沢田綱吉。
誰よりも小さく弱い存在でありながら、裏社会では名の知れたマフィアの時期頭領の座を約束された子供。
彼は僕にとって、この世界に復讐するための道具に過ぎなかった。
・・・けれどそれはもう遠い過去の話・・・。
*ROMANC∃*
「な、何のつもりだよ…?」
「おや、その歳になってもご存知ないと?」
取引として彼を守る為の立場に立った僕に、彼は無防備な身体を晒す。
まるで出会ったあの日を忘れたような、普通の少年の顔をして。
でもそれではつまらないのですよ。
「言ったでしょう?僕が君の守護者になったのは、君の身体を手に入れるための手段だと」
気を抜かないようにと、宣告しておいたのに。
細い手首を剥がれかけた壁に押し付けて、小さな顎を上向きに固定する。
「気を抜いた君が悪いんですよ」
緊張と不安に速く脈打つ鼓動が心地良い。
「・・・これ、夢だよな?」
「さぁ。どうなんでしょうね。君がそう思うのならば、これは君の夢で僕は唯の記憶の幻に過ぎないのかもしれません」
小さく笑い声を漏らしながら耳元に囁けば、くすぐったいのか身体を小刻に震わせた。
「どうせ夢なんですから。遠慮などせずに、このまま僕の物になりなさい」
身体は遠く離れていても、君はこんなに僕の近くに存在している。
ここにはどんな邪魔も入らない。
僕と君と二人だけの世界なのだから。
平凡な子供の目線から見れば、彼は唯の弱い子供でしかない。
確かに、彼の周りに集まる者たちと比べれば彼の存在は平凡そのもので、特筆すべき点など一つもない。
けれど。
そこが、彼の普通ではないところであると、平凡な人間には分からないのだろう。
その点、他の守護者や彼の周りに集まる者の殆どは、彼の本質を見抜いていると言えよう。
無意識に、その『突き出した能力』さえ平然と受け止める『彼の本質』に。
崇めるのではなく従うのではなく、唯普通に傍に居る。いてくれる、彼の包容力に。
だから、欲しくなる。
彼以外の誰も受け止め切れなかった僕らを受け止める対象として。
こんなにも、狂おしい程。
欲しくなるのだ。
「・・・なぁ骸、俺ってお前にとってなんなわけ?」
初めは抵抗していた夢の中での逢瀬も、回を重ねていくうちに彼は平然と受け止めるようになった。
精神での交わりなど、肉体以上に意味なんてものはない。
だからこそか、嫌悪を捨て、恥を捨て、男としてのプライドまで捨てて、ただ彼は僕を受け入れる。
元々そんな抵抗する気などもなく、諦めたと言った方が早いのかもしれないが。
「骸・・・?」
気だるい身体を僕の胸に預けきって、囁かれた言葉は吐息のように弱い。
重ねた逢瀬は、それだけ精神の交わりを繰り返した回数で、腕の中の体温に酷く馴染んだこの身体。
擬似体温ではあるのだけれども。触れることは、どうしても止められない。
「さぁ・・・?君はどんな関係をお望みなのでしょうか」
「俺が聞いてるのは、お前の立場からの俺だよ。・・・やっぱり、身体だけ、が・・目的なのか?」
「それだけ聞いていると何か卑猥ですね」
「お・・・お前が言ったんだろうが!」
「おや?そうでしたか。これは失礼・・・お詫びに、もう一度連れて行ってあげましょう」
「へ・・?ひ、や・・・!サカるな・・!ばか!」
喚く声は次第に色を帯びて、鮮やかな嬌声に切り替わればもう、彼も抵抗を忘れて身を委ねてくる。
これが、色恋であるはずがない。
遊びのようなじゃれあいと、時折暴力のような行為と。
「・・・ただ、奪われたくないんですよ」
「は・・?ぁ、ア・・・ッ!」
好きだとか愛しているとか、そんな甘いものではなくて。
奪うか奪われるかの闘争なのだ。
誰が彼の『特別』になれるのか。
