*Felice anno nuovo!*
「うー・・・、やっぱり冷えるね」
「日本とそう変わりはないけどな。お前いつの間にこんなもん持ち込んでたんだ?」
そういう二人がもぐりこんでいるのは、広い洋室にドンと置かれたこれまた大きめの『炬燵(こたつ)』という代物だ。
日本でならばお馴染みの、しかしここは遠く離れたイタリア・シチリア島。
ついでにこの屋敷はドン・ボンゴレである沢田綱吉の私邸であり、またリボーンやナッツ、レオンといった家族が暮らす『沢田家』だ。
ボンゴレの敷地内にあるので城との距離はそう遠くもないのだが、やはりくつろげる家が別にあるというのは心からありがたいと思えるものだ。
特に、この屋敷の家具も間取りもボスとしては見劣りしない程度に、しかし綱吉の好みに合わせて揃えられたもので、どれもこれも綱吉にとっては心地良いもの。
なのだが。
「つい最近までこの部屋にこんなものは置いていなかっただろうが」
「うん、ボイラーも暖炉も暖かいよ。でもね、折角のお正月なんだし、ストーブとコタツって久々に使ってみたくてジジにお願いしたの」
「で、出荷先は雲雀便か?」
「・・・うん。そしたらこんなに大きいの届いちゃって・・・」
確かにこの部屋に置くのならば、日本の沢田家にあったような炬燵では見劣りもするだろう。だからと言って結局人間は二人しか使わないのだから、大きすぎて他の三面が余ってしまっている。
綱吉の膝の上にはナッツ。熱くない炎の鬣を緩く撫でてやりながら、綱吉は小さくあくびを噛み殺す。
「なんだ。まだ眠いのか?」
「・・・誰かさんが昨夜頑張ってくれたお陰でねー」
「新婚夫婦なんだ。いーじゃねーか」
「・・・・・・・・・・うん、まぁ、いやとは言ってない、ケド」
いい加減付き合いも長いはずだが、綱吉は今更そんなことでも赤く頬を染める。照れた様子の綱吉の肩を抱き寄せて、瞼にキス。
そろそろいい歳になってきた綱吉を狙う権力者や幹部の娘達から逃げる口実で・・・口実のつもりが先日、本当に結婚までしてしまった二人である。生活リズムは前と殆ど変わらないが、それでも綱吉の左手薬指には銀のリングが煌めいていた。
そして、同じものがリボーンの左手にも。
「家族か・・・いいね。あぁ、そうだ。それで思い出した」
柔らかなキスにくすくすと笑っていた綱吉が、リボーンの背中越しに扉の向こうを見やる。
基本的に生活の中の些細なことは自分達でするのだが、それでも広い屋敷には多くのメイドや執事たちが仕事をこなしている。今でもベルを鳴らせばいつでも御用伺いに来てくれるだろう。
「屋敷のみんなにね、休暇出そうかって言ったんだけど、結局誰も受け取ってくれなかったんだよね。悪かったなぁ、家族が居る人もいるのに。折角のお正月なのにお仕事させちゃったりして」
「あぁ、そのことか」
「ジジもイイ歳なんだからさ。奥さんとゆっくり過ごしたら?って言っても、にっこり笑われて誤魔化されちゃった」
ジジとは、本名ルイジーノ。御年五十六歳の執事長のことだ。
「ナターレに休暇はあったんだろう?」
「それはもちろん!順番で悪かったけど、みんなに休んで貰ったよ」
「なら無用な心配だな。こっちは日本と違って基本的に正月のイベントは無いだろうが。そろそろ、こっちの風習も覚えろよ」
「・・・でもなー、それだとお正月って気がしなくない?」
炬燵に埋まっていてもリボーンは相変わらず上から下までばっちりと決めている。それに比べて綱吉はスウェットに袖なしの半纏姿だ。
超くつろいでいる。
「俺の休みって、今日だけなんだよね?」
「当たり前だろ。日本みたいに三が日も休みがあると思うなよ」
「うーん・・・今年はまだ、一日だけでも休みがあるだけマシってことかなぁ・・・」
ドンになって数年間のそれはもう休むどころではなかった。
危うく睡眠時間さえ削られていた頃を考えれば、一日だけでも本当にありがたい。
