「・・・っ!」
薄暗い部屋の中で、声にならない叫び声が響いた。
喉が裂ける程叫んでいるのに、その唇から悲鳴が零れる事は無い。
「・・・逃げるなよ。お前は、買われたんだ」
部屋に漂う空気は、苦い葉巻の香りと、濃い男の汗の匂いだけ。
口元に笑みを浮かべた男は、細い子供の両腕を後ろ手に捻り上げて、床に押し付けるようにその身体を貫く。
何度も何度も繰り返された蹂躙に、子供の身体はもう、痛みさえ感じなくなってしまった。
「今夜一晩は俺のものだ。・・・お前も、気持ち良いんだろ?」
痛感には慣れてしまった身体だけれど、快感にはとても弱かった。
意図的に、無責任な大人達から『そういう』身体に育てられたのだから。
大きな男の手の平で握り込まれて、カラカラの喉の奥から悲鳴を上げた。
「ッ――――・・・!!!」
けれど、悲鳴は声にはならない。喉が裂けるほど喘いでいるのに、一声さえも声が出ることはなかった。
何時まで続くとも分からない行為は、まだまだその終わりの兆しさえ見えないままだ。
「鳴けねぇのが残念だが・・・・・・確かに、お前は極上だよ」
幼い身体を乱暴に揺さ振っている男の口元には、えもいわれぬ笑みが張り付いていた。
*The past story of OMI.〜01*
ハイランド国、北部。
それも、一番近い街からも馬車で半刻かかるような場所にひっそりと。
館の外装は古いが、何処となく見る者を畏怖させるような重量感を感じるような存在感もある。
周りは濃い森で覆われて・・・まるで、人の目から隠れるように、その館は建てられていた。
「・・・臣、忘れるんじゃないよ。わかってるね?」
丁寧に爪を磨くのは、もうそれ自体がクセなのだろう。
豪奢な椅子に深く腰掛けて、女は正面に立つ子供を睨みつけた。
「・・・・」
きつい口調で言われた相手は、まだ十にもならない幼い子供だ。
身体の体調でも悪いのか、少し苦し気に息を繰り返している。
真っ白い布のような服を頭から被っただけの服装だが、普通の子供ではなくどこか印象に強く残る。
色素の薄い柔らかな赤茶色の髪に、白磁の肌。
一際目を引くのは、綺麗に整った顔の中でも、意志の強そうな色の瞳だろう。
けれど子供は一度言われたことを反芻してから、反発もせず、黙って頷く。
「・・・じゃあ行きな」
館を取り仕切る女将らしきその女の声に従って、子供はふら付く足取りながらも、その場を離れた。
「今のは?」
「・・・喋れない唖者の子供のひとり。今一番の売れ行きだね」
女将の横に立っていた青年が興味深げに彼の消えた方を眺めている。
「なんだい、気に入ったのかい?」
「あぁ。確かに食指は刺激されるな。あの肌の色、大陸の者じゃないだろう」
「よくわかったね。名前も向こうの発音で『臣』って言うのさ」
ここは男娼屋だ。特にここに入れられているのは何らかの不自由を持った見目の良い子供達だった。
それはそれだけ秘匿性の高い客が相手と言うこと。
伽の相手をする時に顔が見えない、話している言葉が聞こえない、意味はわかっていても言葉を話せないなら秘密が漏れる心配が無用だからだ。
「よし、買った。あの子はいくらだ?」
いくら売れ筋だと言っても、伽以外の与えられた仕事がないわけではない。
臣の仕事は、子供の足では決して近いなどとは言えないような沢に水を汲みに行くことだった。
何刻もかけては、館の水がめが一杯になるまで、それを繰り返す。
朝方まで揺すられ続けた身体には、きつい仕事だった。
昼から始めて、日が沈む頃になんとか一杯になり一息ついた時、突然、後ろの茂みからがさりという音と、小さな声が聞こえた。
「・・・良かった、人が居た・・・」
驚いて振り向くと・・・そこには、数箇所に傷を負った少年が立っていた。
茶色の髪、人好きのする瞳に、柔らかな笑みを浮かべて。
「それ、水・・・?少しで良いから・・分けてもらえないかなぁ・・・?」
彼は想像よりもずっと落ち着いた声で、そう言った。
傷だらけの、明らかに怪しい人物なのに。臣はどうしてか怯えることもしない。
ぼんやりと地面に座り込んだまま、柔らかく微笑む少年を見つめていた。
「怪しい・・奴じゃないよって言っても、証明できるものは何もないんだけどね」
信用しろって方が無理か。
優しげな笑みを苦笑に変えて、少年は笑う。
「・・・・」
初めて見るような笑顔に、臣は小さく、近くへ招くように頷いた。
「いいの?」
臣が頷くまで近寄りもしなかった少年が、ふら付きながらも臣の近くに腰を降ろした。
臣はもう一度、今度はしっかりと頷く。
辺りを見まわすけれど、ここは館の裏側だ。滅多に人も来ない。
水がめの近くに裏口があるが、そこから出入りする人間は食堂の者達だけだ。
今は夕食の支度を始める時間にはまだ早い。・・・つまりは、今の時間ならば誰もこの場所に来る事はないという事だ。
「本当に、貰って良いの?」
少年の声は耳に心地良い。こんな風に、優しく話し掛けられたことなどないから。
臣は頷いて、水の入った杓子を渡した。
「臣!やっと帰ってきたのかい。大方道草でも食ってたんだろう」
表に戻ってきた臣は、しかめ面の女将に出迎えられた。
これもいつもの事だ。
臣は何の反応もせず、真っ直ぐに女将を見つめ返すのみ。
「・・・・」
「言い訳が言えない口でよかったね。もしお前が口を利いていたら、商品ってことを忘れて殴っていたよ」
ぐいと強引に腕を引かれて、館の中へ連れて行かれる。
正面の階段の手すりに、一人青年が立っていた。
どうやら、今日の客は彼らしい。
さっき女将の部屋にいた、あの青年だった。
見目の良い、優しげな風貌の青年。
「おやおや・・・あんまり荒っぽい扱いはしないで欲しいな」
「躾に口出しは無用だよ」
「わかったから、私に渡してくれないか?今は時間が惜しい」
女将が手を放すと、代わりにその青年の手が臣の腕を掴んだ。
最高の姫君を相手にするように、膝を折り、優しく囁く。
「では、今夜の相手をよろしく。臣・・・」
Next...
⊂謝⊃
遂にupとなりました。臣の過去話編でございます〜!・・・・・・・・・・・うあーコレを遂に、載せる時が来たんだなぁ。(苦笑)
とか言いながら、オチはまだ考えてないんですけども(汗)
のんびりゆっくりと、暗い暗いオミの過去のお話にお付き合い下さいませv
こんなに短いのに、既に彼が出てきてますねぇ(笑)
斎藤千夏 2004/07/04up!