A*H

読み切り セフィオミ閑話

*A Beautiful Lover*


1


「グレミオが迎えに来てるんだ。・・・オミも一緒にグレッグミンスターに帰らない?」
忙しくて机に齧り付きっぱなしのオミも、グレミオがこの城に訪ねてきていたのは知っていた。
いい加減家に戻らないセフィリオを迎えに来たのだとばかり思っていたが、半分当りで半分は違う理由があったらしい。
「え、今日・・・今から、ですか?」
執務机に小さな身体を凭れさせて、オミが口を開いた。
手元には、終わったばかりの書類の山。
軍を率いるだけが、リーダーの勤めではない。
確かにそうだが、セフィリオは少し表情を固めた。
「・・・?どうかしました?」
机の横に立てかけてあったトンファーを抱えて、顔色の変わったセフィリオを覗き込む。
「仕事、し過ぎなんじゃない?」
「そうですか?」
確かに、机の上に乗っている書類は半端な数ではないけれど。
「そんなに難しいものでもないですし。僕に出来る事なら、やりますよ」
戦争を終わらせるためになら、何でも。
笑顔で、オミはそう言う。
セフィリオは小さく溜息をついて、少し身を屈めた。
「っ!」
「・・・お疲れ様。じゃあ、これから暇だよね?」
「・・・えぇまぁ・・・はい」
オミは消え入りそうになる声で、小さく答える。
大きな声を出したら震えているのが分かってしまうかもしれないから。
掠めるように重なった唇とセフィリオの身体は、それでもすぐに離れたけれど。
不意打ちを食らってしまった事が恥かしくて、オミは少しだけ俯いてしまう。
「オミ」
名を呼ばれて目線を上げると、いつも通りの彼が笑っていて。
少し煩い胸をトンファーを抱えた腕で押さえつけて、オミは扉の前に立つセフィリオの後を追った。
パタン、と閉まる扉。
閉まった扉を眺めつつ、本日の資料を持って来ていたビクトールとフリックが盛大な溜息を零した。
「・・・あいつら、日に日に周りの存在忘れてねぇか?」
「セフィリオの場合外野全般シカト。オミは素なんだろうけどな・・・」
残された執務室内では、すっかり見慣れた光景に、苦笑を零しながらも微笑ましく笑う二人が居た。
そして。
「・・・・いいんですか?シュウ兄さん」
苦笑を浮べたアップルと、平然としているが少し眉に皺を寄せた軍師も居た。
「たまにはいいだろう。・・・それに、遊びに行くだけという訳ではないからな」
セフィリオがグレミオから預かってきたという封書。けれど、差出人はグレミオではない。
「トランからの直々の招待状だ。マクドール殿と親しいという理由以外でも、オミ殿は大統領に気に入られているらしいな」
グレミオが届けに来たのは、大国トランの軍事演習にオミも参加してみないかというレパント直々の招待状であった。
幾ら同盟を結んだ隣国とはいえ、こちらは戦争真っ最中の国だ。
その軍主を招待するということは、ある意味敵対するハイランドを敵に回すと言う事になる。
けれど、大統領からの招待状とはいえ、文面は最愛の息子に送る手紙のように砕けたものだ。
これは軍主を国として招待したのではなく、あくまで個人的に誘ってみただけのように読み取れた。
「・・・紙相手の事務よりは気晴らしになるだろう。・・・問題は、彼だけなんだが・・・」
気晴らしは必要だとか言いながらも、シュウの眉に寄った皺は緩まない。それでも、オミ達が出かけるのを止めようとはしなかった。
「・・・シュウ兄さんったら」
素直じゃない兄弟子を見上げ、アップルはくすりと笑う。
もう、その事実は誰もが知っているから。
オミが、彼の心が誰よりもセフィリオを必要としている事を。
まだ十五を数えたばかりの幼い少年が、軍主などと重い役目を担う為には、セフィリオという存在が不可欠であるという事を。
だから、不本意ながらも誰も止めない。・・・・・・違う。止められない。
「・・・無事に、戻って来るならいいさ」
が、しかし帰ってきても数日は身動きが取れないだろうオミの様子が手に取るように読めて、今度はフリック達と三人、静かに溜息が重なった。



