A*H

*Detoxication medicine*



普段は殺風景な古城・クリスタニア城の大回廊は、今宵のみ勝利の祝杯の為、盛大に飾り付けられていた。戦争自体が終結した訳ではないが、今回の戦いを勝ち取れた功績は大きい。
そんな理由からか、いつもならば仲間内で騒ぐ程度の祝杯が、今回だけは近隣の同盟国も集めての祝宴を開くこととなったのだ。
「立派な戦いでございました。おめでとうございます、リア様」
「戦勝おめでとうございます。この調子で軍を進めれば、この戦いに負ける筈が無いですな」
「そうですとも。リア様なら確実にハイランドを打ち倒してくれましょう。そしてこの都市同盟をもっと大きく強いものに・・・」
「・・・はぁ」
頭上で騒ぐ大人たちは最初の挨拶だけをリアに向け、あとはそれぞれお互いに好き勝手なことを言い合っていた。
いつもの気心知れる仲間たちと上げる祝杯は楽しいのだが、こうも見知らぬ人が多い場は、自然と格式が高くなってしまうもの。
それも、軍に投資してくれている各地の富豪や貴族も祝いを述べに訪れているから、今日の主役であるリアも、少し改まった格好をさせられた。
それでもやはりリアは小柄な所為か人の多い中では埋まってしまうし、改まった格好とはいえ周りの人々も皆同じような格好をしているものだから、リアを軍主と気付かない客人も多いことだろう。
巷に流れる噂では、『赤い胴着の少年軍主』だとか、『ゲンカク老子の養息子』だとかばかりなので、正確なリアの顔をはっきりと知る者は意外と少ない。
「・・・はぁ」
もうリアなど眼中にない大人たちの輪から抜け出して、端に寄ろうとしたリアの肩に誰かが軽く触れる。
「・・・お疲れのようですね」
「わ・・・っ?」
背の低いリアは、大抵の男性を見上げなければならない。
声を掛けてきた相手の顔にも見覚えなど無かったが、相手は当たり前にリアへと話しかけてくる。
それも親しそうに肩に置いた手を、腕に回して誘導するように。
「あ、あの・・・?」
「ああいや、脅かしてしまったのなら申し訳ありません。私は・・・」
「リア!・・・駄目じゃない主役がうろうろしたら!」
「ナ、ナナミちゃん?」
リアには分からないことだったか、危うく死角へ連れ込まれそうになっていたところで、リアを探していたナナミに見つけられたのだ。
ナナミに声を掛けられ、振り返ったリアの様子を見て、先程の男は軽く舌打ちをするような音と共にリアの元から去っていく。
「・・・何なんだろうあの人」
「リアは気にしなくていいよ。ほら、早く戻ろう?ユエさんも心配してるよ」
「あ・・・!」
そうなのだ。何も勝利を祝いに来てくれたのは近隣の者達だけではない。
戦争自体には介入していないが、友好国でもあるトランより、レパントの代役としてユエが来てくれていた。
けれど目立つのはあまり好きではないのか、普段着とは言わないまでも、ユエはと言えばいつもの衣服と対して変わらない装いだ。
更に相変わらず石版の位置から動かないルックと並んで立ったまま、彼自身も動こうとはしなかったけれども。
「・・・目の保養ねぇ」
「綺麗どころが並んで会話してるのなんて、近寄りがたいけど・・・ずっと眺めていたい光景よね」
ナナミに手を引かれながら歩いていくうち、すれ違い様にそういう声がちらほらと聞こえた。
遠巻きに彼女達が眺めているのは、ユエとルック。
仲の良さそうな雰囲気を出しているわけでもないが、確かにつかず離れずの微妙な距離は、余計にその仲の良さを顕しているようで・・・。
「・・・リア?」
引いていた腕の、リアの脚がぴたりと止まってナナミは振り返った。
すると、リアは小さく首を振って嫌々をするようにナナミから手を離す。
「どうしたの?ユエさん待ってるよ?」
「う・・・うん、でも・・・僕」
さっきの女の人たちの言った通りだ、とリアは思った。
確かに、近寄りがたいのだ。あの二人の間に行くには・・・リアには足りない『3年前の記憶』が必要な気がして。
「ご、ごめんねナナミちゃん!僕、ちょっと用事思い出したから・・・!」
「あ、こら!・・・っもう」
繋いでいた手を振り切るように離し、リアはそのまま人ごみの中へと紛れ込んでしまった。
『用事』など、大したことではないだろう。というか、それがただの『口実』だということはナナミとて気付いていた。
「お帰り。・・・あの子は?」
「逃げちゃった。おかしいのよ、すぐそこまで戻って来た途端、いきなり立ち止まって『用事を思い出したから』って・・・」
「・・・・」
首を傾げながら戻って来たナナミにルックが声を掛けるが、そのナナミの返答に小さな沈黙が続く。
何かを思案している様子の二人は、お互い視線を交わさないまま何かの結論を出したようだ。
「探してくる」
「あぁ、行って来なよ・・・早く見つけた方が良い」
最初に口を開いたのはユエ。けれどルックも否定せずに、同意を示す。
そこでようやく、ユエは凭れていた石版から身を離した。
ユエは目が見えていない。だからこそ、こんな人の多い中を歩かないようにしていたのだけれど。
「ナナミ・・・探してくるから、少し待っていて」
「え、あ、は、ハイ!」
ユエが他人の名前を呼びかけるのは少し珍しい。意識していなくても、少し火照る頬を誤魔化すように、ナナミは大きく手を上げた。
装飾用の棍を杖代わりに人並みへともぐって行くユエを見送って、小さな疑問が浮かぶ。
「ねぇルック。わたしが探しに行った方が良かったんじゃないの?」
「・・・いや、でも少し荒事になるかも知れないからね」
そう返答をくれるルックはさも当たり前のように答えて見せたが、一瞬ナナミは理解出来なかった。
「え?あ、荒事って、なんで・・・?あ、もしかしてユエさんと話してたのって」
「・・・そう。ちょっと変な奴らが紛れ込んでるみたいでね。だから、早くあの子を探した方がいいって言ったんだ」
そういうルックは先程から、流れる人並みをじっと見つめている。
先程、ナナミにリアを探して来いと言ったのも、実はルックで。
誰もが祝宴に浮かれる中、この石版の守から離れていないルックが最も全てを眺められる場所にいたので、おかしな客が紛れていることに気付いたのも彼が最初だった。
「変な・・・?あっ!さっきの、もしかして!」
「・・・何?もう絡まれてた訳?」
顔は覚えているというナナミの声に、ようやくルックも重い脚を動かした。
ナナミ一人では、大人の男相手に対抗する術はない。
「本当に、世話の焼ける・・・」
小さくとも、ルックが呟いた言葉は文句だったけれども、少し呆れたような甘さが微かに滲んでいた。


