A*H

*婚約者* 

2003年10月26日発行コピー本/完売致しましたので掲載スタート★












結婚して下さい。僕は君を、永遠に愛していく・・・・。












―――*―――






それは僕が、ユエさんを迎えに行こうとバナーの村を通り過ぎようとした時だった。
「あ、リアさまだー!」
船から下りてきた僕を見つけて、コウは嬉しそうに抱きついてきた。
身体にしがみ付くコウの頭を撫でて、僕も笑う。
「コウ、元気にしてた?少し、大きくなったね」
「うん!だって毎日修行してるんだ!僕も早くリアさまみたいになりたいもん」
「うん、そっか」
僕は少し寂しく笑う。
それにコウは気付かなかったみたいだけど、久し振りに会ったからか次々に話を変えて話し掛けてきた。
「あ、そうだ。知ってる?この前ね僕見ちゃったんだけど・・・」
「?」
「トランの英雄さまがこの前ここでね、綺麗な女の人と歩いてたんだよ」
「・・・・え?」
「でね、それ見たの僕だけじゃなくて、村のみんな、"こんやくしゃさま"だって言うんだ」
『トランの英雄』と言えば、ユエさん以外にいない。
その彼が、ここで、婚約者と会っていた?
「とおっても綺麗な女の人でね!僕もうどきどきしちゃった!」
「・・・そうなんだ」
僕は、内心物凄く落ち込んだ。
だって、僕はどうやったって男で、まだまだ子供で、そんな綺麗な女の人に立ち向かえる訳ないし・・・。
あ、ダメだ。トランに行っても会わせる顔がないかも。
きっと今ユエさんの顔を見たら、泣いてしまいそうで・・・怖かったから。

『―――・・・手放せない』

そう言って、ぎゅっと抱きしめてくれた腕の温かさは、今でもこんなに残っているのに。
「・・・・リアさま?」
「なんでも、ないよ」
城の皆にもトランへ行くと言って出てきた以上、一人で帰るのは不自然かもしれない。
村の出口でコウと別れて、僕は森の中に足を進めた。
この辺りの敵なら、僕一人でも楽に倒せるようになった。
考え事をしながらでも、身体に染み付いた動きが難なく敵を倒していく。
「・・・・交易だけやって・・・戻ろう」
どうしてもそれ以上に良い方法が見つからなかった。
今は顔を合わせたくないから・・・。





―――*―――





「なんでここにいる訳?」
その面倒臭そうな口調に、僕は振り返る。
石版にもたれて、僕を見る彼がいた。
「・・・・近くに用があってね」
このまま帰るのもなんだし、ついでだから顔を出してみたんだけれど。
「ふぅん?今、あっちに行ったよ」
「・・・・リアが?」
「そう。君を迎えにね」
「・・・・入れ違い、か」
どうしようかな。
このまままたトランへ戻るにしても、そこでまた入れ違いが起きてもおかしくない。
「待たせてもらっていいかな」
「好きにすれば」
「・・・・ありがとう」
ならこのままここでリアの帰りを待っていた方が、効率はいいだろう。
どうせ戻ってくるなら手鏡を使うだろうから・・・と、大鏡の前まで行こうとした時だった。
「・・・お帰り、リア」
「あ、あれ?・・・・ユエさん・・・?」
向こうから走ってきたリアは、僕の顔を見るなり顔を歪めた。
いつものように、笑ってくれない。
それどころか、目を反らされた。
「・・・リア?」
「・・・すいません、僕、ちょっと・・・・」
忙しいからと行って、ス・・・と横を通り過ぎてしまった。
「・・・何したの?」
「・・・わからない」
リアらしからぬ行動に、ルックも眉を吊り上げる。
基本的に、この城に居る全員がリアには甘い。
特に一〇八の星に集う者達は。
もちろんそれはルックも例外ではなく、リアには甘いのだ。
「・・・嫌われた、ね」
つまらなそうにそう言うルックに、僕はただ呆然とそこに立っていた。





