A*H

Angel Halo 1

Act.3 我慢




腕の中が暖かい。
こんな風に誰かの温もりを感じたまま眠るのは、ゼロにとってかなり久し振りの事だった。
行きずりの女と一夜を共に過ごしても、そのまま朝まで眠った事など一度としてない。相手が泣き疲れて寝てようが実際彼にはどうでも良く、用事は済んだとばかりに部屋を出て行く。ゼロにはそれが日常で、普通であった筈だ。
けれども今は、腕の中に感じる暖かい存在を抱き締めて、柔らかい髪に顔を埋める。嗅ぎ慣れた石鹸の清潔な香りと、微かに甘い肌の匂いがした。
こういう透き通るような匂いも久し振りだ。化粧と香水にまみれた身体に、何時の間にか慣れてしまっていたようだけれど。やはり、抱き締めて眠るならこっちの方が良い。と、ゼロは自分よりも少し体温の高いそれを、もっと深く腕の中に抱き込む。
その閉じた瞼の裏に思い描くのは、あの小さな少女・・・いや、少年と認識することは出来たが、惜し過ぎる。
もしアーティが女なら・・・。
「・・・・ん」
この甘い息を濡れた声に変えて、その身体の隅々まで愛してあげたのに。
あの幼い身体に強烈な快感を覚えさせて、後々心も縛り付けていけるのに。そもそも既成事実を作ってしまえば、彼女は一生彼の物だ。もう彼以外の誰の物にもならない。
だが、現実はそう甘くなかった。アーティは女ではないので子供を作ることは出来ない。その行為自体は出来たとしても。・・・その行為自体にも多少無理があるだろうが。
「・・・・ぅ〜・・・・」
小さなうめき声に、ゼロはぼんやりと目を開ける。
抱き締め過ぎてしまったらしい。苦しいのか、微かに身動ぎしたそれは、ゼロの腕から小さな頭を出した。
「ぷは・・・っ」
「・・・・・・・・・・・・え?」
ぼんやりとしていた焦点は一気に目の前の目標物で集束して、その姿を瞳に映し込む。簡単に言えば一瞬で目が醒めた。抱き締めた腕の中から出てきたのは、紛れもないアーティ本人。その温もりも匂いも、間違いなく本物だ。
夢でも幻でも妄想でもなく、アーティは今ゼロの腕の中で大人しく抱かれている。
「ぉ、おはよぅ〜・・・」
小さく欠伸を飲み込んで、まだ眠いのか、少し潤んだ目を小さい手で擦っている。
それでも、ゼロに向けられる表情はほんわりとした笑顔だ。窓の外の太陽よりもっと、眩しすぎるほどの。
「・・・ゼロ?」
返事が無い事を不思議に思ったのか、腕の中から小さく首を傾げて見上げてくる。その仕草の強烈な可愛さに少し誘惑されつつも、ゼロは出来る限り平静を装ったままで返事を返した。
「あ、いやうんおはよう。・・・でもどうしてこんな所で?」
確かにちょっとは連れ込んでしまえと思ったが、昨夜はさっさと義姉に取られてしまったので仕方なく一人で眠った筈だった。
だけれども、アーティはここにいる。
肘を付いて起きてみれば、ゼロの腕から解放されたアーティが、シーツの上に座り込むようにして身を起こした。
彼が着ているものは、もの凄く見覚えのある部屋着・・・というかゼロの服。
勿論サイズ的に合う訳がないので、上着だけ。しわくちゃのシーツの上には、真っ白い足が剥き出しになっている。
しきりに目を擦っているアーティが動く度、ずれた襟から綺麗な鎖骨と細い肩が見えて、かなり眼に毒だった。
朝の起き抜けなのがまた辛い。健康な男なら毎朝の日課があるから特に。
「もっとね、ゼロとお話したいなぁって思って、ココまで来たんだけど・・・。寝てるゼロ見てたら、僕も眠くなっちゃって」
どうやらそのままベッドに潜り込んできたらしい。
というか、ベッドにまで潜り込まれていながら、どうして目が醒めなかったのか、自分にも疑問だ。
三年前、嫌でも染み付いた奇襲敵襲に対する態勢は今でも健在なはずなのだが・・・・アーティに対してはそれが全く通用しない。
「・・・・そう」
少し熱い息を気付かれないように静めて、ゼロもゆっくりとベッドから起き上がる。