***


「つーかまえた。あれ?何だもう出来上がってるじゃねぇか」
「おぉ。見かけた時は何だか自棄みたいに飲んでたぜ」
最初に声を掛けてきたのは誰だったか。
言われるままに酒を受け取っては飲み、手を引かれるままについて来てしまった。
「・・・あれ?」
ふと気付いて辺りを見渡せば、祝宴の喧騒は遥か遠く。
ここは城の裏手か。まだユエの目が見えている頃、よく手合わせをして貰った場所でもあった。
「その年で自棄酒か。なんだ、好きな相手にでもフラれたのか?」
「やめないかお前達。もう少し品の良い言い方はないのか」
最後に声を上げた相手だけ、リアには見覚えがあった。
先程ナナミに声を掛けられる前に話しかけてきた相手だ。荒っぽい他の男達と比べて、彼だけが貴族らしき柔らかな物腰で振舞う。
けれどやはり付き合う者同士、似たところはあるのだろう。
口調も仕草も柔らかく丁寧だが、リアを攫うように連れ出したことや、大の男数人がかりで囲むなど、やってることはチンピラと変わらない。
「多少手荒かとは思いましたが、どうしても確かめたいことがありまして」
それでも、警戒心を解こうとしてか優雅に微笑むそれは、金持ち男の常套手段。
「確かめたい、こと・・・?」
そういう色目を使った色気は、全く皆無と言っていいほどリアには通用しない。
けれど多少どころではない酒に漬かってしまっている今のリアは、警戒心という言葉すらどこかに置き忘れてきたようだ。
きょとんと首を傾げる姿は、きっと誰の目にも可愛らしい仕草に見えて映っただろう。
今のリアの衣服というのは、いつもの胴着を脱いだ上に少し硬めの真っ白な上着を纏い、背中辺りまでの短いマントを羽織った姿だ。
上着の丈は少し長めにとってあり、その上から細い腰を更に細く見せるかのような幅広の帯で締められている。
つまり、遠目に見れば少女のスカートのようでもあり、その下から覗くすらりと細い脚がまたなんともあどけない。
もちろん下はいつもの通り履いているが、それはそれ。
「・・・なぁ、本当にお前が軍主なのか?」
リアと呼ばれた少年は、確かに目の前にいる彼なのだが、どうにも前線で戦っている軍の主には見えない。
可愛らしいだけでなく華奢さが相まって、本当に彼が少年なのかも男達にとっては疑問だった。
「・・・そう、ですけど・・・あなた達は?」
廻っていた酒の所為か、少々ぼんやりとしていたリアは、何かがおかしいこの状況に漸く危機感を覚え始めた。
じりっと下がる脚は、追い詰められて城の壁にぶつかる。
周りはぐるりと大人の男だ。4、5人はいるだろう。力技で来られてしまえばもうリアに逃げ道はない。
「おれたちのことは別にいい。でも、君の事はもっと知りたい」
「・・・・・・え?」
リアは一瞬、ハイランドの間諜か何かだと思って緊張したのだが、どうやらその危険性はなくなった。
リアを見つめる、男達の目が熱いのだ。
何か、綺麗な女の人に向けるような視線を感じて、リアは身体を竦める。
リアの身体や顔を嘗め回すように見ていく男達の目が、危険な色を宿し始めた。
「本当に男なのか?軍主なのか?・・・いいや、でもこんなに似てるんだ。もしかしたら・・・」
「剥いちまえばいいじゃねえかよ手っ取り早くよ!うわ、ほっせえ腰!ほら、見てみろよ!」
「っちょ・・・、あの・・・?」
いまいち男達が何をしようとしているのか見当のつかないリアは、襲い来る手の嵐から身を捩って嫌がるくらいしか抵抗出来なかった。
理解していれば、もう少し力技で抜け出せただろうが、それ以前に身体中に廻る酒の酔いでか、あまり身体を上手く動かせない。
「・・・逃げるな。逃げたら・・・多分手加減出来なくなる」
「それが男の性だからな。・・・覚えておいた方が良いぜお嬢ちゃん」
それでも、瞳の色を変えていく男達を前にして、本能的な恐怖を感じた。
「い、いや・・・!嫌だ離し・・・ッんぅ!?」
叫びかけた声は、大きな手の平によって塞がれる。
「・・・叫ばれちゃ面倒だ。そうだ・・・なぁ、アレ試して見ようぜ」
「だが、もし本当に軍主様だったらどうするつもりだ?」
「『もし』も『だが』もねぇよ。一度使えば、切れるまで苦しむのはこいつの方だぜ?・・・楽にしてやろうってんじゃねぇか」
男の一人が、小さな赤い小瓶のコルク栓を外して封を切る。
目の前の声を封じた男は、何か体術の知識でもあるのか、リアの胸を微かに押さえて呼吸を奪った。
酸素不足でか、ふわりと気の遠くなった瞬間に口元に当てられた瓶からは、強烈な甘い香りが漂う。
「飲め」
「・・・・・ぁ」
詰まった息を取り戻そうと、酸素を求めて開いた口に液体が流し込まれる寸前。
「リア!」
叫ぶようなユエの声と、吹き荒れる空気の波にリアの身体は自由を取り戻した。
「っち!逃げろ!!」
「マジかよこんな所で紋章ぶっ放す奴がいるか!?」
散り散りに逃げて行く様は、まさに蜘蛛の子を散らすよう。
一瞬追いかけようとしたルックだが、くたりと地面に座り込んだリアを見とめて止めた。
「リア、リア・・・?」
壁に凭れるようにして座り込んでいるリアは、ユエの声にほっとした表情を浮かべて、微笑む。
「ユエさん・・・来てくれたんですね・・・」
今先程の現状がまるで分かっていないらしく、嬉しそうに抱き起こしてくれたユエの首に抱きついた。
「何かされた?」
「・・・何か?うーん・・・?」
まだ多少ぼんやりしているのか、ルックの問いに答えられない。
心なしか足取りの危うい身体を抱き上げて、明るい場所へと戻った瞬間。
「・・・酔っ払い」
その顔は、心配していた二人・・・いや見えてさえ居れば三人が拍子抜けするほど、酒酔いで真っ赤に染まっていた。


