A*H

RE27(ありがちな吸血鬼パラレル)

 

 

 

 

*鬼の血脈*





「どこだここ・・・」
遠い親戚が住むという家へと向かう途中、迷子になった。
まだここまではよくある話。
けれど右を見ても左を見ても日本語なんてどこにも書いていない。
その辺を歩いている人に聞こうにも、英語もさっぱりな日本人がイタリア語なんて理解できるわけもなく。
「・・・どうしよう。って・・・さっきから人も居ないし・・・」
声を掛けようかどうしようかと迷っている間に、どこか裏道に入り込んでしまったのだろうか。空港では溢れかえっていた人気はだんだんと薄れ、今では人っ子一人見当たらない。
「こんなことなら母さんと一緒に来ればよかった・・・!」
地図を広げて眺めようにもここは日本から遠く離れたイタリアだ。元々よろしくない方向感覚が正しく働く訳もない。
「あぁもう!あれもこれも父さんのせいだ・・・!」
ことの始まりは寂しがりの父親にイタリアへ来いと泣き付かれたからだ。いい加減無視することさえうざったくなって仕方なく訪れてみたのだが、そもそも来るべきではなかったのかもしれない。
晴れて大学生となれた息子の長い夏休みを利用して、イタリアで単身赴任中の父親の元へ来て欲しいという計画はかなり前からあった。
だがしかし。あまり父親にいい感情を持っていなかった息子は毎年嫌がり無視していたのだが、今年は父親も頭を使ったようで、なんと母親も一緒に呼び寄せてしまったのだ。
最初は仕方なくだが、母と一緒に向かうはずだった。けれどもまたここで問題が生じてしまう。
あまり出来の良くない息子・・・沢田綱吉は単位取得のためのお情けレポートをどうしても提出せねばならず、出発の予定日が大幅にずれ込んでしまったのだ。
これにはまた父親が喚いた。癇癪を起こした子供のように毎日毎日電話とメールと手紙の嵐。今年無視されたら息子が一度もイタリアに会いに来てくれないと正しく悟っていたからだろう。
絶対行くという約束をさせられて、その短い期間にも喚く父親を黙らせるために仕方なく母だけ先に向かうように言い含めたのは綱吉本人だが、これならば父親が多少うざったくても母に待って貰っていた方が良かったのだろう。
「・・・寄越す地図もメモ書きも全部イタリア語って舐めてんのか父さん・・・」
抜けた父親に悪態を吐くがそもそも、事前に空港へ迎えを寄越すように頼んでおけばいいのだ。そんなことなどすっかり思いつかない綱吉もやはり正しく沢田家光の息子なのだが。
「でも本当にどうしたら・・・ぃてっ!」
どうせ見たって分からない手元の地図を気休めにも眺めながら歩いていた綱吉の正面に、突如湧いた黒い壁。
前を向いていなかった綱吉は思いっきり突っ込んでぶつかった。
ブレーキも踏まず真正面からぶつかったのに揺らぎもしない頑丈な壁だが、逆によろけた綱吉の背に伸ばされたのは人の腕。
慌てて掴んださらりとした触り心地のいいものは布地だろうか。恐る恐る視線を上げれば、案の定そこにあったのは人の顔で。
「ひ・・・」
えらく綺麗に整った・・・それも何となく尻の辺りがもぞもぞしそうな色気を振りまく男だった。
けれどその一瞬に脳内を支配したのは恐怖だ。見惚れる暇もなく足が勝手に竦む。
「あ、あ、あの!すいません!すいません!」
咄嗟に謝ったものの、イタリア語は勿論英語で謝ることさえ思いつかない。
そのまま後ずさって逃げようした綱吉は、突如絞まった首に思いっきりぐえっと叫んだ。
「まぁそう慌てるな」
「あわわすいませんゴメンなさい!!やだやだ痛いの嫌い!怖いの無理!!お金なんて持ってないけど殴らないでゴメンなさい!!」
「とにかく落ち着け。・・・怒ってねぇから」
「やだや・・・・・あ、あれ・・・?にほんご・・・?」
まさかこんなところで、だ。
聞き慣れた言語に少し安心して、恐怖に塗り固められた思考も少し落ち着きを取り戻す。