追いかけてくるアーティの視線に気付いてないような素振りで静かに窓へと向かい、朝日を遮断していたカーテンを勢いよく開けた。
ついでに窓も開け放つ。微かに浮いていた汗に、吹き込んできた風が触れて気持ち良い。
そんなこんなで次第に頭がはっきりしてきた。
ここでようやく思い出すのもアレだが、怪我をしたコウをリュウカンに診せて、久し振りに家へと戻ってみればいい加減遅い時間だったので、彼らも泊まっていくとか何とか言っていた。留守を預かってくれていたクレオとも(パーンは武者修行の旅の途中らしい)話は尽きなかったし、何よりビクトールとフリックも居ては酒盛りが始まるのは当然で。
翌朝にまで酒を残すような身体ではないが、久し振りの家に気が抜けたとも考えられた。それとも、何か。
アーティは、ゼロが張っている警戒の糸に少しも引っ掛からないのかもしれない。いらぬ欲望はいちいち引っ掛けてくれるが。人間多少なりと感情を持って生きている。それが少しでも冷たく重くなれば・・・つまり後ろ暗い事や些細な企みでもあろうものなら一瞬でお縄だ。
けれども、アーティにはそれが感じられない。彼を取り巻く雰囲気は自然過ぎるほど自然だ。何も考えていない分、ある意味コレを天然というのかもしれないが。
「ゼロ、あの、怒ってる・・・?」
軽く相槌を返しただけのゼロの背中に、少し不安げな声が届く。
「・・・どうして?」
小さく尋ねるように声をかけられて、それでも振向くことも出来ずに小さくゼロも返事を返す。
「こっち、向いてくれない・・・から」
振向きたくても振り向けないんだ実際。振り返ったら襲う。先のアーティの姿態が目に焼き付いているから特に!
・・・などとゼロが苦しんでいることすら知らず。
「ゼロ・・・ごめん、ね?」
「・・・っ・・・」
ペタリと、素足が板間を踏んで近寄ってくる。
腰辺りの布を後ろからきゅっと掴まれ言い訳しなければと思うが、咄嗟に動けなければ声も出ない。百戦錬磨のゼロともあろうものが、少年一人慰めることに戸惑うとは。
聞こえる声が少し震えているのは、朝の風が寒いからだろうか。そうではなく、もしも泣かれていたりなどしたらもう色んな意味で止まらなくなりそうで。
「・・・・・違う、怒ってない。謝らなくていいから」
できるだけ顔を見ないように腕に抱き上げて、アーティの顔を自分自身の肩に押し付ける。
だがコレも失敗した。指に絡む、少し汗を含んだ髪と、素肌に触れるアーティの頬が気持ち良くて、思わず足がベッドに戻りかけた。起きてからもうどれだけの精神力を使ったか分からない。このままでは身体も色々と辛かった。
アーティをナナミにでも預けたら、風呂にでも入ってすっきりしないと落ち着かない。思わず零れるゼロの溜息に、アーティは肩に埋めていた顔を小さく上げる。
「ゼロ?何か苦しそう。ね、僕のせいだよね?だから、僕にできること、するよ・・・?」
「いや僕だって出来るならお願いしたいけど・・・って、あんまりそういうことを簡単に言うものじゃない」
思わずお願いする所だった。
もっと時間がたっぷりあってココが家じゃなく誰も居ないならお願いしていたかもしれないけど。
漂ってくる朝食の香り。
もうすぐきっと誰かが起こしにやってくるだろう。
本心は部屋に閉じ込めてこの小さな身体をベッドに押し倒し、今すぐにでも慰めて貰いたい所だが。
どたどたと階段を上る音に、そんな望みはあえなくも崩れ去る。
「ぼっちゃーんおはようございま〜す!!清々しい朝ですよー!朝食の用意出来ましたよ〜!!さぁ今すぐ起きて下さいさ・・・・ぁ?」
「・・・ノックは礼儀じゃないのか普通」
主人の寝室を訪ねるならばそれくらいマナーだろう。と思っても、このグレミオには当たり前だが通用しない。