***


「もう!一時はどうなることかと思ったんだから!リア、暫くお酒飲んじゃ駄目よ!」
「・・・ナ、ナナミちゃん・・・あんまり大声出さないで・・・」
何とか自分の座席へと戻って来たリアだったが、まだまだ自棄酒の深酔いは治まっていない様子で、ぐったりと椅子に沈んでいる。
「でも、何だったんだろうねさっきの人たち。明らかに、一人だけお金持ち混ざってるみたいだし」
「・・・それに、何か飲まされかけてなかった?」
静かなルックの声に、リアはそういえばと思い出す。
ほんの今さっきの出来事だったが、殆ど意識が飛んでいた状態だったので、ことの詳細をあまり覚えていなかったのだが。
「すごく、甘い匂いがした・・・気がする。あれが何か、分からないけど・・・」
抵抗どころか、甘いお菓子が好きなリアとしては、『飲んでみたい』と思ってしまうような香りだったのだ。
「・・・ま、飲まなくて正解だね。何を盛られるか分かったものじゃない」
丁度そこへ、リアの為に用意して貰った水が届いた。
運んできてくれたのは城下で暮らす住人の娘だ。彼女達もまたこの地に暮らす住人として給仕を手伝ってくれていたのだが。
「・・・待って」
受け取った水を飲もうとしていたリアは、突然隣から伸びてきた手に遮られて、素直に手を止めた。
話していたルックやナナミとは反対側、つまり手の持ち主はユエだ。
「・・・見たところ、色は大丈夫だけど?」
ユエの受け取ったグラスを眺め、ルックは代わりに答えてやる。
この少女がそんなことをするなどとは思えないが、ユエは何かを感じた様子で、グラスに少しだけ口をつける。
「ユエさん?」
確かめるようにもう少し、今度は少し多めに喉へと流して、持ってきたらしい少女に問いかけた。
「・・・何か、混ぜた?蜂蜜みたいな、甘いもの・・・」
リアがそういう飲み物を好んで飲んでいることを、この城に暮らす者なら誰でも知っている。
だからこその問いかけだったのだが、少女は小さく首を振って答えた。
「あたしは何も。レオナさんから貰っただけだし・・・」
答えた後何かを考え込むようにしていたが、少女の答えに、ユエはまた少しだけグラスを傾ける。
先程から何かを確かめている様子だったが、判断結果としてリアへグラスは返されなかった。
「ユエさん?」
「・・・もう、戻った方がいい」
こうなってくると先程の水も、軍主として椅子に座るリアへと捧げられてくる酒や果実水のグラスも、何もかもが危険に思えてくる。
毒とは考えられないまでも、身体の自由を奪う薬など、幾らでもあるのだから。
「ナナミ、部屋まで連れて帰って」
ユエの判断を正しいと感じたのか、ルックも同意するようにナナミへと告げる。
ここでリア本人に告げないのは、まだ彼が甘い酒を物欲しそうに眺めているから。
「そうねぇこのままここにいても、飲みたくなるだけだろうし・・・リア、ほら行こう」
「う、うん・・・」
名残惜しそうに席を立つリアだが、素直にナナミに続いて歩き出そうとした。
ふとそこで空の色がもう真っ暗だと気付いたリアは、振り返ってユエに問いかけた。
「ユエさんは・・・?今日、泊まっていきますよね?」
期待を込めた声は、誰の耳にも『お願い』に聞こえた。
それはユエにも同じことだっただろう。小さくくすりと笑った後、リアの方へと顔を向けて頷いた。
「うん・・・後で行くよ」
先に休んでいて良いと告げられて、リアは少しばかり早いが早々と部屋へ退散することになった。


