「何処へ行っていたの」
思い出す、校舎。
「勝手に、何処へ行っていたの」
髪を掻き雑ぜる強い風の吹く屋上。
鮮明な過去の中、ただ一箇所の曖昧な記憶。
探して探して、やっと見つけたその中で触れた君は。
確かに、あんなにも暖かかったのに。
* 冬の空 *
「ヒバリさん。俺が死んだら、泣いてくれますか?」
「・・・何言ってるの君」
その言葉は唐突で、流石の僕も何も反応出来なかった。
起きてはいないだろうと思って早朝にわざわざ訪ねてやってみれば、少しばかり赤い目で珍しくも僕を待っていたかのような笑顔に迎えられた。
寝惚けていたら噛み殺すつもりでいたのに拍子抜けだ。
つまらない声で寝ていないのかと尋ねれば、曖昧な笑みで打ち消され、微かに残る涙の跡を拭ってみせる。
そして、先の言葉。
あまりにも唐突過ぎて、何を答えればいいのか一瞬迷った。
「何、今度は死ぬ予定でも直感したの」
「そういうのじゃ、ないんですけどね。・・・多分しばらく、逢えなくなりますから」
この十年、常に逢っている訳ではないけれど、逢いに来れば必ず出迎えるこの顔が、暫く逢えなくなると、そう告げる。
逢えないからといって、僕が不利になることはない。
わざわざ僕が出向くのも、僕に有益な情報を握っていないか確認しに来ているだけだ。
あちらに必要な情報や、たまには奮発して邪魔なゴミ掃除<暗殺>と引き換えに。
そもそもボンゴレなんて組織、僕にとってはどうだっていい。
ただ匣や炎、リングに関する裏の歴史の中で、常に中心に立つのがボンゴレだから利用するまでの存在なのだ。
組織だマフィアだボスだなど、関係ない。ただ、その知識さえ提供するなら。
それだけの関係でしかないのに。
『逢えなくなる』・・・たったそれだけのことに、何故だか苛ついた。
「何処かへ行くの」
「ええと、そういう訳でもないんです・・・けど」
また曖昧な笑みで答えをはぐらかして、昔は逃げられてばかりいた視線が交差する。真っ直ぐに僕を見る、その綺麗で強い視線。
年を経て、超直感なんて能力を使いこなし始めた男は、見た目こそ変わらないけれど、確かにマフィアのボスになった。似合わないことこの上ないけれど。
「で、どうですか?」
「何が」
「泣いてくれるのかなって」
僕の問いには答えないくせに、自分の質問には答えろだなんて生意気な。
「別に。なんで君が死ぬ程度で泣かなきゃならないの」
「あはは、そうですよね!・・・ヒバリさんらしいや」
そんな返答に傷付いた様子もなく、涙まで浮かべて笑う姿に多少苛つきも収まった。
今だ共にある教師に似て、たまに意味不明な行動を起こすことがあるが、この師弟に限って退屈はしない。
生来、至る所から問題を拾って来ては火種に油を注ぐようにひっかき回してしまうトラブル体質らしいが、焼け残った後を見てみれば良い結果しか残っていない。いや、残さない。
不要なものは本人さえ知らずの内に、あの浄化の炎で焼き尽してしまうのだろう。
様々な意味のない行動は必ず何処かへ繋がっている。僕らには見えないものが見えているらしい彼らの思考を理解しようとは思わないけれど、先の問いかけにも何か意味はあるのだろうとは理解する。
未だ机に突っ伏して笑い続けている顔をあげさせて、瞳を覘き込む。
「で、何が言いたいの」
「・・・うーんと流石に誤魔化されてくれませんね。言っておこうかと思ってたことがあったんですけど」
「・・・」
「やっぱりやめておきます。泣いてもくれない薄情な人に教えてなんてあげません」
「・・・君ね。噛み殺されたいの」
「いやいやそんな滅相も!あ・・・と」
逃げの体制を取ろうとした体は、瞬間扉へ向き直り、嬉しそうな色を浮かべて開かれるの待つ。
「綱吉くん、失礼しますよ・・・と、貴方も来ていたんですか」
笑みを浮かべたその表情に、来訪者が誰だかわかっていたけれど。それが正解だとわかった瞬間、またイラつきは増していく。
自分でさえ、この苛々の原因が掴めないまま、面白くない現状に背を向けた。
「・・・帰る」
「え、もう帰っちゃうんですか?日本に?」
「・・・まだこの国には用事がある」
「だったら!ぜひ泊まって行って下さいね!部屋は用意させておきますから」
わざと返事もせずに扉へと向かえば、僕の態度を当たり前に受け止める後輩が、珍しく穏やかで柔らかな声で告げた。
「・・・ヒバリさん。こんな寒い中、わざわざありがとうございました。あっちでは色々大変だと思いますけど。よろしく、お願いします」
いつもより丁寧な挨拶。
けれど、気が立っていた僕はそのまま振り返りもせずに部屋を後にした。
あの時の言葉の意味は。
部屋を訪ねた時の、涙の理由は。
問い詰めなかった自分を、後から後悔することになるのなら、噛み殺してでも訊いておけばよかった。
よりにもよってあれが最後だなんて知らなくて。
僕には後悔なんて似合わないのに。
それでも、後悔してしまうなら、もっと初めの始まりから。
そもそも、君になんて出逢わなければ良かった。
君の事を知らなければ、こんな気持ちを知ることも、無かっただろうに。
過去は変えられない。
わかってはいるけれど、過去から未来へ飛べるのなら、その逆もと考えてしまうのも仕方ない。
けれどもし過去に戻れたとしても、君のことを知らない僕になるのは、余計に気に入らないのだけれど。
