今一度だけ願う、あなたと・・・・
* Forever... 3 *
「坊ちゃん!何処へ行かれていらしたんですか?」
会場戻ろうとする道すがら、パタパタと駆け寄ってきたのはグレミオだった。
彼は今まであの会場に並べられている料理の大半を作った足のまま、どうやらセフィリオを探していたらしい。
「ごめんごめん。ちょっと、ね・・・?」
目配せで合図されても、オミは知らない振りをして目を逸らす。
・・・・今まともにセフィリオの顔を見たら、赤面してしまいそうで怖いのだ。
「オミくん?どうかしましたか、ご気分でも・・・?」
「え、いやあの・・・って、え?!」
平然と『オミ』と呼んだグレミオに、オミは驚いた顔をしてみせる。
「き・・気付いてたんですか?」
「クレオのお手伝いもしたでしょう。気付いてなかったんですか?」
そう言われれば居たような気もする。
クレオの着せ替え人形となってしまったオミは、何をされているのか全く分からず混乱していたのだ。
グレミオにくすくすと笑われて、どぎまぎと居住まいを直す。
男であった時の姿を知っている人にバレていたなんて、それだけで恥かしい。
「綺麗になっていて、お屋敷に来た時はびっくりしましたけど・・・坊ちゃんをよろしくお願いしますね」
「あ、っででも・・・!いいんですか?僕本当は・・・」
「オミ君は坊ちゃんを好きなんでしょう?坊ちゃんもオミ君が凄く好きなようだし・・・何を気にする必要があるんですか?」
言われてみればそうだが、そのあっさりとした受け入れ方に、今までバレないように必死だった自分がなんとなく馬鹿らしくなるオミだ。
「・・・そろそろいい?レパントに話があるんだけど」
「それならばあちらに居られましたよ。ではクレオたちの所へ行ってますから」
そう言って、グレミオはまた忙しく走って行ってしまう。
「何だか、セフィリオのお母さんみたい・・・」
その姿を見送って、オミは小さく笑った。
「・・・根っからの世話焼きだからね」
否定し様も無いその事実に、セフィリオは軽く苦笑して言いながら、会場へと続く扉を開いた。
「おや、あれは」
「あの方が・・・マクドール様?」
「噂に聞いていた以上ですね・・・」
主役であるにも関わらず、席を外していたセフィリオが戻ったことで、
其々会話に没頭していた来場者たちがざわめき始める。
その集まった視線に何も感じないのか、平然としているセフィリオにオミは小さくため息をついた。
視線が、痛いのだ。
セフィリオの隣にいるだけなら、まだここまで鋭い視線で睨まれはしなかっただろう。
けれど、そのセフィリオ自身がオミの腰を引き寄せて離さないのだから・・・もうどうしようもない。
更に、今まで何をしていたかを疑うような証拠が、お互いの首筋にハッキリと残っているのだから余計に始末が悪かった。
「・・・もう、いい加減離してくれませんか」
「なんで?オミは僕と居たくない?」
「そういう訳じゃ・・・」
セフィリオは離してくれる気など全くもってないらしい。
オミは突き刺さるような視線から逃れようと、少し俯きがちに歩いていた。
「オミ」
「な・・んっ・・・?!」
呼ばれて、顔を少し上げれば、顎に添えられた手にそのまま持ち上げられて唇が重ねられた。
まさか、こんな公衆の面前でされるとは思っていなかったオミだ。
今までは、ある意味一目を憚るような(オミに限ってのみだが)関係であったから、今更だろうが恥かしい。
オミは今男ではない。だから普通なのかもしれないが、こんな人前で堂々とされるなど考えた事も無かった。
セフィリオには前科があるだけに、もっと気をつけていれば良かったと悔やまれる。
「・・・っん・・!」
あの時以上に人目があるのに、どうしてこの目の前に居る人は・・・!