その頃には掴まれていた襟首も開放された。
もう突然逃げ出したり失礼なことはしないつもりだが、改めて男を見上げて、今度は思わず頬が染まる。
「ふあー・・・」
イタリア人と言われればそうなのだろう。醸し出す雰囲気は確かに日本人にはないものだが、カチリときめたスーツがまた非情にエロ臭い。
かといって軟派な雰囲気と言うわけではない。イタリアについてからすれ違ったイタリア人の誰とも違う雰囲気で戸惑ってしまう。
アホ面丸出しで口を開けたまま見惚れてしまっていたのだが、見上げられた男は対して気にした様子もなく綱吉に視線を向ける。
「日本人?旅行か?子供が一人で危ねぇな。親はどうした」
「・・・い、一応俺成人してるんだけど・・・・・これでも」
「・・・日本は神秘の国だと言うがその通りだな」
「・・・・・」
二十歳を過ぎた息子が居るのにいまだに大学生と間違われる母親とは、何度も姉妹と間違えられた。・・・姉弟ならまだしも、姉妹ってどういうことだろうか。
母親の驚異的な童顔体質を受け継いでしまったがためにこの手の誤解は何度もあったが、一体幾つに見られているのやら。
「あ、あの、日本語お上手ですね・・・」
「まぁな。不自由しない程度には話せるぞ・・・っと」
男は腕にはめた時計を眺めて、もう一度綱吉に視線を向けてきた。
二人がぶつかったのはちょうど曲がり角ではあるが、歩いていた綱吉の前に飛び出してきた男は少し急いでいたような気もする。
「悪かったな。急いでいたんで見ていなかった。大丈夫か?」
「え?いえ、俺こそ前方不注意で・・・って!」
長く形の良い、けれど大きくて骨ばった男の指が、綱吉の唇に触れる。
ぶつかった拍子に歯で傷つけてしまったらしい。ぬるりとした鉄臭い味は、血だろうか。
「げ」
「悪かった・・・。詫びといっちゃ何だが、腹減らねぇか?美味い飯奢ってやる。付き合え」
綱吉の血を拭った指をぺろりとひと舐めして、開いていた左手で手首を掴まれる。
「え?え、あの、ちょっと?」
強引に腕を引かれて歩いていく男の歩幅に合わせようとすると、どうしても小走りになった。
足が長くて羨ましいことだが、どうやら転がるようにしてついてくる綱吉に気付いたらしい。
手は放されなかったけれど、歩幅は少し緩めてくれた。
「あ、あの!俺は大丈夫ですから!あなた、何か急いでたんじゃ・・・」
「あぁ、あれはもう良い。気にするな。それよりこんな界隈に日本人の子供を放っておく方が危険だ」
「・・・あ、ははは」
本当に一体幾つに見られているのだろう。
子ども扱いするなと言いたいが、本当に放って行かれるとまた路頭に迷うことになるので、綱吉は大人しくついていく。
「・・・ええと、どこまで行くの?」
けれど、流石に不安にもなってくる。
手を引かれたまま延々と歩いているのに、石造りの壁はまだずっと続いている。
「飯食いに行くんだろ。味は保証してやる。日本人にもイタリア料理は受けがいい。それとも食い慣れたものがいいか?」
「・・・はぁ」
斜め前を歩く男の後姿を見ても、頭の先からつま先まで真っ黒な男には色がない。
いや、小粋に被っている中折れ帽に巻いてあるオレンジのリボンが目を引くが、印象はどこまでも真っ黒だ。
綱吉は日本人としても背は高いほうではないけれど、男との身長差はざっと見ても二十センチはあるだろうか。
格好いい風体からしても体躯からしても、本当に羨ましい限りである。
「・・・むむむ」
「何唸ってんだ?ついたぞ。ここならお前の服装でも平気だろう。入るぞ」
「え、ええ?」
綱吉の頭の中に『ドレスコード』などというものは存在しない。
正装でなければ入店すらままならない店は割とあるものだが、基本がファーストフードの綱吉である。
Tシャツにパーカー。ジーンズに足許はスニーカーのままで有無を言わさず店内へと連れ込まれた。

