A*H

オミ過去編







「・・・・っく」
右腕がだるく重い。
逃げ出さないと決めてから、随分とコントロール出来るようにはなってきたけれど。
元々人間に扱える力ではない真の紋章の力は、その魔力の大きさ故に暴走を起こす。
集中力を高めて、魔力を上げる修行もしてきたけれど暴れようとする力を押さえつけるにはまだ力が足りなかった。
「あと・・・もう少しなのに」
痺れる右腕を左手でしっかりと押さえつけて。
呼吸は荒くなる。・・・村1つ分の命を吸い取ったのは、つい数ヶ月前だというのに。
今度は・・・この館の人間を餌食にしようというのか。
無理をして臣に力を与えた所為かもしれないけれど、テッドはそれを後悔したくはなかった。
「・・・耐えて、みせるよ」
名前も覚えていないけれど。
もう逃げないと約束したのだ。・・・彼と、自分自身に誓ったのだから。

「ぅあ・・・ッ!」

けれど、意思を持つ闇は、そんなテッドの苦しみを嘲笑うかのように。
美しい月の光の下で、黒い光が燦然と輝いていた。






*The past story of OMI.〜05*







足音が、聞こえた。
テッドは竦めていた身を起こして、月明かりに明るい地面に目を凝らす。
「・・・誰だ!」
こんな状態で、近くに人を近付けるようなことはしたくなかった。
紋章は喜々としてその人物の魂を掠め取っていくだろう。
数日前まで聞こえた馬の嘶きはもう聞こえない。
テッドを包む飢えた黒い光は、納屋の馬達の魂でさえ奪ってしまったのだから。
「・・・テッド」
「・・・臣・・・?」
か細い声に目を凝らし、テッドは月の下でぼんやりと立つ臣の姿を捉えた。
数日前に見た姿とは違い、真っ白くきちんと整えられた服を身にまとって、ゆっくりと歩いてくる。
細すぎる腰を締める帯だけが黒く、細い腕は剥き出しで、綺麗に縁取られた短めのズボンの裾からも、折れてしまいそうな足首がちらちらと見える。
指に優しく柔らかいが、乱雑に切られていた髪も、襟元でサラサラと流れるように整えられていて。
「・・・っ」
そんな気など、更々なかったテッドから見ても・・・臣は綺麗だった。
「テッド・・・?」
地面に座り込んでしまったテッドへと近付いて、首を傾げながら零す声も、今まで一緒に過ごしてきた時には聞いたこともない声で。
右手を庇ったまま後退りで身体を逃がそうとするが、その動作よりも早く近付いた臣は、甘える子猫の様に身を摺り寄せてくる。
その幼さがあまりにも頼りなさ過ぎて、腕を差し出してしまえば、甘えるように目を閉じて微笑んだ。
「・・・・臣・・・?」
おずおずながらも声をかければ、呼ばれたことに反応するように、両目を開いてテッドを振り返る。
かすかに動いただけで、胸の中に収まる小さな身体から漂う匂いに、不意に頬が熱く染まるのを感じた。
暴走する右手の紋章の脅威さえ、忘れるほどに。
きつく甘い香りは、何故か身体の動悸を早くする。
「臣・・、どう、したんだ・・・?戻ってこないから・・・おれ、心配し」
言葉尻が切れたのは、声を奪われてしまったから。
押し付けられた小さな唇の柔らかさに、驚く以上に頬がかっと赤く染まる。
「テッド・・・」
囁かれた甘い声に慌てて目を伏せて逃げるが、臣がどうして突然こんなことをするのかまったくわからない。
白い肌。
月夜に透けるような細い体。
噛み付いてと言わんばかりに曝け出された細い首筋に、赤く散る赤い華。
押し付けられた体は軽く、酷く美味しそうな甘い香りを撒き散らす。
「テッド・・・?」
膝の上に乗り上げてくる臣は、そのままテッドの髪に指を絡め、誘いを含むような声を吹き込みながら耳朶を甘く噛む。
「止めろ・・って・・・臣・・・!」
とっさに、テッドは右手で臣の肩を押し返してしまった。
誰にも触れてはならない右手で。
しまったと思い手を引こうとしたけれど、先ほどまで暴れていた紋章は嘘の様に、光を弱めて、ただぼんやりと輝くだけで。
「・・臣・・・?」
何かに気付いたように、臣がテッドの手を凝視している。
