*The past story of OMI.〜04*
「臣、どこだ?!!」
「・・ッ!」
ざわざわと、周りが騒がしくなった。
臣はテッドの方を見もせずに立ち上がって走り出す。
「・・・!」
ここにいる、と声を出しそうになって慌てて口をつぐんだ。
まだ、誰にも知られてはいけないのだ。
呼びに来た少年が、耳が聞こえない障害を持つ事すらも忘れていたけれど。
「そこか・・・お前に指名だ。来い」
臣の姿を視界で認めた少年は、そう臣に告げる。
館内の仕事を持つ事がなかったからか、臣は今日の客を知らない。
ざわざわと忙しくしていたのは知っているが、幾ら売れ筋とは言え臣はまだまだ下っ端なのだから。
お前には関係ないことだと、何も教えて貰えずにいたのだ。
今日の客が、どれだけの賓客かも勿論の事、臣は何も知らなかった。
だから客の元へ行く前に、簡単な寄り道を告げられても、不信にも思わず臣は頷く。
そういう命令が下ったのだと、素直にそれに従った。
「こっちだ」
真っ直ぐ館へは向わずに、館の裏にある薔薇園へと先導される。
ここでの仕事も経験した事があるから初めてではないが、滅多に来る場所でもない。
噎せるような薔薇の香りに辺りを見渡している臣へ、ここまで先導してきた少年が口を開いた。
「今日の客のために、一抱えの薔薇を摘んで来いだとさ。勿論全部刺抜きしろよ」
「・・・・?」
ここで、ようやく臣は少しおかしいと気付いた。
いつもならば、客に呼ばれた時点で他の仕事など全て後回しになるはずなのに。
殆どの客が、『時間』で『商品』を買う。
だから、呼ばれたらすぐ客の元へ行くのが当たり前なのだ。
一抱え分の薔薇のトゲを全て抜くことなどしていたら、当たり前だが1時間以上かかるだろう。
そんなに待たせても薔薇を届けなければならないのか?
自然、臣の視線はちらちらと館の方へ向けられる。
それに気付いた様子の少年は、にやりと笑った。
「・・・今だ!」
「っ?!」
突然、上から大きな布を掛けられた。
意識が逸れていた所の不意打ちに視界を塞がれて、その上被せられた布のお陰で身動きも取れない。
更に、布の上から羽交い絞めにされたので、この布の中から逃げ出すことも出来なかった。
「逃げられねぇよ。お前はここで今日の仕事をサボるんだ。そして館の名に泥を塗ったとして殺されちまえ!」
布も、柔らかく白いものではない。
土を運ぶ汚い布だ。頑丈に出来ているが、その上から更に麻縄で縛られた臣が、突き飛ばされた先に生える茨を遮る事はしてくれなかった。
「っ・・!!」
布を被せられているのは、胸から上だけだ。
素肌を晒している肘下と脚は全て、上半身以上に薔薇の鋭利なトゲで酷く傷付けられてしまう。
「ここなら、誰にも見つからないだろ。よし、行くぞ」
子供の背丈と同じぐらいの薔薇園だ。臣が投げ入れられた場所は、到底見つかる場所とも思えない。
用心深く見れば千切れた白い布と血の滴る茎が見えたと思うが、大輪の赤い薔薇が咲く場所で、それを見つけることは不可能に近いだろう。
・・・それに、見つけたとして、誰が助けてくれるというのだろうか。
「・・・ぃた・・っ」
少しでも身動きすれば、薔薇のトゲが柔肌を引き裂く。
全身に突き刺さる痛みに、臣は何故か安心した。
まだ、痛みを感じることができるから。
痛みを通り越すと、もうどうすることも出来なくなる。
・・・・まだ、感覚は生きている。
臣は少し口角を上げて、微笑んだ。
突き刺さる刺を気にせずに、臣は立ち上がる。
布のせいで出口が分からないので、沢山の茎を倒してしまったが、何とか茨の檻から抜け出す事は出来た。
薔薇園を出る頃には、視界を塞ぐ布は刺に破られていて、前ははっきりと見える。
無数の切り傷と刺さったままの刺など気にせずに、臣は館まで歩き出した。
***
「臣、遅い!どこで道草食ってたんだい!!」
麻縄で縛られたままの臣の姿を見ても、女将の言葉は酷く冷たかった。
彼女の足元で鞭に倒れた少年達の中に、先程の彼等が居たことで全てがわかる。
臣を呼びに行かせたはずの彼等が、臣自身に何をしたのか、彼女は何もかもわかっているのだ。
それなのに、臣を労わるどころか、遅れたことのみを頭ごなしに叱る。
怒声だけで済んだのは、臣を待つ客が居るからだ。
先約が入っていなければ、臣も容赦なしに鞭で殴られていただろう。
「泥と血を流しておいで。もう随分と待たせてあるんだ。早くお行き!!」
臣の肌が薄く裂けることも気にせずに、取り出したナイフで荒々しく麻縄を切る。
「・・・・」
嫌とも言えず、臣は素直に頷いた。
客を迎えるときのみ許される風呂へ、重い足取りで向おうとしたその時。
「いいのです。そのまま、こちらへいらっしゃい」
「ウィンディ様!申し訳ございません!今すぐそちらへ・・・」