ただ触れるだけの短いキスであっても、オミにとっては十分長く感じて。
周りのざわめきが、その瞬間途絶えて聞こえなくなった。
「・・・オミはもう少し愛されてるって自信持ってよ。そのためにココまで連れてきたんだから」
本当はこんなオミを誰にも見せたくなかった。
セフィリオは小さく、そう呟いた。
こんなパーティーの会場だ。
誰も彼もがと言う訳ではないが、それなりの出会いを期待している男女がひしめき合っているのは事実で。
けれど大事に仕舞って置くのは勿体無いと思ったらしく、更に運良く今のオミはどこから見ても女だ。
「これからレパントに紹介する。僕の婚約者ですってね」
「・・・・・・は?!」
言われた意味がよくわからないまま、引き摺られるように会場の壇上へ連れて行かれてしまった。
じっくり見れば、セフィリオとオミの衣装は、色違いのひと揃え。
二人とも平均以上の顔立ちに、独特の雰囲気を持っている。
こうやって並んでしまえば、もう誰にも邪魔立てなどできる空気ではない。
「・・・・なるほど。よくわかりました」
「わかってくれた?なら、良かった」
レパントはこれ以上、セフィリオに幾ら女性を紹介しても受け入れることがないと確信した。
「既に伴侶を見つけておられましたか。いや、しかし残念です。この国の娘でないことが」
苦笑気味に笑うレパントに、セフィリオは満足げに笑って、言葉を足した。
「もし彼女がこの国の娘であっても、僕はこの国には戻らないよ。僕は『国』には属しない」
英雄と呼ばれることを嫌い、誰かに敬われる事を嫌う。
「・・・・・・ただ、僕はこれからの時を彼女と過ごす。これだけは、邪魔させない」
きっぱりと言い切って、セフィリオは嬉しそうな笑みを深めた。
笑顔を向けられたオミはただどういう顔をしていいのかわからず、セフィリオを見返すだけ。
けれど、そこに割り込める隙間など微塵も無い。
レパントはそれを読み取って、深く頷いた。
「そうですか。なら、もう止めはしません。どうでしょう?このまま婚約発表パーティーに変更するのは?」
「いいねそれ。ね、このまま婚約しよう?」
「・・・・・それ、僕に否定権ってあるんですか?」
「ないね」
「・・・・でしょうね」
そう口ではいいながらも、オミは微かに照れたような、困ったような顔で笑っていた。
-----***-----
一部の人間以外から贈られる祝福の声をどこか遠くで聞きながら、オミは非常に困っていた。
「所で、セフィリオ殿とは一体何処で出会ったのかね?」
セフィリオもオミも其々が人々に囲まれて騒いでいたのだが、元々人の多い場所が苦手なオミはゆっくりとそこから逃げようとした。
と言っても人だかりの中から出るだけで、どこにも行く気などなかったのだが。
突然肩を叩かれて話し掛けられたので、振り返ってみればそこにはレパント大統領の姿が。
レパントは『都市同盟軍のオミ』を知っている人物であるから、出来るだけ近くへ寄らないようにしていたオミだ。
「あ、あの・・・」
もちろんこの不意打ちに慌てるオミだが、頼みの綱のセフィリオは人に捕まっていて助けてくれる余裕など見当たらない。
内心びくびくとしていた所へ、トドメの一言が振ってきた。
「そして・・・いや、別に深い意味はないのだが、私は一度君と会っている気がしてならな・・・」
「あ――――!」
「・・・?!」
いきなり会場内に大声が響き渡った。
ざわめいていた会場内も静まり返って、誰もが大声の主を探す。
入り口で大口をあげてオミを指差しているのは・・・・。
「・・・・人に指向けるなって習わなかった?」
「ツッコミ所激しく間違ってるぞルック!じゃねぇ!こんな所で会うなんて奇遇だな〜v」
「・・・シーナ?」
いきなり抱きついてじゃれてくるシーナに、オミはまだ驚きを隠せずに唖然としている。
「知り合いなのか?」