***


「ユエさん、まだかなぁ・・・」
ナナミはといえば、リアを部屋に送ったあと、お風呂へ行ってくると言って出て行ってしまった。
リアも一汗流したかったのだが、まだ残っている酒の所為で却下されてしまったのだ。
「もうそんなに酔っ払ってないよぅ・・・」
マントだけを外した格好でごろごろとベッドに寝転がるリアの顔は、まだほんのりと少し赤い。
身体を拭く水と布は用意してあげると言われたものの、水は届いたが布はまだ届かない。
それにこうも身体が火照っていれば、頭から冷たい水を浴びたかったのが本音なのだが。
「・・・いいもん、ユエさんが戻ってきたら、一緒に行くもん・・・」
それでも、待てども待てどもリアの部屋へ誰かが訪れる気配はない。
下での喧騒はまだリアの部屋まで届くほどで、祝宴はこれからもまだ続くだろうと思われる。
自分はもう部屋へと戻ってきてしまったけれど、ユエやルックや、他の仲間達はまだ楽しんでいるのではないか。
そう一度考えてしまえば、もう我慢できなかった。
「もう一回、行こうかな」
見つかったときは、『ユエを迎えに来たんだ』とでも言えばいいだろう。
今ならばナナミは居ないし、もしかするとまた甘いお酒や飲み物を貰えるかもしれない。
「・・・ちょっとだけ・・・だから」
誰に断るわけでもなくそう呟いて、リアはそぅっと部屋の扉を開いた。
それでも、大きな扉は音を立てて開く。
リアは、薄暗い廊下へとゆっくり脚を滑らせた。
「・・・あ」
けれど、数歩も行かないうちに、見慣れた姿が壁に凭れて立っていた。
この様子だと、随分長い間ここに立っていたように見える。リアが戻ってすぐユエも戻って来たのだろう。ナナミが用意するからと言っていた布を、ユエが手に持っていることでわかった。
「ユエさん!ナナミちゃんと会ったんですか?・・・でも、どうして」
部屋に入ってこないのか。
呼びかけても歩いてきてくれるどころか、返事さえないユエの様子に、リアは少し首を傾げた。
「ユエさん・・・?」
「来るな」
近づこうとしたリアの脚を止めたのは、低く短いユエの言葉。
それが、怒っているかのように聞こえて、リアは自分の行動を恥じた。
駄目だといわれたのに、懲りずに部屋から出てしまったことを怒られている気がして。
「あ・・・ご、ごめんなさい!僕・・・」
これ以上何かを告げても、言い訳にしかならないのは分かっている。でも何かを言わないとこのまま帰ってしまいそうで、リアは慌ててユエに近づこうとした。
「・・・見つけたよ。ほら」
そこへ突然、空気を裂くようにして現れたのはルックだ。
二人の様子からしてリアと分かれてからも、何かを話していたようで、ルックはユエに小さな小瓶を渡した。
「問い詰めてみたけど、やっぱりこの手のものに解毒剤はないみたいだね。時間が経つのを待つか・・・それとも」
そこで、泣きそうな顔をして見つめてくるリアの瞳と視線が交わった。
ルックは苦笑して、ユエに告げる。
「あの子なら、治してくれるんじゃない?」
リアが泣きそうな理由も、ユエがリアに近づけない理由も、ルックは全て気付いていた。
お互いにお互いを想い過ぎて、それが枷になっていることすら気付いていない不器用な二人。
「・・・でも」
「そこで引くから、変な誤解を生むんだよ。あの子は、右手に五歩の所。・・・このままだと、泣かせることになるかな」
そこまで言い切って、ルックは野暮だったと言う様に踵を返した。これ以上ここに居ても仕方ない。
ユエとは、三年前も特に仲が良かったわけでもないが、何にせよ不器用なユエに反感よりは好感を感じていた。
リアのことも、お人よし過ぎる態度が偽善ではなく、彼だからこそ持てる性格なのだと気付いてからは、何かと気に掛かるのだ。
そんな二人が行く道のりは、きっと楽なものではないだろうけれど。
見守っていたいと、感じるのはきっとルックだけではないだろう。
「・・・本当に、手間のかかる」
小さく苦笑したルックはそのまま、暗闇へと姿を消すように階下へと降りてしまった。
残された二人。リアは、ユエの言葉通り、先程の位置から動けずに固まっていた。
ユエに近づいてはいけないのに、ルックのことは拒まずに、受け入れた。その現実が、リアをひどく悲しくさせる。
ユエの様子がおかしいことには気付いていたけれど、どうして近寄っては駄目なのか。
「・・・リア」
考え込んでいたリアに呼びかけられる名前。細い肩が、小さく震えた。
その様子が見えている訳が無いのに、ユエの言葉は、少しだけためらいを含んで告げられる。
「・・・それ以上、近寄らないで、欲しい。僕は、君を傷付けたくない」
いつもより、少しだけ低い声。
それは、何かを抑えようとしているようで、ひどく苦しそうに見えた。
「ユエ・・・さん?また、紋章が・・・?」
「違う・・・そうじゃない。・・・けれど」
ユエが怯えているのは、リアの魂を喰らってしまうのではないかと、右手に宿る紋章の脅威。
そう思ったリアは、止めるユエの声も聞かずに脚を動かしてしまった。
「駄目だ。今君に近づいてこられたら・・・僕は僕を抑え切れる自身がない」