「なななななんでアーティエ君がここに!?まさか坊ちゃん連れ込んだりなんかしちゃったりとかしてないですよね?!このグレミオは信じてますよ幾らガマンの効かない年頃だとしても坊ちゃんはきちんと貞操観念がある方だって!!いやでもどうして抱っこなんてしてるんですかまさか・・・?!もう一人では立てないような身体にしちゃったとかそんな・・・・!!」
っと、こんな調子で叫ばれるのも一体何度目か。今のでこの屋敷に居た全員に聞こえただろう絶対。
プライバシーなどあったものじゃない。もう半分諦めて、アーティを腕に抱いたまま片手で追い払う。
「・・・残念だけどその認識は全てが不正解だグレミオ。で、僕は汗を流しに行きたい。邪魔だからそこを退いてくれ」
グレミオを部屋の外へと追いやりながら廊下に出たはいいが、先程の大声で目覚めたらしいビクトールとフリックが、貸した部屋から顔を出してきた。
「何だ何だぁ?朝っぱらから何の騒ぎだ全く・・・・」
「・・・大声は止めろグレミオ・・・頭が」
ぼさぼさの髪を手で更に絡ませながらのビクトールは相当迷惑顔だ。余り寝てなさそうな様子からして、昨夜の酒盛りはゼロが抜けた後も朝方まで延々と続いたのだろう。
その横で、青い人が更に顔を青ざめてうめいている。相変わらず、悪酔いする性質らしい。
「だって訊いて下さいよ坊ちゃんが!!!」
「お前もそんなことでイチイチ騒ぐなよ。・・・いい加減、ゼロに捨てられるぞお前」
ピタ。
と音が聞こえるほど切りよくグレミオの声が止まった。そのまま、泣きそうな顔をしてゼロを見つめてくる。
「・・・・・・・あぁわかった。分かったから、せめてアーティの着替えでも用意してこい」
「は、ハイただ今!!あ、でも坊ちゃん今からオフロですよね?ならお邪魔ですからアーティエ君こっちに・・・」
ゼロも元々他の男になど預ける気は無かったが。
手を伸ばしたグレミオにアーティは小さく首を振り、尚のことゼロにしっかりとしがみ付いた。
そのまま、笑顔でにっこりと。
「ううん、いいの。ゼロに抱かれるの、僕。好き、だから」
「・・・・・うえっぷ」
「・・・・・意味は分かってないんだろうけどな絶対」
吐きかけたのはフリック。呆れたのはビクトール。
ちなみに、言われた当人と抱き上げているゼロ自身は硬直しているが、それでも天然アーティの追撃は止まらない。
「ね、ゼロ。僕も一緒にお風呂、入っていい?」
真正面からアーティの笑顔を見たのは恐らくグレミオ一人だが、甘えるような声を耳元で聞いてしまったのはゼロ本人で。そのちょっと間違った殺し文句と同時に、ゼロの首にぎゅっと抱きついてくるもんだから、真っ直ぐ立っていたはずのゼロの足取りが、多少ふら付いても仕方ない。
「・・・は、あ、そ、そうですか!これはまたお邪魔しました〜・・・」
流石のグレミオも、天然には勝てなかった様子。そそくさと退散した背中を追うように階段を降りて風呂場へと向かいながら、ゼロは打開策を提案した。
「・・・・せめて後から入るか先に入るか、しないか?」
「一緒じゃダメなの?」
「いやダメって言うか」
色々処理したいものもあるし何かと犯罪な気がするんです。とは言えない。言ったとしてもアーティには伝わらない。確実に。
一階まで降りた所で、タイミング良く水場からクレオと共に身支度を整え終わったナナミが出てきた。
どうやら先に朝風呂を使ったらしく、二人とも二階の騒動は知らない様子だ。ゼロの姿に気付いたクレオが軽く会釈したことで、ナナミも振り返る。
「あ、ゼロさん!アーティおはよー・・・ちょっと待ってそのまま動かないで!」
けれども挨拶もそこそこ、何処から出したのかメモを取り出して質問と共に何かを書き込み始める。
「朝起きたらアーティ居ないからお姉ちゃんびっくりしちゃった。どこに行ってたの?」
「ゼロのお部屋、だよ。広くてね、きれいでね、ふわふわでふかふかだった」
「・・・それはベッドが?」
「うん。・・・あ、でも、ゼロが、一番、気持ち良かった」
「・・・・」