そんな風に迷い動揺する自分にまたイラついて、廊下の壁を叩き割る。
日本へ戻る前に、まだやるべきことが残っていた。
気まぐれに登った屋敷の屋根から下を見下ろせば、出かけて行った二人が、暖を取るためか、仲良くも寄り添って戻ってきた。
今の今まで、あの子の隣に立つことを嫌がるような素振りをしていた男とは思えないほど。
擦り寄るあの子にされるがまま、振り切らない態度に腹が立った。
吐き出す息白い。
寒いのは、わかっている。
けれど、今すぐ目の前に飛び降りて噛み殺してやりたかった。
わざわざ車を迎えに出してやったというのに、追い返したのはどうしてかと。問いつめてやりたくて・・・止めた。
「馬鹿らしいね」
そんなもの、理由など問わなくても知っている。
いつでも、君が見ていたのはあいつばかり。あいつのことだけ。
あの子のそんな視線に気付いていないのは、あの子自身と、見つめられている当人だけ。
見上げれば、今にも落ちてきそうな重い冬の空に、少し息苦しさを感じた。
・・・あの日。
もう寒くもない、故郷の空の下で、思い出すのはもう何度目か。
「やめなよ」
肩に止まる小鳥が囀る、柔らかな旋律の歌。
あの子が好きだったかどうかは知らないけれど、この鳥が覚えるほどよく口ずさんでいた。
「もう黙っておいで」
あの頃はその歌に、無意識に耳を傾けていたのだけれども。
今は、もう聴きたくない。
もういない・・・・君を、思い出すから。
昔。
君は僕に小さな種を埋めた。
その種子は小さ過ぎて、僕が気付かないままゆっくりと根を張り巡らせ、今この心を締め付ける。
知り合ったその時は、僕の遥か後ろに居たくせに、気が付けばいつも前に君が居た。
守護者など、ボンゴレなど関係ないと切り離していたのに、何故かいつも君は僕の前に立つ。
僕が目指す先に、いつの間にか立っていて、後から追うように辿り着いた僕に驚いた顔をしてみせる。
協力しているわけでもない。守護者など名ばかりだ。
それでも、辿って来た道を振り返ってみれば、君と出会ってからここに辿り着くまで。
君はずっと僕の前に立っていた。
そうしてまた、僕は君という存在に、引き込まれていく。
それを、悪くないと思い出したのは何時からか。
まさに、失う、ほんの少し前だったのだけれど。
自覚した途端。それは突然、奪われて。
「十代目・・・どうして・・・こんな・・!」
突然戻ることとなった日本で、君は二度と動かない人形に成り果てた。
死なないと言ったのに。
そうして僕はようやく気付く。
君は予感していた。
あの日の言葉は、これを危惧していたというの。
これも、決められていた運命だというのか。
痛むのは、どこ。
わからない、わからないんだ。
けれど。
どうして僕は泣いているの。
泣かないと、いったのに。
どうして、涙は止まらないの。
あの日、壊れたのはガラスの欠片。
華奢な音を立てて、心の底に沈めていた気持ちが砕け散った。
聴いてはいけないと、その悲鳴のような音に耳を傾けてはいけないと。
わかっていながら、伸びる手を止められなかった。
冷たい、肌。
あの日の、暖かな体温を探しても。
もう、この身体には戻らない。この身体は、動かない。
冷たい肌に触れれば触れるほど、突きつけられた現実に・・・僕は自分の想いに気付く。
どうして、君は。また僕に何も言わないまま。僕の前から姿を消した。
だから僕も、この気持ちは誰にも知られないよう、心の底に沈めておくことしか出来ない。
あまり覚えていない、おぼろげな記憶の中。
「何処へ行っていたの」
思い出す、校舎。
「勝手に、何処へ行っていたの」
髪を掻き雑ぜる強い風の吹く屋上。
探した姿、周りを囲む騒がしい人間たちも、次々に消えていったあの頃。
戻って来た、彼を捕まえた。あの日。体温と。
「・・・ヒバリさん」
ああ、ちょうど、この頃の。
修行のために手合わせを繰り返す小さな身体が、あの時の記憶と重なる。
消えたのは、未来へ飛んでいたから?
この子はもう、僕の追いかけた君ではないけれど。
僕が待っていた君は、こんなところでまた僕と出逢うのか。
けれど、この未来の君はもういない。
もてあますだけの心も、もういらない。
いらないのに、捨てきれず、ただ、胸の奥を締め付ける。
忘れられたら、いいのに。
・・・そう。だから忘れたのだ。あの頃、一度。
君が世界から消えても、世界は普遍なく回り、動いていく。
それが受け入れられなくて、僕はあの時記憶を捨てた。
戻らない君への心だけ抱いて。
君の居ない空の下。
寝静まった町のビルの上に立つ僕の頭上には、相変わらずの黒い空。
これからも、見上げる度に、あの日あの夜あの夜空の下。
あいつと共に歩く君の笑顔を。
思い出しては、この想いに締め付けられてしまうのだろう。
今度は、もう忘れられそうにない痛みを抱えたままで。
・・・僕は。
了
⊂謝⊃
唄ネタ・・・三弾くらいかなぁ?これは実は単品ではございません。
元々ムクツナで前提になるお話があるのですが、それのヒバツナ版なんですね。
ムクツナの方は【夢現幻/ゆめうつつまほろば】というオフ本を合同で出してますので、そちらからどうぞ!(笑)
この頃はまだヒバリさん未来へ飛んでなかったものだから・・・ま、妄想だもんね!
いいだもん楽しかったからいいんだもん!!(笑)
斎藤千夏* 2008/07/05 初 / 2009/10/22 up!