肩に触れた手袋の下・・・・。
自然すぎる動作で手を取られ手袋を外されて、外気にその肌が触れるまでテッドも抵抗さえ出来なかった。
「テッド・・・これ、なあに・・・?」
「何・・・って・・・」
話した、筈だ。
見せてはいないけれども、自分の右手に宿る紋章について。
そこで、テッドも初めて気付く。
今までなんの紋章も宿していなかった臣の左手甲に、黒い紋章のような影が見えたから。
問いかけようと臣の顔を見て、瞳を覗き込んだ瞬間テッドは声を荒げて立ち上がった。
「・・・臣・・・・じゃない!?」
慌てて突き飛ばした幼い身体は、突き飛ばされた反動のまま地面に転がる。
勿論、手加減なんて忘れていた。
けれども、臣は痛みなど全く感じていないようにゆっくりと立ち上がり、また、小さく微笑んで見せる。
その笑みは、幼さなど感じさせない、まるで熟年の娼婦のように艶かしく色っぽいもので。
けれど、感情が張り付いたようなその表情に・・・・・・・・・・生気は無かった。
「・・・何言ってるの?ぼくは・・臣、だよ・・・?テッド」
誘うように呼びかけて伸ばされた手に、刻まれた黒い紋章。
「・・・な、んで・・・?!」
紛れもなく臣の身体なのだろう。
けれども、臣の意思など何処にも無い・・・・今はただの操り人形に過ぎないのだ。
「何で、臣が・・・・君がその紋章を刻んでるんだ・・・!?」
人間を操る事を目的として作り出された傀儡の紋章、ブラックルーン。
今までテッド・・・いや、ソウルイーターを追いかけてきた奴らの中に、何度かその影を見たことがあったのだ。
あの紋章は、敵。
けれど・・・臣を傷付けることは、流石に躊躇われた。
数日だったけれども、臣の隣に居た時間は久し振りに落ち着ける場所だったから。
臣と離れて、急に飢えたように暴れ出したソウルイーターは、それでも戻ってきた臣の前では決して暴走しようとしないから。
「・・・テッド・・?」
じりじりと後ろへ下がるテッドに、首を傾げて、臣が近寄ってくる。
臣には、好意しか感じない。なのに、紋章は彼を求めない。
発動しかかっているソウルイーターに触れて、いつ魂を抜き取られてもおかしくない位置に臣はいるのに。
そこで、テッドは臣の瞳に映る感情に気付いた。
「・・・臣・・・?」
操られていても、臣の意識はここにあるのかもしれない。
もしかしたら。
臣ほどの魔力の持ち主なら、あの紋章の支配さえ打ち消せるのかもしれない。
「臣、目を覚ますんだ・・・!君は、そんな紋章には、負けたりしないだろう・・・?!」
臣と離れたことで、再び光を増した右手を強く抑えながら、テッドは叫ぶ。
「・・・・・」
テッドの声に、やわらかく微笑んでいた臣の表情が、ぼんやりとしたものへと変わった。
「操られたり、しない!・・・そんなに、弱い、君じゃないはずだ・・・・!臣!!」
「ぅ・・・・・」
苦しげに眉を寄せた臣のピアスが、チカリと赤く輝いた。
「・・・・ぅ、あぁあ・・・ッ!!」
臣の右手を燃えるような火が襲う。
でもそれは現実の火ではなくて、幻影の炎。
「臣・・・!?」
地面に膝を付いて苦しむ臣に、テッドは走り寄ってその身体を支えるが、紋章に抵抗する臣の魔力に引き摺られたのか、黒い光は更にその強さを増して輝き始めた。
まずいと思った時にはもう手遅れで。
ドン・・・・、と地面が揺らぐ音と共に、体感した事のない魔力に引き摺られて、テッドはその意識を奪われた。
最後の瞬間、願ったのは目の前の幼い魂を守る事。

視界を覆ったのは、真っ白な意識の先ではなく。
・・・・・・・・・黒く染まる闇の輝き。




***




「・・・ぁ・・・・」
座り込んだ臣の肩に凭れるようにして気を失っているのは、テッド。
「・・・ここ、は・・・?」
立ち上がろうとした脚が、ズキリと痛みに疼いた。
いや、脚だけではない。動かそうとする四肢全てが、辛うじてこの体勢を保っているのだ。
「ぅ・・っ・・・」
辺りを確認しようと目を凝らしても、見えるものは、赤い・・・炎。