「あら、名は秘匿では無くて?」
「・・・申し訳・・・!!」
女将が、地面に頭を垂れるのを横目で見ながら、臣は呆然と階上のその人を見上げていた。
この館に女性が来ると言う事は知っていたが、まさか自分も女性に買われるとは。
驚きを隠せずに立ち尽くす臣の身体は、降りてきた側近らしき男にふわりと抱え上げられた。
「・・・可愛い子。さぁ、私の元へいらっしゃい」
くすくすと笑う声に、背筋が凍りつくかと思った。
それだけ、冷たい笑みだったのだ。
***
「ッ・・・!!」
「あらあら。声が出ないのは残念だけれど、可愛いわ」
柔らかいベッドへなど、運ばれなかった。
彼女は優雅に豪奢な椅子に腰掛け、くすくすと笑いながら苦しむ臣を見ている。
両手首を硬い机の脚に括り付けられ、両の脚は天井から釣られている鎖で高く吊り上げるように戒められて。
全身の血が頭に上って、気持ち悪い。
腰が浮くか浮かないかのギリギリのラインで、臣の身体は吊り上げられていた。
背中に当たるのは、硬い石の机。冷たさが切り刻まれた薄い布を通して、全身を竦ませる。
臣は何度も気を失いかけた。
けれどその度に、トゲに引き裂かれた傷を目掛けて、熱い蝋が垂らされるのだ。
「ッ、―――――!!!」
彼女は見ているだけだ。
臣の肌を触れられる位置には居るが、色々と手を出してくるのは彼女の傍にいた何人かの男たち。
もう、何度も貫かれた体は悲鳴を上げていたし、血が止まることの無い傷から皮膚の内側を焼かれる痛みに、臣はもうボロボロだった。
「可愛い子。そして、感じるこの魔力。・・・不思議な子供ね」
大陸より東で生また臣の肌は、大陸の子供達と違って白く透き通るような肌をしていた。
日に焼けることもない、柔らかくみずみずしい白い陶器のような肌に、赤い血は良く似合う。
「薔薇の香りも素敵ね。もっと、傷付いた顔、見せて頂戴」
「っ・・・!」
初めて伸ばしてきた手に触れられた肌が粟立った。
「あら・・・?」
彼女も何かに気付いたらしく、驚いて声を漏らす。
「・・・どうかなさったのですか?」
「・・いいえ。でも、面白いものを見つけたようよ」
パンパンと軽く手を叩くその音で、好き勝手に嬲り者にされていた臣から全員が手を引いた。
ガチャリと重い音が聞こえて、拘束されていた両脚の枷が解かれる。
軽く吊るされたまま何度も貫かれ続けた体をやっと離されて、冷たい石机に手をついて荒い息を継ぐ臣の正面には、もう彼女しか居ない。
「あなた、何処の生まれの子供なのかしら?」
臣に答えられる訳がない。
そもそも、気がついた時にはもう此処に居たのだ。
両親の顔さえ知らない臣に、生まれた場所が何処なのか解る筈もない。
「・・・解っていてよ。本当は喋れるのよね」
「?!」
驚いて身体を起こそうとしたけれど、弄られ続けた身体は臣の言う事など聞いてはくれない。
けれど何とか首を動かして彼女の瞳を見た瞬間、臣の身体は硬直した。
まるで蛇に睨まれた蛙の様に、身体がピクリとも動かない。
けれど、何とか息を飲み込んで、何とか彼女を見つめ返す事はできた。
「・・・驚いたこと。私の眼力が効かないなんて・・・とても強い魔力を持ってるのね」
「・・・ッ!?」
突然ふわりと身体が浮いた。
抵抗らしいことも出来ないまま、降ろされたのは・・・柔らかいベッドで。
驚きに目を見張る臣の横で、彼女は優しく微笑んでみせる。
「・・・ゆっくりお休みなさい。もう、怖いことはしないわ」
優しい声音でそっと囁き、翳した手の甲に何か輝くものが見えた瞬間。
緑に輝く風が体を包んで、臣の瞼は疲れきった体を休めようと急に重さを増す。
「・・・・っ・・・」
眠気に抵抗しようと身じろぐが、何の意味も持たずに意識はすぅ・・・と遠くなっていく。
眠ってはいけないと、どこかで警鐘が鳴り響く。
だけれど、臣にはもう、その優しい眠りに抵抗する余力さえ残っていなかった。
「こんな所にいたのね・・・」
そんな、小さな囁きが聞こえる。
頭の奥で鳴り響く警鐘は、テッドの声に似ていた。
Next...
⊂謝⊃
一ヶ月以上も間空けてスミマセン!!<(_ _)>やっとこ書けましたオミ過去話の続きで御座います。(笑)どうでしたでしょうか?
・・・・やっぱり人格疑われます・・よね?コレは・・・・(苦笑)
でも・・・昔のオレはこんなんばっかり書いてた気がシマスv(爽笑)<( ̄□ ̄;?!
彼女が出てきました。敵でスよ一応!
オミの敵・・・というよりテッド兄やんの敵ですが。・・・これから、ホントにどうなるんだろ・・・?(汗)
俺も続きに大期待しながら書いてみます!!(コラ作者)では、次をお楽しみに!!
ではでは、最後に読んでくださってありがとうございましたv
斎藤千夏 2004/09/13up!