「へっ!・・・へえ!!って、とっても気になってるんだけど!ゼロさんどうして上半身裸なんですか?」
「・・・・・・いや、これは別に」
「いつも、寝る時、着ないの?」
「・・・・着ないね」
「それって何だか凄くドキドキするんですけど!・・・ちなみに今アーティが着てるのって!」
「うん、グレミオさんが、用意してなくて、ごめんなさいって、これを貸してくれたの。ゼロの?」
ついでに今ゼロが穿いているものと上下セットだったりするわけだが。
「一つの服を二人で着るって、なんだか、いいよね!仲良しって、感じだよね?」
「・・・・・『仲良し』だけじゃ思うが」
そういうことするのは決まって新婚夫婦と決まってるような気がしないでもないが。それか何かを勘違いしてる蜜月カップルとか。
・・・・普通仲良しレベルでこんな事はしないだろう。
「ありがとー!またネタが増えたわ!あぁええと、邪魔しちゃってごめんなさい!これからゴハン?」
「いや。その前に汗を流してこようと思ってる。・・・そうだ、暫くアーティ預かっててくれないか」
と、地面に降ろそうとしてもアーティは降りない。しっかりとゼロの首に抱きついたまま、嫌々と首を振る。
「・・・アーティ。風呂ぐらい一人で」
「やだ。一緒に、入るんだもん・・・」
困った。これでは汗を流す以外何も出来ない。というか、アーティの裸体を見て果たして何処まで理性が持つのか。
我慢勝負している訳ではないから、そういう雰囲気になればいつでも実行準備は万端なのだが。
時と場合と状況による。所謂TPOはしっかりと。
「・・・本当に懐いちゃったねゼロさんに。ごめんなさい、邪魔でしょ?」
「・・・いいや、そうではないけど」
懐いているのは確かだろう。というか懐かれているこの現状は嬉しいのだが、困る。アーティにはゼロに対しての警戒の『け』の字も何もない。その為に。何処まで手を出していいかついつい躊躇ってしまうのだ。
嫌われたくはない。怯えられたくもない。・・・でもこうくっ付かれていると何処までも止まらなくなりそうになる。
「アーティ!わがまま言って、ゼロさんに嫌われちゃってもいいの?」
「!・・・っや、やだ!」
「なら、今は離れなさい。顔を洗って着替えてから、お姉ちゃんと先にゴハン、食べよう?」
「・・・・うん」
姉の一言は効果絶大だ。
仕方なくゼロから離れて地面に脚をつけたアーティは、ナナミに手を引かれて水場へと向う。
「・・・全く」
廊下でも、ちらちらとゼロを振り返るアーティの仕草が、もう可愛くてどうしようかと思った。口に出してはいないが、どうやら顔には出ていたらしい。流石付き合いの長いクレオはゼロの機嫌が良いと分かっているらしく、新しいタオルと着替えを用意してくれながら小さく微笑んだ。
「ゼロ様、なんだか嬉しそうですね」
「・・・そうだな」
ここで否定するのもおかしいだろう。どうしても、溢れてくる笑みは止まりそうもないから。
素直に頷いて見せて、用意を整えてくれたクレオにありがとうと軽く手をあげる。それでもう彼女の仕事は終りだと言う事だ。暗黙の合図に礼だけを返して、クレオも浴室から出て行った。
「・・・・アーティ」
熱い湯で肌を流しても、思い出すのは先程まで抱き締めていた柔らかく暖かい体温。今まで迎えたどんな朝よりも心地いい目覚めだったけれど、自分の欲望を抑える辛さを、久し振りに感じていた。
すぐ目の前の腕の中にあるのに手を出してはいけないとどこかで自制している自分がいる。
ああ見えても、アーティは軍主なのだから。
今はゼロ一人のものに出来る立場の人間じゃない事も。
わかっていた。分かっているつもりだった。
「それにしても・・・・」
我慢というものがこんなに辛いとは。
「・・・戦争が終ったら。・・・・・・覚悟しておいで、アーティ」
心地いい湯に髪を濡らして梳きながら、ゼロはアメジストに輝く瞳を上げて、楽しそうに微笑んだ。