「な、何のことを言ってるんですか?他の人はよくて、何で僕は駄目なんですか・・・?!」
こうなってしまえば、ユエの言葉にもうリアの脚を止める効果は無い。
辛そうに背中を壁へと凭れさせるユエの腕に、リアは縋りつくように触れて、問いかける。
「・・・っ」
駄目だと言ったのに。
そう告げられたような小さな舌打ちがリアの耳に届いた途端、突然強く抱きしめられてしまった。
「・・・ごめん」
そして、何かに向けての謝罪の言葉。
「ユ、エさ・・・?ッ・・・んん、ぅッ・・・!?」
息を継ぐ暇も無いような突然の深いキスに、リアは当然驚いて何の抵抗も出来なかった。
そもそも、ユエ相手に抵抗などしたことはないリアだが、ここまで激しいキスを受けたこともなかった。
したことがないとは言わないが、いつもいつも労わるように、リアを傷付けないように触れてくるユエの身体は、いつでも優しかったから。
抵抗など思いつかないような、柔らかな刺激しかリアは知らない。
だからこそ、先程の男たちが何を望んでリアを壁へと押し付けたのか分からなかった。
「・・・ぁ、は・・・、ユ、エさッ・・・苦し・・・ん、んぅー・・・!!」
呼吸を奪われるようなキスはリアにとっては初めてで、その刺激の強さと息苦しさに思わず顔を背けてしまった。
けれども、逃げないように身体を壁へと押し付けられて、頭を抱きこまれるように固定されてしまえば、リアに逃げる手段などもうない。
舌の絡まる濡れた音が、誰も居ない暗い廊下に響く。
そう、ここは廊下なのだ。突然誰が来るかも分からない廊下なのに。
「ん・・・っは・・・ぁ・・・ふ―――・・」
止まらないキスは、リアの抵抗をゆっくりと奪っていく。
急激に追い上げられる熱に、脚が小さく震え出した。
もう立っていられない。
そう告げるように、リアはユエの服を、弱々しい力で掴んで訴える。
と、それに気付いたユエはリアの唇を解放してくれるが、零れた雫を拭うように滑っていく唇は、そのままリアの首筋に触れてくる。
「・・・ひ、ぁ・・・っ・・?」
熱い唇を高められた肌に感じて、リアは小さな声を漏らしてしまうが、文句はひとつも言葉にならない。
何か問いかけたい質問はたくさんあるのに、息を吸うことで目一杯な上、ユエの愛撫が心地良いから。
壁がなければきっと、もう立っても居られなかっただろう。
こんなに欲しがられたことは、多分今まで一度も無い。
どうしてこんなことになったのか。その理由は聞きたかったけれど、この状況が嬉しくない訳が無くて。
「・・、ぁ・・・も、ユエさ・・・ぅ!」
乱された服に、肌へと触れてくる柔らかい唇と熱い手の平に、リアはついに、立っている力を無くして床へと頽折れた。
「・・・リ、ア・・」
擦れた、ユエの声が頭上で響く。
その声には抑えきれない熱情が篭っていたけれど、その奥に申し訳なさそうな懺悔の声も聞こえた。
真っ赤な顔で見上げれば、苦しそうにリアの頭上の壁に手をついて、リアへ触れることを堪えているようなユエの姿。
ほんの少しのキスと触れ合いだけで、ユエがここまで汗を浮かべることも、今までになかったことだ。
それは、とても綺麗で、見ただけで身体が熱くなるような、ユエの姿だったけれども。
「・・・ユエ、さん・・?何が・・・」
膝を立てて、高まってしまった下肢を隠すように座り込んだリアは、恥ずかしそうにユエを見上げた。
その顔に、ユエはもう一度小さく謝罪を述べる。
もう少し歩けば、もうそこにリアの部屋があるのに、それさえも我慢できなかった。
触れてきたリアの体温に、自制など脆くも崩れてしまう。だからこそリアに近づくことを恐れていたのに。
「・・・ユエさん?」
謝ったきり硬直したユエに、リアは小さな声をかけながら腕を伸ばす。
甘えるように擦り寄ってくる肌は、今ユエが欲しくて堪らないもの。
それが自然な欲求なら、ユエもここまで躊躇わなかった。
けれど、今のユエは。
「リア・・・離れて。・・・でないと、僕は・・・」
「嫌・・・です。なんで、我慢しちゃうんですか・・・?ユエさん、僕のこと・・・もう、いらない?」
強引な手段に出たユエに恐怖を覚えることはあるだろうが、まさか受け入れられるとは思っても見なかった。
続きを強請るように、堪えるユエの首に腕を伸ばして、引き寄せる。
軽く重ね合わせた唇が離れる前に、ユエはリアの身体を抱き上げて、数歩先の扉を勢い良く開いた。
重なったままの唇で、締まった扉に押し付けるようにリアの身体を地面へと下ろす。
「・・・ごめん、ごめんね・・・」
謝りながら、それでもユエの手は止まらない。
もう既に脱げかけていた上着は地面に落ち、剥き出しになった肌へ、ユエの唇が降りてくる。
「ぁッ、や、ん・・・は、あぁっ・・・!」
性急に追い上げてくるユエの手は、まだ服に包まれたままのリアの中心に躊躇いもなく触れた。
布の上からの刺激は心地良くても、どこかじれったい。
それに気付いたのか、ユエはリアの胸にキスを贈りながら、下肢に纏う布を剥ぎ取って直に握り込む。
「ぁ、あ・・・ッ!」
