A*H

*Crest*



「・・・っくしゅん・・・!」
「え?リア、風邪でもひいた?もう、ちょっとじっとしなさい!」

くしゃみをこらえた苦しさに少々目元を染めて、義姉に言われるままじっとしていた。
リアの額を手で確かめるがよくわからなかったらしく、ナナミはコツンとくっ付ける。

「うーん、ちょっと高いかなぁ・・・。ホウアン先生の所、行こう?」

心配してくれるナナミの気遣いは嬉しいが、リアは軽く首を振った。

「大丈夫だよ。それに僕にはまだまだやることがあるし・・・」

リアの前に積み上げられているのは、彼の身長よりも高いような本の山。
戦争にかかわって軍主としてやらなければならないことのひとつだ。
軍の指揮を取る事だけが仕事ではない。
色々な国の歴史を知り、そこから学ぶものは果てしなく多いだろう。
リアも勉強は嫌いではなかったが、よくよく知らない文字や言葉にぶつかる。
趣味で読書を嗜むのなら読み飛ばしても構わないが、リアはそれは勉強中だ。
その意味を読み解かねば、それこそ本の意味がない。
下の階にいる誰かに尋ねれば、誰でも快く解を教えてくれるだろう。
だが、リアは出来るだけ辞書を開いて自分で調べていた。
だからひとつの本を読み解くのに、途方もない時間と体力が必要になる。
自分で読み解かねば身にならないということもあるが、それよりも他の人の手を煩わせたくないと思っているらしい。

「・・・リアがそう言うならいいけど・・・、無理しちゃダメだからね?!」

それだけ言うと、ナナミは珍しく素直にリアの邪魔になるからと部屋から出て行った。
たまに突拍子もないことをしでかして周りを驚かせるが、ナナミを慕う者は多い。

「ナナミちゃん・・・ありがとうね」

そしてリアは思う。
弱い自分が多くの人の前に立って軍主など勤めていられるのも、ナナミが傍にいるおかげだ。
幼い頃からずっとリアを守ってくれていた、大切な姉だから。
少々ぼぅ・・とする頭を振って、リアは再び視線を本に戻した。


















グレッグミンスターからバナーまでの森の中。
リア達は運悪くも突然の豪雨と魔物に襲われてしまった。

「っちぃ!視界は悪いわ足元は滑るわで戦い辛いったらありゃしねぇ!」
「ぶつぶつ文句垂れる暇があるならもっと動けよビクトール!」

前線で戦っているのは、相変わらず腐れ縁の切れないビクトールとフリックだ。
その横で、大き目の袋を抱えたルックが他人事のように眺めている。

「ルック、お前もだ!」
「交易品ダメにしていい訳?」
「・・・あー言えばこう言うなお前も〜!!」

そもそもグレッグミンスターまでは交易のために行ったようなものだ。
もちろん、リアはかの英雄の家に押しかけて行ったが。
交易は買った金額よりも高い値で売らなければ意味がない。
大きな戦争には莫大な費用もかかる。
そういう訳で、リアがグレッグミンスターに通うのもちゃんとした軍事費稼ぎでもあった。

「リア、平気・・?」
「う・・ん・・・」

先ほどから、肩で息を繰り返しているリア。
これぐらいの相手なら平然と倒しているはずなのだが。
ナナミとついて来てもらったユエに守られてはいるが、どうも様子がおかしい。
そうやってリアを気にしていた為か、ぬかるんだ地面に足を取られてしまった。

「きゃあっ・・!」

ナナミの悲鳴に、全員が慌てて振り返る。
バランスを崩したナナミに、襲い掛かるトラの群れ。

「っ・・・!」

直ぐ傍にいたのは、もちろんリアだ。
ナナミを庇って自分からそこへ飛び込む。
数匹の攻撃を腕のトンファーで受け流すが、最後の一匹に出遅れた。

「リア!」
「早く避けろ!!」

ビクトールやフリックの怒声も響くが、その声もむなしく、トラはリアに襲いかかった。
バナーへ抜けるこの森の道は、切り立った崖と深い森に囲まれている危険な場所だ。
誰の目にも弾き飛ばされるリアの体が、異様にゆっくり映って、消えていく。

「・・・っ!」

瞬間、赤い風が走った。
が、誰も気づかぬままに、全員が崖に走り寄る。
下を見れば、凄まじい速さで流れる激流だ。
水があるだけマシだろうが、生きて戻れるかは五分五分だ。いや、それよりもっと危ないかもしれない。