 

 

***

 

 

「・・・う、美味い!」
「だろう。店は汚ねぇが味は保証するぞ」
カリカリに焼けたチーズはとろけて火傷するほど。日本で食べていたピザはなんだったんだと言うほど全く別のものに感じる。
元々中華料理を扱う店らしいが、店長とは既知の間柄らしく、メニューにないピザはナポリ本場の味だそうで。
綱吉は薦められるままに他の中華料理と共にピザを頬張っていく。皿は端から底を覗かせた。
「・・・良く食うな」
「燃費悪いって言われるんだけど・・・、あ・・・遠慮しなくて、ごめん。俺、少しなら持ってるから、お金」
「そこは気にするな。詫びのつもりだからな。満足するまで食っていいぞ」
体格からして驚かれることが多いが他と比べても綱吉はよく食べる方だろう。
消えるように無くなっていく皿に男は苦笑しつつも追加で注文してくれた。
考えても見れば飛行機の中で食べた機内食以降、何も食べずに迷子になっていたのだ。そりゃあ腹も減るだろう。
半日以上迷子でうろうろしながらも、どこで何かを食べるにも言葉が分からなければどうしようもない。
これが観光地とかならばまだ日本語だって使えただろうが、綱吉が迷っていたのは観光地から離れた郊外の路地裏だ。普通なら観光客が訪れる場所ではない。
「それにしてもお前、何であんな場所に居た?」
「んぅむ・・・?」
「・・・・食ってから話せ」
目の前の男はあまり食べ物には手をつけず、小さなコーヒーカップを傾けている。けれど綱吉が違和感を感じない程度には飲み食いしているようにも見えるので、実際綱吉はそんな些細なことには気付いていなかった。
「あ、あの俺、親戚の家を探してて」
「親戚?・・・もしかしてお前のその髪は地毛か」
「あぁ、うん。そう。俺のひいひいひい爺ちゃんがこっちの人だったらしくて、それで親父が・・・」
どうして会って間もない相手にこうもぺらぺらと話が出来るのか、綱吉も不思議だった。
どちらかと言えば人見知りする方だし積極性はないに等しい。
友人だって中学の頃から仲がよかった二人だけ。しかも自ら交友を拡げた訳ではない。
それなのにこの真っ黒い男ときたら強引だけれど程よく、口下手な綱吉を上手く誘導してくれるのだ。
「なるほど。それでお前は見てもわからねぇ地図をひっくり返して歩いてる途中俺とぶつかったってわけだ」
一を言えば十どころか百を理解してくれるのは説明下手な綱吉にとって有難いのだが。
「・・・そうだけど、さっきからアンタちょっと失礼だよ」
性格はあまり宜しくないらしい。出会って間もないと言うのにこの気安さはなんだか『偉そう』に聞こえるので。
と、ここで今更気付く。
「そういえば名前は?まだ聞いてなかった」
「リボーンだ」
「リボーン?なんだ、可愛い名前だな」
「お前は」
「あ、俺沢田綱吉。これでも二十歳だからな」
「・・・男か」
「あ、当たり前だろ!?今までなんだと思ってたんだよ?!」
怒り任せに引っ付かんだグラスからオレンジジュースを一気に煽る。
アルコールでもないので恰好もつかず寧ろ子供っぽい態度に見えるその仕草に、無表情を自負するリボーン自身の口角が上がったように感じた。
綱吉は全く気付いていないのだが、実はリボーンとは空港近くで一度すれ違っている。
その辺りから気になって後を付けて来たのだが、まさかこんなベタな接触に引っかかってくれるとは思っていなかった。
「流石に冗談だ。が、彼女も居ねぇだろ。モテそうにねぇ」
「余計なお世話だよ!!」
危機感も皆無。
素性どころか名前も知らない相手にのこのことついてくるような男。
