*闇の泪*
水が流れる音がした。
確かに川の近くを狙って野営してるのだから当たり前かもしれないが。
重たい目をこすって、毛布から抜け出す。
周りを見たら、静かな森の中に、パチパチと音を立てて燃えている赤い火。
でも、その音以外には風が木を揺らす音以外に聞こえない。
リアはそっと立ちあがった。
まだ空は黒い絵の具で塗り潰したような暗さで、その中をチカチカと星が瞬いている。
足が・・・・自然に歩き出した。
聞こえないはずの、水の音を求めて。
ぱしゃ・・・・ん
森を抜けた先に、大きくは無いけれどとてもきれいな湖があった。
水のはねる音がするから、大きな魚でも居るのかと目を凝らす。
「・・・・・っ!・・・」
視界に映ったのは、月の光の中の、ユエ。
本当に息が止まった。
一度聞いたことがあるけれど、『ユエ』という名前は『月』という意味があるらしい。
名は態を顕わすと、その時実感したのも事実だったけれど。
こんなにきれいなものがあるのかと思う。
ユエは水浴びでもしていたのか、上半身は裸で湖の真ん中で立っていただけなのだが。
それでも、何か神聖なものに思えて、目がそらせない。
足から力が抜けた。
かさりと、リアはその場に座り込んだ。
「・・・・・・リア?」
音に気付いたのか、ユエがこちらを振り返って、水を掻き分けて近寄って来た。
水をぽたぽたと落としながら、岸へと上がってくる。
「・・・・・・ユ・・エ・・さん」
呼吸器がやっと本来の仕事を思い出したかのように、空気が通った。
見上げたユエの表情に、何かあったのかという疑問を読みとって、リアは首を振る。
「ち、違うんです・・・。水の音が聞こえて・・・」
月を背にして目の前に立たれて、今度はユエを直視出来ずに眼をそらしてしまう。
そのことに気を悪くするようでもなく、ユエはリアの頭を軽くなでた。
「・・・起こしてしまった。悪かったね・・・」
「いえっ!あの、大丈夫ですから!僕も、水浴びしようかなって・・・・水を探してた・・から」
最後の言葉はどこか嘘くさくなってしまって、リアは落ち込む。
さっき周りを見た時に、寝ている皆を確かめずにふらふらと歩いてきたのはリア自身なのだろうけど。
まさか、ユエがいるなどと思わなかった。
気が付いたら、呼ばれたみたいに足がココに向かっていて・・・。
「・・・・何かに呼ばれた・・・気がしてね」
「え?」
考えていた事と同じことを言われて、リアは驚く。
「・・・僕も、です」
くすりと笑ったユエは、座り込んだリアの手を取って湖に導いた。
する・・・っと視界の端に映ったのは、いつも巻いている肩布。
そのままするするとリアの服を脱がしにかかる、ユエの手。
「え?あの・・!?」
驚いて顔を上げたら、ユエの少し意地悪そうな目とかち合った。
「服を着たまま入るの・・・?」
「じゃなくて!その、あの・・・!」
「別に・・・恥ずかしがらなくても」
「そうですけどやっぱり・・・っ!」
自分で服を脱ごうとする前に、あっさりと脱がされてしまった。
「・・・脱ぐ?」
「・・・これは、このままでいいです・・・・」
流石に夜の森の中で全裸になる勇気は無い。
もし獣やモンスターに襲われたとしても、ユエがいるなら安心だろうが。
違う意味で、リアはユエの言葉に首を振った。
「リア?」
もう湖に入っているユエが、優しくリアを呼ぶ。
「あ、はい!今そっち・・っ・・・わ!」
バシャーン!
盛大な水飛沫が上がってリアが視界から消えた。
「大丈夫・・・?」
ユエは慌てる風もなく、少し笑ったような顔で湖に沈んだリアの身体を引き上げる。
「・・・びっくり・・しました・・・・。ここ、いきなりこんなに深いなんて・・っ!」
確かにリアの身長なら足がつかないほどの水深だった。
と、リアは自分が抱き上げられている事に気付いて、赤面する。
冷たい水の中で、すがりつく身体は思っていたより暖かくて。
リアは幼い頃から、大人からこういう風に抱きしめられたりした事があまりない。
ナナミがリアを良く抱きしめていたから、甘え癖はあるのだが。
今は軍主であるリアが、誰かに抱きしめて欲しいなんて言える訳もなく。
「・・・リア?」
少し力を緩めたユエに、思わずしがみ付いてしまう。
くすり・・・と耳元で笑い声が聞こえて、リアははっと慌てた。
「・・ご、ごめんなさい・・・!」
「いや・・・いいよ。もう少し・・このままでいようか」
抱き上げられたまま、ゆっくりとユエは湖の中央まで歩いていく。
あまり水深は変わらないのか、中央まできてもユエの肩が少し出るほどの深さしかない。
「・・・ユエ・・さん」
ユエの首にしがみ付いていた身体を少し離す。
「・・・?」
「どうして・・・あの時キスしたんですか?」
この状況が嬉しくて、ついリアは考えていた事を口に出してしまった。
どうやら今日は少しおかしい。
ユエも、リアも。
「・・・どうして・・って理由。聞きたい・・?」
「・・できれば・・ぁ、れ・・・?」
かくんとリアから力が抜けたと思ったら、今度はユエから離れるように自分の腕を突き出した。
ぱしゃんと水の揺れる音がして、湖の中に体が沈む。
「リア?」
ユエが呼ぶ前に、リアはとぷんと体を沈めてしまった。
「・・っ!」
慌てて湖の中を覗くが、この暗闇の中の湖で探すのは流石に難しい。