「・・しくじったね。こんなことなら手を抜くんじゃなかった」

苦々しくそう呟いたルック。
足元には、風の餌食になった魔物たちが転がっていた。
これでナナミたちを襲う魔物はいなくなったが、事態はそれより悪化している。

「きゃぁあ!リア、リア―――!!!」
「こらナナミ!お前も落ちる気か?!」

雨も風もますます激しくなるばかりで、暗い谷底に流れる水など、濁流となって下へ流れていく。

「・・・無事だといいが」
「・・・あいつ付いてるし、大丈夫なんじゃない?」

しらっとそう言い切ったルックは、泣き出してしまったナナミの頭に手を乗せて軽く撫でる。
身を乗り出して崖へと手を伸ばすナナミの足元には、リアのトンファーがむなしく雨に濡れていた。





-----***-----





意識があったのは奇跡だ。
吹き飛ばされた衝撃は凄まじいもので、肩に走る痛みにリアは落ちている感覚さえ麻痺していた。


「・・・っ!!」


だが、水に落ちてしまってから覚醒していては遅い。
激しい流れに揉まれて、全身を岩肌に殴られる。
リアは慌てて息をしようと吸い込むが、肺に流れ込むのは凍りつくような川の水だ。
苦しさに咳き込んで、再び水を飲み込んでしまう。


「・・・ぅ・・・・っ」


体が鉛のように重かった。
全身が言うことを聞かない。
苦しさと痛みで霞む視界の中、一瞬だけこちらに伸ばされる腕の影が見えた。
リアも必死で手を伸ばして。
力強い手を腕に感じた瞬間、リアの意識は白く消滅した。





-----***-----





「・・・っく・・・!」

何とかリアを捕まえることが出来たのは良いが、この激流の中では全く自由に動けない。
ユエひとりなら流れ着くまで流されてみるが、今は腕の中のリアが心配だった。
先ほどからぐったりとしていて、全く反応を示さないのだ。
気を失っているだけならまだ良いが、最悪の事体が頭を過ぎって離れなかった。

「・・・?」

ふと、水の中に暖かな光を感じた。

「(・・・紋章?)」

次の瞬間、その光は薄い膜となって静かに2人を包み込む。
緑色の淡い光は、リアの右手から放たれていた。
真の紋章は持ち主の危機を守ると言うが、実際見たのは始めてだ。
自分の紋章は守ると言うより、奪う方が多かったから。
膜は激しい水の中で、ユエに自由を与えてくれた。
水の力に流されることもなく、岸辺によじ登る。
偶然か、目の前に小さな岩穴を見つけることが出来たのはありがたい。
力ないリアの身体を抱き上げたまま、ユエは急いでその穴へ向かった。
そんなに広くはないが、雨と風を凌げるほどの深さはあるだろう。
ユエはリアを地面に寝せて、呼気と鼓動を確かめる。
鼓動は感じられたのだが、呼気がない。
ユエは躊躇わずに口付けた。
小さく開いた唇を塞いで、空気を肺へと送り込む。

「・・・っ・・・・ぅ」

何度も何度も繰り返した後、微かにリアが身じろいだ。
唇を離すと、咳き込んで吸い込んだ水を吐き出し始めた。
意識を取り戻すことはなかったが、ユエはその身体を起こしてやる。

「・・・?」

濡れた服越しに触れた身体が熱い。

「・・・熱か」

水で張り付いた髪を指で流して、額に触れる。
冷たく冷え切っている筈なのに、じりじりと伝わってくる温度は熱そのものだ。
ユエは迷わずリアの服を脱がせた。
自分も上半身だけ脱いでしまう。
濡れた布を脱いだだけで随分温かく感じるものだ。
寒さに震えるリアを抱き締めて、ユエも静かに目を閉じた。







END


*謝*


 『 Crest』 タイトル訳:『 紋章 』

 一応ココで終わっときます〜。はい、続きは『UNDER』逝き予定です★
 にしてもやはり、暗い!ユエ×リアは何でかいつも暗い!!
 あ、そうでした。最近気付いたんですけど、案外ゲームのストーリーで話を書いてるセフィリオ×オミ。
 そしてゲームなんて知ったことか!いうようなユエ×リアの話。
 (ていうかユエ×リアはストーリーの合間合間のお話なんですね〜) 
 この事にこの間気付きました。(笑)無意識ってスゲェ。え?凄くない?そうですね。
 つーか、ユエ坊っさん。出てきてませんね。(ーー;)
 最後の方にちょろっと。でもキスしてるし。こうなりゃ意地だな(笑)
 続きのタイトルは多分『Alignment』になるでしょう★(同調って意味デス)
 次はユエ×リア初!の裏逝きですね〜♪
 決して楽しみに し な い で お待ち下さい(笑)

 Saitou Chinatsu* 2003/5/5 up!



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