 

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Act.4 陥落




「・・・ゼロ!」
風呂上りサッパリで出てきたゼロを迎えたのは、結局もう帰るだけだからときちんと衣服を身に着けたアーティの盛大なお出迎えだった。抱きついてくれるのは嬉しいが、身長差の所為でどう頑張っても腰辺りまでしか届かない。
・・・非常に危ない所に顔を押し付けるのは出来れば止めて欲しかったけれども。
腕に抱き上げてしまえば、身長差なんて何のその。間近で透き通るような両眼の瞳を覗き込んだ。
この位置が気に入ったらしいアーティも、素直にゼロの首に腕を回してしがみ付く。風呂で別れたたった数分のことなのに、この懐きよう。
「・・・アーティ、本気でゼロがお気に入りだな」
苦笑混じりのフリックの声。今まで一番懐かれていたのが彼あたりだったのか少し寂しそうだが、この特権を返す気などさらさらない。
だが、ゼロが勝利の笑みを浮べたのもそこまで。
「うん・・・ゼロってね、『お父さん』、みたいで」
「え?」
聞き間違いであって欲しい。というか、その場に居た誰もが聞き間違いかと思ってもう一度アーティに尋ねた。
「は?・・・『お父さん』?」
「うん。僕、お父さんなんて、知らないから・・・こんな感じ、なのかなって」
少し寂しそうに、でも、嬉しそうにゼロに抱きつく様子は、傍から見ればその通り。どう頑張っても、『親子』にしか見えないかもしれないが。
「あ、じゃあ色々呼んでみたら納得いくかも!ね、アーティ。言ってみて・・・」
ここで何を思いついたのか、ナナミがそっとアーティに耳打ちする。反芻する間もなくゼロに向かって言われたのは。
「・・・パパ?」
「・・・っ・・・!」
そんな上目遣いで甘えるように言われたら親子とかじゃなくてイケナイ関係の親子みたいじゃないかと考えるトコまで考えて、ゼロは。
「・・・・・・・・・せめて、兄弟にしないかアーティ」
と答えるのが精一杯だった。
「それでいいのかオイ」
外野席ビクトールのツッコミも右から左。気にしてなんていられない。
「じゃあ・・・・おにいちゃん?ゼロお兄ちゃん?」
「・・・・・」
年上の男相手にそういう呼び方もある意味間違ってはいないが、もの凄く危ない響きが混ざるのはどうしてだろうか。腕に抱っこ状態だからかこの微かに首を傾げた状態での強烈な上目遣い&あまりに幼いアーティの仕草のせいかただ単にゼロの耳がおかしいのか。
どれが原因にせよ、凶悪なまでに彼を包む空気がキラキラしていて。
「全く・・・・。可愛いな、アーティは」
ゼロ自身の家族とアーティの義姉、更には仲間達の前であろうが無かろうがもう関係ない。
柔らかい頬とサラサラの髪に手の平を滑らせて、さもそれが自然であるように、目を閉じて深くキスをしていた。
「!きゃ、ぁ」
嬉しい悲鳴を漏らしかけたナナミは自分の唇を手で塞いで、またも何処からか取り出したメモに必死で書いている。
ある意味わざわざパロディにしなくても十分なんじゃないかと思うが、まぁそれはそれこれはこれ。完成したら、後でジョウイに送ってあげようとわくわくしながらナナミは微笑む。
ジョウイもある意味アーティに危ない感情を抱いていたのだ。今までさり気なく邪魔をしてアーティの貞操を守ってきたのはこのナナミだったりするのだが。