「でも君、こういうの・・・好きでしょう?」
平凡に日々を過ごす傍らで笑う『友達』と公言する彼らでさえも。
君の無邪気な笑顔を見つめて、何を考えて居るのかなんて。
「俺に、こんなことしようとするの、お前くらいだよ・・・!」
君は知らないのだろうけれど。
本当は、叫んでしまいたい。
僕は君が欲しいのだと、君が望む言葉で伝えてあげたい。
この腕に抱くようになってから、彼は少し変わった。
僕を見て怯えて、僕の野望に呆れていた彼はもういない。
触れるほど傍へ近付いても、彼の瞳に映るのは小さな迷いと・・・・戸惑いと、行き場のない想い。
僕を映して揺れる視線がどれ程僕を歓喜させるか知らないのでしょう。
けれど。
僕は応えようとは思わない。
手に入れてしまえば、君はきっといつか僕ではない誰かのところへ行ってしまうから。
だから初めから手に入れなければいい。
いつまでも、僕を手に入れられずに、僕だけを見て足掻いていればいい。
未来のない関係に終わりはない・・・だって始まってもないから。
僕はこれで十分だと、そう思い込むしかないのだ。
僕のただ一言で君の全てが手に入るとしても。
寂しげに揺れる瞳に覗き込まれても。
僕らは君が望むような『恋人』には、なれはしないのだから。
「バカ骸!ここ・・・学校・・・!」
「授業中に居眠りまでして僕を呼ばないで下さいよ。僕にだって都合というものが」
「だったらさっさと離れろよ!」
「はいはい、喚くのはもう良いですから少し黙りなさい」
「・・んっ、・・・!」
教室の幻はそのまま本来彼が受けているであろう授業の風景と同じものがこの空間に繁栄される。
カツカツと黒板を滑る石灰の音。他の生徒たちが捲る紙の音と、朗読する教師の声。
差恥に色を染める彼の顔は、彼にしては珍しい怒りの表情を浮かべたけれど、それもすぐに消えた。
いつものように甘く交わす口付けではなくて、ただ口を塞ぐだけのキス。
温度を感じない触れ合いに、彼の戸惑いの色は徐々に大きくなっていく。
揺れる、大きな瞳。
責める、縋る、微かな怒りを秘めた中に小さく燻るのは、僕を変えたあの炎の揺らめきか。
「・・・嫌だといいながら、こんなに硬くしているのは誰ですか?」
「黙れよもう・・!」
絶望と、切望と。それでも触れる僕の吐息に歓喜する肌と。
持て余して、君は僕を睨むように瞳に映す。
どうにもならない自身の心と、それを知りながら応えない僕に対する怒りを浮かべて。
「・・良い顔ですね。綱吉くん・・・」
真っ赤に染まった耳朶を噛むように囁けば、抗うよう突き出された腕の力は抜け、僕に向けられた濃い色の瞳から、一滴涙が零れ落ちた。
泣かせたい訳じゃない。
伝えるように、抱き締める腕に力を込める。それだけで、君は安心したように力を抜いて縋ってくる。
僕に対して、こんなにも素直に身体を預けるこの子を知らないだろう。いや、気付かせはしない。
同じ教室内にいる二人の守護者の背中を眺めながら、僕は小さく微笑んだ。
「・・・今は、ここまでにしておいてあげましょう。ここで抱かれるのは嫌なんでしょう?」
「・・・、待って、俺・・このまま・・・?」
「現実の身体には影響しないでしょう。大丈夫ですよ・・・今夜、また会いに来ますから」
「本当に・・・?来るよな?来なかったら・・・」
「・・・どうしますか?」
「嫌いだお前なんて」
「どうとでも。別に僕も、君が好きな訳じゃありませんし」
「・・・・・・・だったら、なんで!」
「・・・では、また今夜」
唯の性欲処理なら、別に彼でなくても構わない。
欲しいのは彼だ。彼だけなのに、これは『恋愛』などではありえない。
「俺、お前の何なんだよ・・・」
これだけ抱いてあげているのに、まだ伝わりませんか?