-----***-----



グレッグミンスターに行くのならば、バナーに飛ばして貰えば随分と楽になる。
どうせなら近道をしようと言う事になって、セフィリオとオミはビッキーの元を訪ねた。
最初はルックに声をかけようとしたオミだが、セフィリオに首を振られたのだ。
「あいつに頼むの?」
「駄目、ですか?」
オミは、ルックの気持ちに気付いていない。
オミが輪をかけて自分へ向けられる好意に鈍い上に、ルック自身も伝える気が全く無いらしいから当たり前かもしれないが。
「俺は良いけど・・・ルックが傷付くかな」
「・・・え?それ、どう言う・・・」
言いかけたオミの後ろで、ふわりと風が巻き起こる。
視界を邪魔する髪を押えながら振り返れば、あの風の中現われたのにも関わらず、一糸も乱れていないルックが立っていた。
「ルック!」
「・・・あぁ、君か」
ちらりと視線を向けただけで、興味ありませんと言うように背を向ける。
わざとらしい現われ方に、セフィリオは少し眉を動かした。
オミと認識してここに現われたに違いないのに、今更気付かなかった振りをするなんて、と。
そんなことには全く気付かないオミは、足早に去って行く背中を少し追いかけた。
「あの、今から、ちょっと飛ばして欲しいんだけど・・・」
「忙しいんだ。他を当たってくれる?」
「う、うん・・・。ごめん」
追いかけながら頼んだ一言も、『忙しい』の一蹴りで蹴散らされてしまう。
次第に遠くなる後姿を視線で追いながら、オミは肩を落とした。
「何か、怒ってませんでした・・・?」
「いや。ただ単に気に入らないだけじゃない?」
セフィリオも別にルックの事が嫌いな訳ではないが、恋敵となると話は別だ。
「行こう?あんまり遅くなると、グレッグミンスターに着くのが夜になっちゃうからね」
「あ、うん。そうですね・・・」
後手に手を差し出されて、オミは自然にそれを握り返す。
暫くルックの態度に思考を廻らせていたオミは、セフィリオの指が握り方を変えてきたことにも一瞬気付かなかった。
少しだけ強く握られて気付き、慌ててセフィリオの手を振り解いた時は、既に二人はもう目指すビッキーの元まで辿り着いていた。
「わぁ、仲良し〜v」
「ち、違・・・!」
「まぁね、なんてったって僕ら恋人同士だからv」
「セフィリオ!!」
それでもしっかり見られていたらしく、ビッキーに図星を指されたオミはもう慌てるしかない。
返答を迷うオミを前に、隣からさらりと爆弾発言を投下してくれる迷惑人の足をさり気なく踏んで、オミは慌てて話題を切り替えた。
「あ、ねぇビッキー!僕らをバナーまで飛ばして欲しいんだけど!!」