途端ぞくりと背筋を走った快感にリアは小さな身体を震わせて、熱を吐き出した。
足首に絡まるズボンは邪魔で仕方ないし、何よりもそんな体勢のままユエが目の前に跪いているものだから、差恥に肌が真っ赤に染まる。
この明るい部屋で、全て半脱げのままで乱れる全身を、正面から見られていると思うと。
「・・・ゃ、・・・見ないで・・・」
一度治まった熱に、どれだけ自分が恥ずかしい格好をしているか思い知らされた。
ユエの手で乱されたのだと思えれば楽になるのに、リアはそんなことすら忘れてしまっている。
顔を隠すようにして泣くリアの腕を取って、ユエは涙を流すリアの頬に口付けた。
「・・・泣かなくて良い。リア、嫌なら、やめるから・・・」
そう告げられて、リアは正面のユエの顔をそっと伺った。
真っ赤に泣き崩れた顔を晒すのは恥ずかしかったけれど、どうせユエには見えていない。
そうっと伺ったところでリアの瞳に映ったものは、我慢などできそうにもない程に、色気を増したユエの姿だった。
普段きっちりと止められている襟元も大きく開かれ、薄らと汗を掻いた肌を惜しげもなく晒している。
それだけでなく、リアを見つめる見えていない瞳にも、堪えきれない情欲を映し込んでいて。
「・・・ユ、エさ・・・」
今日のユエは、何かがおかしい。おかしいと分かっていても、求めてくれるのは嬉しい。
抱きしめてくれるユエの身体が熱い。
こんなに熱いのは、それだけ、リアを欲しがっているという証拠。
「やめないで・・・」
抱きしめられた肌を心地良く感じながら、リアはそれでも小さくそう呟いた。
こんな風になっていても、リアが嫌なら止めてくれるというユエ。
それは、ここで止められたら苦しいリアと同じほど・・・いや、それ以上に苦しい思いをするとわかっていながらの言葉。
首に抱き付くリアの言葉を耳元で聞いたユエは、リアを抱きしめることで我慢していた何かを、一つずつゆっくりと解放するように、脱げかけたリアの衣服を剥ぎ取っていく。
ここで勢いに任せてしまえば、きっともう手加減など出来なくなる。
それをわかっているからか、生まれたままの姿にされ、後ろの秘孔に触れた時、もう一度だけユエはリアに問いかけた。
「・・・まだ、今なら・・・」
「うそ・・・、ユエさん、嘘なんかつかないで。・・・さっきからずっと、我慢してる」
リアは、気遣ってくれるユエの優しさも大好きだが、先ほどのような歯止めの壊れたユエの姿も嫌いじゃなかった。
寧ろ、こんな床の上で壁に押し付けられるほど・・・あともう数歩歩けばベッドなのに、そこまで歩く余裕さえないほどのユエに、リアは鼓動が高まっていることに気付いていた。
どんな時でもあまり乱れないユエの、こういった性急な行動は今まで無かったと言ってもいいほど珍しいことで。
それを曝け出してもらえるのが自分であること。
それだけで、リアはもう、何も怖くなかった。
「・・・もう、嫌だなんて言わないから・・・、ね、ユエさん」
ぎゅう、とユエの頭を抱き込むようにしがみ付いて、続きを促すように、囁いた。
「早く、来て・・・」
途端、もぐりこんでくる指の動きに、リアは身体を震わせる。
耐え難い異物感と微かな痛みを感じるが、それでも声一つ上げずに、ユエの指を受け入れた。
ぬるりと感じるのは、先ほどリアが吐き出した熱か。
塗り込むように、広げるように触れてくる指の動きは、いつものユエからすれば少しだけ余裕がない。
同時に、吐き出した熱で汚れた胸や腹を舐められて、時折噛まれて、リアの熱は再び熱い雫を零し始めた。
こうなってくるともうくすぐったいのか、甘い痺れなのか、気持ちいいのか痛いのか、リアはだんだん分からなくなってくる。
「ごめん・・・ごめん、リア」
それでも、息の荒い擦れた声で謝られて、リアは一気に体温を上げた。
気持ち良いのだが、時折探られる箇所が良過ぎて、リアは震える身体を止められない。
ともすれば上げそうになる『拒否』の声を漏らすまいと、ユエの首筋に顔を埋めて軽く歯を立てる。
「・・・ッ、リア・・・」
今のユエにとってそれは痛みと言うより、甘い痺れにしか感じなかった。
ここまでは何とか消えそうになる理性を保つことは出来たが、これ以上は危うい。
リアの脚が、誘うようにユエへと摺り寄せられる。早く早くと訴えるようなその仕草に、堪えられる訳がなくて。
名前を囁いて呼べば、素直に顔を上げて、重なる舌を上から受け入れる。
「・・・―――は、ん、・・・んッ!」
指が抜け出ていったと同時に、今度は比べ物にならないほどの熱い熱の塊が押し入ってきた。
いつもに比べれば前戯は随分と短い。慣らす時間も少なかったことからしても痛みを感じない訳が無かったけれど。
「ひあっ、あ、ぁ・・・ユ、ユエさ・・・ッ!」
身体の中から生まれる強烈な快感に、リアももう声を抑えていられない。
痛みより何より、今はただ与えられた快感に酔っていたかった。
「・・・リア」
狭く締め付けてくるリアの中は、それでもユエを心地良く包み込んで受け入れる。
「・・・ごめん、もう」
ユエの覚えている限りで、手加減が効いたのはこの瞬間が最後だった。