「・・・・燃え・・・てるの・・・?」

館は、炎に包まれていた。
でもそれは普通のものではない。明らかに、意思を持って館を焼き尽くそうとする炎の動きだ。
それに、あんなに大勢居たはずの館の人間が、誰一人として外に居ないのだ。
誰も、逃げていない・・・?それとも、逃げる事さえできないのか・・・。
最悪の出来事が頭を過ぎった。
けれども、今のこの状況を説明するには、それしか当てはまるものはない。
「・・・みんな・・・燃え・・・て」
死ぬ・・・・・・・のだろう。
いや、もう全てが終った後なのかもしれないが。
熱風が頬を撫でて、臣の白い肌を赤く焼く。
綺麗に整えられていた白服は煤に汚れて、薄汚くその色を変えていた。
バチバチと火の爆ぜる音と、崩れていく轟音。
良い思い出などあるわけがない館だが、誰もこんな結末を望んではいなかった。
恐らく・・・館の人間で生き残ったのは、臣一人きりだろう。

「・・・・泣いてもいいのよ。でも自分を苦しめた全ての命の最後を看取りながら、高笑いするのもいいわね」

「・・?!」
梢の先に、まるで重さなどないように柔らかく腰かけているのは、あの自分を買った女性だった。
声に驚いて臣が見上げるまで、その姿はどこにもなかったというのに。
「いい子だから、その少年を私に渡してくれないかしら?・・・・まさか、こんな子供が持っているなんて思わなかったけれど」
臣は痛む身体で、それでも彼女の視界からテッドを隠そうと、力なく目を閉じているテッドの頭を強く胸に抱き込んだ。
けれども、彼女が何を求めているかを知らない臣には、テッドの右手を隠すことは出来なかった。
地面に伏せられている右手の甲に、彼女の求める紋章が息を潜めて刻まれている事も知らずに、ただ、臣はテッドの身体を抱きしめる。
「・・・やっと見つけたのよ。アナタの身体に流れる魔力・・・その紋章のものだと気付いた時は嬉しかったわ」
臣には、何を言われてるか分からない。
けれども、彼女は鈴を鳴らすような声で、柔らかく微笑みながら、幼い子供に諭すように言葉を続けた。
「傀儡から逃れられるなんて、アナタ自身にも驚いたわ。・・・あぁ、いいことを思いついたわ。私はある国の王妃なのだけれど・・・アナタを私の子として育てるのもいいわね」
ふわりと、純白なままの柔らかなドレスをなびかせて、音もなく地面に降り立った彼女は、地面の上を滑るように歩いてくる。
実際、地に足などついていないのだろう。
流れるような動作で、眼前まで近寄ってきた彼女に、臣にできることといえば、ただ首を振るだけ。
「・・・どうして?お城は広いわ。誰も彼もアナタに傅いて、王子としての生涯を歩むのよ?」
一度だけ振り向いて、燃え盛る館を見つめ、微笑みながら、もう一度優しく臣に囁き返す。
「どんな贅沢もできるわ。この館で受けた屈辱も、痛みも・・・忘れましょう?もう、誰もアナタを傷付けない。・・・だから、私の子になりなさい」
優しく包むような声に、臣は言葉を詰めたまま首を振る。
「・・・そう。残念だわ。・・・こんなに力を持った可愛い子を殺してしまうのは、忍びないけれど・・・仕方ないわね」
少しも傷付いた表情など見せないで、彼女は柔らかな笑みを貼り付けたまま左手を臣の前に翳す。
「せめて、眠っている間に送ってあげましょう。・・・愛しい臣」

見たことも聞いた事もない光と音の洪水が、視界と聴覚を襲う。
けれども、目を閉じる事も出来なくて、動く事さえ、まして・・・守る事など出来る訳がなくて。
「・・・・・・・・テッド」
ごめん、と抱きしめる腕に力を込める。


抵抗さえ出来ない紋章の力の渦の中で。
その紋章とは別の光が輝きを増して、辺りを包んだ。










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⊂謝⊃

 ブラックルーン降臨!!(笑)そして『自称王妃』ですか宮廷魔術師さん!(笑)
 
 やー、使ってみたくてこの紋章!でも、この機会を逃すともう使えないだろうと思って使ってみちゃいました。
 わー・・・オミくんなにテッド兄やん誘惑してるんだよ・・・・・・!!!(笑)
 そして照れてんなよテッド!!!(笑)
 この後、ホントにどうなるんでしょう・・・?俺もまだ考えてないので凄まじく楽しみです(笑)
 ・・・ていうかプロット立ててから書き始めろよな俺・・・・!_| ̄|●(字書き失格)
 
 ではでは、読んでくださってありがとうございましたv
 
斎藤千夏 2004/09/21up!

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