナミとシーナが慌てて湖から飛び出してきたけれど、ルックは振り向きもせずに答えた。
「グレッグミンスター」
それは、トラン共和国の首都の名前。
そして、セフィリオの住むマクドール家がある場所・・・。


***


「・・・今の、ルック?」
不意打ちの一瞬でグレッグミンスターまで移動したことに驚いたセフィリオだったが、
腕の中でもがくオミを見て、機嫌を直したのか小さく笑った。
ここは、グレッグミンスターの市街門。
ずり落ちていたマントを再びオミの頭の上から被せ、その身体をしっかりと腕に抱き上げたまま、セフィリオは家までの道を歩く。
「セフィリオ・・・!自分で歩けるから、降ろして下さい」
「もう着くよ」
セフィリオはただでさえ目立つ。
例えこの場所が彼を英雄と認めるグレッグミンスターでなくとも、それは変わらない。
人目を引くのはその並外れた容姿だ。
そして、その姿で見せる品の良い立ち振る舞いと、その身から溢れる輝きに、誰もが目を奪われる。
そんな人物に抱きかかえられているのは誰なのかと、じろじろと伺うような視線がオミを襲った。
顔を見られたくなくて、ぎゅっとセフィリオの胸にしがみ付いていたが、上からくすりと笑われてオミは小さく胸を叩いた。
「お帰りなさい坊ちゃん!」
「ただいま」
オミの城へ行ってしまうと確実に一週間は戻らないセフィリオが、
一日も経たずに帰ってきたことが嬉しいようで、グレミオは嬉々として二人を出迎えてくれた。
「オミ君もいらっしゃい。外は暑かったでしょう?すぐ、冷たい飲み物を用意しますからね」
セフィリオに抱えられたままのオミだったが、グレミオは見慣れたことだと言うように、
気にも止めずに奥の台所へ走って行ってしまう。
「・・・もう、降ろして下さい」
「逃げない?」
「逃げませんから!」
そんな会話をしつつも、オミがやっと地面に足をつけたのはセフィリオの部屋に入ってからの事だった。
最初の宣言通り、結局はセフィリオ自身の部屋まで抱えられたまま連れて来られてしまった。
ぽたぽたと髪から零れる水滴はもうなくなったものの、オミの身体は今だに濡れたままだ。
これ以上マントを濡らしてしまうことにも気が引けて、オミはそのマントをするりと脱いだ。
「何で脱ぐの?」
「何でって・・・」
セフィリオが隠したかったのは、オミの肌だ。
誰にも見せたくないと変な独占欲を駆り立てての行動が、先程のアレコレだったりする。
もう、何度も何度も経験したからいい加減慣れたが、最初の頃はそんなセフィリオと毎度の様に喧嘩をしていたものだ。
思い出した些細な喧嘩に小さくオミが笑ったのを見て、面白くないセフィリオは、表情を少々歪ませる。
と同時に、扉が軽くノックされた。
「失礼しますよ」
「待った」
かちゃりと開きそうになった扉を手で押えて、中が見えないようにセフィリオ自身が扉を開く。
扉の前にいたのは紛れもなくグレミオだろうが、一歩も部屋に入れないまま、扉はパタリと閉じられた。
「オミ・・・。もう少し自覚を持たないと危険だと、俺が一体何度言えば、解ってもらえるんだ?」
グレミオから受け取ったトレイをテーブルに置いて、マントを掴んだままきょとんとしているオミに詰め寄った。
濡れて、独特の輝きを放つ少し長い髪。熱さの所為か、いつもは透き通るように白いオミの肌は、うっすらと赤く染まっている。
所々に消えかけた痕が残っているのが、散った花びらのような痣は白い肌に尚更良く映えた。
「・・・セフィリオ?」
不安げな声は、それでも澄んでいて、凛と気高く耳に心地いい。
男なら、手を伸ばして触れたい欲望に駆られる絶妙なバランスの身体。
そして、何度見ても、いつ見つめても、目が離せなくなるような輝きを閉じ込めた、榛色の瞳。
「・・・俺が、何を言いたいのか、わからない?」
頬に添えられた手が逃げ道を塞ぎ、セフィリオの鮮蒼の瞳が不安気なオミ自身を映し込む。
ギリギリまで近付いても、いつもの様に触れてくれない唇に、オミの瞳が揺れた。
「・・・・・・」
すぐ傍にあるのに・・・抵抗さえしていないのに、触れてこない唇にオミは焦れる。
ほんの少し、つま先を立てれば届く。
けれども、自分からその唇を求めるのは、負けを認めるようで嫌だった。
「オミ、聞こえてるなら」
「聞こえてます。・・・・・・ていうか暑いですから、離して下さい」
これ以上セフィリオの唇を見つめていたら、自分からその刺激を求めてしまうという誘惑に勝てる自信が持てなかった。
オミが少しでもその素振りを見せれば、セフィリオは嬉しそうにその何倍もの刺激と熱を返してくれるだろう。
だけど。
気付かれたくなくて、それが意地を張っているだけの行動だとわかっていても、
すぐ傍にある唇から逃げるように目線を逸らして、顔を背けた。









続きは漫画を買ってからのお楽しみv(笑)