「おうよ。並々ならぬ関係・・・なんつって嘘だけど事実なんだよ。なー?」
父親の言葉に軽く返して、シーナはオミに同意を求める。
「・・・って、どうして、ここに・・?!ルックまで・・・・」
「呼ばれたから。代りに行って来いって言われてね・・・」
人使いが荒いんだ。
とぶつぶつ言うルックも、オミの今の姿を見てはいつもの鉄火面には少し表情が滲み出していた。
「それはいいとして、いつまで触ってるつもりだシーナ?」
オミの身体を横から奪い返して、笑顔のままの威圧感で憮然とした声が響く。
「・・・あ、いや、ノリで!深い意味はないから"裁き"はナシ!!なー!!」
問答無用で黒い火花が散るセフィリオの右手に、シーナはさっさと逃げ腰だ。
オミは未だに頭の整理が付かず、シーナに抱き付かれていたこともセフィリオに抱きしめられている事にも気付かない。
「・・・な、なんでふたりがいるの・・・?」
確かに、ジェイド城で別れた筈のシーナとルックは、正装に身を包んだ姿でそこに居た。
「親父に呼ばれてさー。ちなみにオレらだけじゃないぜ?」
興味深々な視線を集めていることに気付いたオミは、慌てて後ろを振り向く。
「ほーお。ホントに女になってんなぁ。なぁお前もうこのままで居ろや?」
けらけらと笑うのはビクトール。
「それここじゃオフレコだろう。ここでは偽名使ってるのかオミ?」
色々心配してくれているらしく、小さな声で話し掛けてくるのはフリックだ。
「・・・・・・・・だから、なんで皆が・・・?」
「みんな、セフィリオの『宿星』でもあった奴等だからな。他にも連絡が取れたセフィリオの『宿星』は殆ど呼ばれたらしいぞ」
元はセフィリオの帰還を祝うパーティーだったのだ。
同じ苦渋を乗り越えた仲間を呼ばない訳にはいかないと、セフィリオの帰還を国境警備隊のバルカスから受け取った時点でレパントが伝えたらしい。
その迅速さは、今までどれだけこの時を待っていたかを物語るようなもので・・・。
「お節介」
「祝い事は皆でせんとな!さぁ宴の続きだ!!」
「逃げるなレパント」
「いいじゃないかセフィリオ。お前もそう言いながらいい思いしてんだろ?」
敬語を使うのさえ止めて、セフィリオはレパントを追い詰めるが、それを軽い調子でビクトールが止めた。
「・・・・まぁ、ね」
「・・・?」
話がわかっていないのがどうやら自分ひとりのようで、オミは首を傾げる。
「・・・後で話すよ」
居心地の悪さが顔に出ていたのか、セフィリオが小さく耳打ちでそう言ってくれる。
そのままセフィリオは昔の宿星達に呼ばれて、そちらへ行ってしまった。
追いかけてどうして今言わないのかと言おうとしたその時、目の前にグラスが差し出される。
「・・・・これ?」
「私どもからの祝福です。受け取ってくださいませんか?」
目の前に居るのは、先程セフィリオを取り囲んでいた女性達だ。
実際年齢が15歳でしかないオミと比べて、彼女達は身体も随分と成熟しているようだ。
間近でその谷間を見てしまって、オミは内心どぎまぎする。
一応、中身は男なので。
「祝福・・って」
「マクドール様の婚約者様に・・・」
そう言われて、オミは複雑になる。
嬉しいのか、笑ってしまいそうなのか、呆れてるのか、自分でもその感情が区別できない。
けれど、少し寂しそうな彼女達の顔を見て、オミはどうしても受け取れないとはいえなかった。
「・・・ありがとう」
「では、乾杯もさせていただませんか?」
「え、あ、はい」
グラスを軽く持ち上げて、にこりと笑われる。
いつものようにグラスの縁をキンと合わせようとしていたオミは、慌ててそれに習った。
「・・・・お幸せに」
その声と共に、彼女達がグラスに口付けるのを真似て、オミもそれを口にした。
「・・・あ、れ・・・?」
オミの記憶はここから突然、真っ暗に染まる。