それでも確かに近くにいるという確信はあった。
ユエの右手がちりちりとリアの存在を主張する。
「・・・?」
違和感を感じて、右手を見た。
いつもは黒い光を発する紋章が、淡く、輝いていて・・・。
その光に共鳴するように湖の底が白く輝いた。
「・・・!」
指に触れたリアの体を掴んで引き寄せ、抱きしめる。
髪から流れる水滴をぽたぽたと頬に零して、それでも何故か水から出された魚のように力ない。
見るとリアの右手の紋章も、淡い光を放っていて。
湖の底の光はおさまることもなく輝き続けている。
「・・リア?」
軽く揺すって見て、ゆっくりと開かれるリアの瞳。
「・・・・・誰だ」
リアが目を開いた時はほっとしたユエだが、急に厳しい目つきになってリアを見る。
『リア』は何の感情もないような瞳で静かにユエを見て・・・。
そして自分を支えているユエの手に輝く紋章を見つけると・・・・にっこりと笑った。
あどけない表情に、それでもなお妖艶さが漂う不思議な笑み。
そして、やっと会えたというようにゆっくりとユエに腕を回した。
ユエは一瞬返答に困ったが、誰であろうと、リアをこのままにしておく事は出来ない。
「・・・リアを、返してくれないか」
宥めるように、『リア』の体を離す。
が、首を振って、必死にユエにしがみ付くその様子は幼い子供そのもので。
益々ユエは対処に困ってしまった。
悪意が全くない純粋な子供の様な気配にしては、時を経た者だけが持つ穏やかさも備えていて。
「君は、誰・・?」
もう一度、今度は出来るだけ穏やかな声で尋ねた。
だが、『リア』は悲しげに首を振るだけで、口を開こうとしない。
透明に透き通る湖。
「もしかして、僕らを呼んだのは・・・」
そうユエが言うと、『リア』はこくんと首を頷かせた。
そして、リアの右手甲を指差して、もう一度自分に指を向ける。
「・・・まさか、『輝く盾の紋章』?」
頷きかけた『リア』は、ちょっと首を傾げてから、また首を振った。
どうやら話せないらしい。
意思表示をしようとするが、ユエにはそれが全くわからなかった。
「僕に・・・何か伝えたいの?」
少し悩んだ様子の『リア』は、静かに頷いた。
どうやって伝えようか悩んだ挙句、『リア』はユエの右手の紋章にそっと触れる。
「・・っ!」
いつもの黒い禍禍しい力は感じられず、ただ純粋な力が感じられた。
―剣と盾をひとつに―
「・・え?」
リアのような、そうでないような声音が直接頭に響いた。
―闇の泪を・・・・『始まりの紋章』を元の姿に―
聞いた事のない名の紋章に、ユエは口篭もる。
それでも『リア』はユエに向かって微笑んで、囁いた。
―お願い・・・私の子供たち―
すぅ・・と光りが消えた湖は、元の静かな湖畔に戻った。
ユエの腕の中でリアの体の力が抜ける。
「・・っリア!」
「・・ぅ・・は、はい・・?」
倒れないように支えた体にはすぐに力が戻り、リアの意思もしっかりしている様でほっとする。
紋章ももう光を発していない。
「大丈夫・・・?」
「え?何がですか・・?」
先ほど自分に起きた事態に気付いていないようで、リアはきょとんとユエを見上げてきた。
今の出来事を説明するのも難しいので、ユエは苦笑して誤魔化した。
「いや、大丈夫ならいいんだ。ところで・・『始まりの紋章』・・を知ってる?」
「はい?『始まりの紋章』・・・?」
「知らない?」
「はい、僕が知ってるのは紋章師の人たちが扱ってる物とこれ・・ぐらいですからっ・・くしょん!」
リアも苦笑して返事を返していると、体が冷えたのかくしゃみが出た。
「体・・冷やし過ぎたかな。・・・出ようか」
「・・・はい」
真っ赤になったリアの手を引いて、岸へと上がる。
毛布代わりの布で、その体を包んでやって。
ぎゅ・・と抱きしめる。
「あ、え?ユエさん・・っ?!」
「キスしたのはね・・・」
抱きしめてくるユエを見ようと顔を上げたリアの唇を、そっと塞いで。
「君が好きだからだよ」
「湖?そんなのあったか?」
翌日、2人して戻ってきたユエとリアに、ビクトールがそう言った。
確かめようと道を戻って見るが、湖の影も形もない。
「嘘・・、昨日、確かに・・・」
ただ入り組んだ森が、深く深く続いた。
後日談になるが、ユエは紋章と言うものは『闇』が零した泪から生まれたとされている事を知る。
その『泪』が『始まりの紋章』と言うことも。
ふたつに分かれてしまった『剣』と『盾』が争った場所から、水、火、風、土、が生まれてきたことも。
『闇』が何もない世界を悲しんで零した『泪』
あの湖は、その『泪』だったかも知れないと・・・・・・。
END
*謝*
またも訳わかんないです。あぅ・・・・ごめんなさい。
去年の10月頃の帰り道・・前日が雨で道の横の下水に水が勢い良く流れてまして。
あー水の音が聞こえる~・・・
とか思ってたらこんな冒頭になりました。
そこだけしか考えてなくて、色々こじつけて書いてたら・・・。
かなり完成までに時間食いました。何故でしょう。(汗)
最後の『闇の泪』と『紋章の生まれ』についてデスが、記憶は微かです。(笑)
ゲーム中の古い本で読んだ記憶はあるんですけど、
残念ながらゲームは人に貸し出し中・・・。(滝汗)
多めに見てやって下さい。(苦笑)
Saitou Chinatsu* 2003/2/2 up!