ゼロの接触はオトナのそれだ。邪魔しようにもスピードが速すぎて追いつけない。というか、アーティから近寄っていってしまうから、もう止めようがないというか。
でもまぁ、ジョウイがこの事を知れば早く帰って来てくれるかも知れないしとこじつけて、これはこれでオイシイからイイかと考えてる辺り、姉としてどうかと思うが。
「・・・ふっ・・」
流石に息苦しくなったのか、アーティが小さく声を漏らす。ただ重ねているだけのキスはゼロには物足りないが、柔らかい唇が味わえるだけでもかなり心地いい。ゼロの服をきゅっと掴んだのを合図に、ゆっくりと唇を解放してあげた。
「我慢、しようと思ってたんだけどね」
正につい先刻。風呂でそう決意した筈なのだけれども。
「アーティが、可愛い過ぎるのが悪いんだよ。・・・だから」
責任とって貰わないと。
目尻に浮かんだ生理的な涙を拭いつつ、ゼロはそのまま自室へお持ち帰りしようと、扉を開けた。
「・・・・あ!」
が、ゼロの肩越しに何を見つけたのか、キスの余韻にくたりとしていた筈のアーティは、腕からすり抜けるようにストンと地面に飛び降りてしまう。
「アーティ?」
「ご、ごめんなさい!もう、こんな時間なの!早く、帰らなきゃ!」
「・・・いや。・・・・そうだな」
アーティが見つけたのはどうやら壁掛け時計だったようで。確かに言われて見ればもう結構な時間だった。
ココからノースウィンドゥまで帰るとすれば、昼は大幅に過ぎるだろう。戦争中の軍主をいつまでも引き止めておく事は出来ない。・・・だが、離れたくないのもまた本心。
ゼロは暫し、逃げられた格好のままで葛藤していたが、ここは無理に引き止める必要もないと思い直した。
これから、徐々に縛り付けていけばいいのだ。まだまだ、時間は充分にある。その為には、『これから』のことを決めなければならない。
「アーティ」
身支度を整えた彼の前に跪いて、手袋に包まれた小さな右手を取る。床に膝を付いたゼロから、ようやく少しだけ高い位置にあるアーティの綺麗な両眼を真っ直ぐに覗き込んで、微笑んだ。
「僕はここに居る。いつでも、君が訪ねて来るのをここで待っているよ。・・・だから、迎えにおいで」
「ゼロ?仲間に、なって・・くれるの?」
「いいや。僕は軍には手を貸さない。・・・でもアーティが望むなら。君の為だけにならば、この腕を振るう事も厭わない」
「いと?わ??」
少し格好付け過ぎたか。意味が伝わらなければ意味が無いのでもう一度。
「・・・アーティの為になら、この力を貸そう。だから、必要になったら僕を迎えにおいで」
掴んだ右手を、自分の右手でぎゅっと握り締め、額に小さなキスを送る。
「ぅ、・・うん」
少し触れるだけの微かなキスだったけれど、アーティは少し俯いて恥かしそうに頬を染めた。唇へのキスなど全く平気な癖に、こんな些細なことに照れて恥かしがる様子が手馴れているようでもあり、初々しくもあり。
だが実際、何も知らない天使だろうが全てを知り尽くしている子悪魔であろうが、ゼロにはもう関係なかった。
「・・・待ってるよ」
綺麗な女でなくとも、例え男だろうと子供だろうと、ましてや戦争真っ最中の一軍を率いる軍主だろうと、もうどうでもいい。