***


「・・・ぅ・・ん」
すっかり日の昇った真昼の太陽に瞼を焼かれて、リアは重い腕を上げて目を擦った。
ぼんやりと意識が上ってくるが、まだ完全には覚醒できない。
「・・・リア?」
リアが動いたことで目覚めを感じたのか、隣の暖かい何かが抱きしめてくれるのが分かった。
それが心地良くて、リアは薄らと上ってきた意識をもう一度深い眠りの中に落とそうとする。
擦り寄った胸の中は、嗅ぎ慣れた安心する香り。
抱きしめてくれる腕も、体温も、リアを守ってくれるもの。
「ん・・・ユエさ・・」
寝ぼけたままで抱き付けば、苦笑気味に笑っているユエと間近で目が合った。
柔らかく微笑んでくれているけれども、その奥にはまた申し訳なさそうな色を含んでいて、リアはもう少しだけ目を大きく開いた。
「・・・おはよう」
どうしてそんな辛そうな目をしているのか。
その理由を問いかけようとした途端に、リアの身体を激痛が襲った。
「っな、何で・・・?」
今まで何度も抱かれてきたけれど、起き上がれなくなったことはない。
身体のある部分の痛みとは別に、腕も重ければ頭も重い。
どころか身体中が鉛のように重くて、今日一日はきっと起き上がることすら難しいだろう。
「やっぱり、手加減出来なかった・・・」
その言葉にリアは慌てて自分の格好を眺めて見る。
清められた肌はきちんと夜着も着せられていて、寝乱れた以外では緩みもない。
ユエの方もいつもの通り着込んだ服に乱れは無いが、浮かぶ表情に少し気だるげな色香を残していた。
「・・・っ」
「リア・・・?」
こんな風に、ユエは無意識で綺麗な顔をするから、リアは他人の色目をなんとも感じなくなってしまった。
誰にも、ユエに勝る色香を放てる者などいない。
それ以前に、ユエだからこそ、リアは自分の心臓が壊れたと思うほど動揺してしまうのだから。
「・・・無理させたね。大丈夫?」
労わるようなその声に、ぼんやりとながらリアも昨夜のことを思い出す。
酒に酔った勢いと言うか、ユエに酔った勢いと言うか。
ともかくも、リアは自分が言ってしまった言葉や大胆すぎる行動を思い出して、頬を真っ赤に染めた。
リアももう殆ど昨夜の出来事は覚えていないが、ただ何度も抱かれて、何度も甘えたことは覚えている。
きっと朝方の、空が白じんで来た頃にも、何度目かの熱を交わしていた。そして、それが終わりじゃなかったことも。
「ぁー・・・」
色々と思い出した所為で、また身体が何かを期待してしまったことを隠すように、リアはもう一度シーツに包まった。
心配気なユエを更に心配させてしまうだろうけれど、今はちょっと堪えられない。
「リア・・・誰?」
リアに呼びかけたユエの声は、後半扉に向けて告げられた。
ユエの声を受けて入って来たのは、水を持ったナナミとルック。
「リア、大丈夫?・・・あの、昨日はごめんね?」
「昨日・・・?ナナミちゃん、何かしたっけ?」
夜の記憶が強烈なだけに、赤くなってしまいそうな顔を隠そうと、リアはシーツに顔を埋めたまま、そうっとナナミに視線を向けた。
ナナミの隣のルックは少し苦笑して、それから事のあらましを教えてくれる。
「君に突っかかって来てたあの集団。・・・実は、君を軍主と知らないままで君に惚れたバカ軍団だったってわけさ」
「・・・・・・・・・は?で、でも僕あんな人たち知らないし!」
「そりゃそうだよ。あいつらは、君を女の子と思ってたんだから」
「・・・えぇ?」
話が見えない。と、ここでもう一度、ナナミが謝るように声を挟んだ。
「あのね、わたしの所為なの。随分前に、綺麗におめかししたリアを撮って遊んだことあったでしょ?」
「あ、あの時の・・・?」
バナーでユエに告げられたことを思い出してリアは思わず赤面した。
色々と勘違いやすれ違いもあって、悲しいこともあったけど・・・今では良い思い出の一つになっている。
「でも、それが?」
関係あるのかと問いかければ、ナナミはゴメンねと小さく笑って答えた。
「実は、あの人たち、わたしの売った写真を持ってたのよ。写ってるリアに憧れてて、本当に居たら結婚しようと思って来たんだって」
「・・・なんでそこまで話が飛ぶの?」
実際、ナナミから直接手に入れたわけではなく、何かの伝で偶然手に入れた奴らだったらしく、似てる女の子が都市同盟に居ると聞きつけた男の一人が、この計画の発端らしかった。