「でも、なんで今年から?」
「周りが気を使ったんだろ。お前一応妻子持ちだしな」
「・・・・あー・・・・、そういう、コトか」
膝の上のナッツは炬燵に半分埋まりながらうとうとしている。
先ほどから姿の見えないレオンは、もしやと思って布団を捲り上げるとやはり居た。流石に寒いのは堪えるのか、日本で覚えた炬燵の中からあまり出てこない。
「レオン、せめて顔だけは出しなって。炬燵の中ってずっと入ってると結構危ないんだぞ?」
綱吉の言葉に促されるよう、もぞもぞと這い出てきたレオンではあるが、顔を出してしまうと体の殆どは布団に埋まってしまう。
これでも寒くはないのだろうが、足元に包まっているレオンを踏んでしまわないか恐怖感も残る。
「・・・そだ!あの匣使ってさ、人型になればもっと暖かいよ!」
「そうか?」
小さな身体では、熱量を保つのも大変なのだろう。確かに人型になればその分マシにはなるだろうが、そもそも感覚も変わるものなのか。
「えい!」
リボーンが思考を巡らせている間にも、綱吉はポンポンと音を立てて二匹を人型に変化させていた。
誕生日にリボーンから贈られた、ウェルデ製の拡張タイプの匣である。属性は霧であるのだが、骸とクロームの監修の元作られた綱吉専用幻覚用匣である。
結婚と同時に実は子持ちであったと思われている理由がこの匣のせいであるとは、内外を含め親しい者たち以外に知る者は少ない。
綱吉の膝の上で突然人型になったレオンはきょとんと目を瞬かせる。ナッツに至ってはよほど昼寝が気持ちいいのか、本格的に惰眠を貪っていた。
「ほら、レオン。こうすれば暖かいよ!」
二人を膝に抱えたまま、炬燵布団を二人の肩まで引き上げる。
背中には綱吉が。ぎゅっと抱き締められた横には、眠っていてぽかぽかのナッツ。
「ね?」
と声をかけた綱吉に、こくん、と頷くレオンは少し嬉しそうに瞳を細めた。
外見的にリボーンの少年期にそっくりなレオンが笑うと、とてつもなく可愛らしい。綱吉のミニサイズなナッツのぽわぽわした頭にも顔を擦り付けて、綱吉こそ嬉しそうに二人を抱きしめて笑う。
「・・・しゃあねーな。ちょっと待ってろ」
「?どこ行くのリボーン」
心底嬉しそうに笑う綱吉を眺めていたリボーンは徐(おもむろ)に立ち上がり、炬燵から出て行く。その瞬間、すっと冷えた隣の空間を寂しそうに見やって、綱吉が顔を上げた。
「正月らしく過ごしたいんだろ?仕方ねーから俺がママン直伝の御節作ってやろうってんだ。ありがたく食え」
「えー!何それ!待って、待って!」
「なんだ」
呼び声に立ち止まれば、いそいそと立ち上がろうとしている綱吉と目が合う。
「俺も!一緒に作る!」
ナッツをそっと下ろし、レオンにゴメンねと言って炬燵から立ち上がってみれば、いっきに冷えた空気に身体が震えた。
「ひゃー、やっぱり冷えるねー。ストーブでお餅とか風情あるけど、夜は暖炉入れた方が良さそうだ」
裸足の足は流石に寒そうなのでスリッパを渡してやれば嬉しそうに受け取る。その姿はどう見ても日本のオヤジだろう。
「・・・お前年々家光に似てくるな」
「げ、やめろよ。あんなダメ親父と一緒にされたくない」
「大丈夫だ。それでもお前は十分可愛いぞ」
パチンとウインクしてみせたリボーンに、綱吉は少々顔を蒼褪めさせる。
「・・・・それは、リボーン・・・父さんが」
「それ以上は言うんじゃねー。俺を凍死させる気か。お前だから・・・・可愛く思うんだぞ。お前がどれだけオッサン化しようがツナはいつまでも俺のジュリエッロだ」
「・・・うわーあ」
「その反応は何だ。喜べよ」
「・・・俺は日本人なの。そんな堂々と愛を語れるか恥ずかしい!」
耳まで真っ赤にしてどすどすとキッチンへ歩いてく背中に、でかでかと『大好き』と書いてあるとは気付いていない様子だ。