-----***-----



慌てていた所為か、すっかり忘れていたが。
バナーの森を抜けた頃、オミはようやく迎えにきたグレミオのことを思い出した。
「グレミオさん置いて来ちゃいましたよ!急いで戻らないと・・・」
踵を返しかけたオミの腕を引いて、セフィリオは良いからと首を振る。
「グレミオだって旅慣れた武人だよ。心配しなくてもすぐに追って来るって」
勿論セフィリオは覚えてはいたが、どうせ城を出るなら二人きりの旅がいい。
何かしらグレミオとオミは気が合うようで、三人になってしまうと蚊帳の外に放り出されるのはいつもセフィリオになってしまうからだ。
「それに、今から戻っても城に着く頃には夜だよ?もしかしたら途中ですれ違うかも知れないし、ね?」
「それは、そうですけども・・・」
あまり納得が行かない様子のオミだったが、確かにこのまま戻ってもグレミオと出会える確率は低い。
城を出たのが昼を過ぎていたこともあり、急いで進まないとオミ達も夜を過ぎての到着になってしまうだろう。
「・・・わかりました。グレミオさんなら大丈夫ですよね。あんなに優しい人なのに、見かけによらず強いし」
武器が斧だと知った時は驚いたものだ。柔らかく微笑む彼しか知らなかったから、初めて戦うグレミオを見た時の衝撃は凄まじかった。
「そうそう。だから、真っ直ぐ帰ろう?・・・久し振りにゆっくりするのも悪くないよ」
・・・なんて、人好きのする笑顔で笑うので、オミはすっかり警戒心を解いてしまった。
確かにベッドに入った時間はいつもより格段に早かったけれども、夢も見ないほどの深い眠りにつけたのは、やはり朝方過ぎ。
セフィリオの家には当たり前だが遅れて帰ってきたグレミオも、クレオもパーンも居る。
「・・・ん?俺は別に聞かれたって平気だよ。・・・だから、我慢しないで声を聴かせて」
などと言いながら、これでもかと言うほどにオミの弱点を煽ってくるものだから、余計に体力を消耗させられた気がする。
セフィリオが満足するまで付き合える体力などオミにはないので、さっさと気を失って逃げたのだが。
疲れ果てていたオミは、隣でセフィリオが目を覚ましたことも、何か色々触られたことにも気付かなかった。
久し振りに自然に目が覚めるまで寝続けた挙句、軽く感じた空腹感に瞼を開けば空にはもう高く昇った太陽が。
「ん、さむ・・・・・・あ・・・れ?」
肩を撫でる冷たい風にシーツを引き寄せて、オミはハタと動きを止める。
自分の部屋のものとは違う寝台、そして見慣れぬ窓。
素肌に触れるシーツは、太陽の匂いがして、柔らかい。
ふわふわの枕は自分のものではないけれど、嗅ぎ慣れた安心する匂いが染み付いている。
「・・・セフィリオ?」
漸くここが何処か思い出して、今はトランにいるのだと理解する。
「・・・あぁあ!!!」
・・・理解した途端に、どうしてココに居るのか思い出した。
「せ、セフィリオ!僕どうしよう寝坊しちゃった・・・!」
無意識のままに階下に降りて、セフィリオが居るだろうリビングへと駆け込む。
案の定彼はそこに居たが、飛び込んできたオミに驚いたのか、口元へ運ぶ途中だった茶器が止まった。
「・・・・・・あぁ、もうとっくに始まってるね」
それから、ふっと笑みを零して茶器を手元のテーブルへ置き、オミの元へと歩いてくる。
「何で起こしてくれなかったんですか!!?」
「起こしたよ?でも、随分気持ち良さそうに眠っていたから、無理に起こすのは躊躇われてね」
疲れてた?・・・と小さく笑われて、誰の所為だとオミは睨み返す。
「・・・心配しなくても平気だよ。今日僕らが行けないと言う事は、レパントも知ってる」
「え?」
「グレミオに手紙を持たせて行かせたから。・・・あーきっと今日は帰って来れないだろうなぁ」
レパント大統領といえば、セフィリオが解放軍を率いていた時の武将だったという話だ。
グレミオもその時の戦友なのだから、昔話に花が咲くこともあるだろう。・・・けれど、今の台詞は異様に演技臭かった。
「・・・クレオさんとパーンさんは?」
「二人共グレミオと一緒に城まで行ってる」
「・・・無理矢理行かせましたね」
「今夜は二人きりだねオミv」
こんな広すぎる屋敷に二人っきりとは寂しい気もするが、実際セフィリオがいればオミの回りはいつでも騒がしい。
それに今は二人きり。夜まで・・・いや、明日城を訪れるまで二人きり。・・・余計に性質が悪くなるだろうことは容易に想像できた。
「・・・いえ、遅れて今からでも行った方が良いですよ。さぁ行きましょう用意しましょう」
「いいよ、そんなに慌てなくても。こういうのは言ってみれば仲間が集まる為の名目だから、数日は続くものだし。俺たちは明日行けば良い事だろう?」