アーティなら、それでいい。
「・・・そろそろいいかそこのバカップル。流石にシュウがキレるぞこのままだと」
ビクトールの声にびくっと肩を揺らして、アーティは無言で頷く。・・・相当その『シュウ』なる相手が怖いらしい。
名残惜しそうに何度もゼロを振り返りつつ、ナナミに手を引かれて屋敷を出て行く。
ゼロも姿が消えるまで見送っていたが、往来の角を曲がった辺りで真っ直ぐ部屋に引き上げた。
「・・・さてと」
軽く身支度を整えてマントを羽織り、棍を掴む。と、またもいいタイミングで従者が顔を覗かせてきた。
「おや?坊ちゃんどこかへお出かけですか?では、グレミオも!!早速準備してまいりますからねお弁当のリクエストとかありますか?坊っちゃんならやっぱりあの」
「必要ないし付いて来るな。・・・旅に出る訳じゃない。すぐ戻るからグレミオはここで・・」
「ゼロ!!」
「・・・アーティ?」
まさかとは思うが、ここ二日で完全に覚えたアーティの声を間違える訳がない。
慌てて二階自室の窓のから身を乗り出せば、帰って行った筈のアーティが声を上げていた。
またもあの駿足で一人走ってきたのだろうか。周りには、当たり前だが誰も居なかった。
「どうしたアーティ?何か忘れ物でもしたのか?」
すると、溢れ落ちそうに大きな瞳を笑みの形に変えて、大きく頷いた。そして、めいっぱい腕を伸ばして。
「ゼロを、忘れてきちゃった」
「・・・・は?」
「やっぱり、一緒に、居たくて、戻って来たの!」
少し息の上がった赤い頬で笑顔を浮べながら。その様子はまるで逆ロミジュリ。まぁ別に二人の間を邪魔するものなど、あえて並べれば同性ということ以外何もないが。
「そんな・・・!坊っちゃんまさか今からこのグレミオを置いて都市同盟に行くなんてそんな・・・!!」
 もちろんグレミオは障害にもなりはしない。ゼロは一気に階段を駆け下りて、玄関を開ける。同時に飛びついてくる小さな身体。抱きとめて、視線が交わる。
「・・・お迎えに、来たよ。ね、ゼロ。一緒に行こう?」
こんな甘い誘惑を断れる男がいるなら、是非お目にかかりたい。特にこんなにも溺れてしまった相手に言われては。
「・・・あぁ」
アーティの体を腕に抱き上げて、頬に小さなキスを送る。くすぐったそうに笑った、彼の耳に滑らせた唇で囁いた。


「どこまでも。・・・君となら」

 

 

to be continued…





⊂謝⊃

『Angel Halo 1』 (発刊日:2005/08/20)

随分とまぁ古いブツをアップしてしまいました。ほぼ5年前ってどないですか。(笑)
オフラインで買って下さった方にはお久しぶりです。
オンラインでは本編はじめまして、のゼロ坊×アーティエです。いや、ゼロ→アーティエかな・・・?(ぇ)
ずーっとオフ専用だった彼らですが、意外と未だに続いてる(笑)シリーズですので、そろそろ1ぐらいアップしてもいいかなぁと掲載してみたわけですハイ。
セフィオミのシリアスに反動受けたように突飛もないギャグ本でしたが、いろんな方に支えられて応援されて続けていくことが出来ました!いやいや、まだ頑張りますよ!(笑)
2010年6月現在、シリーズは6まで進んでます。今後はテンポ良く出したいなぁ・・・。


斎藤千夏 2010年6月1日 up