僕に抱かれて僕に惹かれているくせに、僕の気持ちが分かりませんか?
「さぁ、手ごろな玩具ですかね」
僕は君が欲しがる言葉を言ってあげるつもりはありません。
「・・・お前、最低・・・」
強い視線に睨まれて、思わず僕は笑みを浮かべた。
この上なく喜ばしいのはどうしてでしょう。
君に愛を囁かれるより、君に怒りを向けられてどうしてこんなにも僕は嬉しいのか。
「・・・何が、おかしいんだよ!」
抱き寄せた耳元で笑う僕に、またひとつ強い怒声。
「・・・君だって楽しんでいるでしょう?これは夢、君の中の幻です。夢相手に、本気で怒らないで下さいよ」
「だったら!・・・だったらもっと、俺の希望通りの夢になってくれてもいいのに!」
「どういう意味です?」
「いつまではぐらかす気だよ!?俺に構い始めたのはお前の方だろう!お前から俺に手を出したくせに・・・!お前、俺に何をさせたいんだよ・・・!」
その叫びには僕も少し、驚いた。
傷付いた目で、表情で、僕を責める彼の瞳。
ズキリと痛む、左胸。
「何を・・?なんて、そんな」
僕の望みは?
他の誰かに渡したくない。
―だから僕だけを見るように、夢の中で何度も抱いた。
けれど甘い言葉で篭絡したわけじゃない。
―君は僕を手に入れてしまったら、もう僕に興味を向けなくなるだろう?
だから君を放すつもりはない。
―怒りでいい、憎しみならなおのこと。僕だけを想う様に、僕だけに焦がれるようにしたかった。
永遠に君の追い求めるものでいたかった。
君の『特別』でありたかった。
「『好き』なんかじゃないですよ」
「・・・俺は、『好き』だよ。骸・・・お前が」
「むしろ『嫌い』です。君は僕の憎むマフィアの・・・」
「憎まれても恨まれても・・・俺はお前が『好き』なんだよ分かれよいい加減」
「なんで僕が君なんか恨まなければいけないんですか!それは、君が僕を・・!」
「・・・相変わらず、言ってることめちゃくちゃだよ。・・・じゃあ何で、俺を抱いたの」
「・・・」
「恨みじゃなくて。憎しみでもなくて」
・・・どうして?
「俺が、欲しかったからじゃ、ないの」
好きだとか愛しているとか、そんな甘いものではなくて。
奪うか奪われるかの闘争だったから。
誰が彼の『特別』になれるのか。
誰が 彼を 『奪う』 のか。
黙り込んだ僕を前に、君はふわりと苦笑を浮かべて笑う。
その瞳にはもう怒りはないけれど。
物足りないと感じていた、無防備な表情を浮かべて。
まるで出会ったあの日を・・・。
僕が彼に向けた敵意を忘れたような、普通の少年の顔をして。
「可愛そうな奴だな、やっぱり。・・・だけどそんなお前が、俺は好きだよ」
沢田綱吉。
誰よりも小さく弱い存在でありながら、裏社会では名の知れたマフィアの時期頭領の座を約束された子供。
彼は僕にとって、この世界に復讐するための道具に過ぎなかった。
けれどそれはもう遠い過去の話。
了
⊂謝⊃
唄ネタ第二弾!唄ネタは基本的に曲とタイトルが同じです。安易って言うな。(笑)
ワルい男を想像したら、懐かしい曲がネタになるなぁと脳内の端っこから引っ張り出してきた感じです。
そして意外にも骸さん書きやすいってことが発覚しました・・・。
書きなれてるんだろうな、この手のタイプ(笑)
あ、これもコピー本からの再利用です。(笑)
斎藤千夏* 2008/03/30 初 / 2009/10/22 up!