・・・そう言いながら、オミの素肌にセフィリオの手が触れてくる。驚いて視線を上げれば、直ぐ傍にセフィリオが立っていて。
そっと、耳元で囁いた。
「・・・そもそもそんな格好をして・・・誘ってるの?」
「?・・・は、・・・うわぁ!」
昨夜借りた大きめの上着を肩に引っ掛けただけのオミは、言ってみれば殆ど何も身につけて居ない状態で。
慌てていたとはいえ、人の家でこれはあまりにも無防備過ぎた。
セフィリオ以外誰もいないとは先程聞いて知っていたが、無意識だった為に差恥も余計に大きい。
「み、見ないで下さい!」
「そんな格好してるオミが悪いんだよ」
「って、こんな格好させたのセフィリオじゃないか・・・!!」
絡んでくる腕から必死で逃げて、オミは飛び込むように風呂場へと逃げ込んだ。何度も訪れていれば場所ぐらい覚える。
扉を閉めて、念のため鍵もきっちりと回す。
「今からお風呂入るの?・・・俺も一緒に入ろうかな」
「駄目です!絶対に入って来ないで下さい!!」
扉の向こうのセフィリオにそう叫んで、浴槽に向かう。セフィリオも入る気だったのか、温かな湯で満たされた浴槽からは、何か花のいい香りが漂っていた。
「・・・絶対ダメ?」
「・・・絶対ダメ」
「あーあ、久し振りに一緒に入れると思って待ってたのになぁ」
「・・・・・」
遠くから不満の声が聞こえたが、無視していても彼が無理矢理入ってくることはなかった。
ある意味、入浴の準備を整えていた所で横から奪い取ったような形になってしまったので悪いとは思ったが、彼が一緒に入ってきて平和に終るわけがない。
「・・あの事しか考えてないんじゃないかあの人は・・・」
と、浴槽に身体を沈めながら、小さな愚痴も零したくなる。身体中に残された痕に昨夜の彼を思い出して、少し頭が痛い。
どうやら無理強いには入って来ないセフィリオを尻目に、オミは久し振りにのんびりと湯を使って体の疲れを落とした。
・・・が、きっちりと締めてはいても、鍵など彼には何の意味もなさない事を思い知らされる。
「・・・いつの間に着替えなんて出したんだ・・・」
薄い扉の向こうをずっと気にしていた筈なのに、入り込んできたセフィリオの気配など全くわからなかった。
出してあった衣服はオミが普段触りもしないような贅沢な布を使ってあり、身にまとうのは少し気が引けたが他に着替えがないのだから仕方ない。
袖を通してみて、オミの身体に丁度良いことにも驚いたけれど、それ以上にゆったりとした着心地にオミは目を見張る。
紅の地に黒い縁取りの衣服は普段セフィリオがよく好んで着ているものに似ていたが、ただ彼がいつも着ているような身軽なものではなく、よりもっと高級感が漂うそれはいかにも貴族が普段着に着ていそうな仕上がりで。
「・・・オミ?上がったならこっちへおいで」
「わ、な、何で?」
扉越しにそう突然声をかけられて、オミは思わず扉から数歩後ろへ逃げてしまった。
セフィリオも扉を開けることはしなかったけれども、オミの驚きを声で気付いたのか、小さく笑う声が聞こえてくる。
「何ででも。・・・待ってるからね」
言われた通りにするのは癪だが、他に行き場など無いので仕方なくリビングに顔を覗かせたオミに、セフィリオはさも当然のようにそこで寛いでいた。
「・・・うん、似合ってるね。大きさは?」
着替えたオミに満足そうに微笑んで、頷く。
「・・・丁度いいです。って、どうしたんですかこの服・・・?」
こんな高価な服を、わざわざ用意してもらったなんて言われたら絶対気が遠くなる。
セフィリオの答えはそれではなかったけれども、違う意味で気が遠くなった。
「それは俺が昔着てた服だよ。他にも色々残ってるから、欲しかったらあげるよ?」
こんな風に言われて、彼は『貴族のお坊ちゃま』だったことを漸く思い出す。
「い、いえそんな貰えない・・・って、昔って・・・」
一体何歳の頃の彼が着ていたものか考えたくもないが、服に罪はないので今日はこのまま借りておく事にした。
オミが着て来た服は、一度きちんと洗濯しないと着れるものではなくなっていたように記憶の端に残っている。
・・・昨夜は服を脱ぐ余裕も与えて貰えなかった所為で、汚してしまったのだ。
深い溜息と共にちらりと視線を上げると、満足そうにオミを眺めるセフィリオの目とかち合った。
「うん?・・・オミが可愛くて良かった。似合ってるよ」
「・・・どうも」
なんだか違う意味で言われたような気がして仕方ないが、ある意味体格のことを言われる方が気が楽だ。
顔の事を言われるのはもういい加減慣れたが、セフィリオ以外に言われると今でも少し不服を感じるオミだ。
「?・・・今日はやけに素直だね。いつもなら怒るのに」
「・・・もう貴方には言うだけ無駄だって学習しましたから」
「うん、そうだね」