平和な日本で生まれ育ったのならあり得る話だが、綱吉は更に能天気な父母に育てられたので予想以上の呑気な性格に育ってしまったらしい。
その辺りはリボーンも知らない事実だが、リボーンとしては都合が良いので敢えて何か告げる気はない。
「そろそろ出るか」
「え?あ、うん」
食べ終えた絶妙なタイミングで声を掛けられ、綱吉は疑問に思うこともなくリボーンの後をついて来る。
さてこの後どうしてやろうかと考えていたリボーンだったが、店を後にした扉の向こうは滝のような雨が降り注いでいた。
「・・・うわぁ・・・傘なんて持ってないよ俺・・・」
ぼんやりと空を見上げて呟いた言葉は独り言だろう。
甘やかされて育った一人っ子の日本人。分かりやすい綱吉に、リボーンは内心で舌なめずりをした。
「今から探してやっても良いが、そろそろ日も暮れる。今日はひとまず俺の家に来い」
「は?え?でもそんな、いきなり悪いよ」
「構いやしねぇ。俺しか居ない家だ。・・・もっとお前の話も聞きたいしな」
逃がさないようさりげなく肩に手を回す。
その手を疑問に思う様子もなく、綱吉は低い位置からリボーンを見上げていた。
あれだけ食べる癖に細い身体の貧弱な男。
しかし、隣にいるだけで、いやすれ違うだけで漂う芳醇な薫りは久しく嗅いだことのない食欲をそそる餌の匂い。
味見をした唇の血もやはり満足のいくもので、性別だけは仕方ないが、そこに目を瞑ったとしても余りあるほど価値のある身体だ。
「ツナ」
逃がす気はない。
甘く名前を囁いてやれば、困惑しつつも小さく頷いた。
「・・・うん、じゃあ」
「よし。なら車を回す。少し待ってろ」
迷子になっていた間、よっぽど不安だったのだろう。
少し親切にしてやっただけで簡単に陥落した綱吉は、転がしてきた車へと促しても抵抗なく乗り、更に走り出した車内でうつらうつらと船を漕ぎ出す始末。
「・・・暫くかかる。疲れてんだろ、寝ていていいぞ」
「うん・・・でも」
「気にするな。寝てろ」
「ん・・・ごめん」
ようやく出会えた言葉の通じる男に出会えて、安心しきっているらしい綱吉は言われるままに意識を落とす。
数分もしないうちに聞こえてきた小さな寝息はどこまでも穏やかだ。
「くくく・・・無防備だな、ツナ」
力なく投げ出された手を拾い上げて指先に舌を這わす。
食い破るのはまだ我慢しつつも、薄い皮膚の下に流れる血潮に今から気分が高揚してくる。
あんな微かな味見でさえ、舌が痺れるほどの味を感じたのだ。脈打つ首筋に牙を立て、溢れる血潮を啜ればどれほどの味を得ることができるというのか。
今まで長く生きてきた中で、最上の血液の持ち主となるだろう。
「逃がさねぇぞ綱吉。お前は死ぬまで俺の餌だ」

 

―――大事に大事にしてやろう。
   芳醇な香りを撒き散らす花が枯れてしまわないように丁寧に扱って。
   けれどその代わりに甘い甘い蜜を死ぬまで吸い付くさせて貰う―――

 

「・・・ん」
「目覚めた時は楽園だ。・・・今はゆっくり休め、ツナ」
奇しくも綱吉はその穏やかな夢の中で、正に暖かな楽園を見ていた。
現実に待ち受けるのは逃げ場のない箱庭ともしらず、指先に感じる暖かな温度にふわりと顔を綻ばせたのであった。






続・・・けばいいな!

⊂謝⊃

PC熱不良で吹っ飛んだネタのネタだけ生き返らせて書いてみた。
多分こんな話だったはずだ!(オイ)
ありがちですよね吸血鬼。でも一回はやりたいじゃないですか。
短いネタ出しだけ書いておいて続きはいつになるやらわかりませんが・・・・。
・・・・希望者がいれば急ぎます。(笑)
では、読んで下さいまして、ありがとうでした!

斎藤千夏* 2010/07/06 up!