言葉になどせずとも、その全身で愛を語っている綱吉こそ一体どれだけ恥ずかしいか、無自覚もいいところだ。
くくくと笑いながら付いていくリボーン・・・その二人の後ろ姿がキッチンへ消えてしまってからは、レオンもくうくうと良く眠るナッツの隣へとにじり寄った。
***
「出来たぞー。あり合わせで作ったから、本格的なお節(せち)ってわけじゃないけど味は・・・って、レオン?ナッツ?」
声を掛けても顔を覗かせない二人に、綱吉がひょいっと座っていた炬燵の一辺を覗き込む。
と、そこではレオンにぎゅうっと抱き枕にされて、困り顔のナッツがいた。
「どうした?・・・珍しいな」
「ナッツはお腹空いて目が覚めた?」
どうやらナッツはおいしそうな匂いに釣られて目が覚めたらしい。
しかし、起きた途端にがっちり抱きしめられているもので、起き上がれなくて困っているのだろう。
力づくで起き上がれないこともないだろうが、ナッツなりにレオンを起こすのはかわいそうだと感じているようで、あまり大きな抵抗は出来ないらしい。
「レオン・・・良く寝てる。ナッツがあったかいからかな?」
くすくすと覗き込む綱吉に何かを訴えるように、ナッツの唇が震えた。何かを訴えられている気がして、じっと見つめているうちに。
「・・・ァ」
「・・・?ナッツ?」
「アー・・・、う?」
「嘘、ナッツ、今・・・・・・しゃべった!?え?声、出せるの?出せたの!?いまの聞いた?リボーン!今、ナッツが!!」
「落ち着け。騒ぐとレオンが起きるぞ」
ばっ!っと素早い動きで自分の口を押さえる綱吉。
「そうだな・・・可能は可能か?構造は人間と同じなんだからな。喋る機能はある。言葉も聞いて理解しているから喋れないことはないだろう。・・・ただ、喋りなれてねーからコツ掴むまでは暫くかかるか」
こくこくと嬉しそうに頷いた綱吉は、叫びたい気持ちを必死で押さえ込む。
「・・・?」
しかし、それも虚しく、気配に気付いたレオンが目を覚ました。
「アー!うー!」
「!」
ナッツの声に驚いたような顔を見せるが、レオンも嬉しそうに頷く。
「人型でもナッツとレオンはお話出来るんだね〜・・・。ね。レオンも、喋れたりするの?」
そんな綱吉の言葉に頑張って喋ろうとするが、声が音になることはなかった。思わず浮かべた困り顔をレオンはそのままリボーンに目線を移す。数秒後、リボーンが頷いて。
「レオンはナッツと違って口から音を出すこと自体経験がないからな。どうやって声を音にすればいいか分からんらしい。まぁ、こういうのは慣れるしかねーからな」
「えぇそんな!俺だってお話したいのに!読心術使えるからってリボーンばっかりずるい!」
「じゃあお前はどうやって声を出せばいいか、言葉を話せばいいかこいつらに教えてやれるか?」
「・・・え、ええと・・・教えるって言っても、無意識だし、ええと・・・?」
「だろ。・・・・じっくり待ってやれ」
「・・・ん」
と、ここでポン!と匣の効果が時間切れになる。
元の身体に戻った反動で炬燵から飛び出してしまったナッツは、慌てて潜り込もうとするが、そこを笑いながら抱え上げて炬燵に座り、膝の上に抱いた二匹の顔を布団から出す。
「お節料理作ったんだぞ。沢山作ったから後でジジにもあげようか」
はいあーん、とレオンとナッツに食べさせているところへ、まさにその執事が来客を告げに来た。
面子を聞いたリボーンが通せと言った数分後、一番最初に顔を出したのは山本だった。腕には毎度お馴染み散らし寿司。肩には小次郎と、足元には日本酒の一升瓶を背中に抱えた次郎もいる。
「お、やっぱりここは日本式だな!明けましておめでとさん」
「すみません十代目・・・こんな差し入れで・・・」
正月らしい手土産が思い浮かばなかったのだろう。差し出されたのはそれは見事なホールケーキで、いびつながらも『明けましておめでとう』と日本語で書かれたチョコプレートが刺さっている。