何がそんなに嬉しいのかはわからないが、いつも以上に今日の彼は機嫌が良い。
長椅子にゆったりと腰かけたまま、オミに向かって手を差し伸べてくる。
「そんな所に立ってないで。・・・もう少し傍においで?」
「・・・何もしないですよね」
「ん?それは、オミ次第かな」
手招きして呼ばれて、確かに立っていても仕方ないのでオミはゆっくりとセフィリオの元へ近寄る。
すると、何故か今までセフィリオが座っていた場所を譲られて、彼はと言えば一言待っていてと言い残して姿を消した。
すぐに戻ってきたセフィリオが差し出したトレイには、微かな空腹感を感じていたオミに嬉しい食事の支度。
「さ、まずは食べなきゃね。飲み物は何にする?」
「え、な、何でも良いですけど・・・何ですかこれ?」
「寝坊したオミに、朝昼兼用の食事だよ?それともお腹、空いてない?」
何でもいいと答えたオミに差し出す為に暖かい茶を淹れながら、さも当然というように答えてみせる。
手際の良い茶の用意を見ていると、目の前に差し出された食事まで、そう見えてくるから不思議だ。
「空いてますけど・・・・・・・これ、セフィリオが用意したの?」
けれどもどうにも、違和感が拭えない。
何も出来ない人ではないのは、オミだって知っている。知ってはいるが、家事をしているセフィリオなんて・・・イマイチ想像出来なかった。
「・・・そうだって言ったら?」
「いえ、別にだから何だってことは無いんですけど・・・・何か、変ですよ今日」
湯気を立てている茶器を差し出されながら、恐る恐るそれを受け取る。
オミの正面の一人掛けに腰を降ろしたセフィリオはこの上なく楽しそうだ。
「そうかな。・・・で、食べないの?」
「・・・頂きます」
セフィリオが作ったにしてもグレミオが作って行ったにしても、いい香りを前に襲い来る空腹には耐えられない。
小さく手を合わせて箸を取ったオミに、セフィリオは今だ柔らかい笑みを浮べたままだ。
「美味しい?お代わりいる?」
「・・・あの。一つ訊いていいですか」
「何でもどうぞ?」
食事は美味しい。用意して貰ったお茶も。
そして、思い返せばこの日の何もかもが、オミの為に用意してあったように思えたのだ。
オミが出てきても使われる予定の無いような風呂。出された暖かい食事もなにもかも、全て。
「・・・今日は妙に優しくないですか?」
「そう感じる?それはオミにとって不満?」
「・・・いえ」
セフィリオの考えている事がさっぱり分からない。
けれども、オミの返事に嬉しそうに頷いて、セフィリオは机に肘をついたまま柔らかく微笑んだ。
「なら、オミは何も考えなくていいよ。・・・今日一日くらい、ここでゆっくりしても罰は当らないさ」
元々目が覚めたのが昼過ぎだった為に、時間が過ぎるのはあっという間だ。
甲斐甲斐し過ぎるセフィリオの態度には違和感が拭えなかったが、軍主を務めているオミにとって、そういう落ち着いた一息を付けたのは確かに久し振りのことで。
セフィリオも朝の一件以来、悪戯に触れてくる事はない。それが一番違和感を感じるのもどうかと思うが。
「オミ」
「はい?・・・、ん」
それでも髪に触れたり、さり気なく名前を呼んでキスを降らせたりする事はいつにも増して多かった。
多かったけれど、その接触の全ては暖かく柔らかいだけで、苦しいほどの熱を与えては来ない。
「・・・どうかした?」
「・・・いえ」
こんなに柔らかいキスが出来る人だとは、何度も肌を合わせたオミですら今の今まで知らなかった。
嬉しいけれどそれが少し複雑で、同時に少しだけ物足りない。
「あ、もうこんな時間か。そろそろ、夕刻の市が立つ時間だね」
セフィリオの声に視線を向ければ、窓の外はほんのりと赤く染まり始めている。
人々は丁度こんな頃から夕食の支度を始めるのだろう。と、今夜の夕食についてふと声を上げようとした時。
「晩御飯、どうしようか?」
同時に問い掛けられて、オミは小さく笑う。
恐らく今日のセフィリオの行為は全て、普段多忙なオミを見かねてのことだったのだろう。
書類の山を見た時も複雑そうな顔をしていたし、朝の寝坊もオミが起き上がれないようにセフィリオが仕組んだことに違いない。
「・・・作りましょうか」
「え?でもオミは今日一日ゆっくりしなきゃ」
「じゃあ、作ってくれるんですか?・・・そうじゃなくて、僕からも何かお礼。したいんですよ」
立ち上がるオミを制したセフィリオの手を取って、オミも小さく微笑み返した。
やり方は遠回りだったけれども、オミを気遣うセフィリオの気持ちは充分過ぎるほど受け取ったから。
「夕食は僕が作ります。グレミオさん程上手くはないですけれど頑張りますから、ね?」
「オミの料理は美味しいよ。・・・でも、そうだね。じゃあ、楽しみにしていようかな」

NEXT.....