どうにかリアを手に入れられないか。一人の時に声を掛けてきた男も、自棄酒をしていたリアを連れ去った男たちも。
更には、女の子が運んできた水に細工をしたのも、彼らだそうだ。
リアが部屋へと戻った後、体の変化に気付いたユエが、あの女の子にもう一度話を求めた。
すると、運んでくる途中で男たちとぶつかったらしいのだ。
運よく水は零さなかったものの、それはグラスを受け止めてくれた男のお陰だという。
男たちの風貌も人数も、リアを囲んでいた彼らと一致した。
何かを混ぜられたとしたら、きっとその時だろう。
「女の子はみんな、手を出されてしまったらもうお嫁にいけないからね。あの時、薬でも何でも使って無理矢理されそうになってたのよきっと!ごめんねリア、怖い思いさせて!」
「べ、別に怒ってはないけど・・・っいたた」
薬まで使って既成事実を作ろうとは手段こそ汚いが、リアを軍主と、まして男と知らずナンパしてきた男たちであったようだ。
頭を下げるナナミになんでもないことだと告げようと身体を起こしたのだが、走ったあらぬ所の痛みに、リアはもう一度シーツにうずくまる。
「・・・手加減しなかったの?」
気付いているルックは、ユエに向かって呆れ顔だ。
ナナミは、リアが痛がっているのは頭だと思ったらしく、ホウアンに二日酔いの薬を貰ってこようかと言ってくれる。
「だ、大丈夫。今日は一日お休みだから・・・寝てれば治るよ」
「そう・・・?じゃあ、ゆっくりね。お昼ご飯はまた持ってきてあげるから」
「・・・うん」
手料理だけは勘弁して欲しいが、ルックの苦笑を見ていればきっと見張っていてくれるだろう。
部屋を出て行く二人を見送って、リアはふと先ほどのナナミの言葉を思い出した。
「・・・結局、あの人たちが僕に飲ませようとしてたのって、何だったんですか?」
強烈な甘い香りだけは覚えているから、興味がないとは言えないリア。
ユエはその小瓶をルックから受け取っていたように思えたのだ。そしてそれはまだ机の上に置かれたままだ。
リアの視線が、その小瓶に向かっていることに気付いて、ユエは苦笑する。
「・・・リアは飲まない方がいいよ」
「・・・?そ、それって身体に悪いってことですか?ぼ、僕の代わりにユエさん飲んじゃったんですよね!?か、身体、大丈夫ですか?!どこか、痛むとか苦しいとか・・・!」
途端パニックになるリアをくすくすと笑って撫でて、抱き締めて。
「リアが治してくれたから。・・・もう平気だよ」
「・・・あ」
その言葉で、リアは昨夜のユエを思い出した。
苦しそうに堪えていたのはきっと、飲んでしまった薬のせい。
様子がおかしかったのも、あんなに長く抱かれたのも、きっと。
思い当たった途端、リアは真っ赤になって、抱き締めてくれるユエの胸にしがみ付いた。
「・・・ごめんね」
その行為に後悔しているのは、加減出来なかったユエだけれど。
リアはしがみ付いたまま、首を振って答えた。
「あ、あんなので!・・・僕で治るなら、治せるなら、いつでも・・・その・・・あの・・・・・・」
「・・・リア」
続く言葉が見つからないのか、それでも必死にユエは悪くないと訴えるリアの様子に、零れる苦笑は微笑みに変わる。
なら、今ここで。
もう一度、高鳴る鼓動を治めて欲しいと、リアの身体は三度・・・シーツの海へ沈んだ。








END


*謝*


  Detoxication medicine(訳:解毒薬)

  回り道しすぎな上、あんまり濃くなりませんでしたね(笑)
  ユエが〜と思うと十分えろいんでしょうが・・・この前にセフィオミ書いてるから実感が(笑)
  こういう媚薬ネタって何度目かなんですけれども、どこか似ちゃうのは仕方ないんでしょうかね。
  最後の方に詰め込んでつじつまあわせをしてる所為で、エロの余韻は無いですが・・σ(^◇^;)
  ひっさびさのユエリア、楽しんで貰えていたら光栄ですv
  
  ・・・まだ読み直していないので、もしかしたら後々手入れ修正するかも知れません(笑)
  
  では、最後まで読んで頂いてありがとうございましたv

  Saitou Chinatsu* 2006/07/30 up!



...BACK