―――*―――





「・・・お帰り、リア」
「あ、あれ?・・・・ユエさん・・・?」
なんで、ユエさんがこんな所にいるんだろう。
それを考える前に、僕はユエさんの顔をまともに見る事が出来ずにいた。
少し強引に目を反らしたから、おかしく思われたと思うけど・・・・。
「・・・リア?」
「・・・すいません、僕、ちょっと・・・・」
走るように横を通り過ぎて、僕はその場から逃げ出した。
だって、今まともに顔なんて見れそうにない。
大好きなユエさんなのに、いつもみたいに触れる事も出来ない。
本当は、抱きつきたいのに。
いつものように、撫でて欲しいのに。
「でも、僕じゃないんだ」
あの綺麗な人の傍にいるべき人は、僕じゃない。
あの人に釣り合う、綺麗な女の人なのだから。
「・・・・ぅ・・・・」
エレベーターも使わずに階段で五階まで登りきって、僕は息を乱したまま部屋に駆け込んだ。
扉を閉めたら、もう、止まらない。
「ぅ・・ふぇぇえ・・・っ」
声を出して泣いたのなんて、本当に久し振りだけど・・・。
扉を背に座り込んで、僕は思いきり泣いた。





―――*―――





「あれ?マクドールさん。リアと一緒じゃないんですか?」
「・・・ナナミ」
義弟を探していたのか、随分と走り回っていた様子でナナミがそう言った。
「あ、ごめんなさい。だって、いつも一緒に居るからてっきり・・・あ。そうでした、これ!」
差し出されたのは白い数枚の紙。
普通の紙より少し硬くて、裏返すとそこにはあの日のリアが写っていた。
「約束のものです!何枚かあるけど、全部どうぞーvあ、それとこれはおまけです」
もう一枚渡された中には、笑っている僕と、少し俯いて照れるリアの姿があった。
映っている自分の姿に驚く。
こんな顔で笑ったのなんて・・・・・・一体何年振りになるのか。
自然な、笑顔。
それは・・・・リアの前だから、出来る表情。
「・・・あの時の?」
「そうですvリアにはもう渡したんですけど喜んでましたよ」
また撮らせて下さいねーとそう言って、ナナミはまた走って行ってしまった。
「それは?」
「・・・写真。作れる人、ここにもいたんだね」
僕の手の中にあるそれを見て、ルックは思いっきり嫌な顔をする。
「何、それ君の趣味?」
「・・・違うよ。ナナミたちのお遊びだ」
可愛いとは思うけどね。
「・・・同類だね。その感覚が」
「そうかな」
もう一度、手の中にあるそれを眺めてみる。
少し照れてはいるけど、自然な微笑で笑っているリア。
記憶が強く残るものを好まない僕が、それを前にして嬉しいと感じている。
「・・・変わったね」
「?」
「無理がなくなった。その調子なら、もう平気」
張り詰めて、失う事に恐れるその気持ちこそが、右手に宿る紋章を目覚めさせてしまうのだ。
この紋章を宿している限り、持ってはいけない負の感情。
何時の間にか抱えていた『負』を、綺麗に拭い去ってくれたのもリアなのだが。
「・・・・うん、そうだね」
だから、幾らあの子が僕を避けようとも、僕はもうあの子を手放すことなんか出来ない。
眩し過ぎる笑顔に、僕はここまで癒された。
だから、今何かに傷付いているあの子を・・・・救いたいと思った。