「そんなことないよ。わざわざありがとう獄寺くん」
「い、いえ!」
その後ろから、和服で顔を出した京子、ハル、ビアンキはツナの超やる気ない格好に微笑ましく笑いつつも、それぞれ花やお菓子や華やかなものを二人に差し出した。
「あけましておめでとう、ツナくん。家族で団欒っていいね。うらやましいな」
「あけおめですツナさん!ナッちゃんレオンくんハルのお膝にも来ませんか?」
「・・・相変わらず格好良いわねリボーン」
「こらこらビアンキ。・・・とっちゃダメ」
「分かっているわ。流石の私も・・・二人の愛には勝てないわ」
「ひゅー!よっ!熱いねぇお二人さん♪」
「十代目!さ、これをどうぞ!」
いつの間にかお皿を用意したらしい獄寺が色々乗せて差し出す。
中でも少量の散らし寿司と特大なケーキが乗っている皿は何かの自己主張の現われか。苦笑しつつも受け取って、相変わらず変わらない風景に目を細める。
「こんなめでたい日こそ日本酒だよな」
「あれ?でも、みんな俺の休みのために・・・今日は大丈夫だったの?」
「コレは昼休みなのな。また少ししたら戻るぜ?他の奴らが『ドンが喜ぶだろうから』って送り出してくれたわけよ」
山本が振舞ってくれた日本酒のそれは上等のもので、強い辛味の中に甘みと香りが程よく残る。
「俺たちは少しずつ飲ませて頂きます。後は、リボーンさんとどうぞ」
「・・・ありがとう。・・・うん、いきなり賑やかになったなぁ・・・うん、でもこれがファミリーだよね」
嬉しそうに笑う綱吉に、誰もがつられて笑顔を零す。
「・・・なんだか懐かしい。みんな一緒に来てくれて、ずっと一緒に居てくれて・・・本当にありがとう」
そう告げた綱吉に、京子が嬉しそうに言葉を続けた。
「ツナくんの家はいつでもみんなが集まる場所になるのね。日本でも、こっちでもそれは変わらない。・・・不思議なんだけど、私ね。このお家に来た時だけ、ここがイタリアだって忘れちゃうの」
「あぁ、それはハルもです!なんででしょうね?意識してるわけじゃないんですけど、このお屋敷だと不思議と日本語で話しちゃうんですよ。執事さんたちも皆さん日本語がお上手ですし!」
そんなハルの言葉に、うんうんと頷く面々。そこへビアンキがお猪口を傾けながら口を挟んだ。
「ツナの暢気な顔見たら力が抜けるのよ」
綱吉とリボーンの作ったお節料理を凄い勢いで食べつつ、主人よりもビアンキに懐いているらしい瓜にも少し分けて与える。
「外ではリボーンの見立てできっちり気を使っているようだけど、屋敷の中ではいつもこの体(てい)たらくでしょう。いつ来てもこの屋敷はあの日本の沢田家と繋がっている気がするわ。・・・でも、いいの?リボーン?このままだと、ツナのボスの威厳は形無しよ?」
ビアンキも本気で言っているわけではない。いつも誰よりもくつろいでいるのだから、この空間がお気に入りなのは間違いないだろう。
それを受けて、リボーンもハルの膝からナッツとレオンを受け取りつつ静かに笑みを浮かべる。
「何を着てても着てなくてもツナはツナだからな。この部屋の中くらいはいいんじゃねーか?」
「余計な一言聞こえた気がしたけど・・・優しくなったよねリボーン」
「気のせいだろ。俺はいつでも優しいぞ」
「・・・ん、そうでした」
見ているだけでご馳走様と、その場にいた仲間達はみんなで同時に手を合わせて、笑い合う。
今年もこの屋敷から笑い声が途絶えることはなさそうだ。
END
⊂謝⊃
宣言通り、忘れた頃のSSアップします!
ちょっと本気で忘れてましたけども、なんとか思い出しました。(笑)
今更正月ー・・・ですが、こちらはイベントで無料配布した『ふぁみりー!』の正月SSです。
すこしでもほっこりほんわりしてくださると嬉しいです。
配布本を既に読んで下さっている方も、今回が初めての方も、今年もどうぞよろしくお願いしますね!
斎藤千夏* 2011/02/27 up!