―――*―――





「・・・ユエさん」
いっぱい泣いて、流れる涙を拭ってから、僕は立ち上がった。
いつも持ってるナナミちゃんがくれたあの写真を取り出す。
そこには、僕もユエさんも笑って写っていて・・・。
「・・・ユエ、さん」
大好きだから。
僕の都合で振り回しちゃいけない。
大好きだから、迷惑はかけたくないから。
・・・・嫌われたくないから。
「・・・・リア」
「・・・ユ・・エ、さん・・・?」
扉越しに、あの人の声が聞こえた。
今すぐここを開けて、飛び出して、抱きつきたいけど。
「何か、あった?」
「・・・・いいえ」
「リアを怒らせるようなこと、何かしたかな・・・」
「・・そうじゃ、ないんです」
言葉を紡ごうにも、感情が溢れてきて上手く言葉にならない。
離れたくないけど。
何よりも大好きな人の幸せを願うから。
「・・・・幸せに、なって下さい。もう、僕のことは忘れて・・・」
「・・・?何を・・・」
「待っていますよ。バナーで、ユエさんの帰りを待つ人が・・・」
「リア、何の事だか僕には・・・」
「ユエさん!これ以上、僕の決心が鈍ってしまう前に・・・お願いですから・・・っ」
トランへ、戻って下さい。
「・・・リア」
手の中に握った写真に、透明な水滴が落ちる。
パタパタと音を立てて、その水は止まることなく写真を濡らしていく。
「・・・・・・わかった」
足音が遠のいて、扉の向こうから気配が消えた。
いなくならないで。
そう言って、今すぐ追いかけて抱きつきたい。
だけど、あの人の幸せを願うなら。
「僕じゃ・・・だめだから・・・っ!」
どうせ、僕にはそんなに時間は残っていない。
このまま一緒に居てもあの人を幸せにするどころか、悲しみを背負わせてしまうだけだから。
手遅れになる前に・・・・・・。
「・・・・さようなら、ユエさん」





―――*―――





「・・・少し、様子を見るか」
このまま粘ってもリアは絶対に僕に顔を見せないだろう。
扉の向こうで泣いているのか、声が少し掠れていた。
「・・・何が」
あったのか。
まだ、それはわからないけれど。
一度トランの家へ戻る事にする。時期を見てまた来れば良い。
そう思って、僕は今バナーの村に戻ってきた。
「・・・・ここで、何があったのか」

――待っていますよ。バナーで、ユエさんの帰りを待つ人が・・・――

そのリアの言葉を思い出して、僕はバナーの宿屋に足を向けた。
一人で自分の屋敷に篭っているよりよっぽど良い。
そんなに広いとはいえない宿屋だけれど、それなりにリアとの思い出が残る村だから。
「・・・・リア」
ナナミから貰った、何枚かの写真。
その全てに、写るのは照れたようなリアの笑顔。
写真を眺めていた視界の端に、ふと、あの赤い胴着が見えた。
慌てて顔を上げる僕だが、いつもよりももっと小さい事に気付く。
「やっぱり、マクドールさま!」
「・・・コウ?」
リアと二人で初めて戦ったのは、この少年を助け出す為だった。
新同盟軍のリアに憧れていると言う少年は、最初僕をリアと間違え、そして今もリアと同じ格好をしている。
「今日はねリアさまにも会ったんだよ!僕嬉しくて」
「リアに?何か、話したのかい?」
宿屋の食堂で、僕を見上げるコウを椅子に座らせながら、僕は尋ねた。
「うん、マクドール様のお話したよ!もうすぐゴケッコンなさるってそういう、お話」
「結婚・・・・?僕が?」
「しないの?綺麗な"こんやくしゃさま"とゴケッコンなさるって、みんな言ってるよ?」
どういう経路でそんな話が出たのかは謎だが、リアは恐らくこれを聞いたのだろう。
だから・・・・。

――・・・・幸せに、なって下さい。もう、僕のことは忘れて・・・――

「あんなことを、言ったのか・・・・」
「???」
「ありがとう、コウ。話を聞かせてくれて」
「ううん、あ、この人、この人でしょ?」
「ん?」
「マクドールさまの、"こんやくしゃさま"!!」





「ナナミ、お願いがあるんだ」
「え?ど、どうしたんですかマクドールさん??」
僕の話を聞いたナナミは、嬉しそうに笑って、頷いた。
「分かりました!じゃあそこで待ってて下さい!絶対に連れて行きますから!」
「うん、頼んだよ」
僕はあの後すぐにクリスタニア城に戻って、ナナミを捕まえて今の会話を交わした。
ナナミのあの口調なら、引きずり出してでも連れて来てくれるだろう。
「リアが心配することなんて、何もないんだ」


僕には、君しかいないから。





―――*―――





「ナナミちゃん・・・僕」
「いいから。何があったのかは知らないけど、気分転換にもなるでしょ?」
「・・・ならないと、思う・・・・」
僕は前みたいにまたあの部屋へ連れ込まれて、前みたいに遊ばれた。
この前とは違う服。だけど、やっぱり女の子にしか見えない。
今度は鏡を見せてくれたナナミちゃんだったけど、なんでまた僕でやるかなぁ・・・?
「似合ってるって!ほら、笑って笑って」
「そうそう。笑わないと〜〜〜」
ミリーのボナパルト攻撃は嫌だから、僕は苦笑いだけどそれで返した。
みんな、元気付けようとしてくれてる。嬉しいけど、その優しさが・・・今は少し辛い。
「撮影終了〜★お疲れさま、リア」
「うん、じゃ僕はもう・・・」
脱ごうと服に手をかけた時、ビッキ―の声が聞こえた。
「そぉれ!」
「え?」
僕はまた一瞬で飛ばされてしまった。





―――*―――





「・・・・ここは・・・・」
夕方の、バナーの村。
朝ここを通って、そして聞きたくない事実を知った場所。
ユエさんと思い出が沢山残る場所。
少し泣いて、いっぱい笑って、幸せだってそう強く感じた場所。
そう思うと、少し涙がにじんだ。
「・・・・・ユエ、さん・・・?」
夕日を背に、僕の前に跪く影があった。
優しく微笑んでくれる、いつもと同じユエさんの瞳。
「・・・・何で・・・ここに」
「僕が、頼んだんだ」
ナナミに。
まだ地面についたままの僕の手をユエさんはそっと取って、立ち上がらせてくれた。
支えるものがなかったら、僕はきっと立ち上がれなかった。
それに気付いているように、ユエさんはさりげなく僕を支えてくれる。
「・・・離して、下さい。でないとユエさんの大切な人が・・・」
傷付く。
僕は、向けられる優しさが離れがたい物だって知っているくせに、それを押し退けてそう言った。
「もう、十分傷付いた」
いいんだ。もう、これ以上は見ていられないから。
「だったらっ!」
離してともがいた腕をとられて、広い腕に抱きしめられた。
「僕の"婚約者様"は、君なんだ・・・・リア」
「・・・・え?」
数日前この場所で、同じような事があった。
あの時はただ必死で見られていても構わないと思っていたのに。
「あの時も君はこういう格好してたね」
「僕が・・・?」
「誤解させてしまった。僕には、リア以上に傍にいて欲しい人なんていないから・・・」
ふと、視界を巡らせる。
「マクドールさまー!綺麗な"こんやくしゃさま"と幸せになってねー!!」
手を元気よく振っているのは、コウ。
「僕が、ユエさんの・・・?」
「そうだよ。・・・・受け入れてくれる?」
僕の求婚を。
「え・・・・えぇええええ?!!!///」

「Please get married.I love you forever.....」

僕がパニックを起しているのに、ユエさんは耳元でそう囁いた。
また、僕には意味の分からない言葉だけど、前に教えてもらった言葉がまた聞こえた。
"Love"
その意味は、『特別な好き』・・・・そう教えてもらったから。
「なんて・・・言ったんですか?」
「・・・・また、教えてあげる」
だから、ほら今は。
静かに、唇を重ねて・・・・・。



『結婚して下さい。僕は君を、永遠に愛していく・・・・』






※2003年10月に発行したものをそのまま載せております。



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